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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百十四話 望みの彼方(三)

「問題……」

 シーラは、彼の言葉を反芻して、戸惑うほかなかった。

 それは、彼が突如として現れたからだ。なんの前触れもなければ、なにかが起きたわけでもない。だれだって忽然と姿を見せれば、驚くものだろう。

 現れた人物は、セツナだ。

 セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド・セイドロック。あまりに長たらしい公式名だが、それは彼の立場を示すのに必要なことだった。エンジュールおよび龍府およびセイドロック領伯にして王宮召喚師セツナという彼の肩書きを名前に込めることで、初めて逢った相手にもよくわかるだろう。もっとも、王宮召喚師という肩書きが理解できるのは、ガンディア近隣だけだろうが。

 そんなことを考え込んでしまうくらい驚きを覚えたのは、彼が現れることをまったく想像していなかったからだ。

「あ、ああ……問題だらけだ。皆とはぐれるわ、どこかわからない場所に飛ばされるわで、もうなにがなんだか」

「心細かった?」

「んなわけねえだろ」

 シーラは、心配性なセツナの反応に苦笑を返すしかなかった。セツナには、そういうところがある。といって、シーラの実力を信用してくれていないわけではない。信用しきった上で、心配してくれているのだ。それは心地よい心配だった。

「俺に限って、そんなことあるはずがねえ」

「そうだな」

 セツナも笑う。

 その穏やかな笑みは、異常事態の中にいるということを忘れさせるくらいに魅力的であり、シーラはしばし見惚れた。そういうことができるのは、ほかにだれもいないからだ。ミリュウがいれば、きっとそういう反応はできなかっただろう。レムだけならばまだしも、だ。

「おまえは強いからな」

「当たり前だろ」

 シーラが照れたのは、褒められることに慣れていないからではない。むしろ、賞賛されることにはなにも感じなくなるくらいには慣れきっていた。アバードの獣姫としての戦歴は、彼女を賞賛に慣れさせるには十分すぎるほどのものだった。しかし、褒めてくれる相手が違えば、褒められるほうも反応は変わる。人間なのだ。相手によって対応が変わるのは必然といっていい。道理でさえある。それは、誰に対しても毅然と振る舞うことを教育されてきたシーラであっても、避けられないことなのだ。

 シーラは、そういう自分がいることを知ったのは、ここ最近のことだった。アバードにいたころは気づきもしなかった自分を理解することができたのは、セツナ配下の日々のおかげといってもよかった。

 セツナへの対応だけが特別なものになっていることを部下たちにからかわれることがあまりにも多く、余計に意識するようになってしまったのだ。その結果がこのざまだ。悪い気分ではないが、自分を維持できないというのはあまりいいことともいえない。

「……だが、弱い」

「ん?」

 予期せぬ言葉に彼を見ると、そのまなざしはいつになく優しかった。血のように紅い瞳には、きっとシーラの困惑気味の表情が写り込んでいるのだ。そんなことを想像させるくらいに穏やかで、柔らかな表情を彼は浮かべていた。セツナがそんな表情をしているときというのは、平時の、それもセツナがだれの相手にもならず、ゆったりとしているときくらいのものではないか。

「だから、俺が側にいてあげなきゃな」

 どきりとした。

「突然なに言い出してんだよ!?」

 声が上ずったのも、そのためだ。

「だいじょうぶ。俺が側にいる」

 優しい声音。心が震える。鼓動が加速する。血流が早まり、全身の体温が急上昇していくのがわかる。とくに、顔が熱い。

「なんの心配もいらないさ」

「セツナ……」

 シーラは、夢でも見ているような気分になった。こんな現実があるわけがない、とも想った。しかし、夢などでもないということも事実だ。これが夢ならば、遺跡調査も全部夢でなければならない。これほど現実感のある夢があるとは考えたくもない。では、これは現実なのか。

 彼女は、セツナを見ることができなかった。彼の優しい微笑みを見るだけで心が溶け、魂までも蕩けてしまうのではないかという危惧がある。それでいいじゃないか、という想いもあるのだが、それではだめだ、と言い張る自分もいる。

 葛藤が、彼女の理性を繋ぎ止めている。

「どんな恐ろしいことが起きたって、俺がおまえを守る。おまえだけは、絶対に守り抜くさ」

 それは甘美な未来を想像させる言葉ではあったが。

「……てめえ、なにもんだ?」

 シーラは、セツナによく似たその人物を睨みつけた。

「シーラ?」

「セツナじゃねえだろ」

 急速に冷えていく肉体と冴え渡る意識に、自分もまた、ミリュウ以上に現金な人間だということを理解する。が、苦笑はしない。受け入れ、認める。そのとおりだ。自分も、彼女と同じだ。セツナなくしては生きていけない人間になってしまった。そうなってしまったのだ。もはやどうすることもできない。たとえセツナが自分以外のだれかに結ばれたとしても、自分の未来にそういう可能性が残されていないのだとしても、セツナに嫌われたのだとしても、彼のいない世界は考えられなかった。

 だからこそ、セツナからの賞賛には照れるし、セツナに甘い言葉を囁かれれば、心を解き放ちもするのだ。

 だからこそ、目の前の人物がセツナではないと判明した瞬間、彼女の意識は冷静さを取り戻し、それを敵と断定するのだ。

「どうしたんだ? 俺は、俺だよ」

「違えよ」

 頭を振り、再び睨みつける。目の前の人物は、確かにセツナそのものだ。頭の先から足の爪先までセツナそっくりだ。寸分違わぬとはまさにこのことで、ここまで再現できるような能力があれば、それはとんでもないことだった。実際、シーラは途中まで完全に騙されていた。

「てめえはセツナじゃねえ。断じて、な」

 ハートオブビーストを構え、切っ先を相手に向ける。セツナの姿をし、セツナの表情を浮かべ、セツナの声で言葉を繰る人物。

 それは、許されないことだと彼女は想った。セツナの尊厳を踏みにじるだけでなく、シーラの気持ちをも蹂躙する行いにほかならない。

「セツナはな、俺だけを守るだなんていわねえんだよ」

 少し寂しいことだが、しかし、そこが彼の魅力だということもシーラは理解している。

「……これはおまえが望んだことなのにな」

「望んだ? 俺が?」

 シーラは、相手の言葉の意味がわからず、怪訝な顔をした。

「なにを……?」

 セツナが、黒き矛を構えた。


 

「あなたはだれですか」

 ウルクは、目の前に佇む魔晶人形を警戒しながらも疑問を覚えずにはいられなかった。

 眼前に立ち尽くすそれは、確かに魔晶人形そのものだった。髪色はウルクとは異なり黒く染められ、魔晶石の目から発せられる光も紅く、彼女とは大きく違うのだが、躯体は、魔晶人形そのものだった。精霊合金製の装甲で覆われた特別製の躯体。その上から《獅子の尾》の隊服を身につけている。鎧を着込んでいないのは、精霊合金の躯体には不要だからだ。いくら新式と呼ばれる鎧が強力でも、躯体以上の防御性能を誇るはずもない。防具とは、か弱い肉体を守るためのものだ。躯体よりも脆弱な鎧を纏うことになんの意味もない。ウルクが隊服の上に鎧を纏わないのはそういう理由からだったし、隊服を身に着けているのも見た目以上の理由はない。

 ウルクが疑問を抱いたのは、自分以外の魔晶人形が存在するということに対してだ。

 もちろん、神聖ディール王国の魔晶技術研究所は、ウルク以外にも多数の魔晶人形が開発されていた。しかし、起動実験に成功し、現在も起動しているのはウルクだけであり、ウルク以外の魔晶人形は起動することもなく、ただ躯体を保管されているだけに過ぎない。そして、ウルクの起動に成功したことで、研究員たちの興味はウルクに集中し、ウルク以外の魔晶人形は放置されることとなった。仕方のないことだ。まずはウルクがなぜ起動したのかを解明しなければならないし、解明したのだとして、ほかの魔晶人形も同じ方法で起動するのかどうか。なにぶん、ウルクの起動には、人智を越えた奇跡のようななにかが関わっており、それを人間の力で再現できるものなのか、ミドガルドですらわからないということだった。

 ともかく、ミドガルドがウルクを連れて研究所を離れたころに起動できた魔晶人形はウルクただ一体だけであり、ウルクが目覚めて以降、ウルク以外の魔晶人形で起動実験が行われたという記録もなかった。そして、研究所長であるミドガルドが研究所を離れているいま、彼の部下たちが勝手に起動実験を行ったり、魔晶人形の開発を進めるようなことはない。

 魔晶人形の研究開発は極秘裏に行われていたものであり、ディール政府はおろか国王ルベレス・レイグナス=ディールにさえ報告していないのだ。政府や国王が魔晶人形の完成や量産を急がせるようなことは、ありえない。

 ミドガルドが研究所を長期間空けることができたのにも、そういった理由がある。

 魔晶技術研究所は、王家直属の研究機関ではあるが、ミドガルド=ウェハラムが私物化しているといってもよく、政府も王家も気軽に口を出せなかったりもする。魔晶技術研究所――引いてはミドガルド=ウェハラムのこれまでの聖王国への貢献度を考えれば、それくらいのことは当然だというのが研究所職員たちの意見だった。

 つまり、ウルクたちが研究所を離れた後、王や政府の命令で魔晶人形が開発されているはずはなく、いま、目の前にいる魔晶人形が一体どういう由来のものなのか、ウルクにはまったくわからなかった。疑問だけが膨れ上がる。

「わからないか? 俺だよ」

「だれです」

「セツナだよ。君の護衛対象のね」

 魔晶人形は、臆面もなくそのようなことを告げてきて、ウルクの思考に小さな混乱を生んだ。目の前に立っているのは、魔晶人形だ。精霊合金製の躯体と魔晶石の目を見れば一目瞭然だ。頭髪も人間の髪ではない。戦闘に耐えられる特別製なのだ。どこをどう見ても、人間ではない。

 確かに、よく見てみれば、外見上はセツナに似ている部分も多い。黒い髪に紅く発光する目、顔立ちなども完全に近く再現している。しかし、魔晶人形は魔晶人形だ。人間とは違う。血の通った生き物ではないのだ。その違いについては、ウルクは数え切れないほど教えられ、勉強し、学んだ。

 魔晶人形と人間は、一目瞭然で違う存在だった。無生物と生物。

「セツナは人間です。魔晶人形ではありません」

「魔晶人形になったんだよ」

 魔晶人形は、自分の胸に手を当てるような仕草をした。セツナの仕草を真似ているとでもいうのだろうか。

「君の望むままに」

「なにをいっているのか、まったく理解できません」

 ウルクは、セツナと名乗る魔晶人形を見つめながら、混乱するままに言葉を紡いだ。

「魔晶人形になるとはどういうことですか。魔晶人形は作られるものであり、なるものではありません。ましてや人間が人形になることなど、ありえません」

 魔晶人形は、人間の手によって作り出され、奇跡の産物として起動に成功した物体だ。ミドガルドたち研究者、技術者たちの想いを込めて作り上げた躯体こそ人間に似せられているものの、本質は、まったくの別物といっていい。ミドガルドたちが人間の形にこだわらなければ、ウルクは、まったく別の姿、まったく別の機能を有した存在としてこの世に誕生していたかもしれない。

 そういう意味でも、ミドガルドに感謝しなければならない。

 人間に極めて酷似した姿であるからこそ、セツナたちと触れ合うことができるということをウルクは理解している。

「あなたは、いったいなにをいっているのですか?」

「なぜわからない。俺は君の望むままに魔晶人形になった。それでいいじゃないか」

 セツナに似た姿の魔晶人形が発する声も、よく聞けば、セツナの声に似ていた。大きく異なるのは、そこにセツナらしさがないことだ。セツナの声には熱がある。ウルクに熱をもたらす力があるのだ。それが、魔晶人形の声にない。

 ただし、魔晶人形の声も、まったくの無力というわけではない。

「人間と魔晶人形の差異が君を悩ませていた。違うかい?」

「差異? 悩む?」

 魔晶人形の声と言葉は、ウルクの思考に雑音となって入り込み、混乱を深める力を持っていた。

「わたしが、悩む?」

 ウルクは、理解しがたい奇妙な異変の中で、困惑した。

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