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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百四十一話 ジベルについて


「冗談はここらへんにして、軍師様の本当の理由は?」

 ドルカは、ひとしきり笑った後、冗談で流すつもりはないとでもいうような真剣なまなざしをこちらに向けてきた。

 エインは、観念して、正解を口にした。

「ジベルに用がありましてね」

「……なるほど」

 ドルカは、渋い顔で理解を示した。たった一言ですべてを察した様子には、さすがはドルカ=フォームだと、エインは想わざるをえない。彼は、情報収集を怠らなかった。情報こそが力だということをよく理解しているのだ。理解しているだけでなく、実践しているところが彼の只者ではないところだ。

「そのついでに立ち寄っただけのことで」

「それで、あの長細いのがついてきてたってわけか」

「ええ」

 エインは、ドルカの言い方に笑いかけながらうなずいた。長細いの、とは、エインが連れてきた人物のことだ。

 ジベルに向かうにあたって、エインは、当然、たったひとりでここまで来たわけではない。参謀局の局員たちも連れてきていたし、武装召喚師も同行させている。その武装召喚師がドルカのいう長細い人物なのだ。名をシャルティア=フォウスという。痩せぎすの男で、ドルカのいうように長細いという言葉がよく似合った。

 ルシオンの武装召喚師のひとりだった彼は、その実、ジゼルコートの息の掛かったものであり、ルシオン軍が敗北を喫すると、ジゼルコートの側近の如く振る舞った。そして、マルダールが落ち、ジゼルコートが劣勢に立たされると、ジルヴェールに情報を提供することでレオンガンドが勝利したあとの自分の待遇についての取引を行っていた。戦後、ジルヴェールはレオンガンドに彼を紹介し、レオンガンドは彼を臣下に加えた。

 シャルティア=フォウスの召喚武装オープンワールドの有用性を認識すれば、彼を臣下に迎えるのは当然といえる。バルサー要塞を巡るルシオン軍との戦いで解放軍が翻弄されたのは、オープンワールドの転送能力によるところが大きい。大群を一斉に転送することのできる能力は、ガンディアの戦術を大きく変えるものであるし、運用方法次第では小国家群統一を加速させる可能性を秘めている。それだけにエインとアレグリアは、彼がジゼルコートに与していたという事実に目を瞑ってでも、レオンガンドが頭を下げてでも引き入れ、厚遇するべきだと主張し、側近たちに白い目で見られていた。側近たち、つまりジルヴェール=ガンディアやエリウス=ログナーたちも、シャルティアの有用性については認識しているはずではあるが、だからといってレオンガンドに頭を下げてでも引き入れて欲しいなどという軍師たちの要望に面白い顔をするはずもなかったのだ。

 もっとも、レオンガンドはエインとアレグリアの激しすぎるくらいの主張には声を上げて笑い、宥めてくるだけの余裕をもって頷いてくれている。

「あれ、信用していいの?」

 ドルカの心配も最もだ。シャルティアが自己保身の塊のような人物だということは、ジゼルコートの旗色が悪くなったとみるやジルヴェールに接近し、解放軍が勝利した暁にはレオンガンドに取り次いで欲しいと臆面もなくいってのけたことからも窺い知れる。

「まあ、信用はできますよ。彼、長いものに巻かれる種類の人間ですから」

「だったらなおさら信用できなくないかね。軍師様を人質に取ればやりたい放題できるわけでさ」

「その点のご心配は無用ですよ」

 エインは、執務室の外で待機しているはずのシャルティアの顔を思い浮かべながら、続けた。

「彼は、いまやレオンガンド陛下に忠誠を誓っていますからね」

 エインの脳裏に浮かぶシャルティア=フォウスの顔は、レオンガンドの前に現れたときの軽薄そうな男からは想像もつかないほどに真面目になっていた。まさに豹変といっていい。ひとが変わったような――とは、シャルティア=フォウスそのひとのことであり、ジベル行きに彼を同行させることに決まり、改めて対面したとき、その人格の変質ぶりにはエインも度肝を抜かれたものだった。

「いやだから、それが信用できるのかって話」

「だいじょうぶ。ご心配なく。長いものに巻かれる主義の彼は意志力が薄弱だったらしくて、ですね。もうなんの心配いらないんだそうです」

「どゆこと?」

「そこに関しては詳しくはいえません」

「なんでまた」

「ですから、内緒です」

 エインは、ドルカの眼を見据えて、きっぱりと告げた。それは国家機密に値することであり、軍師といえど、迂闊に口に出すことはできなかった。

「むう……俺と君の仲じゃないか」

「だからこそ、です」

「ん?」

「余計なことには首を突っ込まないこと。それが昇進する近道ですよ、大軍団長殿」

「……了解したよ、軍師様。肝に銘じておこう」

「それがいい」

 エインがにこやかに告げると、ドルカは、不承不承、納得したような顔をした。


「ジベルも厄介なことになっているらしいね」

 話題がエインの行き先であるジベルに変わったのは、ニナがお茶を入れてくれてからのことだった。大軍団長の机に置かれた茶器に満たされた南方産のお茶が、香ばしい湯気を立ち上らせている。

 お茶の産地であるレマニフラは、王妃ナージュの生まれ故郷であり、ガンディアの同盟国であるが、ジゼルコートの謀反に際し、レオンガンドに応援を寄越すことすらできなかった。それもそのはずだ。ルシオンが、南への情報統制を行っていたのだ。そして、ガンディアの南側にルシオンという巨大な壁が立ちはだかっている以上、たとえレマニフラが情報を手にし、迅速に援軍を差し向けてくれたとしても、ガンディア本土に辿り着けたかどうか。

 むしろ、レマニフラが動かずにいてくれてよかった、とレオンガンドもエインたちも考えている。もし、仮にレマニフラが援軍を寄越した場合、一刻も早くガンディア本土に向かうためには、ルシオン領内を縦断しなければならず、そうなればレマニフラとルシオンの間で戦争が起きただろう。ルシオンは、ジゼルコートに与したものの、戦後、辛くも良好な関係を取り戻したことを考えれば、レマニフラがルシオンと事を構えずに済んだことは素直に喜ぶべきだった。

 ナージュ王妃は、父がレオンガンドに援軍を寄越してくれなかったことを悲しみ、恨み言の綴られた手紙をレマニフラに送付したとのことだが。

 ふと、そんなことを思い出してしまったのは、芳しいお茶の香りのせいだった。

「ええ、まあ」

「謀反に関わった国はどこも似たようなもんなんだろうけどさ」

「アザークは、あっけらかんとしていますけどね」

「それそれ。聞いたけどさ」

 ドルカが椅子にまたがるように座りなおすと、背もたれに上体を預け、こちらを見上げてきた。エインより遥かに上背のあるドルカも、椅子に座れば流石にエインを見上げざるを得ない。

「本当なんだ?」

「ええ。本当も本当ですよ。まったく、アザークの厚顔さには、開いた口が塞がりませんでしたよ。陛下も、あそこまで堂々とされれば、責めるほうが間違いなのではないかと想ったそうです」

 エインは、呆れるままに伝えた。

 ガンディアは、ジゼルコートの死によって彼の謀反が失敗に終わり、ガンディア全土の奪還に成功したことを宣言した。実際、ジゼルコート率いる反乱軍によって制圧されていた都市、土地は、ほとんどすべてがレオンガンドの支配地へと戻っており、レオンガンドは完全勝利したといっても過言ではなかった。

 それに伴い、ガンディア政府は、ジゼルコートに与し、レオンガンドに敵対した国々に遺憾の意を表明するとともに、それぞれの国に対し、レオンガンドに敵対した理由を説明するよう通告した。説明の理由如何では武力に訴えることも吝かではないというガンディアの態度に、各国は戦々恐々としたに違いない。

 ガンディアが通告したのは、ジゼルコートに与した国のうち、ジベル、アザーク、ラクシャ、イシカ、マルディアであり、この中でアザークは異彩を放つ反応を示したといっていい。

 彼の国は、ガンディアの通告に対し、何食わぬ顔で使者を送りつけてきたのだ。その使者が携えてきた書簡によれば、アザークがジゼルコートに軍を貸し出したのは、ガンディア政府からの命令に従ったまでのことであり、その軍勢がいかように使われようと、アザーク政府の知ったことではない、というのだ。アザークはガンディアに従属した以上、ガンディアのいかなる命令にも従うつもりであるが、だからといって裏切りの誹りを受けるのは心外である、と。

 使者として王宮を訪れたアザークの外務大臣も、アザークはガンディアの命令に従い、ガンディアの敵と戦っただけのことだと言い張り続けた。レオンガンドが、自分たちが敵だったのだぞ、といっても、外務大臣はそれは知らなかった、聞かされていなかった、の一点張り。レオンガンドも疲れ果てる始末だった。

「それくらいのほうが、案外うまくいくのかねえ」

「どうでしょうね」

 もちろん、ガンディア政府はアザークに相応の責任を取らせるつもりだったし、言い逃れさせるつもりは毛頭なかった。ただ、アザークの当然のような居直り方に困惑したというだけの話だ。

 アザーク以外の国々のうち、マルディアからは近いうちに使節が到来することがわかっている。マルディアは政変によってユグス政権が倒れ、ユリウス王子が国家元首として立ったため、ガンディアとの関係は改善される見込みだ。ガンディアとしても、マルディアと協調関係を結ぶのは悪いことではなかった。マルディアは、ガンディアの勢力圏とベノアガルド領土のちょうど境界に横たわる国だ。ベノアガルドとの関係が悪化した場合、利用価値が生まれる。もちろん、ベノアガルドとの関係が悪化するようなことはあるべきではないし、そういう理由もあって、今回通告した国にベノアガルドの名が入っていないのだ。

 ベノアガルドとは、友好関係を構築するべきだ、というのはセツナの主張でもあった。

 ベノアガルドには、ガンディアが現在動員しうる全戦力を持ってしても対抗しきれないのではないか、というのがセツナが導き出した結論であり、ガンディアの最高戦力にしてベノガルドの実情を最もよく知る彼の結論には、異論を挟む余地はなかった。十三騎士が真の力を発揮すれば、並の武装召喚師ですら太刀打ちできなくなり、セツナですら敗北を余儀なくされたという。セツナが生き延びることができたのは、ラグナという尊い犠牲があったればこそであり、ラグナがいなければセツナは死んでいたに違いないということだった。

 黒き矛を携えたセツナでさえそれなのだ。

 ガンディアが全戦力を結集すれば、同じような結果には終わらないかもしれないが、勝てる見込みはないだろう――というセツナの認識は、エインたちにベノアガルドとは事を構えず、友好関係が結べずとも、せめて敵対関係にならないようにするべきだと考えさせることとなった。

 ベノアガルドが味方になってくれるのであれば、それはそれで心強く、頼もしいことでもある。

 無論、ベノアガルドにはベノアガルドの考え方があり、ガンディアと国交を結んでくれるかどうかさえわからないが、いずれにせよ、敵対することだけは避けなければならなかった。

 それに比べて、ジベル、イシカ、ラクシャ辺りとは事を構えてもなんの問題もなく、故にガンディア政府は強気に出ることができた。

 ラクシャは恭順の意を示すとともに、ジゼルコートに従った責任を将軍らに負わせた。つまり、ジゼルコートに与したのは軍部の暴走であり、国家元首たるラクシャ国王を始めとする政府首脳陣には責任がないと言い張っているのだ。将軍らの首を切り、軍の上層部を総入れ替えしたラクシャに対し、ガンディア政府はまだなんの反応も示していない。ミオン方面の軍備を整えることでラクシャ政府に無言の圧力を加えながら、ラクシャの言い訳を待っている段階だった。

 エインたちは、ラクシャのジゼルコート軍参加が軍部の暴走などではないことくらいお見通しなのだ。ラクシャは、ガンディアの従属国だ。レオンガンドに従属したはずの国であり、それがレオンガンドに反旗を翻したのだ。もちろん、最初から反旗を翻すことを目的として従属したのだろうということはわかっているが、レオンガンドと主従の契りを交わしたという事実は消えない。ガンディアは、従属国たるラクシャからは搾り取れるだけ搾り取ろうという魂胆だった。

 他方、同盟国ジベルはというと、それこそ軍部の暴走といってもよかった。国王セルジュ・レイ=ジベル直筆の書間により、将軍ハーマイン=セクトルが国王の意志など無視して国を動かし、ジゼルコートと同調したということがわかっている。ジベルは、先の国王アルジュの時代から、ハーマイン将軍が政治と軍事を司り、国家の運営さえも任されていたという国だ。アルジュが死に、セルジュという年若い王が誕生したとき、ジベルの運命は決まったも同然だったのだろう。

 政治の機微も知らないような若い王子よりも、長きに渡って国を支え続けてきた将を支持するのは当然のことで、ジベルは、セルジュが王位についてから傀儡政権と化していたのだ。その行き着く先がハーマインの暴走であり、ハーマインはおそらくレオンガンド政権が倒れることにより、ジベルの未来がより良くなるものと信じたに違いない。だが、ハーマインの思惑は外れ、ジゼルコートの謀反は失敗、ジベルは慌ててすべての責任をハーマインに押し付け、ガンディア政府に弁明を行ったのだ。

 エインがジベルに向かっているのは、そういう状況下だった。

「しかし、軍師様みずから赴く必要あるのかねえ」

「軍師だからこそ、ですよ」

「うん?」

「軍師だからこそ、好き勝手やれるということもあります」

「好き勝手……か」

「ま、ジベルがなんの問題も起こさなければ、好き勝手もなにもないんですけど」

「なんで笑顔なんだか。怖い怖い」

 ドルカが肩を竦めるのを見て、エインは、小さく笑った。

「イシカは、どうなってるんだっけ?」

「イシカは、強情ですよ」

 今度はエインが肩を竦める番だった。

「イシカがジゼルコートについたという証拠はない。レオンガンド暗殺未遂は、サラン=キルクレイドが勝手にやったことであり、国は無関係、被害者であるとのたまう始末。さらにイシカの意向を無視したサランさんと星弓兵団を処断するために国に返して欲しいとまでいってきてますからね」

「……なんていうか、酷い話だな」

「しかし、やり方としては、普通じゃないですか。命じておいて、事が露見すれば素知らぬ顔。どこにだってありふれた話です。弓聖ほどの実力者を犠牲にするのはどうかと想いますけどね」

「確かになあ。ガンディアでいや、セツナ様を差し出すようなものか?」

「少し……違うような気もしますが、まあ、そんな感じでしょうね」

 サランは、弓の名手であり、弓聖の二つ名で知れ渡る人物だ。その弓の腕前は、数多の弓使いの憧れといってもよく、彼の放つ矢は神の矢の如くであると讃えられてもいる。実際、その腕前を目の当たりにすれば、だれもが弓聖の二つ名に納得するほどだ。しかし、セツナほどではないだろう、というのがエインの考えだった。

 弓聖サランは確かに強力な駒だ。イシカにおいては代替が効かないほどの人材だろう。だが、ガンディアにおけるセツナほどかといわれると疑問符が残る。ガンディアにとってセツナはいなくてはならない存在だが、イシカは、サランを失っても問題はないと考えていたのだ。でなければ、レオンガンドの暗殺をサランひとりに任せたりはしないはずだ。

「とはいえ、イシカがどれだけ強情でも、ガンディアには関係ありませんが」

「確かにその通りだな。俺たちにゃあセツナ様がついている」

 ドルカがにやりと笑った。セツナとサランは、格の違う存在だとでもいいたいのかもしれない。つまり、ドルカもまた、エインと同じように考えていたということだ。

「さて、そろそろ行きますかね」

 エインは、ぬるくなったお茶を一息に飲み干して、ニナを見た。

「ニナさん、お茶美味しかったです。ありがとう」

「いえ」

「道中、気をつけなよ、軍師様」

「ええ。大軍団長も、昇進したからといって羽目をはずしすぎないように」

「わかってるよ」

 振り向くと、大軍団長は立ち上がり、姿勢を正して見送ってくれていた。

「あなたには大将軍になっていただかなくてはならないんですから」

「……ああ」

 エインはドルカが真面目な顔でうなずいたのを見て、安心した。彼ならば、将来、ガンディアの大将軍に相応しい人間としての自分を作り上げていってくれるだろう。大将軍の座に必要なのは、実績だけではない。人格も相応しいものでなければならないし、人望も当然、必要となる。ドルカは、ログナー人将兵の間でこそ人気があり、大軍団長への昇進を喜んでくれるものも多いが、ガンディア軍全体を見れば、まだまだ認知度は低い。

 軍の頂点たる大将軍の座につくには、これからもっともっと働いてもらわなければならないということだ。

 ガンディアをよりよい国にするためには、エインの考えを汲み取り、望み通りに動いてくれる人材が権力を持ってくれなくてはならない。

 それには、ドルカ=フォームが望ましい。

 そう、エインは考えている。

 そして、ガンディアをよりよい国にするための仕事のひとつとして、彼はジベルに向かわなければならなかった。


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