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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百五十話 防衛機能(二)

「あれは黒き矛のように見えるが」

 あれ、とは無論、黒い怪物のことだ。

 黒き矛カオスブリンガーを手にした二体の化け物は、カインたちに一定の距離まで近づくと立ち止まり、武器を構えてみせた。その構えは、セツナの構えによく似ている。よく見れば、身長や体格もセツナに酷似していた。ただし、黒く塗り潰されたような顔は、セツナとは似ても似つかないものであり、ひと目見ただけでは似ているとは思えない。

「俺もそう想う」

「では、あれは夢か」

「そうかも」

「ふむ……」

 振り向くと、調査員たちが戦闘に巻き込まれないよう退避しているのが見えた。ルクスの部下は戦闘態勢に入っており、武装召喚師たちもそれぞれに術式を完成させつつある。ウルは、微動だにせず、それどころか堂々と突っ立ってこちらを見ている。

 報告書によれば、第一次調査ではウィル=ウィードら調査員はセツナたちとは違って夢を見ることもなく、起き続けていたという。しかも、セツナたちが見た夢というのは、広間とはまったく別の場所に転送されたというものであり、空間転移現象に遭遇したのだと想いこんでしまったという。

 カインたちは空間転移現象と思しき事象に遭遇してはいない。その上、調査員たちも黒い化け物を見ているのだ。

「夢には思えんな」

「やっぱり?」

 ルクスが妙に嬉しそうに笑ったのは、敵性存在の得物が黒き矛そのものだったからなのかもしれない。

「俺も、そう想ってたんだよね」

 などといいながら、ルクスが黒い化け物に向かって飛びかかった。化け物は二体。そのうち、ルクス側に立っている方が反応すると、カイン側の化け物も同時に動いた。もちろん、ルクスにではなく、カインに向かって、だ。カインは透かさず床を蹴って飛んだ。左前方へ。化け物が矛の切っ先をこちらに向けたからだ。黒き矛は遠距離攻撃もお手の物だ。もし化け物の得物が黒き矛をなんらかの方法で再現したものであるのならば、その能力も再現されていると考えるべきだ。

 かつて、黒き矛はミリュウ=リヴァイアの幻竜卿げんりゅうきょうによって再現されたことがあり、そのとき、黒き矛の能力までも完璧に再現されたという事実がセツナによって報告されており、その報告書を穴が空くほど読み込んだのがカインだ。

 カインは、暇さえあれば武装召喚師の報告書に目を通しているのだ。ウルにとってはそれがつまらないらしいが、知ったことではなかった。

 武装召喚師として強くなるためには研鑽と鍛錬を忘れてはならない。武装召喚師たちの戦いに関する報告書には、強くなるための手がかりが隠れているかもしれないのだ。だから彼は報告書を漁り、読みふける。

 漆黒の矛の穂先が白く膨張するかのように燃え上がったかと想うと、つぎの瞬間、閃光が視界を灼いた。光条がカインの右横を掠め、後方から悲鳴が上がった。学者か研究者か、非戦闘員が驚いたのだろう。カインは気にも止めず、黒い化け物に接近する。顔すらなく、眼孔から赤い光を落とすだけの怪物は、敵意もなければ殺意も発することなく矛を振り回し、カインの接近を牽制する。黒い剣閃が幾重にも奔るのを見て、足を止めた。凄まじい斬撃の速度。入り込む余地はなかった。無理に接近すれば、肉体は肉塊と化すだろう。そこへ、激しい金属の激突音が反響する。グレイブストーンと黒き矛が激突し、火花を散らせたのだ。

 ルクスは、既に相手の間合いに入っている。

 横目に見る余裕もないが、ルクスの鬼神の如き戦いぶりは肌で感じた。強化された五感が、どう仕様もなく認識させるのだ。不可解な呼吸音とともに繰り出される斬撃の数々に通路の空気は切り刻まれ、黒い化け物は防戦一方にならざるを得なくなっている。踏み込み、肉薄し、振り下ろし、斬りつける。矛の一閃を軽々とかわし、黒い化け物を蹴り飛ばす。一挙手一投足、なにからなにまで以前のルクスとは比べ物にならない。

“剣聖”トラン=カルギリウスが賞賛するわけだ。

 カインは、口の端を歪めると、前進し、左腕を伸ばした。無造作に振り抜かれた黒き矛の切っ先を紅蓮爪甲で掴み取り、そのまま間を詰める。化け物は、一瞬、こちらを見た。困惑したのかもしれない。彼は構わず肉薄すると、召喚武装の義手で矛を掴んだまま、右手で化け物の後頭部を掴んだ。思い切り頭突きを叩き込み、すぐさま足を払う。頭突きの反動が仮面越しに伝わってくるが、無視し、左腕を掲げる。

 紅蓮爪甲と左腕の接合部が熱を帯びた。

「おおおっ!」

 吼え、化け物の胸の中心へと鉤爪を叩きつける。化け物の肉体を貫いた紅蓮爪甲の鉤爪が炎と燃え上がり、体内から炎上させていく。化け物は悲鳴も上げない。反応もしない。ただ、力を失い、炎とともに消え失せる。

「手応えがないなあ」

 余裕綽々な声に目を向けると、ルクスはとっくに黒い化け物を切り捨てた後だったようだ。無残に切り刻まれた化け物の体は、光のように溶けて消えていく最中だった。彼は、息ひとつ切らしていない。まるで準備運動でもしたかのような爽やかさで、こちらを見ている。

 カインは、ルクスほどの余裕はなかったにせよ、傷ひとつ負わなかったことには満足した。負傷を顧みない戦い方をしなければ倒せないような相手ではあったからだ。

 前方を見る。暗闇に包まれた通路の彼方より、無数の紅い光点が迫りつつあるのがわかる。黒い化け物の眼光と同じ色。おそらく、黒い化け物たちだ。

「どうやら期待に応えてくれるらしい」

「ん?」

「あら、凄い数」

 不意に聞こえた声に彼は脱力した。そちらを見ると、ウルが当然のように近づいてきていた。

「ウル、君は下がっていたほうがいい。君があれらを支配できるのなら話は別だが」

「あれが人間ならばわたくしの活躍、お見せすることができましたのに。残念ですわね」

「だれも君の活躍には期待していないがな」

「酷いいいザマですこと」

「だが、事実だ」

「もう。どう想われます、ルクス殿」

「はい?」

 ウルに尋ねられたルクスは、彼女の言葉などまったく聞いていなかったらしく、ウルを愕然とさせた。が、彼は構わず、勝手に話を進める。

「あの数を処理するのは、少しばかり骨だな」

「ルクス殿でもか」

「一体一体なら話は別だけど、ねえ」

 確かにその通りだ。一体ずつ相手にできるのであれば、先程のような戦い方をすればいい。だが、二体、三体と同時に相手にする数が増えれば、さすがのルクスでも苦戦を強いられかねない。もっとも、カインが見る限り、ルクスが数の力で押し負けるようには到底思えなかった。

「男のひとってどうしてこう、自分の世界に引きこもるのかしら」

「相手にされなかったからといって拗ねるものでもないがな」

「うるさい。さっさとやっつけなさい」

「わかったわかった」

 やれやれと想いつつも、彼女の言にも一理ある、と彼は考え直した。早々に撃破し尽さなければ、非戦闘員が巻き込まれる可能性が高くなる。非戦闘員は、門の広間からさらに後退し、反対側の通路まで逃げおおせているものの、状況次第ではそこまで戦場になるかもしれないのだ。

「やりますか」

「ああ」

 うなずき、召喚師たちに指示を送る。名も覚えていない男と女の武装召喚師には、広間への敵性存在の侵入を防ぐという役割を与えた。防衛線の維持に徹してくれればいいというカインの発言に、ふたりの召喚師は顔を見合わせたが、うなずいた。 

 カインは、遥か彼方から押し寄せる敵性存在の群れに向かって進軍を開始するとともに、呪文の詠唱を始めた。紅蓮爪甲だけでは対処しきれないという判断の元、即興で術式を構築し始めたのだ。武装召喚術の基礎は頭の中に入っている。呪文はどのように構成され、どう組み上げればいいのか、なにが間違いで、なにが失敗の元となるのか。自分の力量、精神力、許容範囲――それらを加味した上で、脳裏に描き上げた武器を呪文で再現し、術式へと変換する。

 ルクスが敵の群れの真っ只中へと殺到する。碧く美しい剣閃が無数に奔り、黒い化け物をたちまち光の粒子へと変えていく。化け物も化け物で黙ってはいない。遠距離から数え切れない量の光条が飛来すると、ルクスは逃げに徹さなければならなかった。いかにルクスが凄腕の剣士とはいえ、黒き矛の光条を喰らえばただではすまない。

「武装召喚」

 呪文の末尾を唱えると、反応があった。異世界の門が開き、この世界に武装が具現する。虚空に生じた爆発的な光の中から出現したのは、大振りの直剣。片手半剣と呼ばれる類の剣であり、片手で扱うことも両手で振り回すこともできる代物だ。赤く分厚い刀身は波打ち、まるで炎のようだった。カインはその片手半剣の柄を握りしめると、膨張する感覚の中で敵陣へと勇躍した。

 怪物との死闘が始まった。


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