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第千四百九十五話 大刷新(六)

 軍師ナーレス=ラグナホルンが死去していたことが公表された理由のひとつは、後継者が定まったからでもあった。

 ナーレスには、ふたりの弟子ともいうべき存在がいる。

 ひとりはアレグリア=シーン。生粋のガンディア人である彼女は、臆病者の軍団長として知られる一方、有数の戦術家として名を馳せ、ナーレスに目をつけられたようだ。ナーレスによって立ち上げられた参謀局に組み込まれた際は、前線で指揮を取る必要がなくなることを喜んでいたというくらいには自他ともに認める臆病者の彼女だが、だからこそ知恵が湧くというのが彼女の持論でもあった。そしてその持論をナーレスもまた、支持している。

 もうひとりは、エイン=ラジャール。ログナー生まれログナー育ちのログナー人である彼は、セツナよりひとつ年下の少年だ。ログナー時代、アスタル=ラナディース将軍の親衛隊に属していたといい、ガンディアとの戦争では危うくセツナに殺されかけたという逸話を持つ。そのことがきっかけで熱烈なセツナ信者になったというのだから、奇妙というほかない。

 そんな彼が戦術家としての才能を見出されたのはザルワーン戦争以降だが、それにはまず、アスタル=ラナディースが彼の能力を見抜き、軍団長に推したという話がなければ始まらない。アスタルは、長年エインを見てきたことにより彼の才能を理解し、故に軍団長に推薦したのだという。

 エインはザルワーン戦争での数々の活躍によってナーレスに認められ、アレグリアとともに参謀局に召喚された。

 それ以来、エインもアレグリアもナーレスに薫陶を受け、後継者として育成されてきていた。

 ナーレス自身、ふたりのうちどちらをつぎの軍師とするべきか大いに悩んでいたらしく、最期の最期まで結論には至らなかったらしい。

 レオンガンドたちガンディアの首脳陣が悩み抜いた末に出した結論は、アレグリアとエインの両名を軍師に任命するというものだった。

『なにも軍師はひとりでなければならないという決まりはあるまい?』

 レオンガンドはそういって会議を押し切ったという話を、後にセツナにこっそりと教えてくれている。

 レオンガンドとしても最初はどちらかひとりだけを軍師に任命し、もうひとりを軍師の補佐官にする予定だったらしいのだが、側近たちと頭を突き合わせて検討しているうち、惜しくなったのだという。

『せっかくナーレスが見出した才能だからな』

 レオンガンドには、ナーレスが最期まで懸命に育て上げようとしたふたりだからこそ大切にしたいという想いがあるようだった。セツナもその想いには、同意せざるを得ない。

 軍師に選ばれなかったからといって腐るようなふたりではないだろうが、なにか思うところもあるかもしれない、ということもあるだろう。それならばいっそのことふたりとも同列の立場にしてしまえばいい。確かに軍師がひとりでなければならないという決まりはないし、道理もない。

 むしろ、ふたりを軍師に任命するほうが合理的なのではないかとさえ思えた。

 ふたりの軍師ならば足りない部分を補い合うことができるし、エインとアレグリアのふたりは、これまでもずっとそうやってきたのだ。参謀局の作戦室長から軍師へと格上げされたことで、ふたりの連携はさらにやりやすくなっただろう。もちろん、作戦室長と軍師では仕事量も重責も段違いなのだろうが。

「そんなわけで、これからは軍師様と呼ぶように」

 エイン=ラジャールは、就任後の挨拶回りに《獅子の尾》隊舎を訪れたとき、広間に集まった面々に向かって茶目っ気たっぷりにいってのけた。すると、そんなエインに対し、ミリュウが腕組みして言い返したものだ。

「なんで偉そうなのよ」

「偉そうなんじゃなくて、偉いのよ」

 ファリアに訂正されると、ミリュウは腑に落ちないといった顔をした。

「……なんかむかつくわね」

「なんでですか」

「子供っぽいんですもの、軍師様」

「おまえにいわれたかねえだろ」

「なんでよ!」

「そういうとこ」

「うう……!」

 ミリュウは悔しそうに歯噛みしながらこちらを睨んできたが、それ以上はなにもしてこなかった。ここでセツナに飛びかかるようなことでもあれば、余計に子供っぽいといわれると考えたのだろう。エインを子供っぽいといって見下した手前、子供っぽく振る舞いたくないのだ。そういう対抗意識が子供っぽいというのだが、本人にはいってもわからないだろう。大人と子供が同居して奇妙な均衡を保っているのがミリュウなのだ。

「まあまあ、子供っぽいところがいいんですって」

「なにがだよ」

「俺のことです」

 しれっとした顔のエインに、セツナは肩をすくめるほかなかった。

「だれの評価なんだか」

「さあ、どなたのでしょう?」

 エインははぐらかすように笑って、別の話題を繰り出してきたのだった。

 別の話題というのは、もうひとり、ガンディアに領伯が誕生したことだ。

 左眼将軍デイオン=ホークロウに先の功労として、領地が与えられるという発表があったのだ。領地が与えられるということは、すなわち領伯になるということだ。それによりデイオンは、将軍と領伯というふたつの肩書を持つことになるのだが、その事自体は別段、不思議な事でも何でもない。セツナは領伯であるとともに王立親衛隊《獅子の尾》の隊長を務めている。

 デイオンに与えられたのは、クルセルク方面最大の都市クルセール一帯であり、広さでは龍府にならぶ規模だということだった。クルセールは、かつてのクルセルクの王都であり、魔王勃興後は、皇魔と人間がある種の共存を行っていた魔都と成り果てた地であった。クルセルク戦争時、反クルセルク連合軍によって解放され、ガンディアの支配下に入ったことで魔都の影も形もなくなっているといい、いまでは人間だけが住む大都市として機能しているという話だった。

 なぜデイオンが領伯に任じられたのかというと、政治的配慮だろう、というのがエインの考えだった。

 アスタル=ラナディースを大将軍に任命したことに対する配慮だ。

 デイオンは、長年、ガンディアの武将として王家に忠を尽くし、国のために戦い続けてきた人物だ。レオンガンドが暗愚を振る舞っている時代もガンディアを見放すことなく、国に従い続けてきた。アルガザードの後任の大将軍にはそんなデイオンこそが相応しいという声が大きいのは当然の話であり、アスタルの就任が決まったあとでも、そういった話題は頻出した。それだけデイオンが慕われているという話でもあったし、ジゼルコートを騙し抜いた手腕も記憶に新しいのもあるだろう。

 それでもレオンガンドらガンディア首脳陣は、デイオンよりもアスタルを大将軍に据えた。デイオンよりもずっと若いアスタルを大将軍に据えることで軍の若返りを図るのとともに、できるだけ長い期間、大将軍を代えたくないという想いもあったようだ。アルガザードの大将軍としての任期はわずか数年に満たない。デイオンがそこまで早く引退するとは考えられないにしても、アスタルほど長く現役を続けられるわけもない。アスタルは三十代、デイオンは五十代だ。

 それにアスタルには華がある。年齢以上に若々しく、美人だ。大将軍とは、ガンディア軍の顔だ。軍の顔は、若く、勇ましく、美しいほうがいい。無論、それ以上に実績や実力が必要であり、それらを兼ね備えているからこそ、アスタルが選ばれたのだが。

 もちろん、デイオンの見た目が悪いわけではない。歴戦の猛者としての威圧感も備えた偉丈夫であり、軍の顔として申し分ないようにセツナには思えた。それをいうと、エインも笑ってうなずいたものだ。

「ただ、陛下や皆さんは、長期的な視野からあのひとを大将軍に選んだんですよね。容姿なんて、後付の理由ですらありませんよ」

 それはそうだろう。

 大将軍を選ぶ理由で、容姿が決定的なものになっていいはずがない。

 ともかく、アスタルが大将軍に選ばれ、デイオンは左眼将軍に据え置きとなったのだが、それだけでは忍びないと考えるのが、レオンガンドだ。デイオンは、論功行賞で評価されたばかりでもある。なにかしらデイオンにしてあげられることはないかと考えに考え抜いた末に出した結論が、デイオンの領伯任命だった。

 そしてデイオンの領地にクルセルクが選ばれたのは、デイオンがクルセルク方面と縁が深かったからだ。

 デイオンは、ナーレスの策を実現するため、クルセルク方面軍の末端の兵に至るまで完璧に近く掌握しており、クルセルク方面軍はガンディア軍というよりもデイオン=ホークロウの軍勢といっていいほどだった。でなければ、デイオンがジゼルコートにつくといって、クルセルク方面軍全軍が彼に付き従うはずもない。さらにいえば、その後、土壇場になってジゼルコートに敵対することになった際、なんの混乱もなく行動に移れるわけもなかった。

 すべては、デイオンがナーレスにいわれたとおりにクルセルク方面軍を掌握するべく、全身全霊で取り組んだ成果なのだ。

 そんなデイオンだからこそ、クルセルク方面最大の都市クルセールの領伯に相応しいという反応が多く、中でもクルセルク方面軍の兵士たちは、デイオンが領伯に任命されたことを知ると、大騒ぎに騒ぎ、喜びを表したという。

 デイオンは、クルセルク方面軍の将兵に慕われているのだ。

 政治的配慮とはいえ、クルセルク方面を安定させるにはこれ以上の正解はないだろう、というのがエインの意見だった。



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