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第千四百九十九話 騎士団の在り様(前)

 ベノアガルドの首都ベノアは、今日も平和そのものだった。

 ベノアの空が飛竜の群れに覆い尽くされたのは五月二日。

 あれから十日以上の日数が経過し、飛竜の亡骸はほぼすべて都市内から撤去されていた。何百体ものワイバーンの亡骸だ。死体そのものを撤去することに関しては、真躯を用いれば容易いことではあったが、噎せ返るような血と死のにおいを取り除くのは数日を要した。特に主戦場となった上層区画の一部区域には余人が立ち入らぬよう、警告しておかなければならないほどに余韻が凄まじかった。

 しかし、ワイバーンたちとの戦闘で破壊されたベノアの景観は、元通りになっており、都市機能そのものが失われるようなことは一瞬たりともなかった。死傷者も出ていない。それはつまり、騎士団による事前の避難誘導が完璧だったということだ。

 ベノア市民は、ベノアの地下に避難することで事なきを得ている。戦闘に参加しようとした騎士たちも、十三騎士の誘導に従い、安全圏に下がり、戦いが終わるのを見守った。だから被害は皆無だったのだ。人的損害も物的損害も出ていない。

 飛竜の群れによって破壊されたのは、結界によって置き換えられた虚構の都市であり、結界の解除によってベノアは元通りになっていた。

 それは救世神ミヴューラの力であり、ミヴューラの使徒たる十三騎士の力と言い換えてもいい。

 もっとも、ベノア全体を覆うほどの規模の結界を構築するのは簡単なことではなく、ミヴューラの影響力がきわめて強く働いている場でなければ不可能だった。たとえば、マルディア最北の都市サントレアに同規模の結界を築き上げることは不可能だったし、ベノア以外のベノアガルドの都市においても同じだ。

 ベノアは、神卓が安置されているということもあり、ミヴューラの力の影響をもっとも強く受けているのだ。神の庇護下といっても過言ではない。ただし、ミヴューラは神ではあるが、神卓に封印された身であり、その本領を発揮することはできない。ミヴューラが辛くもこの世界に干渉することができているのは、十三騎士――引いてはフェイルリング・ザン=クリュースの存在あったればこそなのだという。もし、フェイルリングがミヴューラの声に耳を傾けることがなければ、ミヴューラは、波長の合う別の人間が現れるまで待ち続けなければならなかったのだ。

 その場合、ベノアガルドの状況は大きく変わっていたかもしれない。

 フェイルリングの革命そのものは起きたのだろうし、それによってベノアガルドという国そのものが改善したという歴史的事実に変化はあるまい。しかし、騎士団が神卓騎士団と呼ばれることもなければ、騎士団幹部が十三騎士と呼ばれることもなかっただろうし、騎士団がその大いなる目的のために他国への干渉を行うこともなかっただろう。少なくとも、ベノアガルドが安定するまでは近隣諸国に干渉しようともしなかっただろうし、外征など考えるわけもない。フェイルリングは、野心家ではない。国民を腐敗した政治から救うために革命を起こしたのが彼だ。戦争などという国民に負担を強いるようなことを率先して行うはずがなかった。

 その一事で、ベノアガルドを取り巻く環境は様変わりしたに違いない。

 ガンディアとの関係も、全く異なるものになっていただろうし、彼と知り合うこともなかっただろう。

 セツナ=カミヤ。

 救世神ミヴューラさえ人材と認めた少年は、ベノアを覆う結界の中で、フェイルリングの真躯ワールドガーディアンと対峙しながらも、逃げおおせている。彼はおそらく、ベノアガルドを脱出し、ガンディアに向かっていることだろう。既に帰り着いているかもしれない。黒き矛は、空間転移能力を持つ。もっとも、黒き矛の空間転移能力では、十三騎士の結界を突破することはできなかったようで、彼がベノアを脱出することができたのは、緑衣の女皇ことラグナシア=エルム・ドラースの犠牲によるところが大きい。

 人間の姿をした竜王は、セツナを脱出させるため全生命力を魔法の力に代えて、彼を結界の外へと転送したのだ。

 ラグナシアの純粋な決意には、救世神ミヴューラすらも賞賛を送るほどだった。

 ミヴューラは、この世界の生きとし生けるものを救うために存在している。相手が敵であったとしても、その生命を救いたいと本気で考えているのだ。故に、ラグナシアが目の前で命を燃やしたことについて、深く考え込まざるをえないようだった。

 また、十三騎士も、ミヴューラがそういう神だからこそ、ついていっているというところもある。

 ミヴューラが軽薄な神ならば、フェイルリング自身が使徒になることを拒んだに違いなかった。

「頭は冷えたかよ?」

 ぶっきらぼうな問いかけには、棍棒で殴りつけられたかのような衝撃を覚える。

 騎士団本部――つまりベノア城の二階屋上に、彼はいた。シド。ザン=ルーファウス。穏やかな風に髪を揺らしながら、ベノア城から見渡す上層区画の壮麗な町並みに目を向けていた。そのまなざしを後方に向けながら、言い返す。

「……わたしはいつだって冷静だ」

「どうかねえ」

 筋骨隆々の大男が皮肉げな笑みを浮かべながら、近寄ってくる。騎士団の制服を身に纏ってこそいるが、いまにもはちきれんばかりであり、いかにも窮屈そうだった。ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート。シドと同じく十三騎士のひとりであり、同僚であり、戦友というべき間柄だった。

「なにが気に食わない?」

「気に食わないわけじゃねえよ。ただ、あんたが拘りすぎてたんじゃないかって話さ」

「……セツナ伯のことか」

「ほかになにがある」

 ベインがあきれたような顔をした。

「あんたは、俺たちの頭だ。俺もロウファの野郎も、あんたが気に入って、あんたとともにいる。もちろん、団長閣下の御命令こそが最優先するべきものだが、あんたの考えや想いは、そのつぎに大切なものだ。けどな」

 ベインの目が鈍い輝きを帯びた。眼光。

「あんたがどうしてそこまでセツナ伯に入れ込んでいるのか、俺にはさっぱりわからねえ」

 彼が頭を振ったのは、そうまでして気持ちを伝えたかったからというのもあるのだろう。シドは、彼にもロウファにも、本心を明らかにしていなかった。そのことが彼らには気に入らないのだろう。

「伯が強いのは知っているさ。卿が真躯オールラウンドを用いなければならないと判断したほどの相手だ。それに団長閣下も、我らが神様も、その実力を認めている。それは、わかるさ。でも、だからといって、そこまで拘る必要があるものなのか?」

「……確かに、卿のいうとおりかもしれないな」

 静かに、認める。

 確かにそうだ。

 シドは、セツナを同志に引き入れることに拘りすぎていた。黒き矛の力を含めた彼の実力、彼の人格や有り様などを含めて評価し、そのうえで彼こそ騎士団とともに救世の道を歩むべき人材だと認識し、その実現に向けて熱中してしまっていた。フェイルリングを説得し、神卓会議をセツナ勧誘の方向へ動かしたのも、そういう理由だ。セツナを同志に迎え入れることができれば、騎士団の目的、救世神ミヴューラの宿願はきっと叶うはずだと信じていた。

 実際、そうだろう。

 彼ほど、影響力を持つ個人などそういるものではない。

 彼が騎士団とともに歩むことを認め、公表すれば、世間にどれほどの衝撃が走り、どれほどの影響が出るものか。想像するだけで面白かったし、頼もしかった。

 ミヴューラの影響力は増大し、この世を破局から救うという神の願いは、必ずや果たされるに違いない――そう思えたのだ。

 だが、その実現に向けて熱中するあまり、ベインやロウファの想いを踏みにじるようなことになっていたのもまた、事実だ。

「しかし、わたしは、彼を見てしまったのだ。知ってしまったのだ。彼の本質がなんであれ、彼の中に救済者の片鱗が確かにあり、その力がまぎれもなく本物であると確信してしまったのだ」

「光……ってやつか」

「……そう、なのかもしれん」

 ひとは、ときに光を視る。

 光を視たものは、その光に焦がれ、追い求め続けることになる。

 そして、その光のためであれば、自分などどうなってもいいとさえ考え始めるくらいには、人間にとって光というのは重要な存在だった。

 シドにとってのセツナがそうなのかは、まだ、わからない。

 しかし、それに近い存在であることに疑いの余地はなかった。だからこそ、彼を同志に引き入れるべく尽力してきたのだ。それらの行動が水泡に帰したいまでも、その考えに変化はない。シドはいまでも、セツナを同志に迎え入れたいと考えている。無論、彼にとって大切な従僕であったラグナシアを死に至らしめる結果となった以上、そのような道があるとは思えないのだが、シドとしては最後まで諦めたくなかった。

「けれど、振られてしまって、残念だったわね」

 不意に投げられてきた言葉に、びくりとする。振り向くと、ベインとは別方向に長髪の貴公子が立っていた。ルヴェリス・ザン=フィンライト。騎士団の制服を女性用に改造した独自のものを着込んでおり、そのさまはまさに女性というほかない。声質もなにもかも男そのものであったし、性格も男らしいというほかない人物ではあるのだが。

「フィンライト卿……いつの間に」

「ついさっき」

「……はあ」

「あら、連れないわね。わたしとあなたの仲なのに」

 どういう仲なのか、と問おうとすると、ベインが割り込んできた。

「そうだぜ、シドさんよ。フィンライト卿を無碍に扱うのはよしたほうがいいぜ」

「ふふ、さすがはベインくんね」

「はっはっはっ」

 なにやら乾いた笑いを浮かべるベインの様子がどうにもいつもと違っていて、シドは、不思議な面持ちになった。

(なにがあった……?)

 ルヴェリスとベインの間でなにかあったのは間違いないが、それがなんなのか、皆目検討もつかなかった。乱暴者で通っているベインが唯々諾々と従うほどの出来事。

「わたしもセツナくんは好きよ」

 唐突に、ルヴェリスが告白してきたのは、もちろん、恋愛的な意味での好き嫌いではあるまい。ルヴェリスは、立ち居振る舞いや格好こそ女性的ではあるが、本質は男性そのものだ。女性の婚約者もいる。

「彼が同志になってくれたら、って想っていたわ」

 ルヴェリスの遠いまなざしは、十数日あまり、セツナの身柄を預かっていたことに起因するのだろう。セツナはベノアに移送された後、当初は騎士団本部に幽閉されていたのだが、そののち、ルヴェリスの屋敷預かりとなったのだ。

「でも、無理だと諦めてもいたのよね。彼、黒き矛を取り戻して、ガンディアに帰ることしか眼中になかったから」

「ミヴューラに逢い、あの光景を見れば考えが変わるのでは、と想ったのですが」

「甘いわね。彼は、ガンディアの英雄なのよ。英雄が国を捨てるなんてこと、そうあるわけないじゃない」

 それもまた、事実だった。

 元より無茶な話だということは、承知していたのだ。それでも、世界を救うための最善の方法として、シドはセツナを同志に引き入れる道を選んだ。

「っていっても、彼がそんなことを考えて拒んだとは思わないけどね」

「同感」

「……まあ、そうでしょうね」

 いつくるかもわからない破局を防ぐために騎士団に協力するよりも、愛する自国のために戦い続けるというのは、別段、不思議な選択でもなんでもない。

 シドたちは、ミヴューラに使徒として選定され、ミヴューラとともにこの世を救うことに全霊を注ぐと決意した。それは、ミヴューラが見せた未来に疑念を抱かなかったがゆえの決意だ。しかし、ミヴューラの見せた光景が真実かどうかなど、ただの人間であるシドたちには判断のしようもないのだ。セツナが疑念を抱いたとしてもなんら不思議ではないし、そんな不確かなもののために自国を裏切るような真似ができる人物ではないだろう、という彼への評価も間違いではあるまい。

 だからこそ、シドは、彼を同志に迎え入れたいと熱望しているのだが。

 シドの夢は、叶い難いとしか言いようがない。


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