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第千五百七話 遺跡調査(一)

「遺跡調査……遺跡って?」

 セツナは、想像もしえなかった言葉に疑問を浮かべるほかなかった。

「使者の森地下に遺跡が発掘されたことはご存知ですよね? セツナ様とニーウェ・ラアム=アルスールの戦闘の余波で露出したあれです」

「ああ……そういえば、そんなこともあったな」

 セツナにとってそれはもはや遠い昔のような出来事だった。

 ニーウェとの戦闘があったのは、今年始めのことだった。一月半ば、王立召喚師学園の開校式典に合わせて襲来したニーウェの機転によって、戦場は使者の森に移された。もし、式典会場で戦闘を行うことになっていれば、数え切れないほどのひとびとを巻き込むことになっていたかもしれない。無論、そうなった場合、セツナは即座に空間転移を行い、ニーウェを誘導しただろうが。ニーウェの狙いがセツナである限り、彼はセツナを追わなければならない。

 ともかく、使者の森での戦闘は熾烈を極め、大地を破壊し、地下に隠された遺跡の一部を露出させたのだ。戦闘後、セツナの証言によって使者の森に調査団が派遣され、遺跡の発掘調査が行われる運びとなった。それによって遺跡がそれなりの規模のものであることが明らかになった、というところまで、セツナの耳に入っている。

「その発掘作業が進みましてね、遺跡の入り口が見つかったんですよ」

「ほう」

「なるほど。その遺跡を探検なさるおつもりなのですね?」

「ええ。遺跡の入り口付近を調べたところ、かなり深く入り組んだ迷宮である可能性が高いとのことでして、新たに調査団を結成する運びになったんです」

「まあ、そりゃあわかる」

 セツナは云々と頷いて、目を細めた。

「けど、で俺に白羽の矢が立ったのはなんでだ?」

「遺跡内部がどのようになっているのかわかりませんし、皇魔の巣窟になっているかもしれないんですよね。使者の森は皇魔の巣が頻繁に発生していましたから」

「その地下にあった遺跡こそ、皇魔の巣だったかもしれないってことか」

「そういうことです」

「皇魔相手では、普通の戦力では心許ないものな」

 皇魔は、最近こそあまり見ないものの、人類の天敵と呼ばれる存在だ。人外異形の怪物であり、人間との交渉を持たず、一方的に敵意を向け、殺戮を行う化物。小型の皇魔ですら人間の大人を軽く凌駕する力を持ち、特異な能力を用いる。ただの一体ですら常人には持て余すというのに、そのようなものが多数潜んでいる可能性があるとすれば、武装召喚師や召喚武装の使い手に護衛を頼むほかはない。

「はい。そこで、暇を持て余しているであろうセツナ様方にお願い申し上げようかと」

「暇って、長期休暇中なんだけどな」

「いいじゃん、面白そうだし」

「ミリュウおまえいつのまに……」

 セツナが背後から顔を覗かせたミリュウに呆気にとられていると、

「そうだな。俺も行くぜ」

「セツナの護衛はおまかせください」

「おまえら……」

 シーラとウルクまでもが背後に姿を現したことに、セツナは絶句するよりほかなかった。

「ファリアさんは術師局に出向いておられますし、ルウファさんは結婚式の準備でお忙しいとのことですので招集しておりませんが」

「おまえが呼んだのかよ」

「はい」

 エインはにこやかにうなずいた。

 手回しの良さはさすがに軍師というべきかもしれない。

 セツナは、エインの手腕に脱帽しながら、調査団への護衛としての参加に同意した。


 使者の森は、王都ガンディオンの南に位置する街、カランよりもさらに南方に横たわる小さな森だった。

 だった――というのは、セツナとニーウェの戦闘があまりに激しく、わずかに生えた木々が森の名残りとなっているだけであり、破壊され尽くした大地が広がっているだけに過ぎないように見えるからだ。

「うわあ……」

「こりゃあひでえ……」

 ミリュウとシーラは、見渡す限りの破壊跡に言葉を失ったようだった。

 実際、セツナ自身が見ても呆れるほどに凄まじい破壊ぶりだった。かつて鬱蒼と生い茂る森が広がっていたはずであり、その光景はいまも思い出せた。しかし、その記憶の中の風景は、目の前から完全に失われており、ふたりが引くのもわからなくはなかった。

「これ全部セツナがやったの?」

「俺だけじゃねえよ」

 セツナは憤然といったものの、大半が黒き矛による全力攻撃のせいだということは黙ったおいた。ニーウェの無差別攻撃によって地形破壊が進行したのも嘘ではないし、森が消滅したのも、ニーウェがこの森を戦場に選んだからだ――ということにしておく。

「ニーウェのエッジオブサーストも強力極まりなかったんだよ」

「それを取り込んだ黒き矛はさらに強くなった、のでございますね?」

「まあ、な」

 調査に参加するというのに相変わらずの格好のレムに目を細めながら、肯定する。黒き矛は。エッジオブサーストと、エッジオブサーストが取り込んでいた三つの眷属を吸収し、完全体となったのだ。そこから黒き矛が目を覚ますまでかなりの時間がかかることになり、その結果、大切な存在を失うことになったのはいうまでもない。

 そんな使者の森の跡地とでもいうべき破壊跡の中に遺跡の一部がある。

 セツナたちは、その遺跡内部を調査するための調査団の護衛として、ここにきていた。

 調査団は、ガンディアの情報部が中心となって作られており、情報部のウィル=ウィードが調査団長を務め、ジャン=ジャックウォーら情報部の人間が数十名付き従っている。ウィル=ウィード、ジャン=ジャックウォーは、セツナ付きの諜報員となった元情報部ミース=サイレンの元同僚であり、セツナにミース=サイレンの最近の様子を聞いてきたりした。ミース=サイレンは、龍府で職務についており、龍府で隠れて過ごしていたはずのナージュ・レア=ガンディア、レオナ・レーウェ=ガンディア、グレイシア・レイア=ガンディアらの世話役を勤めていたはずだった。そのことは、王都奪還の道中で龍府に立ち寄ったミリュウたちによって補足された。彼女たちの話によれば、ミースはグレイシアの遊び相手として一日中振り回され、精神的に疲れ果てている様子だったという。

 また、参謀局からも局員が何名か随伴しており、参謀局がガンディアにおける最重要部局であることが伺えた。参謀局は、軍事のみを司っているわけではない。国の内外の様々な情報を集め、それを元に戦略を立て、戦術を考案するのが参謀局の役割であり、二人軍師のうち、アレグリア=シーンが局長を務めている。エインは副局長となり、以前、副局長を務めていたオーギュスト=サンシアンは、王宮警護、都市警備隊の統括管理官へと配置換えされている。統括管理官は、オーギュストの実妹であるアヴリル=サンシアンが務めていたが、ジゼルコート襲撃事件の責を問われ、辞任、ゼルバード=ケルンノールが後任となっていた。ゼルバードは、知っての通り、ジゼルコートの謀反に付き従い、マルダールの戦いで戦死しており、統括管理官の座は空席となっていた。アヴリルが復帰するのではなく、オーギュストが任命される運びとなったのは、たとえジゼルコート襲撃事件がジゼルコートが仕組んだものだったのだとしても、それが起きた事実は消えず、アヴリルの責任もまた消えないからだ。

 そして、オーギュストが統括管理官に選ばれたのは、長らくエンジュールに篭り、ナーレス=ラグナホルンを演じていた労苦に報いるためだった。オーギュストが長い間王都に帰ってこなかったのは、療養中のナーレスの補佐を務めるためではなかった、ということだ。ナーレス=ラグナホルンが逝去したことが公表されたことで、ようやく彼はナーレスを演じるという使命を終えることができたのだ。

 統括管理官への復帰の道を閉ざされたアヴリルは、どういうわけかセツナ配下となり、セツナが好きに使うようにと王命が下されていた。アヴリル=サンシアンの扱いについては、すべてセツナ任せであり、セツナは彼女をどうするべきか、頭を悩ませていた。

 調査団の護衛に乗り気になったのも、そういったことを考えなけれならないという事実から目を背けることができるからでもあった。

 セツナたちの役目は、情報部や参謀局の非戦闘員を護衛することだ。

 情報部の人間は決して非力ではない。他国に潜入し、情報の入手や工作を行うのも情報部の仕事だ。非力では務まらないし、身体能力においては一般の兵士以上といってもいいという。しかし、皇魔が相手となれば、話は別だ。皇魔はただ凶悪な生物というだけではない。特異な能力を持つ上、人間を殺すことに躊躇いがない。恐るべき存在なのだ。

「英雄様みずからに護衛していただけるなど、光栄というほかございませんが、いいのでしょうか」

 ウィル=ウィードなどは、セツナが護衛としてつくことに対し、恐縮しきりだった。彼だけではない。調査団のだれもが、ガンディアの隆盛を象徴する存在に畏怖すら感じている様子だった。セツナにとってはもはや慣れた反応だ。恐れ慄かれないだけましというもので、彼は、笑みを浮かべた。

「なんの問題もありませんよ」

「そうよ、セツナなんてこき使ってやればいいのよ」

「駄目です」

「はあ?」

「セツナをこき使うなど、わたしが許しません」

 ウルクがミリュウとセツナの間に割って入り、彼女を一瞥した。ミリュウは、呆気にとられたような顔をした。

 セツナもレム、シーラと顔を見合わせ、それからウルクを見て、彼女の双眸が強く輝いていることに気がついた。いつになく強い光を発しているのは、ウルクの感情が昂ぶっているからなのか、どうか。彼女の感情と魔晶石の目の輝度に関連性があるのかどうかさえわからない以上、考えるだけ無駄なことではあるが。

 セツナは、遺跡調査の先行きが、多少不安になったりした。


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