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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千五百十一話 門の試練

 広い空間だった。

 ブリークが“巣”を形成していた空間よりも余程広い。元々、天井までが高い遺跡だ。通路の横幅も広く、戦鬼グリフすら余裕で通過できるだろう。これまで通過してきた広間はそんな通路よりも広かったが、それら広間に比較して数倍の広さが、この空間にあった。天井まで二倍近い高さがあり、横幅はそれ以上にあった。先程までの部屋とは異なり、正方形の空間ではない。長方形であり、正面に巨大な門が鎮座している。

 門はただそれだけで他を圧倒するような印象があった。材質は壁や床と同じもののようだが、壁などと違って表面に変化が加えられていた。複雑な起伏があり、それが紋様となっているように見える。門の中心には巨大な宝玉が嵌め込まれており、それだけでも壁や床とは異なる印象を受ける。

「門があるってことは、この先に道があるのよね?」

「でしょうね」

「どうやったら開くのかしら」

 ミリュウは、興味津々に門を見ていた。彼女の知識欲が掻き立てられるのかもしれない。そういうところを見ると、彼女も生粋の武装召喚師なのだと思える。武装召喚師は、日々、研鑽を怠ってはならない生き物だ。研鑽を怠れば、その途端、力を失うといわれ、信じられている。武装召喚師を志すものは、例外なく、日々の研究や鍛錬に熱心であり、そうでなければ一流の武装召喚師たりえないのだ。ミリュウが武装召喚師になったのは、彼女の望みではないにせよ、一流と呼ばれるに相応しい実力者であるということはつまり、それに相応しい人間だということだ。

 また、彼女にはリヴァイアの“知”がある。数百年に渡って蓄積された知識や記憶が、彼女の知識欲の源になっている可能性も否定できなかった。

「それを調べるのが調査団の仕事だろ。俺達は護衛だ」

 セツナは、調査に乗り出した調査団員たちを横目に見ながら、壁に凭れた。皇魔やそれ以外の生物がいる気配はなく、安心して調査結果を待つことができた。だからといって黒き矛から手放すことはない。黒き矛を握っているからこその五感なのだ。副作用による強化は、召喚武装を手放しても数秒は保つ。数秒だけだ。頼りにはならない。

「御主人様が破壊してしまう、というのはいかがでしょう?」

「遺跡を台無しにする気かよ」

 レムの提案をシーラが呆れた。

「いい案だと想ったのでございますが」

「最悪の案だよ」

「なんと……」

 言葉を失い、立ち尽くすレムの様子に、セツナは仕方なく声をかけてやった。

「最終手段だな」

「御主人様……」

「なんだよ」

「お優しい」

「そんなことで感激すんなよ」

 わざとらしく抱きついてきたレムを、だからといって邪険に払うこともできなかったのは、セツナの中の心境の変化が大きく影響している。

「そうよ、そんなことでくっつかないでよ。セツナはあたしのよ」

「なにいってんだか」

 シーラは、今度はミリュウに呆れなければならなかった。

 ウルクはそんな様子を眺めながら、小首をかしげるだけだったが。


 ウィル=ウィードらによる調査は、一向に捗らなかった。

 門のどこをどう調べても、なにもわからないのだ。それもそうだろう。“埋葬された文明”とは微妙に異なる遺跡だというのだ。それら“埋葬された文明”の情報を元に調査するということが、無茶な話だったのだ。

 とはいえ、ほかに調査のあてとするべき情報もないのが実情であり、調査団員たちは途方に暮れながらも、諦めない姿勢を見せていた。

 セツナたちは、調査団員が用意してくれた食事で腹ごなしをしたりしながら、調査が進むのを待ち続けた。その間、警戒し続けているものの、調査団以外の存在が確認されることは一切なかった。

 ウィルのいった通り、あの“巣”以外に皇魔の“巣”が存在することはないということだ。また、“巣”が破壊されたことで、この地に潜んでいた皇魔がすべて逃散した可能性も高いという。“巣”が破壊されるというのは皇魔にとって異常事態であり、生命の危機でもある“巣”が破壊された以上、その場に留まり続けることは危険であると本能が判断するはずだった。もっとも、数日、あるいは数十日もすれば、また別の皇魔の主が“巣”作りを行うべく訪れることもあるということだが。少なくとも、“巣”を破壊した直後は安全であるらしい。

 そういうこともあって、調査団員たちは、しっかりと調査を行うことができたようだった。皇魔がいるかもしれないと考えれば多少なりとも焦るものだが、“巣”を破壊し、皇魔が現れる可能性が皆無になったいま、なにかに怯える必要はない。皇魔以外の別のなにかがいるかもしれない、という可能性はないではないが、いまのところそんな様子もないようだ。もし、そんなものがいたとすれば、先程のブリークたちと衝突していただろう。戦闘の形跡は、ここに至るまで一切なかった。皇魔以外の別の生き物がいたという痕跡もだ。

 とはいえ、調査は進展せず、門はうんともすんとも言わないまま、時間ばかりが過ぎていった。セツナたちになにができるわけもなく、なにひとつ変わらない遺跡内の光景を見やりながら、ぼんやりと時を過ごすほかなかった。

「遺跡の中ってのがあれだけど、たまにはこうしてのんびりするのも悪くはねえな」

 シーラが伸びをしながらいうと、レムがにこやかに頷いた。

「そうでございますね。遺跡の静寂は、王都の喧騒の中とは違った味わいがございますし」

「そうねえ。こうやってセツナを満喫できる時間も必要よねえ」

「あのなあ」

 セツナは、いつも以上に積極的にくっついてくるミリュウに呆れるばかりだった。数十名の調査団員たちが一生懸命、開門方法を探っている最中ということもある。これ見よがしに抱きつかれては、セツナといえどなんともいいようがない。調査団員たちに申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、だからといって邪険にできない自分もいる。

 彼女たちのありのままの想いを受け入れよう。

 セツナの中の意識は、そういうふうに変わっている。

「いいじゃない、別に」

 ミリュウは、セツナの反応も調査団員たちの様子もまったく気にならないようだった。実際、調査団員たちのことは気にしても仕方がなかった。セツナたちには遺跡のことなどなにもわからないのだ。調査については、彼らにすべてを任せるほかなく、セツナたちは結果が出るのを待つしかない。その待ち時間をどのように使おうとセツナたちの勝手だ。もちろん、調査団員たちの気が散るようなことをしてはならないし、そこまではさすがのミリュウもしようとはしないようだ。彼女も、ある程度は場の空気を読むことができる。

「シーラ様も、ミリュウ様に習ってみてはいかがですか?」

「な、なにいってんだよ!?」

「そうよ! セツナはいま、あたし専用なのよ!?」

 レムの予期せぬ発言にシーラが顔を赤らめると、ミリュウがセツナの胸に埋めていた顔を離して、レムを非難した。レムの頭を小突く。

「だれがおまえ専用なんだよ」

「そうだそうだ!」

「そうです」

 と、シーラにウルクが続くのはめずらしい光景だった。ウルクとしては、セツナがミリュウ専用というのは認めがたいことだったのだろう。

「えー違うのー?」

「……専用じゃあ、な」

「でもでもぉ」

 どことなく子供っぽく甘えてくるミリュウに対し、セツナは否定的な反応を取れない自分に気づき、憮然とした。ラグナ喪失の影響は、あまりにも深刻だった。セツナはいま、自分にとって大切なひとたちのわがままを受け入れることしかできないのだ。

「セツナ様、よろしいでしょうか?」

「あ、はい」

 ウィル=ウィードに呼びかけられて、我に返る。ミリュウを体から引き剥がすと、彼女は泣きそうな顔をしていた。

「ミリュウ、またあとでな」

「えー……って、あとならいいのね」

「現金なやつ」

「シーラ様こそ、あとでのお楽しみになさいましょう」

「なにがだよ!?」

「あとの楽しみ?」

 レムが余計な一言をいってシーラが素っ頓狂な声を上げるいつもの光景に背を向け、ウィルに向き直る。ウィル以外の調査団員たちは、門を前になにやら深刻そうな表情で話し合っている。

「それで、なにかわかったんですか?」

「いえ、さっぱりわからないのです」

 彼は、困ったように頭を振った。

「門と思しきこの物体がどうやって開閉するのか、その構造がまったくわからないのです。門には継ぎ目もなければ、鍵穴なども見当たりませんし……かといって、この空間のどこにも門と連動する仕掛けのようなものも見つかりません」

「お手上げなのね」

「まあ、端的にいうとそうなります」

「では、御主人様が破壊するというのはいかがでしょう?」

「それも考えたのですが、とりあえず、一旦地上に戻り、明日、別経路から内部の探索および調査を続けたいと」

 別経路とは、途中の十字路のことだろう。セツナたちはここまで真っ直ぐ進んできたが、十字路の左右にも長い通路が続いていたのは間違いない。いますぐそこまで戻って調査を継続しないのは、この門に至るまでの時間と調査の時間を考慮したからだろう。かなりの長時間、ここで費やしている。このまま調査を継続するということは、遺跡内で一夜を過ごすということだ。もちろん、遺跡が広大であるという可能性を考慮し、そのための準備もしてきてはいるのだが、十字路は出入り口に近く、別経路を探索するのであれば一旦地上に出るのも悪くはなかった。一夜を過ごすのであれば、遺跡出入り口付近の野営地に寝泊まりするほうが肉体的にも精神的にも良好だろう。

「別経路にこの門を開く仕掛けがあるかもしれない、ってことですか」

「ええ。“埋葬された遺跡”には、そういった仕掛けがあるということは有名な話ですので」

「わかりました。では一度、地上に戻りましょうか」

「ええ。皆にもそう伝えますので、セツナ様方もその準備を」

「はい」

 セツナはうなずいたものの、準備というほどのものはなかった、セツナたちの荷物など、なにもないといってもいい。飲み物も食べ物も調査団員たちが運搬している。セツナたちの役割は、調査団の護衛であり、戦闘に集中するため、戦闘の邪魔

「これじゃあただセツナを満喫しにきただけよね」

「それで十分満足なんだろ」

「それはそうだけどさ」

 シーラの皮肉をなんとも思わないのが、いかにもミリュウらしい。

「かといって、遺跡を傷つけるのもな」

「それもそうなのよねえ」

「あの門にどんな秘密があるのやら」

 振り返った先に聳え立つ門の向こう側にどんな光景が待ち受けているのか、気になって仕方がなかった。レムが考えたように黒き矛で叩き壊すことは不可能ではあるまい。遺跡は、何百年もの昔から今日に至るまで存続し、腐食することもなければ傷ひとつ見当たらない。しかし、黒き矛で破壊できないほどの強度を持っているとは考えにくい。

 セツナは、調査のための機材や道具を片付けている調査団員たちの間を歩き、門に近づいた。門は巨大だ。それこそ、人間のためのものとは想い難い。グリフのような巨人の末裔にはちょうどいい大きさであり、もしかすると、巨人族の遺跡かもしれない、などと想像する。とはいえ、グリフですら巨人族の赤子ほどの大きさだというのがラグナの評価であり、仮に巨人族の施設だったのだとすれば、奇妙だ。巨人の末裔がグリフ以外にもいて、それらがこのような遺跡を作り上げたという可能性は、否定できないが。

 そんなことを考えながら、門の中心に嵌め込まれた宝石を見やる。巨大な宝石は、ただそれだけでとんでもない価値がありそうだった。透明度の高い宝石で、目を凝らすと、宝石の後ろ側まで透けて見えそうだ。そう、セツナが考えたときだった。セツナは、宝石の中に光が走ったのを見た。

「え?」

「どしたの?」

 すぐ背後にきていたミリュウが、セツナの反応に不思議そうな顔をした。

「いま、見なかったか?」

「なにを?」

「あの宝石が光ったんだよ」

「光った?」

「なんも見てねえぞ」

「わたくしの目でも捉えられませんでしたが」

「セツナの勘違いじゃないの?」

「勘違――」

 セツナが、皆の反応に憮然としたそのときだった。

 門の中心に嵌め込まれた巨大な宝石の中に光が走ったのだ。光は一瞬にして複雑で細緻な紋様を描き出したかと思うと、さらに強烈な光を発し、セツナの網膜を白く塗り潰した。

「――い……?」

 セツナは、閃光の中でさきほどの言葉を続けながら、違和感に包まれた。異様な感覚だった。光に塗り潰された視覚のみならず、聴覚、触覚、嗅覚――ありとあらゆる感覚が強引にねじ曲げられ、内臓を鷲掴みにされたような錯覚に嘔吐感が生じる。それは、空間転移の際の感覚に極めてよく似ていた。世界からの断絶。重力からの解放。浮遊感。そして再び重力を感じ、世界へ回帰するのだ。

 視界を灼いた光が消えると、白い空間が広がっていた。

 空間転移。

 セツナは、黒き矛を握りしめて警戒するとともに、周囲に自分以外のだれもいないことに気づいていた。ミリュウもレムもシーラもウルクもいなければ、調査団員のひとりとして見当たらなかった。気配もない。

 セツナだけが空間転移現象に巻き込まれた可能性が極めて高い。

 真っ白な空間。

 足元の床は、さっきまでよく見ていた遺跡の床と同じだ。表面になんの柄もない硬質な床。頭上には天井は見えず、前後左右、どこまでも壁が見当たらない。少なくともセツナの超感覚で認識できる範囲には、壁も天井も存在しないということだ。ただ、床以外のなにもかもが白く、濁って見える。

(ここはどこだ?)

 あの門に仕掛けられた機能が発動し、セツナを強制的に別空間へと転移したのは間違いない。

 遺跡内部なのか、それともまったく別の場所なのか。

 セツナは、感覚を研ぎすませると、頭上から気配が振ってくることに気づき、後ろに飛んだ。降ってきたのは、真紅。鞭のような斬撃が床を撫で付け、切り裂く。さらに後方と左右から三つの殺気が肉薄してくる。左前方の殺意の空白に向かって、跳ぶ。そして、理解する。後方から襲い掛かってきたのは、黒であり、右手からは白、左からは灰色が殺到してきたのだ。

 敵は四人。

 それもよく見知った顔だった。

 ついさっきまで戯れていた四人。

「おまえら……いったいなんのつもりだ?」

 セツナは、ミリュウ、レム、シーラ、ウルクの四人と対峙していた。



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