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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百三十五話 許すということ(前)


「なぜ、このような場所に? それも突然、なんの前触れもなく……」

 エレニア=ディフォンは、セツナを認識するなり、明らかに動揺していた。当然だろう。彼女にとっては予期せぬ出来事だったはずだ。セツナは、ここに訪れることを彼女には知らせていなかったし、知らせる暇もなかった。役所からここまで駆け抜けてきたのだ。

「エンジュールには今日ついたばかりだし、ここに来るのもいまさっき思い立ったことだからな、確認する暇もなった。そのことについては謝るよ」

「いえ……セツナ様が謝られることなどではございませんが」

 彼女は、ゆっくりと息を吐いて、心を落ち着かせるような素振りを見せた。

 

 久々に対面したエレニア=ディフォンは、軍人としての現役当時とほとんど変わらない体型を保っていた。均整の取れた体型は、いまも訓練を怠っていない証左だろうし、その事実は、エンジュールに関する逸話からもよくわかる。容貌は、端的にいえば美人であり、彼女が市街地に住んでいれば言い寄る男もひとりやふたりではなかったかもしれない。彼女がそんなことを考えて郊外に移住することを願い出てきたとは考えにくいが、可能性としてはありうる。

 そんなことを考えながら、セツナは、彼女が洗濯物を干し終えるのを待っていた。前触れもなく急に押しかけたのだ。相手の用事が終わるまで待つのが押しかけた側の礼儀というものだろう。押しかけた時点で礼儀もなにもあったものではない、という事実にはこの際目を瞑る。

「なんの……ご用事でしょう?」

 洗濯物を干し終えたエレニアは、慎重に、言葉を選ぶようにして問いかけてきた。

 エレニアの住む屋敷の敷地内。広々とした前庭には、なにがあるわけでもない。物干しと、風に揺れる洗濯物が揺れているくらいなもので、ほかには取り立てて珍しいものはなかった。

「あなたには、エンジュール領伯として感謝しなければならないことがある」

 セツナの言葉にエレニアは怪訝な表情を解いたものの、まだ納得出来ないところがあるようだった。理由はわかったものの、わざわざ自分の家に訪れる意味がわからない、とでもいいたげな表情。実際、その通りだ。彼女に感謝を示すのであれば、もっと別の方法がある。セツナは、そのことについて、軽く触れた。

「本来ならば、公式にその功績を表彰するべきなのだろうが、なかなかそういうわけにもいかなくてね」

 領伯として、領地の防衛に尽力してくれた彼女に感謝状なり褒賞を出すことは不可能ではない。むしろ、そのほうが領伯として相応しい対応のように想えるのだが、ゴードンたちが盛大に反対したのだ。エレニアは、重罪人であり、その罪を背負って生きていくべき人間であり、いくら彼女のおかげでエンジュールが護られたからといって、安易に表彰するべきではないというのだ。そんなことをすれば、示しがつかない、というのがゴードンたちの意見であり、セツナはそれに反対しなかった。エンジュールのことはゴードンたちに任せているのだ。エンジュールにとって最良の方法を選んでくれているのだから、セツナが意見を押し通す意味はない。

「当然のことだと想いますわ、セツナ様。わたくしは罪人。表に出るべき人間ではございません」

「だが、あなたはエンジュールをルシオン軍から護るために立ち上がり、協力してくれた。あなたの協力があったればこそ、エンジュールはルシオン軍に蹂躙されずに済んだそうじゃないか」

「……黒勇隊の皆様がわたくしの指示に従ってくださったからですよ」

 彼女は、つとめて謙遜して、そう言い返してきた。本音も混じっているのだろうが。

「それは、あなたがエレニア=ディフォンで、エレニア=ディフォンがログナーの騎士としてログナーの人々の記憶に焼き付いてきたからでしょう」

「だから、なんだというのです」

「なにも」

 セツナは、エレニアの強気なまなざしを受け止めながら、微笑みを返した。

「俺はただ、あなたに感謝を示したいだけさ。領伯としてね。このエンジュールは、一応、俺の領地ということになっているからさ」

「一応もなにも、セツナ様の領地でございましょう。だから、わたしのようなものも生きていける」

「ま、そういうことだから、話に来たってだけのこと」

「わたくしはただ、愛する我が子の生活を護りたかった――ただそれだけですよ」

「ひとが剣を手に取り、立ち上がる理由なんてそんなものでしょう」

 セツナは、屋敷を見遣り、それから中庭に視線を戻した。エレニアとその親族が住む屋敷は大きいが、それくらいでなくては家族ともども生活することはできないだろう。ディフォン家は、いまや彼女を拠り所としている。

 エレニアがエンジュール防衛に成し遂げた役割というのは、極めて大きいものだった。

 ログナー方面に侵攻し、マルスール、マイラムを瞬く間に制圧したジゼルコート・ルシオン軍が、つぎの標的にバッハリアを選んだという報せがエンジュールに入ると、エンジュールは混乱に見舞われた。エンジュールは、バッハリア近郊の街だ。バッハリアを攻め落とすための拠点としてエンジュールを利用するため、まずエンジュールを攻撃してくる可能性が高かった。

 バッハリアに常駐しているのは通常、ログナー方面軍第四軍団であり、第四軍団はマルディア救援軍に参加しており、代わりにザルワーン方面軍の軍団が入っていた。そのザルワーン方面軍の軍団は、ルシオン軍の動きに対し、バッハリアを護るために警戒態勢に入ったものの、エンジュールには戦力を寄越さなかった。バッハリアの防衛で手一杯だったからだ。エンジュールに戦力を割けば、バッハリアを守り抜くことは難しいと判断された。

 エンジュールは、独力でルシオン軍を撃退しなければならなくなった。

 幸い、エンジュールにはセツナの私設軍隊である黒勇隊五百名がおり、必ずしも無力ではなかったものの、いかんせん、黒勇隊は実戦不足だった。ルシオン軍の一部隊が攻め込んでくるという情報が飛び込んできただけで、黒勇隊の指揮系統は混乱した。そんなときゴードン=フェネックが持ち前の指揮力を発揮し、黒勇隊の混乱を収めたものの、彼にはルシオン軍の精兵を撃退するだけの戦術を用意することはできなかった。

 エンジュールに攻め寄せたルシオン軍は白天戦団の五百名だったという。黒勇隊も五百名。数の上では互角であり、エンジュールという自然の要害の中にある都市に護られた黒勇隊のほうが有利と考えられた。だが、圧倒的な実戦経験の差と、ルシオン軍という世に知れた精強なる軍勢を目の当たりにすれば、黒勇隊の隊士たちが竦みあがるのも無理のない話だった。

 エンジュールの南西に展開した黒勇隊は、ルシオン軍との緒戦において、為す術もなく敗退し、エンジュールに逃げ込んだ。籠城戦に入ったものの、援軍は期待できなかった。ルシオン軍は、同時にバッハリアにも攻め込んだからだ。エンジュールを護るには、ルシオン軍を撃退するしかない。だが、黒勇隊は頼りにならない。

 ゴードンは意を決して陣頭指揮を取ろうとしたが、秘書がそれを諌めた。司政官には司政官の役割があり、それは軍の指揮ではない、と。

 ゴードンは、それでもザルワーン戦争を生き抜いた意地があると食い下がったが、結局は秘書の説得に従った。

 ほとんど初めての実戦に震え上がる黒勇隊だったが、そんな彼らを知ってひとり立ち上がったのが、エレニアだったのだ。

 エレニアは、黒勇隊は当てにならない、と、ログナーの騎士時代の鎧兜を身に着け、馬を駆ってエンジュールに迫っていた敵陣を強襲した。たったひとりでの襲撃という愚行に対し、ルシオン軍はエンジュール側の計略だと考え、エンジュールへの攻撃を慎重なものへと変えた。その強襲の際、エレニアはルシオン兵二名を殺害、三名に手傷を負わせている。

 そこからさらに二度ほど敵陣を強襲し、数名の死傷者を出した上で彼女はエンジュール市内に戻った。ルシオン軍は、エンジュール側を猛烈に警戒するようになり、その慎重な歩みにより、エンジュールへの侵攻は遅れに遅れた。

 ゴードンも黒勇隊もエレニアの活躍に感化され、奮い立った。

 特に黒勇隊は、ログナー人が数多く参加していることもあり、騎士エレニア=ディフォンの名を思い出し、彼女の健在ぶりに心打たれるものが続出したという。エレニアは、ガンディア人にとっては罪人であり、恨まれているものの、ログナー人の多くにはそれほど悪く思われてはいなかった。むしろ、よくやったと内心想っているもののほうが多いだろう。

 セツナは、ログナー人に恨まれている。

 そんな彼女がエンジュールのために立ち上がったとあれば、黒勇隊に属するログナー人が奮起しないわけにはいかなかった。

 黒勇隊長クライブ=ノックストンは、エレニアに指示を仰いだ。エレニアは、罪人ということで散々断ったものの、あまりにも頼られるから、仕方なく指揮官となり、ルシオン軍との戦いに参加、エンジュールの地形を利用した巧みな戦術でルシオン軍を撃退した。

 それは黒勇隊の初勝利といってもよかった。

 また、黒勇隊はこれによって実戦を経験したということになり、役所で対面した黒勇隊長クライブを始めとする幹部たちは、以前にもまして凛々しくなっていた。彼らは、口を揃えてこういうのだ。

『エンジュールのことはおまかせください、セツナ様』と。

 エンジュールの行政はゴードンたちに任せ、防衛は黒勇隊に任せればいいということだ。

 それによりセツナは、安心してエンジュールを離れることができるのだ。

「……罪は罪だ。消えることはない」

 セツナは、エレニアに視線を戻し、彼女の凛とした顔を直視した。そこには、かつて見た暗さはなかった。セツナへの恨み、憎しみ、悪意――そういった負の感情が一切、見えなかった。表面に現れていないだけなのかもしれない。本質は、変わっていないのかもしれない。しかし、それでも十分すぎるほどの変化だ、と、彼は思わずにはいられない。

 愛する我が子や家族との日々が、彼女の心に安らぎをもたらしたのだろうか。

「けれど、罪は、赦すことだってできる」

「なにを……仰りたいのです?」

 エレニアが眉根を寄せた。

「もしあなたにその気があるのなら、黒勇隊に入りませんか?」

「御主人様!?」

「セツナ様……正気ですか?」

 レムとエレニアがそれぞれに驚き、愕然とした声を発した。

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