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第百五十四話 ナグラシアより

 ガンディア方面軍及び同盟軍、傭兵団がナグラシアに集結したのは、十五日のことだ。

 十三日、マイラムで行った演説後、士気の高まった軍勢を纏め、出発したのが午後のことだ。マイラムからナグラシアまでの距離を強行軍で駆け抜け、あっという間に国境を突破し、ナグラシアに到着した。最後列の部隊が到着したのは夕闇が迫る頃合いだったが、予定通りであり、大きな問題は起きなかった。

 西進軍が出発したあとのナグラシアは、ログナー方面軍第二軍団だけで守らなければならなかったものの、敵軍が攻め寄せてくるということもなく、軍団長レノ=ギルバースは拍子抜けしたことだろう。

 それはレオンガンドも同様だった。

 ナグラシアへの出発を急がせたのも、ザルワーン軍によるナグラシア制圧部隊への攻撃を懸念したからであり、最悪奪い返されている可能性も考慮していた。《白き盾》に先発させたのも、それがあったからだ。無敵の軍団ならば、ナグラシアに敵軍が群がっていてもなんとかできるだろうという期待があった。

 もっとも、レオンガンドの考えは杞憂に終わった。

 ナグラシアは、依然、ガンディア軍の制圧下にあったのだ。

 だが、安心しているわけにもいかない。全軍を再編し、作戦通り展開しなければならない。

 傭兵、援軍を含めたガンディア軍の総勢は、およそ一万千五百。それを三軍に編成した。ログナー方面軍を主体とする西進軍、ガンディア方面軍とログナー方面軍の混合による北進軍、そしてガンディア方面軍と同盟国援軍による中央軍である。

 右眼将軍アスタル=ラナディースを指揮官とする西進軍約三千は、西進しバハンダールを制圧後、北上。龍府を目指すという進軍経路である。

 左眼将軍デイオン=ホークロウを指揮官とする北進軍約三千は、北進し、マルウェールを制圧後、グレイ=バルゼルグ軍を警戒しつつ、西進。龍府を目指す。

 レオンガンド率いる中央軍約四千五百は、その名の通り中央を突破する。ナグラシアの北西、ゼオルを制圧し、そのまま龍府を目指す。

 残りの千名はナグラシアに残り、補給線の維持に務めるのだ。

 三軍の最終目的地は、ザルワーンの首都たる龍府である。龍府の周りには五つの砦があり、龍府に取りつくには、まずこの砦を突破しなければならない。各砦は相互に協力して敵軍の迎撃を行うため、突破は容易では無いだろう。激戦が予想される。もっとも、各進軍経路の都市を制圧しなければ話にもならないのだが。

 西進軍には黒き矛のセツナがおり、不落のバハンダールも早期に落としてくれるだろう。北進軍はデイオン将軍の一人舞台になるかもしれないが、マルウェールはナグラシアを少し大きくした程度の規模だ。容易く落としてくれるだろう。

 そして、中央軍。距離的には龍府への最短経路ではあるが、敵もそれを見越して防衛戦力を整えていると見るべきだった。そこでレオンガンドたちは中央軍に戦力を集中させている。無敵の傭兵団《白き盾》があり、《蒼き風》がついている。さらにはルシオンの白聖騎士隊、ミオンの突撃将軍率いる騎馬隊などが揃っている。不安はない。

 懸念すべき事態は、北進軍がザルワーンの武装召喚師と遭遇することくらいのものだ。あとは、どうとでもなるだろう。

 南東の街スマアダを黙殺する格好にはなったが、戦略的に旨味のない場所ではある。ジベルとベレルの国境に近い街で、両国に睨まれている以上、ザルワーンがスマアダの駐屯軍を動かすのは考えにくい。ガンディア軍を牽制するために軍を動かしたが最後、スマアダを奪われかねない。ベレルにせよ、ジベルにせよ、ザルワーンに従っているわけではないのだ。

 そういう意味では、マルウェールも無視して良かったかもしれない。マルウェールの南東には、ザルワーンを離反したグレイの軍が占拠したガロン砦があり、グレイが目を光らせている間は、マルウェールの軍も簡単には動かせないのは明白だったのだ。といって、グレイを宛にし過ぎてもいけない。彼らの目的がわからない以上、あてになどできないのだ。もっとも、彼の離反がなければ、このような大胆な多面作戦は採用しなかっただろうが。

 レオンガンドは、ナグラシアを新発する北進軍の最後列を見送ると、隣に立つ大将軍に尋ねた。

「上手くいくかな?」

「ザルワーンの版図を削り取れれば我々の勝ちも同じ。ナグラシアを制圧した以上、敗北という可能性は潰えたのです」

 アルガザード・バロル=バルガザールの答えは、明瞭だった。歴戦の武将たる彼の思考に迷いはないのだろう。レオンガンドは、これで三度目の戦いだった。これまでの二度の戦い――バルサー要塞奪還戦、ログナー制圧戦は、どちらも上手く行きすぎたところがあった。なにもかもがガンディアにとって有利に働いた。ログナーとの戦いにおいては本隊が壊滅的被害を受けたものの、その犠牲を払うだけの価値はあっただろう。

 だが、今回はどうなるのか。

 準備は、万全とはいえない。理想に反する開戦だった。戦争とは、完全な勝利を確定させるために起こすものだと、シウスクラウドやナーレスに耳が痛くなるほど教わり、頭に叩きこまれていた。熟れた果実を簡単に取るような手際の良さで勝利を飾るのが、戦争なのだ。

 それがわかっていても、攻めこむ必要があった。

 ナーレスが拘束された以上、ザルワーンの南進政策を抑えることができなくなったのだ。戦力でガンディアを大きく上回るザルワーンにしてみれば、ログナー地方を飲み込むなど容易いことだろう。押し寄せてきた激流を止めることは、難しい。そして、ガンディアの国土が戦場になれば、国民にも実害が及ぶ。それはなんとしても避けなければならなかった。

 戦場は敵国領土に限定すべし――これもまた、父と軍師の言葉だ。レオンガンドは、その教えを護るために、無理にでも侵攻を開始したのだ。

 ナーレスはそのときのために、ザルワーンの戦力を国内に分散させ、結集の時間を稼いでくれていた。彼が稼いでくれた時間のおかげで、ガンディア軍はナグラシアに集結できたのだ。ザルワーンの兵力が重要拠点にのみ集中していたら、ナグラシアはとっくに攻撃され、奪還されていたか、戦闘の真っ只中だったに違いない。

「……最悪、この街だけで良しとしろ、ということか」

「はい」

 ナグラシアは悪い街ではない。防備を整えれば、ザルワーンとの国境の防衛拠点としても十分に機能するだろう。北門の守りを固めれば、おいそれとは突破できない。敵軍に黒き矛と同等の破壊力でもない限り、門を破ることなど不可能に近い。南門は改修しなければならないが。

「バハンダールも落ちましょうが」

 アルガザードの確信に満ちた言葉は、彼が黒き矛に寄せる信頼の証であり、飛翔将軍らログナー軍人の優秀さを知っているからでもあったのだろう。彼は大将軍に就任して以降、度々右眼将軍や左眼将軍と軍議を開いており、ガンディア軍の全容の把握に努めていたらしい。おかげで、レオンガンドはいま、楽をしていられる。

「問題は我々か」

「中央を突破するのは、容易いことではありません」

 中央軍はゼオルを攻撃する予定だったが、隣の街スルークの存在も大いに気になるところだった。距離が近い。ゼオルへの攻撃中、スルークからの援軍が来ることは間違いない。

「陛下ー、そろそろ出発の時間ですよー!」

 やけにはしゃいでいるような呼び声に、レオンガンドは呆気に取られた。

「姫は、戦場に立つつもりですな」

「構わんよ」

 ナージュ・ジール=レマニフラは、同盟の成果を見届けるため、という理由で従軍していた。ガンディアとレマニフラの同盟が締結したのは、レマニフラ側の外交官であるグロウン=メニッシュがマイラムに到着したその日のうちだった。急な展開にグロウンは焦りながらも、自分の役目が果たせたことに喜びを隠せないでいた。そして、ナージュとの婚約について話すと、彼は腰を抜かして驚き、即座にレマニフラ本国との連絡を取るために動き回っていた。婚約についてのレマニフラからの回答があるのは、戦争後のことになるだろう。時期的にもちょうどいいかもしれない。

 ナージュの従軍については、グロウンも困惑したようだったが、レマニフラの精鋭だという黒忌こっき隊、白祈はっき隊の約五百名が、命を賭して姫を護ると誓ったため、不承不承納得するしかなかったようである。そもそも、彼は姫や彼女の侍女たちに頭が上がらない有り様であり、たとえ兵士たちがなにもいわなくても、なし崩し的に認めるしかなかったに違いない。同情はするが、それが立場というものだ。

 レオンガンドの側にいる限り、彼女の身の安全は護られるはずだ。こういうときのための親衛隊でもある。王の盾たる《獅子の牙》は、レオンガンドに近侍するのが役目であり、前線に出ていくことはない。将来、ガンディア王妃となるナージュの身を護るのもまた、当然といえる。

「陛下と姫、どちらを護るのか、悩みます」

 アーリアの囁きに、レオンガンドは苦笑を漏らした。あの日以来、ふたりの仲は急接近しているようで、レオンガンドでも迂闊に入り込めない関係が築かれつつあったのだ。

「好きにすればいい」

 レオンガンドがそう告げたのは、今回の戦では前線に出る予定がないからだ。少なくとも、龍府までは本陣に構えているつもりだった。《白き盾》や《蒼き風》のような傭兵集団は功を争い、戦ってくれるだろう。ガンディア軍人たちも、マイラムの演説で士気が高まっているという話だ。ルシオンの白聖騎士隊は言わずもがなの活躍を見せてくれるはずで、突撃将軍の戦術にも期待したいところだ。そして、中央軍の指揮は、大将軍アルガザードに委任してある。

 要するに、レオンガンドには出る幕がないのだ。

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