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第千五百一話 神々の座へ(一)

 聖都レイディオン。

 ワーグラーン大陸北部一帯を勢力圏とするヴァシュタリア共同体の首都とでもいうべき都市は、大陸最北部に位置しているといっても過言ではない。レイディオンの北にもいくつかの都市があるにはあるが、それでも最北部といっていい地域であることに変わりはない。

 北国だ。

 大陸小国家群中央部に見られた四季による気候の変化はほとんどなく、年がら年中、一面の雪景色であり、季節感などあったものではなかった。ほとんどないというだけで、まったくないというわけでは、ない。春になれば気温があがり、夏場は降雪も少ない。秋から冬にかけては寒くなる一方で、真冬になると世界が白銀に塗りつぶされるかのようになる。

 しかしながら、レイディオンは、そんな極寒の地に存在する楽園のような都市だった。

 辺り一面の雪景色も、大人の腰辺りまで降り積もる雪も、レイディオンの市内には一切見られなかったし、凍えるような寒さに苛まれる必要もなかった。春でも夏でも秋でも冬でも、レイディオン市内は、一定の気温で保たれているのだ。そういうふうだから、逆の意味でも季節感がなかったりもする。

 もっとも、レイディオンの城壁から一歩外に出てみれば、北国特有の雪景色を目のあたりにすることができるため、ここが北国で、極寒の地であるということは瞬時に思い出せるし、認識として理解できるのだが。

 ともかく、レイディオンに住むひとびとは、極寒の地に築き上げられた楽園のおかげで、肩を寄せ合い、寒さに震えながら日々を過ごす必要がなくなっており、だれもが神に感謝していた。

『そりゃあ信仰も強まるわけだ』

 レイディオンを訪れた日、ウォルド=マスティアがつぶやいた一言が忘れられなかった。極寒の地を踏破した果てに辿り着いた地が、想像以上の楽園だったからだ。ウォルドだけではない。マナ=エリクシアも、イリスも、スウィールですら、驚嘆していたものだ。

 まさに楽園としか言いようのない世界だった。

 大陸最北部が絶対零度の如き凍土と化した五百年前のあの日、この地に住んでいたひとびとは、ただ、絶望した。大地を覆っていた緑が死に絶え、死せる銀世界へと変わってしまったのだ。凍れる地獄のような世界は、多くの命を奪い、人間も動物も植物もつぎつぎと命を落とした。もしあのとき、ヴァシュタラが神子を遣わし、レイディオンを拓かなければ、北の地の生き物は絶滅していたかもしれない。

 ヴァシュタラ。

 至高神と呼ばれるヴァシュタリアの神は、この極寒の地に楽園を作り上げた存在であり、いまも楽園を維持し続けながら、ヴァシュタリア共同体傘下の都市にもその恩恵を与え続けている。

 ヴァシュタリア教会が瞬く間に勢力を得、共同体なる勢力を作り上げることができたのは、すべて、ヴァシュタラの力のおかげといってよかった。

 ヴァシュタラがこの極寒地獄に拓いた楽園は、絶望していたひとびとの命を救い、心をも掬い上げた。ひとびとは神子の教えに従い、ヴァシュタラを崇めるようになる。それが教義の始まりであり、やがて組織化し、教会へと形を整えていった。

 最初期の信徒の信仰心の多くは、現実に根付いたものだったということだ。極寒の世界で生き抜くためには、ヴァシュタラの庇護がなければどうしようもないという現実があり、その現実が変わらない限り、神の庇護を否定するなど自殺行為以外のなにものでもないのだ。

 それが数百年も経てば、血に根付いたものへと変わる。

 数百年あまり、氷に閉ざされたレイディオンで神への感謝と信仰を捧げ続けてきたのだ。最初こそ、地獄を生き抜くための手段でしかなかったそれは、いつからか生きるために必要なものとなり、やがて人生そのものとなった。

 現在、ヴァシュタリア教会信徒のほとんどは、神の教えこそがすべてであり、神に祈りを捧げることこそが最高の人生だと考えるまでになっているという。

「それがどうかされたのですか?」

 ウォルドが妙に畏まった顔をして、問うてきた。もはや慣れた反応だ。神殿騎士団長の任を拝命してからというもの、皆の彼への扱いは大きく変わった。これまでのようにぞんざいにとはいかなくなったのだ。もちろん、以前もそこまでぞんざいに扱われた記憶はないし、むしろ尊重されすぎているきらいはあったのだが、神殿騎士団長となってから以降は、そういった反応がより顕著なものになった。

 イリスでさえ敬語で話すようになってしまった。これでは心休まるときがないと不満を漏らしても、神殿騎士団長なのだからどうしようもないといわれ、彼は困り果てたものだった。

 神殿騎士団は、ヴァシュタリア教会の神殿や礼拝堂といった施設を守護する役目を担う武装組織であり、その団長ともなると、教会内でも最高峰の権力と発言力を持つことになる。教会三大騎士団の一角を担っているのだ。その立ち居振る舞いには気をつけなければならなかったし、《白き盾》時代の部下たちも気軽に話すことなどできなくなってしまったのだ。

 それが彼にはたまらなく不満だったが、立場を弁えなければならないことも当然であったし、郷に入れば郷に従うべきでもあった。

 目的もある。

《白き盾》の仲間と触れ合うのは、目的を果たし、すべてを終えてからでもできることだ。が、逆は、できない。目的を途中で放棄するようなことはできないのだ。だから彼は、仲間と気兼ねなく談笑できない立場も我慢できたし、騎士団長としての激務にも耐えることができた。

 目的。

 それは、神子ヴァーラに目通りが叶ったとき、定まったものだった。

「不思議なことだと、思わないか?」

 彼は、神殿騎士団の制服を着た《白き盾》の元幹部たちを連れて、教会本部一階の通路を歩いていた。レイディオンの教会本部とはつまり、ヴァシュタリア教会の総本部だ。ヴァシュタリア教という大陸最大規模の信徒数を誇る宗派の総本山であり、すべての教義の中心でもある。

 ヴァシュタリア教会の指導者は現在、教主のエクスメリア三世だ。エクスメリア三世ことエクメリア=レインラインは、教主として教会の頂点に立ち、教会の指導者として信徒から熱烈な支持を受けている。そのエクスメリア三世が支配するのがこの教会本部であり、神殿騎士団幹部が我が物顔で歩き回っていい場所ではなかった。

 もっとも、いま、彼の行動を止めることができるものがいるとすれば、ヴァシュタリアの神だけであり、教主エクスメリア三世の権力でもってしても、彼と彼の手のものを排除することはできなかった。

 そんなことをすれば、エクスメリア三世が教主の座を追われることになる。

 教主とは、神に遣わされし神子と信徒の間を取り持つもののことであり、神の目から見れば中間管理職に過ぎないのだ。もちろん、教会における教主の立場は絶大であり、権力も発言力も圧倒的だ。神殿騎士団長程度では彼に敵うはずもない。教主による異端認定の発言ひとつですべてを失うことだってありえた。

 とはいえ、教主がそのような振る舞いができるわけもないのは、いまの彼にはわかりきっていることだった。

 教主は、神の操り人形といっても過言ではない。ヴァシュタラの意向に逆らうことなどできるはずもない。そんなことをすればどのような目に遭うのかなど想像できないほど、エクスメリア三世も愚かではない。そのような愚か者を教主の座に据えるわけもないのだ。

 彼がなぜ、神にその立場を守られているかというと、きわめて簡単な理屈だった。

 彼はいまや神子として、神と人間の間を取り持つ存在となっていたからだ。

 彼はクオン・ヴァーラ=カミヤと名乗り、ヴァシュタリア教会最高位の神子として存在している。



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