第千五百十八話 望みの彼方(七)
「わたしがなにを悩むというのですか」
ウルクは、セツナに似た魔晶人形を見据えた。
「人間と魔晶人形の差異に、といっただろう」
魔晶人形は、極めて人間的な仕草をしながら、いってくる。その仕草は、セツナが普段、よくするもののようだった。ウルクは、平時もセツナの護衛を行っているが、なんの危険性もないときは、セツナだけを観察していることが多い。セツナがどのような表情をして、どのような仕草をして、どのような言葉を紡ぐのか、常に見ているし、聞いているのだ。
魔晶人形の言動は、ウルクの記憶の中のセツナそのものといっても差し支えがない。もちろん、セツナは人間であって魔晶人形ではなく、目の前の魔晶人形がセツナであるとはこれっぽっちも想わないし、認めるわけもない。人間が魔晶人形になることなど、ありえないことだ。
「君は、自分が魔晶人形で、俺が人間であるという違いに苦悩している。そうだろう。君はずっと見てきたものな。人間同士と、人間と魔晶人形では、俺の接し方もかわる。致し方のないことだ。魔晶人形たる君には、人間と同じように接しようがない」
「当然のことです。わたしは魔晶人形で、人間ではありません」
「だから、思い悩む」
「意味がわかりません」
ウルクは、思考の中に紛れた雑音が時間とともに肥大していく事実に困惑していた。困惑しているということそのものに混乱する。
「あなたはなにをいっているのですか」
「だから、君の本心をいっているんだよ」
「本心?」
「君は、ファリアやミリュウたちのように俺と触れ合いたい――そう望んでいる」
「わたしはセツナを護るために存在する。それだけがわたしのすべて」
「そう思い込もうとしているだけだろう?」
魔晶人形は、こちらをじっと見ていた。表情はない。人形なのだ。無表情かつ、無機的なそれは、彼が生き物ではないことの証であり、魔晶人形であるということを宣言している。
「君の心は、そう想っていないんだよ」
「心……」
「そう、心。魔晶人形でありながら心が発現した君は、君に命を与えてくれる存在である俺に感謝し、また、俺との触れ合いの中で、俺に好意を抱いた。ミリュウやレムが羨ましくなった。自分が人間ならば、彼女たちのように俺と触れ合うことができるというのに、どうして自分は人形なのか」
声が響く。
「人形は人形。人間にはなれない。君の中には絶望が生まれつつあった。人間と人形という絶対境界線を越えることなど、なにものにもできはしないからだ」
「……あなたは、先程からなにをいっているのですか」
「いっただろう。君の本心だと」
「それのどこがわたしの本心なのですか。あなたが勝手にいっているだけではないですか」
「だが、事実だ」
それは、いう。
「人間と人形の差異を埋めるための方法は、どちらかがどちらかに寄るしかない。人形は人間になれない。それならばいっそ、人間が人形になればいい。君の望みは、短絡的だ。俺の魂を俺そっくりの魔晶人形に封じ込めることができれば、差異に悩む必要はなくなる」
「それがあなただというのですか」
「そう。それが俺だ。君の望む魔晶人形のセツナなんだよ」
「残念ながら、わたしはセツナに魔晶人形になって欲しいなどと考えたことはありません」
ウルクは掲げたままの右手を開いた。心核より生じた波光が躯体内を辿り、右手の先に収束する。波光砲。躯体が損傷したこともあり、最大出力の波光大砲を発射することはできないものの、低出力ならば発射可能だ。その程度の出力では、魔晶人形を破壊することもできないだろうが、ウルクは構いはしなかった。
討たなければならない。
目の前の人形は、ウルクの主を侮辱する存在だ。
「それにあなたはセツナではありませんね」
「いや、セツナだよ。君の望むセツナがここにいる。魔晶人形に生まれ変わったセツナ=カミヤがね。人形同士となったんだ。もう差異に悩む必要はない」
「いえ。あなたはセツナではありません」
ウルクは、断言する。魔晶人形であること自体、セツナではないという証明なのだが、もし仮に人間の魂を魔晶人形に封じる方法があり、それによって目の前の魔晶人形が誕生したのだとしても、それはウルクが護衛対象と認識しているセツナとは違うものだ。
そもそも、ウルクには、セツナとセツナ以外の存在を区別できている。たとえセツナそっくりの人間であっても、セツナではないと断定できる。ニーウェ・ラアム=アルスールは確かにセツナそのものといっていいほどによく似ていたが、彼はセツナではなかった。
ニーウェからは“特定波光”を感じ取ることはできなかった。
ウルクに命を与え、突き動かす“特定波光”は、セツナだけが持つまさに特別な波動であり、目の前の魔晶人形からもそれを感じ取るようなことはなかった。故にウルクがセツナを名乗る魔晶人形に騙されることなどなかったのだ。
ただ、困惑しただけのことだ。
ウルクの中にそういった願望があるなどとは思いも寄らないことだ。
感情がある、という。
ミドガルドや研究員たちが長らくウルクの中に見出だせなかったそれは、セツナとの接触以降、ウルクという金属の躯体の中に生じ、周囲からの様々な影響を受けて、明確に成長しているのだ、と、ミドガルドはいう。
ウルクには、わからない。
ウルクは、ただの人形だ。魔晶人形と命名された人型戦闘兵器。自我が芽生え、意識を持ち、自己を確立したのは、必然などではなく偶然の産物であり、ミドガルドたちですらどうしてそうなったのかわかっていない。感情の発露、精神の成長といってものが起きたのだとしても、なんら不思議ではないのだとミドガルドは考えているようなのだが、それもウルクには理解できないことだった。
理解できないことばかりだ。
いま、ウルクの思考の中に渦巻く異様な想いも、なにがなんだかわからなかった。ただ、許せないと想っている。目の前の人形が、セツナを騙り、ウルクの想いさえも踏み躙っていることがどうしようもなく許せない。
そういう感情を、人間は、怒り、というらしい。
「あなたはただの魔晶人形に過ぎません」
「違う。俺は、君の望み通り、魔晶人形になったんだよ。その事実を受け入れるべきだ」
「事実?」
ウルクは、偽者の言葉を反芻しながら、出力を上げた。心核から溢れる波光の力を右腕に収斂し、手の先へと集約させる。莫大な波光が膨大な熱量を生む。ミドガルドに禁じられた以上の出力だが、ウルクはそれを止めようとは想わなかった。論理的思考ではない。まさに感情的な考え方といっていいのだろう。そして、それこそがいまの自分に必要なものなのだとウルクは考え、切り捨てる。
「違います」
「違わないよ。ほら、黒き矛がここにある。これが俺が俺である証だ」
魔晶人形の手には、確かに黒き矛が握られていた。セツナの代名詞ともいうべき漆黒の矛。セツナが生き抜いてこられたのは、その矛のおかげだという。また、ウルクがセツナの波光を感じ取り、起動したのも、黒き矛があったればこそなのだ。セツナが持つ“特定波光”は、黒き矛を介して解き放たれた。黒き矛がなければ、ウルクが起動することも、セツナと巡り合うこともなかったかもしれない。
だからウルクは、魔晶人形の持つそれが本物の黒き矛とまったく同じ形状をしたものだということを認識したのだ。しかし、だからといって、人形がセツナであるという証明にはならない。
「ならばなぜ、わたしはあなたにセツナを感じないのですか」
ウルクは、魔晶人形の赤く輝く目を見据えた。セツナを模したのであろうその目の輝きは、いかにも無生物的であり、魔晶石の光そのものだ。それは人間の目の光ではない。セツナの目ではない。
「ならばなぜ、わたしはあなたに怒りを感じるのですか」
怒りに身を任せ、波光大砲を発射する。
右手の先に収束した波光の力が膨大な光となって前方へと拡散し、ウルクの視界を青白く塗り潰す。莫大な熱量が大気を焼き焦がし、破壊の奔流が渦を巻く。最大出力の波光大砲。その威力、攻撃範囲、射程、どれをとっても凄まじいというほかなく、ウルクの視界に映る範囲のほぼ全域が攻撃対象となった。そうでもしなければ魔晶人形を完全に破壊することはできないと判断したのだ。その結果、右腕の損傷が悪化したとしても、仕方のないことだ。
躯体は、修復できる。
しかし、セツナの偽者を破壊できるのはいましかない。
爆風と熱気に煽られながら、ウルクは、目の前に魔晶人形の残骸も残っていないことを確認し、警戒を強めた。波光大砲の直撃を受けたのだ。粉々に破壊されていたとしても不思議ではないが、消滅などするはずもない。魔晶人形の躯体は、精霊合金を用いる。精霊合金は、特定の波光を浴びることで強度が変動するという金属であり、仮にセツナの偽者の躯体がウルクと同じように精霊合金を用いて作られたものであれば、波光大砲の直撃にもある程度は耐えられるはずだ。跡形もなく消し飛ぶことなど、ありえない。
「なぜだ。なぜ、受け入れない……!」
声は、後方から聞こえた。
「なぜ……!」
振り向くと、半壊した魔晶人形がいまにも崩れ落ちそうな態勢で立っていた。直撃を受けた外殻は壊滅的なまでに損傷し、セツナに似ていた部分は完全に失われている。髪は焼け、内殻の一部も損壊が激しい。骨格にまで影響が出ているように見受けられた。
ウルクは、今度は左腕を掲げた。右腕はもはや使い物にならない。波光の過剰出力のせいだ。
「俺は、君の望みだ……!」
「いいえ。違います」
連装式波光砲による連続射撃。
波光の砲弾をつぎつぎと発射し、魔晶人形の内殻、骨格への損傷を増大させていく。光弾は吸い込まれるようにして敵躯体に直撃し、爆発を起こす。その爆発も威力も波光大砲に比べれば些細なものだが、こちらは連射が可能であり、ウルクは、敵魔晶人形を内部から破壊するべく砲弾を一点に集中させた。
「わたしの望みは、セツナとともにあること」
セツナと名乗った魔晶人形は、抗うこともなく、波光砲が起こす爆発光の中へと飲まれていった。
「それだけです」
ウルクは、魔晶人形が跡形もなく消え去ったことに疑問を感じたものの、セツナの偽者を自分の手で処理することができたことに対しては、湧き上がってくる感情そのままに喜んだ。
そして彼女は、自分の中の感情と向き合った。




