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第千四百九十六話 大刷新(七)

 また、デイオンとともにナーレスの策に従い、王宮からレオンガンドの敵を一掃するという活躍を見せたエリウス=ログナーは、領地こそ与えられなかったものの、イスラ・レーウェ=ベレルとの婚約が成立する見込みが立っており、本人としてはそれだけで十分に幸せだという話が漏れ聞こえている。

 エリウスとイスラが親密な関係を築き上げているというのは、かねてより噂になっていて、セツナの耳にも届いていたことだが、エリウスがログナー王であったころならばともかく、ガンディア国王の側近となったいまでは結ばれることなどないのではないか、と思われていた。イスラはベレルの王女だ。ベレルはガンディアの属国であり、従属の証の人質として、彼女は王宮での生活を強いられているだけなのだ。王女としての立場が、彼女とエリウスの関係を発展させることはなく、たとえ深く愛し合っているのだとしても悲恋に終わるだろうというのが、大方の意見だった。

 しかし、此度の謀反により、ふたりを取り巻く状況は大きく変わった。

 エリウスがベレルに果たした役割は非常に大きく、ベレル国王みずからがガンディオンに出向き、エリウスに感謝を述べたほどだった。

 ベレルは、謀反とともにジゼルコートにイスラを抑えられたため、ジゼルコートの意志に従うほかなかった。もしジゼルコートがベレル軍にレオンガンドたちとの戦闘を命じれば、たとえ負けることがわかっていたとしても戦うしかなかったのだ。そして、一戦でも交えたとなれば、その後、ジゼルコートの謀反が失敗に終わり、レオンガンドがガンディアを奪還することに成功したとしても、ベレルの立場は危ういものとなったに違いなかった。ガンディア政府から制裁される可能性も低くはなかっただろう。

 それでもベレルがジゼルコートのいう通りに行動したのは、それほどまでに王女イスラの存在を大切にしていたということでもあった。

 イスラは、ただの人質ではない。

 ベレル王家の代表なのだ。

 代表として、ガンディアとの繋がりを示すのが彼女の立ち位置だった。

 ジゼルコートの腹心となっていたエリウスは、愛するイスラのため、いくつかの手を打った。イスラを率先して捕らえ、手元に置いていたのもそのひとつだったし、彼女に自害を禁じたのもそれだ。彼女がみずから命を断つようなことがあれば、ベレルが黙ってはいないだろう。ベレルが全軍を挙げてジゼルコート軍に戦いを挑んだかもしれず、そうなればベレルは多大な損害を被ったに違いなかった。もっとも、エリウスは愛する彼女を失いたくないからこそ、自害を禁じたのかもしれないが。

 さらにエリウスは、ベレルにも動かないことを厳命している。

 レオンガンド軍と戦うのではなく、微動だにしないことを命じたのだ。

 それは戦後のベレルの立場を考慮してのことだった。ジゼルコートの謀反が失敗に終わることを見越していたエリウスは、ベレルがレオンガンド軍と戦闘し、立場を失うようなことのないように立ち回ったのだ。ベレルもイスラを人質に取られれば、エリウスの意のままにするしかない。ジゼルコート軍の尖兵となることも視野に入れていただろうベレル軍は、なにもするな、というエリウスの命令に疑問をいだきながらも従い、解放戦争の終結まで沈黙を続けた。

 解放戦争がレオンガンドの勝利に終わると、ベレル王イストリア・レイ=ベレルは、エリウスの真意に気づき、彼に直接感謝するべく王都ガンディオンを訪れていた。そして、エリウスにイスラとの婚約を勧め、ふたりを驚かせたという。

 どうやらふたりの婚約、そして結婚は、ベレルとしても悪い話ではないらしい。

 王女イスラは、ベレルによって大切にされているものの、王位継承権を持たないただの王女に過ぎない。将来的に人質から解放されたとしても、残された道は政略結婚くらいしかない。それならばいっそのこと、支配国ガンディアの国王側近であるエリウスの元に嫁がせてしまえばいいのではないか。エリウスは、イスラのため、ベレルのために便宜を図ってくれた大恩人でもある。イストレア王はそう考えると、即座に行動に移した。それがガンディオンへの来訪であり、王はレオンガンドにベレルが動けなかったことを謝罪するとともにイスラをエリウスに嫁がせる段取りをしたとのことだ。

 エリウスもイスラも寝耳に水の話ではあったが、互いに喜んでいるらしい。

「結婚、結婚、結婚……だれもかれも結婚していくわねぇ、セツナ」

「なんで俺に話を振る」

 長椅子の真ん中に座り、右側にファリア、左側にミリュウという状況で、セツナは渋い顔にならざるを得なかった。ミリュウはセツナの腕に腕を絡め、あまつさえ指先までも絡み合わせてきている。それを振り解こうともしないのは、すべてを受け入れようという考えがセツナの中に生まれたからだ。

 隊舎の広間には、暇人が集っている。セツナ、ファリア、ミリュウにレム、シーラといったいつもの面々に加え、軍師となったばかりのエイン=ラジャールだ。

 戦いが終わってから今日に至るまで、だれもが仕事らしい仕事をしていなかった。隊長補佐のファリアや副長のルウファですら、休暇を満喫することができている。《獅子の尾》だけが特別このような状況にあるわけではなく、ほかの部隊、軍団も似たようなものだろう。長い戦いがようやく終わったのだ。ゆっくりと休むべきだったし、休むことが仕事だった。

 だれもが疲れ果てている。

 セツナに至っては、昨日、ようやく鍛錬を再開しても問題がないと診断されたくらいには疲れ切っていたのだ。それはそうだろう。数日間、グリフと戦い続けていたのだ。肉体的にも精神的にも消耗しすぎていた。それはつまり、グリフが、後のことを顧みない戦い方をしなければならない相手だったということでもある。戦鬼と謳われる伝説的な人物であり、巨人の末裔であり、さらには聖皇の呪いによって不滅の存在と成り果てていたのだ。最終的に強制的に空間転移させる以外に戦いを終わらせる方法も思いつかなかったし、あれでは決着がついてもいない。

 つける気にもならないが。

「セツナ様は結婚しないのですかな?」

「なんでそんな聞き方をするんだよ」

「副長も結婚するじゃん!」

「副長と俺は違うだろ」

「うう……ああいえばこういう……」

 セツナの腕に噛み付くかのような仕草をするミリュウに対し、彼は、どういう反応を示すべきか迷った。ルウファが結婚するからといって、自分も結婚しなければならないということはない。が、一方で、自分の置かれた立場を考えれば、結婚も視野に入れるべきだった。そう考えていると、エインが話にはいってきた。

「ですが、ミリュウさんの仰られることももっともだと想いますよ」

「でしょー!」

「おいおい」

「セツナ様も、今後のことを考えれば結婚し、家庭を持つのはとても大切なことじゃないですか」

「……わかってはいるけどよお」

「英雄の結婚ともなると、国を挙げての大騒ぎになりそうね」

 などと右隣で涼しい顔を浮かべているのは、ファリアだ。ミリュウがセツナの目の前で彼女に半眼を送る。

「なに他人事みたいな顔してるのよ」

「なにがよ」

「セツナと結婚するのはわたしよ、みたいなこと想ってるくせにさ」

「だっ――!?」

 ファリアが絶句し、そのまま凍りつく様は、彼女が自分のことをそれなりに意識してくれているということでもあるのだろうと思うと、多少なりとも嬉しくなる。もちろん、笑顔など浮かべている場合ではないということもわかっている。笑っているのは、ファリアの背後に立つレムだ。

「御主人様が御結婚なされるのは賛成でございますが、御主人様としては大問題でございますね?」

「なにがおかしいんだよ」

「ファリア様、ミリュウ様、シーラ様、それにわたくしがおりますゆえ」

 レムが得意満面の笑みを浮かべると、ミリュウが素っ頓狂な声を上げた。

「あんたもなの!?」

「もちろんでございます」

「下僕でしょ!」

 ミリュウはセツナの腕から自分の腕を離すと、レムに詰め寄った。レムは、そんなミリュウの剣幕が楽しいらしく、満面の笑顔のままだ。いかにもレムらしい反応といえる。

「下僕兼愛妻というのも悪くないのではないかと想いまして」

「愛妻ってあーた」

「……ったくなにいってんだか。俺を巻き込むなっての」

 ふと見ると、顔を背けたシーラだが、よく見ると頬を紅潮させていた。セツナは、彼女の好意に気づかないほど鈍感ではない。もちろん、シーラだけではない。ファリア、ミリュウ、レム、シーラ――この部屋にいるだれもが自分に人並み以上の好意を寄せてくれていることを知っているし、それが勘違いではないことも理解している。

「巻き込むもなにも、シーラだってセツナのこと好きでしょ?」

「……!?」

「違うの?」

「ち、違わない……けどよお」

 ミリュウの素朴な疑問に、シーラは、なにかを諦めるかのように、いった。ミリュウは、彼女の返答を聞くなり、畳み掛ける。

「結婚したいって、思わない?」

「……思う……かも」

「でしょー!」

 そして、ミリュウがこちらに目を向けてくる。いたずらっぽい猫の目のような彼女の瞳は、いつになくきらきらと輝いていた。

「そこでなんで俺を見るんだよ、期待に満ちた目で!」

「ほら、いますぐ結婚しよ?」

「セツナが困ってるでしょ」

「まーたそうやって点数を稼ごうとするー」

「そうです、ファリア様。ファリア様もここは本音で戦ってくださいまし。でないと御主人様に逃げられます」

「本音って……」

「俺だって本心を明かしたんだぞ!」

 顔を真赤にしたシーラがファリアに食いつくと、彼女は、しどろもどろになった。

「わ、わたしは、その、別に……」

 ファリアがシーラたちの追求をどう逃れようか考え始めたときだった。

「た、た、隊長ー!」

 ルウファの悲鳴じみた叫び声が聞こえてきたかと思うと、広間の扉が勢い良く開き、壁に激突した。それと同時に一陣の風が通り抜け、気がつくと、セツナの体が浮かび上がっていた。疑問符を上げている暇もなかった。そのまま風に攫われるようにして広間の窓の外へと運び出されていく。突風とともに、だ。なにが起こっているのかまったく理解できないまま、レムやシーラが唖然とした表情を浮かべたのを見て、また、ミリュウがなにかを叫ぶ声も聞いた。

 突風とともに広間の窓から隊舎の外へ運び出されたセツナは、そのまま上空へと舞い上がり、群臣街上空を飛翔して、旧市街へと至った。そこに至るまでに自分がどうなっているのかは理解できている。ルウファだ。シルフィードフェザーを装着したルウファによって、広間から攫われてしまったのだ。

「なに考えてんだ?」

 セツナは、ルウファの両腕に抱き抱えられている自分を認識し、憮然とした。

「いやあ、隊長に助けてもらおうと想いまして」

「……助かったのは俺の方だがな」

「はい?」

「いや、こっちの話」

 藪蛇にならないよう、話を変える。

「それで、俺に助けて欲しいってなんだ? 俺にもできることとできないことがあるぞ」

「できることならなんでもしてくれるってことですか?」

「できることならな」

「隊長、優しいなあ」

「……んなことねえよ」

 自分で自分を優しいと想うようなことはない。それほど傲慢ではないし、それほど自分のことを評価してもいない。

 風が、頬を撫でる。春から初夏へと移ろいゆく季節の風。暑くはなく、寒くもない。穏やかで心地よく、心の隙間に外入り込むような、そんな風の音色に包まれていく。ルウファに抱き抱えられたまま上空を飛んでいると、ある戦いを思い出した。セツナにとっては、最初の大戦争といえる戦いのある局面。あのとき、セツナはこうしてルウファに空高く運ばれていたのだ。

 バハンダール攻略戦のことだ。

 バハンダールの町並みとガンディオンの旧市街は似ても似つかないし、ルウファもバハンダールのときほどの高度を飛行しているわけではなかった。

「考えるんだよ」

「考える?」

「……ラグナのこと」

「ああ……」

 ルウファが、合点がいったように唸った。

 ラグナは、セツナにとってのみならず、《獅子の尾》にとっても大切な存在だった。セツナの下僕というだけではない。幾度となくともに戦場を駆け抜けた間柄であり、日々をともにした仲間だったのだ。ルウファも、ラグナの死を知ったときはとてつもなく衝撃を受けたといっていたし、エミルやマリアでさえ、あのうるさく尊大な小飛竜がいない日々に一抹の寂しさを感じているという。

 セツナ自身、彼女のいない朝の空々しさには、未だに慣れていなかった。

 一年余りもの間、寝食をともにしたのだ。半身といってもいいほどに慣れ親しんでいた。

「あいつが命を賭してまで俺を助けてくれたのは、話したよな」

「はい」

「そのことを想うたびに考えるんだ」

 人間態となったラグナの最期の願いを思い出す。

 彼女はただ、セツナに撫でられることを望んだ。それだけで十分だと、幸せなのだと、いった。そのことを思い出すたびに考える。考えざるを得ない。

「俺は、あいつになにかしてあげられたのかな、って」

「隊長……」

「なにもしてやれなかったんじゃないか。もっとしてやれることがあったんじゃないかって、さ」

 後悔ばかりが渦を巻き、心の海を掻き乱す。失ったものはあまりにも大きく、心に残った傷もまた、どうしようもないほどに深い。

 半身を失ったのと同義だ。

 身が割かれるような想いとは、まさにこのことなのだ、とセツナは日々、思い知っていた。

「……もう、後悔したくないんだ。だから、皆の望みには出来る限り応えようと想ってさ」

「なるほど。それで最近ミリュウさんにも甘いんですね」

「甘やかしすぎるのもどうかと想うっていわれるけどさ、それでも俺は……」

 ファリアやシーラには、そういわれることがある。レムはむしろ、セツナがミリュウと仲良くしている光景がたまらなく嬉しいらしいのだが、ファリアたちがいいたいこともわからないではない。ミリュウが調子づくからだ。しかし、それでも、セツナは、自分を慕ってくれるひとたちの願いを無碍にすることなどできなくなってしまっていた。

「皆に幸せになってもらいたいんだよ」

「……俺は、いまでも十分に幸せですよ」

「結婚すりゃ、もっと幸せになれるよな」

「はい!」

 威勢のいい返事だった。結婚後、エミルと幸せな家庭を築き上げることを確信しているのだ。そして、彼ならばそれが可能だろうとセツナは想っている。ルウファは、一途だ。エミルと出逢い、彼女と恋仲になってからというもの、彼は彼女だけを見ていた。エミルもまたルウファだけを見ていたし、そんなふたりの熱烈さと仲睦まじさは、ミリュウをして微笑ましいといわせるほどのものだった。

 やがて、ルウファがゆっくりと降下を始めた。旧市街にある高層建築物の屋上に降り立つと、セツナを腕の中から解放した。

《獅子の尾》隊舎から北に向かって飛んでいたことから、旧市街の北側のどこかなのだろう。地上六階建てくらいの建築物の屋上だった。当然、人気はないものの、地上からはルウファが舞い降りる姿を目撃した一般市民が声を上げており、じきに騒ぎになるのは目に見えていた。ルウファ・ゼノン=バルガザールは、王立親衛隊《獅子の尾》副長としてだけでなく、名門バルガザール家の二男として有名だったし、王都市民に人気もあった。

 謀反以来不穏な空気に包まれていた王都はいま、平静を取り戻していた。凱旋のお祭り騒ぎは過去のものとなり、王都の人々はありきたりな日常生活を送り始めている。それでいいのだ。それこそが幸福なのだ。ジゼルコートらが王都を制圧し、戒厳令を敷いたことは、いかにそれまでの日常が幸福に満ちたものだったのかを王都市民に知らしめる機会となったようであり、行政への不満などは一時的にかもしれないが、鳴りを潜めていた。

 それが本当の幸福なのかどうかはわからないが、少なくとも、不幸ではないのだろう。

「……皆が幸せになれるなら、俺が出来る限りのことはしたいんだよ」

「そういうところがあるから、皆、隊長のこと、好きなんですよ」

「そうかな」

「俺も、隊長の部下で良かったって想いますもん」

「……俺も、ルウファに出会えてよかったよ」

 旧市街の町並みを見渡しながら、告げる。《獅子の尾》が結成されて約二年。副長たるルウファには、様々な仕事を押し付けてきたが、だから彼が部下でよかったというのではない。もっと、深いところでルウファのことを評価している。評価、などというとどうにも変な感じだが、要するにセツナは、ルウファが副長だからこそこれまで上手くやってこられたと想っているということだ。

 反応が薄く、妙な気まずさを感じる。

 彼を見ると、ルウファは、愕然としてこちらを見ていた。

「どうした?」

「え……いや、その、なんていうか、嬉しくて……ですね」

 ルウファは、照れたように鼻を掻いた。

「え?」

「だ、だって、そういうこと、いままであまりいってもらえなかったじゃないですか」

「そりゃあ、いう機会もなかったし、年上のルウファに向かって、偉そうにいうのもなんか変だし」

「年上って……いまさらですか」

「うん、いまさら」

 本当にいまさらすぎて、笑うしかなかった。

 セツナとルウファは、少しばかり年が離れている。立場上、セツナはルウファに強くでるし、ルウファはセツナに敬語を用いる。当初はセツナも敬語を使っていたのだが、ルウファがなんだか歯がゆいというので、意識して使わなくなったことを覚えている。隊長と部下という関係ならば、そのほうがよかったのかもしれない。

「はは……隊長って、変なところで律儀ですよね」

「律儀、なのかなあ」

「たぶん、ね」

 ルウファが砕けた言い回しをするのは別段めずらしいわけではないのだが、なんだか親近感が湧いて、嬉しかったりした。セツナは、ルウファに兄のようなものを感じることがある。ひとりっ子のセツナには兄も弟も実感として理解できないのだが、兄がいるとすれば、ルウファのような感じなのではないかと思うことがしばしばだった。そんなルウファとは仲良くあり続けたかった。

「なあ、ルウファ」

「はい?」

「おまえは俺になにを望む?」

 セツナは、ルウファの目を覗き込むようにして、問うた。

 金髪碧眼――絵に描いた貴公子のような青年の瞳は、いつだって澄み切っていて、まるで青空を覗き見るような感覚があった。彼は、しばし考えた後、笑顔を浮かべながら、こういった。

「そうですね。いままで通り、俺達の隊長でいてくれれば、それ以上はなにも」

「……そんなのでいいのか?」

「いったじゃないですか。いまでも十分幸せですって」

「聞いたよ」

 そういわれると、そういうしかない。

 実際、ルウファは幸せなのだろう。公私共に充実しているのだ。父は職務を全うして引退したかと思えば領地を与えられ、隠居同然の身でありながらも領伯としての新たな人生の幕開けを告げようとしている。実兄のラクサスはバルガザール家を継いだことで、ますます活躍が期待されるだろうし、末弟のロナンも武装召喚師としての道を少しずつ歩み始めている。そして彼自身は、《獅子の尾》副長として華々しい活躍をする一方で、エミルとの結婚を目前に控えているのだ。幸せの絶頂とは言い過ぎにしても、この上なく順調なのは間違いない。

 そんな彼の幸せを妬むものがいたとしても不思議ではないし、当然のように思えるほどだ。

 無論、セツナたちが彼の幸福を妬むわけもない。むしろ、自分たちのことのように喜んでいるものがほとんどだ。

「あ、でも、ひとつだけ」

 ルウファが、思い出したようにいってきたのは、セツナにとっては当然のことだった。

「エミルとの結婚式には絶対に参加してくださいね」

「当たり前だろ」

「良かった。隊長、そういう行事とか式典とか苦手ですから、エミルとも心配してたんですよ」

「苦手だろうがなんだろうが、うちの副隊長と軍医補佐様の結婚式に参加しないはずがないだろ」

 セツナは、ルウファの気遣いかたに苦笑しながら、そう言い返した。

「どんなことがあっても参加させてもらうよ」

 ルウファとエミルの結婚式は、近いうちに行われるのだ。日程はこそ完全に決まってはいないものの、これから決定されるであろう長期休暇中には行われる予定だという。バルガザール家の二男にして、《獅子の尾》副長の結婚式だ。盛大なものになることは間違いなく、国王と王妃の参加さえ噂されている。また、王都がお祭り騒ぎになるかもしれない。


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