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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百五十一話 防衛機能(三)

 戦闘が終わったのは、数時間が経過してからのことだった。

 黒き矛の偽物を担ぐ化け物たちは、それこそ凶悪極まりない怪物たちであり、カインとルクスは、戦いが終わる頃には精も根も尽き果て、床に倒れたまま動けなくなっていた。黒い化け物の死体はない。黒き矛ともども例外なく消え失せており、そのことが現実感を奪っていた。

 しかし、疲労は限りなく現実味を帯びている。

 カインは、紅蓮爪甲に即興で召喚した炎形剣という二重装備のおかげで戦い抜けたようなものであり、もしあのとき即興で呪文を紡ぐという判断をしていなければ、どうなっていたか。二重召喚中ですら満身創痍という状態なのに、紅蓮爪甲のみで戦っていれば、命を落としていたのはまず間違いあるまい。ルクスが身の危険を犯してカインを助けるような愚かな判断をするわけもないのだ。

「こんなに疲れたのはいつ以来かなあ」

 ルクスが仰向けに寝転がったまま、呼吸も荒く、つぶやいた。彼もまた、傷だらけだった。体中、様々な箇所に傷を負い、血を流している。カインよりも数多くの怪物を相手に立ち回り、その尽くを撃破したのだ。傷も負おう。それでも致命傷や重傷を負っていないのは、さすがというほかない。ルクスの召喚武装はグレイブストーンのひとつだけであり、ひとつの召喚武装であれほど苛烈な戦いを生き延びることができるのは、凄まじいとしか言いようがなかった。

“剣聖”が彼を高く評価するのも納得できる。

 そんな彼が疲労に満ちた顔を見せていた。

「“剣鬼”も疲れるか」

「そりゃあね、人間だからさ」

 ルクスは、横たわったまま、グレイブストーンを掲げ、切っ先を彼方の天井に向けた。

「鬼神が人間の如く振る舞うのはいかがなものかと想うがな」

「龍にいわれたくないねえ」

「龍? 俺がか?」

「違うの?」

「俺はただの狗に過ぎんよ。陛下の走狗にな」

「ふうん……ま、なんでもいいけどさ」

 彼は、言葉通り、興味もなさそうな表情だった。実際、どうでもいいことなのだろう。他人に興味を持っていないのかもしれない。

「それにしても、わりとよくできた偽物だったなあ」

 黒い化け物のことだ。

 黒き矛の偽物を手にした怪物たち。その数、百を軽く超え、二重装備のカインですら危うく命を落とすほどの激しい戦闘が繰り広げられた。黒い怪物はセツナの偽者といってよかったのだろう。背格好はセツナそのものだったのだ。闇を凝固したような姿のせいでセツナに似ても似つかなかったものの、黒き矛を手にしていることから、セツナを模したのだということがわかる。

 第一次調査時、セツナが夢を見たことが影響しているのか、どうか。

 姿形の再現こそ微妙ではあったものの、黒き矛の能力の再現はよくできていた。それこそ、カインたちが脅威と感じるくらいには再現されており、黒き矛の様々な能力がカインたちを苦しめた。血を媒介とする空間転移、火炎の吸収と放出、光線発射といった能力だ。火炎吸収能力のおかげで炎形剣はその真価を発揮することができず、苦戦の理由はそこにもあった。数で押されたのが一番の理由だが。

「ああ。ああいうものが“埋葬された文明”の超技術というのであれば、欲深な人間が欲するのもわからなくはない」

「もし利用できるのであれば、途方もない力を手にするのと同義だしね」

「解明できれば、の話だがな」

「この先に行けば、なにかわかるのかねえ」

 ルクスが、通路の彼方を見やった。

 黒い怪物たちが塞いでいた通路の彼方は暗黒の闇に閉ざされ、なにも見えない。召喚武装で強化された視覚をもってしても、だ。聴覚がなにかしらの音を拾うこともない。耳が拾うのは、駆け寄ってくるいくつもの靴音であり、靴音の反響は加速度的に大きくなっている。

「ふたりとも、無事なのー?」

 ウルの大声にルクスが不思議そうな顔をした。

「おや」

「あれが彼女の素だ」

「普通なんだ」

「人間だからな」

「なるほど」

 ルクスがおかしそうに笑ったのは、自分の言葉を真似されたことに気づいたからだろう。

 カインは、ウルの声がした方向に顔を向けた。魔晶灯を掲げたウルと調査員たちが駆け寄ってくるのが見える。武装召喚師や《蒼き風》の傭兵たちがその護衛についているのは、万が一のために違いない。

「ああ、無事だ。なんとかな」

 ウルは、カインの目の前まで駆け寄ってくると、すぐさま屈み込んで携行用の魔晶灯を翳してきた。魔晶灯の冷ややかな光が、暗闇の中にカインの姿を浮かび上がらせている。

「無事って、傷だらけじゃない。いまにも死にそうよ」

 カインが眩しさに目を細めると、ウルがなにかに気づいた。

「それに!」

「ん?」

「仮面、どうしたの?」

 彼女の細い手がカインの素顔に触れた。指先が傷口に触れ、痛みが走る。彼は表情ひとつ変えず、その痛みに耐えた。

「壊された」

「壊されたって、あなたねえ」

 怪物たちとの戦闘はあまりにも苛烈であり、仮面を優先して立ち回るようなことはできなかった。仮面よりも死なないことを優先しなければ、カインの命は露のように消え失せただろう。それほどまでの戦闘。ともすると、マクスウェル=アルキエルとの戦い並に厳しかったかもしれない。もっとも、セツナが現れなければ殺し尽くされていたマクスウェル戦とは比べようもないのだが、感覚的には、似たようなものだ。

「まったく、わたしがいないと本当に駄目なんだから」

 ウルの声に嬉しそうな響きがあったのは、聞き間違いではあるまい。彼女は、肩にかけていた鞄の中からなにかを取り出し、カインに突きつけてきた。

「これは?」

 聞くまでもなく、仮面だった。破壊された仮面とは形状こそ異なるものの、素顔を隠すということだけを考えればなんの問題もない。

「予備よ。あと五つあるから、安心して壊してらっしゃい」

「……もう壊れるような戦いはゴメンだがな」

「あら、戦闘狂のあなたらしくないこと」

「戦闘狂すなわち死にたがりという考え方はよしたほうがいい」

「でもあなた、死にたがりでしょ」

「……かもな」

 認めると、彼女は、呆れたように肩をすくめた。

「仲が良いのはいいんだけど、俺のことを無視するのはどうかと想うな」

「あら、ごめん遊ばせ。てっきり野垂れ死んでいたのかと」

「酷いな」

「仕返し、でございますわ」

 ウルはそういって、片目を瞑って笑ってみせた。それにはルクスもなにも言い返せなかったようだ。あるいは、言い返す気力もなかったのかもしれない。

「さて、一旦戻って休憩にいたしましょう。調査はそれから、で、よろしいですね?」

 ウルが意見を求めたのは、無論、調査団の行動方針を決定する権利のある人物――ウィル=ウィードだ。彼も、カインたちの様子が気になって駆け寄ってきた一団の中にいた。ほかにジャン=ジャックウォーや学者などがついてきている。好奇心旺盛なのかもしれない。

「……そうしたいのはやまやまなのですが」

「どうされましたの?」

「ん?」

「はは……冗談だろ」

 ルクスが絶望的な声を発したのは、ウィル=ウィードの視線の先に横たわる通路の闇に無数の眼光が蠢いており、それらがゆっくりとだが確実に近づきつつあったからだ。眼光の数は、先程カインたちが撃破した集団の数倍はありそうだった。まともに戦って勝ち目があるはずもない。戦闘に参加しなかったふたりの武装召喚師を加えたとしても、突破さえできまい。

 カインは、傷だらけの体を強引に起こすと、ルクスにも立ち上がるよう促した。

「一旦、下がりましょう。あれがどこまで追いかけてくるかわかりませんが、今後の調査はその後の様子を見て考えなければ」

 ウィル=ウィードの声が多少震えているように聞こえたのは、黒い化け物たちの恐ろしさを目の当たりにしたからだろう。

 ともかく、調査団は団長であるウィル=ウィードの意見に従い、第二層・門の間までの撤退を余儀なくされた。黒い化け物の群れは、通路の途中まで追いかけてきたものの、門を出ると、それ以上追いかけてくることもなければ攻撃してくることもなかった。そして、見ているうちに影のように溶けて消え、通路の闇はただの暗闇と化した。

 ルクスが試しに通路に一歩足を踏み入れると、遠方で化け物が実体化したため、門の内部に侵入したものを排除するための防衛機能だろうという結論に至った。

 門が開いていたのは、門が開いていたとしても防衛上、なんの問題もなかったからなのだろう。

 調査団は、この門の間から奥への調査を取りやめ、別区画の探索を行うこととした。

 場所を移動し、休憩に入ったときのことだ。

「もしあの門の先に行こうというのであれば、もっと戦力を揃えることだね」

 ルクスは、部下に手当を受けながら、ウィル=ウィードらにそう助言した。カインも同様の意見であり、異論はなかった。

「たとえば?」

「ガンディアの最高戦力を連れていけばいい。この遺跡の解明が国の利益に繋がるなら、政府だって貸し出してくださるさ」

「最高戦力……」

「端的にいえば《獅子の尾》とセツナ軍辺りかな」

「第一次調査団の面々ですな」

「第一次調査団には、参加していなかった方々もいたはず」

 第一次調査に参加したのは《獅子の尾》の全員ではなかった。副隊長ルウファ・ゼノン=バルガザールも、隊長補佐ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアも、グロリア=オウレリアもそれぞれの事情から参加しておらず、それらが勢揃いすれば戦闘面での不安は完全になくなるだろう。

「ええ、まあ」

「それらを集めれば、あの通路を突破することは難しくないんじゃないかな」

 黒き矛のセツナならば、黒い怪物の群れなど一蹴できるだろう――ルクスは、暗にそういっているようであり、その点でも、カインは同意だった。

 ともかく、現有戦力ではあの怪物の跋扈する通路を突破することは難しい。

「俺ひとりで突破するだけならなんとでもなるんだけどさ」

 ルクスの一言は、彼が自信過剰ということではない。事実なのだ。あの怪物が蠢く通路を突破するだけならば、可能だということだ。

「ただ、それだと意味ないんだよなあ」

 そう、あの通路を調査員たちが通過できなければなんの意味もないのだ。そのためには、戦力を整えるために出直すしかない。

 第二次調査団は、第二層の中央通路の突破という課題を抱えたまま、第二層の別区画の調査を進め、さらに地下へ至る階段を発見したものの、階段の先へ通じる扉は閉ざされており、第三層に入ることはできなかった。

 第二層へ戻り、第二層東側区画から第一層へと上がった調査団は、そのまま未調査だった第一層東側区画を探索し尽くし、特になにもないということを確認して、第二次調査の終了とした。第三層に入れない以上、第二層の中央通路を突破する手段を用意するのが懸命だという結論に至ったのだ。

 第三層への扉は、カインやルクスの召喚武装ではびくともしなかった。

 そうして第二次遺跡調査団が王都ガンディオンに帰り着いたのは、六月十六日のことだった。


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