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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百四十六 龍府流々(三)

 龍府の日々は続く。

 長期休暇中、領地を巡ることにしたセツナにとって、龍府での日々ほど目まぐるしいものはなかった。

 龍府の運営は、司政官ダンエッジ=ビューネル率いる役人集団が上手くやってくれており、龍府に到着以来、彼から龍府の現状について様々に話を聞いている。ダンエッジ率いる役人集団というのは、かつてのザルワーン国主ミレルバス=ライバーンが己の後継者として育てていたものたちのことであり、それらは五竜氏族の中でも特に秀でた頭脳の持ち主ばかりだということだ。そのうちのひとりがユーラ=リバイエンであり、彼はそういうこともあって軍団長、大軍団長と抜擢されたという経緯がある。

 ダンエッジは軍事に携わるよりは政治に関わるほうが性に合っているといい、自分が軍団長に抜擢されなかったことにはむしろ感謝している、といっていた。もし自分がユーラの代わりに軍団長になっていれば、ユーラのように上手く立ち回れなかっただろう、とも。ユーラが上手くやっていることに関しても、彼には軍事の才能が少しはあったのだろう、と評していた。

 ダンエッジらかつてミレルバスの腹心と呼ばれた五人は、対等な関係であり、いまもそのままの関係が続いているとのことだった。

 ダンエッジらは、セツナの意向に従って龍府を運営してくれている。その点は、エンジュールのゴードンと同じだ。

 セツナがダンエッジに注文したことは、なにも難しいことではない。古都龍府を出来る限りそのまま維持し、その上で龍府市民の生活を安定、向上させることを目標に掲げて欲しい、という程度のことだ。ダンエッジらは、そこに領伯の収入が増えるよう、観光都市としての価値を上げることを追加して掲げ、実行に移しているというのだから、凄まじい。

 実際、ダンエッジらの運営方針は上手く行っており、龍府を訪れる観光客は、セツナの領伯就任以前と以降で増加傾向にあるとのことだった。観光客が龍府に落とす金は、領伯の収入となり、領伯の収入は、そのままセツナ軍の増強、ガンディアの強化へと繋がるというわけだ。エンジュールが温泉郷を目指すのも、そこにある。

 セツナが力をつければつけるほどガンディアのためになるという考えが、両司政官の頭の中にあるのだ。

 事実、その通りであることは疑いようがない。

 セツナ軍は、ガンディアの力でしかないのだ。

 独立した組織などではない。セツナの主がレオンガンドである限り、セツナ軍の真の支配者はレオンガンドなのだ。

 そんなことを役所でダンエッジらと話した日の午後、天輪宮に戻ると、驚くべき人物が待っていた。

「セツナ様!」

 泰霊殿に入るなり駆け寄ってきたのは、見目麗しい姫君であり、セツナは、予期せぬ訪問者に目を丸くした。

「ユノ様!?」

「お久しぶりにございます、セツナ様! セツナ様がご無事だと聞き、心の底から安堵致しましたわ」

「え、ああ……ユノ様こそ、ご無事のようでなによりです」

「わたくしの身を案じてくださるなど……」

 セツナの言葉にユノはなぜか頬を赤らめ、顔を俯けた。

 セツナが所在なげにしていると、複数の視線が突き刺さってきて、憮然とせざるを得なかった。


 ユノ・レーウェ=マルディア。

 マルディアの王女である彼女が龍府を訪れたのは、ガンディアへの使節団の一員として、だった。

 彼女が一度、マルディアの使節団の一員としてガンディアを訪れたのは半年ほど前のことだ。そのときは、マルディアの救援をガンディアに要請するために王都を訪れ、その際、セツナに取り入るため色仕掛けを使ってきた記憶は、そう簡単には色褪せるものではないだろう。セツナは、色仕掛けに引っかかったのではなく、国のためにそこまでするユノの心意気に打たれ、彼女の力になろうとした。もっとも、セツナの意志とは無関係にガンディアはマルディア救援に傾き、動いたのだが。

 マルディア救援自体、ジゼルコートの謀略であり、マルディア国王ユグス・レイ=マルディアはジゼルコートの同志にして、レオンガンドの敵だったのだ。セツナがその事実を知ったのは、天騎士スノウ・ザン=エメラリアのおかげであったし、彼の騎士としたの矜持は、セツナにマルディアへの印象を良いものとした。

 しかし、ユノやユリウスがどのような状況になっているのかまでは一切わからなかったし、そもそも、マルディアがどのような状態にあるのかも、ベノアに隔離されていたセツナには検討もつかなかった。

 マルディアの状況を始め、色々なことが判明したのは、戦後になってからのことであり、マルディアについては、つい最近まで不透明なままだった。

 マルディアで政変が起こり、ユグス王が失墜、ユリウス王子が実権を握り、ユノはユリウスに協力しているという話を聞いたときには、ふたりの無事に安堵したものだった。ユノはいわずもがなだが、彼女の双子の兄であるユリウスも、マルディオン滞在中、セツナと親しくしてくれており、マルディアの裏切りに彼や彼女が関わっていれば、ガンディア政府もただでは済まさないだろうと想っていたのだ。幸い、ふたりは関与しておらず、それどころかユノはガンディア解放軍のマルディア脱出に協力したということもあり、ガンディア政府がマルディアの現政権に対し友好的な対応を取るのは当然だった。

 ユグス政権のままであれば、ガンディアもそれ相応の態度で臨んだに違いない。

「ユノ再び、ですわ」

「はあ」

「うふふ」

 ユノは、セツナの手を取って嬉しそうに微笑んだ。

 彼女は、王都ガンディオンへ向かう途中、龍府に立ち寄ったのだという。当初の予定では、龍府で休息した後、すぐさま王都を目指しての旅を再会するつもりだったらしいのだが、セツナたちが龍府にいるということを知ると、いても立ってもいられず、天輪宮に立ち寄ったということだった。

「セツナ様が騎士団領に連れ去られたという話を聞いたときは、心臓が止まるかと想いましたの。それ以来、セツナ様の御無事だけを祈っておりました」

「こうした無事にいられるのは、ユノ様の祈りが届いたからでもあるのでしょうね」

「そうだと、嬉しいのですが」

「きっと、そうです」

 セツナがいうと、ユノは笑みを深めた。

 失ったものはある。しかし、失わなかったものもそれ以上に多い。だからこそ、セツナは前を向いていられるのだ。もしすべてを失い、自分だけが生き残ってしまったのなら、このようなことはいえなかっただろう。あのとき、間に合ったのは、ラグナがセツナを助けてくれたからにほかならない。

 ラグナには、感謝するしかない。

「セツナ様、どうかなされましたか?」

「……いえ、なんでもありませんよ、ユノ様」

 セツナがユノの対応に追われていると、少し離れた場所から話し声が聞こえてきた

「セツナって姫様の前だと優しすぎない?」

「そうかもね」

「確かに、そういうところはあるかもねえ」

 ミリュウたちだ。

「御主人様は誰に対してもあのような感じだと想われますが……?」

「それ、ただの下僕の贔屓目でしょ。あたしにはわかるの」

「えーと……」

「あたしにも優しくして欲しいなあ」

 ミリュウがわざとらしく大きくため息をつく。セツナはユノの相手をしながら、遠くから聞こえてくる女性陣の話し声に気が気でなかった。余計なことをいってユノの機嫌を損ねるようなことがあってはならない。ユノは、ミリュウたちと同列の存在ではないのだ。

「してるじゃない」

「そうかなあ」

「だったら今晩甘えてごらんよ」

「あ、甘え……」

「う、む……」

 マリアの一言にミリュウのみならず、シーラまでもが息を呑んだのは、どういうわけなのか。

「ミリュウ様とシーラ様のお二方に同時に甘えられると、さすがの御主人様も困り果てるかもしれませんね」

「なんで楽しそうなのよ」

「その絵を想像するだけで楽しいからでございます」

 悪びれることもなくそんなことを告げるレムに対し、ファリアは肩をこけさせた。


 ユノとの会話が進み、マルディアの今後について話が及ぼうとしたときだった。

「あら、ユノちゃんじゃない」

 朗らかな声を発しながら泰霊殿に入ってきたのは、グレイシアだ。彼女の格好と侍従たちを連れているところを見ると、天輪宮内の掃除を終えてきたところらしかった。天輪宮内の定期的な清掃は、グレイシアの趣味のようなものになっていたらしい。太后みずからそのようなことをするのは止めて欲しいと、侍従や龍宮衛士たちがいくらいっても、彼女は聞き入れなかった。むしろ、侍従や龍宮衛士たちにも自分たちの生活空間くらい自分たちで清潔に保つべきだと叱りつけ、暇を持て余しているものには分け隔てなく清掃作業に従事させた。

 単純に、天輪宮内に籠もっている時間が暇だったのだろう。

「太后殿下!」

 ユノは、グレイシアに駆け寄ると、丁寧にお辞儀をし、一通りの挨拶を交わした。礼儀に適った立ち居振る舞いは、さすがは王女様といっていいだろうし、対する太后殿下の反応も、

「ユノちゃんが元気そうで安心したわ。マルディア、大丈夫なのね?」

「はい、兄様とスノウが上手くやってくれていますので、きっと大丈夫です。もう二度と、ガンディアを裏切ったりは致しませぬ」

「嬉しいわ。ユノちゃんとこうして再び話し合うことができるなんて、夢のようよ」

「太后殿下……」

 ユノは、グレイシアの対応に心から感激しているようだった。

「ユノちゃん、いろいろ大変だったでしょうけれど、これからはもうそんな心配はしなくていいのね」

「はい! 兄様はマルディアの王族として正しい道を進むと約束してくださいましたから」

「ユリウス王子殿下、だったわよね。一度、お会いしてみたいものね」

「マルディアとガンディアの国交が正常化した暁には、兄様に王都ガンディオンを訪問していただくつもりですわ」

「まあ、それはいいことね。レオンガンド陛下もお喜びになられるわ。そのさいには、是非この龍府に立ち寄ってもらわなくてはね」

「龍府に……ですか?」

 ユノが困惑したのも無理はない。彼女は、グレイシアが龍府にいることそのものにも疑問を抱いていたはずで、なんらかの用事があってここにいるのだとひとり納得するなりしていたはずだ。グレイシアは本来、王都ガンディオン王宮区画で生活しているはずなのだ。龍府での用事が終われば王都に戻るのだろうという当たり前の結論が覆されれば、だれだって混乱するものだ。

 するとグレイシアは、セツナでさえ予期せぬ言葉を紡いでみせた。

「ええ。だってわたし、セツナちゃんのものになっちゃったから」

「ええ!?」

「ユノ様、グレイシア様の冗談ですので、勘違いなさらないように」

「ご冗談……でしたか。びっくりしました……」

「わたしは冗談のつもりなんてないんだけれど」

 グレイシアの言葉は本音か冗談かわかりにくく、セツナは難儀せざるを得なかったりした。


 龍府での日々は、そんな風にして騒がしく過ぎていった。


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