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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百四十九話 防衛機能(一)

「ひとつ気になることがあるのだけれど」

 ウルが話しかけてきたのは、三日目の夜のことだった。

 調査団が第二層と仮称する領域に新たに設置された中継地点。だれもが夕食を終え、明日の調査のために就寝しようという時間帯だった。地下遺跡の真っ只中。時間を知るには、時計を頼るしかない。時間間隔が狂っていく中で、それでも正常な思考を保つことができるのは、まず間違いなく自分が狂っているからだ――カインの結論は、ウルに笑い飛ばされるほどに馬鹿馬鹿しい。

 カインは、中継地点の片隅で横になって、天井を仰いでいた。中継地点は、明るい。それこそ時間感覚がおかしくなるほどの照明が焚かれているのだが、それは仕方のないことだろう。照明を落とせば暗闇を作ることはできるが、真の暗闇が訪れれば、不安が増大するのが人間というものだ。また、ここは“埋葬された文明”の遺跡であり、なにが起こるかわからないということもある。その上、第一次調査団が第一層で排除した皇魔の生き残りなりなんなりが第二層以降の階層に潜んでいる可能性も少なくはない。

 複数の魔晶灯を点灯させ、警戒しておくのは安全を確保する上で必要なことだった。

「なんだ?」

 カインが顔を向けると、ウルの顔は逆光の中でなにも見えなかった。彼女はカインの隣に腰を下ろし、顔を覗き込んでくる。

「そもそもこんな遺跡の調査なんて、大々的に行う必要があるのかしら? 専門家に任せておけばいいんじゃなくて? わざわざ王宮特務を投入するほどの価値があるとは思えないわ」

「価値の有無は、遺跡の全貌が明らかになってからわかることだ。“埋葬された文明”の遺跡には、失われた超技術が使われていることは聞いただろう」

「聞いたわよ。それで、そんなものに価値があるとでも? いまのいままで、“埋葬された文明”の超技術が流用されたなんていう話、聞いたこともないし、いまの人間には解明できないものなんでしょう?」

「そうだが、利用できるものもあるかもしれない」

「遺跡の何処かに太古の技術で作られたなにかが残されていて、それを見つけることができる可能性がある――ということね」

 彼女は呆れたように頭を振り、嘆息してみせた。

「そんな都合のいいことがあるとは思えないし、たとえそんなものが見つかったとしても、上手く使えるものかしら」

「使えなければ使えないでいいのだろう。ガンディア政府としても、王都の地下深くに存在する遺跡の全容を解明する必要はあるのだ。“埋葬された文明”の遺跡だ。なにがあるかわかったものではないのだからな」

「でも、この数百年、何事もなかったのでしょう?」

「だが、発見してしまった」

 発見は、予期せぬものだった。

 使者の森の地下深くに遺跡の一部が露出したことにより発見された遺跡がとてつもなく規模の大きなものだということが判明したのが、第一次調査の成果だ。遺跡は王都ガンディオンの直下にまで至るほどの規模であると推測されており、ガンディア政府が全容の解明を望むのは、王都が遺跡の上に存在するという事実がいかにも気味が悪いからだ。ガンディアの歴史上、ガンディオンの地下に遺跡が存在しているという話はでてこない。建国神話にもだ。寝耳に水と言ってもいい。

「見つけてしまったものから目をそらすことなどできまい」

「それは、そうだけれど」

「ま、俺も君と同じ意見ではあるがな」

「そう?」

「遺跡のことなど、興味がない」

 カインが仰向けに寝転がったまま肩を竦めると、ウルは彼の胸の上に耳を押し当ててきた。ここ数日でもはや人目も気にしなくなった彼女の前に敵はないといってもいいくらいの行動力であり、カインは彼女の後頭部を撫で付けて、胸中苦笑を浮かべた。

 それでも、与えられた任務である以上、遂行するよりほかはなく、カインたちは三日目の夜を中継地点で過ごした。


 第二次遺跡調査も四日目に突入すると、調査団員たちに疲れの色が見え始めた。肉体的な疲労よりも精神的な疲労のほうが大きいだろう。栄養補給も水分補給も十分できるだけの食料は用意してあるし、あと数日は遺跡内を彷徨っても問題ない。が、だからといって人間の精神が持つかというとそうではない。

 代わり映えのしない光景が延々と続いている。

 複雑に入り組んだ通路、交差する階段、無数の扉――それらの配列はいかにも乱雑かつ適当に思えたが、調査団員たちによれば、計画的に作られたものであることは間違いないらしい。

 第一層と第二層の構造はほとんど代わり映えがなく、そのおかげもあって迷うようなことはないものの、だからといって調査が進展するというようなことはなかった。

 カインたち護衛の出番もない。

「出番はないほうがいいんだろうけど、なんとも暇だね」

 四日目の休憩時、ルクスが苦笑交じりにいってきた。

「体がなまりそうだ」

 そういいながら鍛錬を欠かさない彼の体が鈍るところなど、想像もつかなかったが。

 そんな調査がわずかに進展したのは、五日目のことだ。

 第二層の中央部には、第一層において調査団が通過を諦めた門の間の直下に当たる広間があり、そこにも門があったのだ。広大な空間。まるで巨人族のための通路や広間は、ここに至るまでも散々見てきたものだ。

「あれは第一層にあった門と同じもののようですね」

 ウィル=ウィードが指し示した先を見て、カインは目を細めた。確かに巨大な門が、広間の中央に立ち尽くしている。第一層では、その門を突破することもできなかったようだが。

「しかし、開いているようだ」

「ええ。どういうことでしょう」

 ウィルたち調査員は当惑を隠せないようだった。

 広間を閉ざすはずの巨大な門が開放され、広間の先へと進めるようになっていたのだ。広間の先にあるのは、これまでと変わらない通路だ。無機的な壁や床、天井だけが延々と続く通路。なにがあるようにも見えない。

「……閉め忘れたのかしら」

 ウルがぽつりとつぶやいた一言に調査員たちは顔を見合わせた。

 カインはウルの頭を撫でると、口早に呪文を唱えながら門に歩み寄った。ルクスも長剣の柄に触れながら門に近づいている。

「なんなの?」

「門が開いているからといって油断はできないというだけですよ」

 ルクスが詠唱中のカインに代わって、ウルに答えてくれる。

 門は開き、先の通路に進めるようになったとはいえ、油断はできなかった。むしろ、警戒するべきだと彼は考え、ルクスも同様に想ったのだろう。

「とはいえ……なにもなさそうだ」

「ふむ」

 それでも一応呪文を唱え終えたカインは、紅蓮爪甲を召喚し、失われた片腕を再現した。紅蓮爪甲は、ドラゴンクロウの代替品といってもよく、ドラゴンクロウが破損中であり召喚しても使いようがないため、休暇中にその術式を組み上げている。紅蓮爪甲は、その名の通り紅蓮の炎を思わせる真紅の篭手であり、爪先が鉤爪状になっているのが特徴だ。

 ちなみにドラゴンクロウが破損したのは、マクスウェル=アルキエルとの戦闘中であり、同じくドラゴンスケイル、ドラゴンウイングも損傷し、使用に耐えない状態だ。そして、ドラゴンスケイル、ドラゴンウイングの代用品の術式までは組み上げていなかった。

「それ、新しい召喚武装?」

「ああ」

「なんだか熱そうだ」

「試してみるか?」

「そうしたいのはやまやまなんだけど……」

 ルクスは、背に帯びた鞘から剣を抜いた。魔晶灯の光を浴びた刀身は、碧く澄んだ湖面のように輝きを放つ。“剣鬼”ルクス=ヴェインの代名詞、魔剣グレイブストーン。能力は一切不明だが、とんでもない切れ味をもっていることは確かだ。

「そういうわけにもいかないな」

 ルクスが前方に向き直り、剣を構えたのは、彼の超感覚が敵性存在を認識したからだろう。それはカインも同じであり、彼は右手でウルの接近を制した。それから召喚師たちに目線で合図を送る。調査団に護衛として同行している武装召喚師は二名。カインは名前も覚えていないが、ガンディアが登用しているほどの武装召喚師だ。力量に関しては疑う余地はない。

 武装召喚師たちが呪文を口走るのを聞いてから、カインは前方に意識を戻した。紅蓮爪甲が意のままに動くことを確認し、半身に構える。前方、広い通路の彼方よりなにかが近づいてきている。足音もなく、足早に。

「第一次調査の報告によれば、セツナ伯たちの偽者が夢の中に現れたそうだが」

「つまりこれも夢かな」

「だとすれば、あれはだれの偽者だ?」

「さあ?」

 ルクスが半笑いを浮かべたのは、目で見える距離に現れたそれがカインの知る人物でもなんでもなかったからだ。

 二体の黒い化け物。

「あんな知り合い、いないなあ」

「俺もだ」

 カインはルクスの意見に同意する他なかった。

 それはまさに怪物というほかなかった。漆黒の闇を凝縮し、練り上げることによって生み出されたような体は、人間のように五体があった。全身が闇そのもののように黒く、頭部、人間でいえば両目のある位置から紅い光が漏れている。皇魔の眼孔のようだが、皇魔とは明らかに違うものだ。皇魔ならば対峙しただけでそれとわかる。皇魔の人類への敵意は、神経を逆撫でにする不快な殺気となって突き刺さるからだ。それには、敵意はなかった。殺気もなければ、悪意もない。

 ただ、カインたちの前に現れ、漆黒の矛を構えてみせるのだ。

 破壊的なほどに禍々しい漆黒の矛。

 それは、カオスブリンガーそのもののように想えた。

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