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第千五百四話 神々の座へ(四)

 通路の床も壁も天井も、大神殿と同じ石材で組み上げられている。

 大人がひとり通れるくらいの広さで、クオンたちは一列になって進まなければならなかった。イリスが先頭を進みたがったが、クオンはそれを許さなかった。なにが起こるかわからないのだ。シールドオブメサイアの出力を上げなければならないような事態が待ち受けているかもしれない。その場合、真っ先に反応しなければならないのはクオンであり、イリスではない。イリスの超怪力は凄まじいが、たとえば神の力には抵抗しようもないのだ。

 クオンは、この通路の先に待ち受けているのがなんであるのか、想像がつきつつあった。

 神子の間の隠し通路は、人間の手によって作り出されたものではない。大神殿完成後、神の御業によって作り出されたのだ。神子ですら立ち入りを禁じられている通路。なんのために存在しているのかは見当もつかないが、そのさきになにが待っているのかは、想像もできよう。

 神だ。

 至高神ヴァシュタラと讃えられし神の座所があるのではないか。

 ヴァーラも、そう考えていた。

 そう考えていたからこそ、通路の途中まで足を踏み入れ、ヴァシュタラの制止を振り切って奥へと進もうとしたのだ。だが、彼にはできなかった。神意に逆らうのは、ただの人間である彼には不可能だったのだ。彼は神の意思の赴くまま、通路を引き返し、書棚が再設置されるのを見届けた。それから何度となく挑戦し、そのたびに引き返すのを繰り返している。

 ヴァーラは、この通路の先にこそ神の秘密があるに違いないと確信に近い想いを抱いたが、同時にその想いがヴァシュタラに筒抜けであることも理解していた。故に彼は半ば絶望していたのだ。

 神子の思考は、神の視線に曝されている。

 だからこそ、彼はクオンとの合一を待ち望んだ。クオンと合一を果たすことで神の視線を振り切ることができるかもしれないと考えたのだ。

 果たして、それは上手くいった。

 シールドオブメサイアが神の視線からふたりの思考を守ることに成功したのだ。その事実は、ヴァーラにとって歓喜というほかなかったに違いない。ヴァーラはクオンとの合一を急いだ。一刻も早くクオンにすべてを託したがった。

 彼は、やはり絶望していたのだろう。

 神子という立場にありながらなにもできないという自分に絶望していたのだ。

 ヴァシュタラは、クオンの思考が読めないことに対し、疑問を抱くことこそあったが、クオンが神子として従順に振る舞っていることもあって、行動そのものに疑いを持つようなことはなかったようだ。

 ヴァシュタラは、どこか能天気なところがあるのかもしれない。

 この用途のわからない通路を作ったことも、それだ。神子ですら立ち入ることを許さないのであれば、神子の間に繋げる意味がわからなかった。よくいえば能天気で、悪くいえばなにも考えていないのではないか。クオンの中のヴァシュタラの評価は、日に日におかしくなっていく一方だった。

 他方で、ヴァシュタラの力が偉大であり、この極寒の地において神の加護なくしてはひとは生きていけるものでもないという事実も、理解している。

 至高神ヴァシュタラが救いの手を差し伸べてくれたからこそ、ヴァシュタリア共同体のひとびとの多くは、日々を平穏に過ごすことができているのだ。

 ヴァシュタリアのひとびとが神を信仰し、崇拝するのは、道理といってもよかった。

 ヴァシュタラは、ひとびとの信仰に応えようとしてもいる。

 神の力によって恩恵を与えているのだ。

 レイディオンが常春の楽園となり、共同体の各都市がそれぞれに穏やかな気候に包まれているのは、すべてヴァシュタラの御業であり、ひとびとが神への信仰を日々強くする理由の最大のものだった。ヴァシュタラの庇護下にある限り、ひとびとは平穏と安寧を約束されている。

 だからこそ、ヴァーラは疑問を抱いた。

 夢に見た破局に対し、ヴァシュタラはなにひとつ言葉を発してくれない。ひとびとのために神の御業を披露するほどの神が、ヴァーラの予知夢にはなにもいってくれないのだ。予知夢ではなく、ただの悪夢であるならば、そういってくれればいい。それだけでヴァーラは安心できただろうし、疑いも抱かなかっただろう。

 しかし、ヴァシュタラは、ヴァーラの問いに対し、ただ沈黙した。

 ヴァーラの夢に視た光景に意味があるからなのか。ヴァシュタラにとっても重要なものだったからなのか。いずれにしても、ヴァーラは、神の沈黙によってその夢が予知夢であり、この世界に破局が訪れる可能性を認識した。

 この世を破局から救うにはどうすればいいのか。

 ヴァーラは考え抜いた末にクオンとの合一に希望を見出した。

 同一存在との合一がこの状況を打開する力となるかもしれない。

 クオンは、彼の期待に応えたいと想った。

 そのためにはどうすればいいのか。

 合一から数ヶ月、考えに考えた末に導き出した結論が、これだった。

 この意図のわからない通路の先にいるのであろうヴァシュタラを直接逢い、交渉するのだ。無論、神たるものが交渉に応じてくれるとは、思い難い。しかし、なにもせず、座して破滅を待つよりは行動を起こすほうがいいだろう。

 通路は、ひたすらまっすぐ進むだけだった。明かりひとつないが、道に迷うこともなければ、躓くような道でもない。起伏のない平坦な通路が延々と続いている。クオンたちはただひたすら前進を続け、やがて、進行方向に変化が見えた。

 通路の暗闇の遥か彼方に光があったのだ。

 ぼうっと、なにかが淡く輝いているのが見える。

「なんだあれは」

「さあな」

 イリスの疑問にウォルドが首を振る。

 闇の彼方に浮かぶ光の正体は、ここからでは皆目見当もつかない。ただ、この通路の先になにか不可思議なものがあることは確かなようだった。光は神秘的で、幻想的に揺らめいている。光を見ているだけで意識がどこかに持って行かれそうなほどだ。なにか大きな力を感じる。

 やはり、ヴァシュタラの座所なのかもしれないという推測は正しかったのか。

 クオンは、気を引き締めると、シールドオブメサイアの出力を上げた。光から感じる力が弱まり、途絶える。胸を撫で下ろす。シールドオブメサイアの力は、絶大だ。神の視線さえ遮断するほどの守護領域を構築することができるのだ。この力さえあれば、たとえ神を目の当たりにしても身も心も守り抜くことができるに違いない。

 不安は、なかった。

 通路を先へ。光は段々強くなり、そのたびにクオンはシールドオブメサイアの防壁を強化していった。そうしなければクオンたちの精神は神意に敗れ、通路を引き返さなければならなかったかもしれない。ヴァーラが引き換えしたのは、この力に精神的敗北を喫したからなのだ。ヴァーラには、光も見えていなかったが、間違いない。

 そして、クオンは通路の終着点へと足を踏み入れ、その瞬間、息を呑んだ。

 光が、あった。

 莫大なまでの神々しい光は、まさに神がそこにあることを示しているかのようであり、通路の終着点たる広大な空間を照らし出していた。通路の途中から見えていた光がそれだ。この広大な空間全体を照らす光が、通路にも届いていたのだ。

 そして、クオンは、光源を目視して、言葉を失った。

 クオンだけではない。ともにそれを見ただれもが、絶句するほかなかった。

「なんだこりゃ……」

「これはいったい……」

「な……」

 ウォルドもイリスもマナも、グラハム、ミルレーナさえ、言語に絶する存在を目の当たりにして、愕然としていた。だれであれ、そのようなものを目撃すれば、衝撃を受けざるを得ない。

《白き盾》はこれまで、様々な経験をしてきている。様々な皇魔と戦闘を繰り広げたし、ザルワーンでは巨大なドラゴンとも戦った。それこそ、天地がひっくり返るほどの衝撃を受けたものだ。しかし、いま、クオンたちの眼前に存在するそれは、ザルワーンの守護竜とはまったく異なる意味で衝撃を与える存在だった。

 異形。

《待っていた》

《待っていたぞ》

 それは、いう。

 頭の中に直接響くような聲。

 神の聲。

 それは、ヴァシュタラの聲だった。

《よくぞ来た》

《来た》

 それは、広大な空間を埋め尽くすほどに巨大な物体だった。

 神々しい光を発しながら蠢く、異形の存在。

《そなたが初めて》

《初めてだ》

 聲が幾重にも響くのは、複数の口が同時に言葉を発しているからにほかならない。異口同音に神の聲を発しているのだ。男の聲であり、女の聲であり、子供のような聲もあれば、老人のような聲もある。そしてそれは聲だけではなかった。その物体の中に、そういった要素が垣間見えるのだ。老人の顔や少女の顔、若い男の顔もあれば、幼い子供の顔もある。それら無数の頭部がひとつの巨大な頭部を形成しているような物体が、神々しい光を発しながら、虚空に浮かんでいた。

《我は》

《我はヴァシュタラ》

《ヴァシュタラ》

 それは、金色に輝く無数の眼で、クオンを見据えていた。




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