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第千四百九十三話 大刷新(四)

 論功行賞、六位以下もつぎつぎと公表され、驚きや衝撃、予想通りといった様々な反応が会場を包み込んでいった。

「第六位はウルク殿」

 ゼフィル=マルディーンによるその発表が、今回一番の衝撃だったかもしれない。

 ウルクとは無論、魔晶人形のウルクだ。神聖ディール王国魔晶技術研究所によって研究開発された人型の戦闘兵器たる彼女は、研究者であり開発者でもあるミドガルド=ウェハラムとガンディアの取引によって、ガンディア軍の戦力としてマルディア救援、ガンディア奪還に従軍している。ガンディア軍の一員としてではなく、セツナ軍の一員として参戦しているのが少しばかり奇妙なところだが、ウルクの立場を考えればそれが一番無難だったのかもしれない。

 彼女が神聖ディール王国の魔晶人形だという事実は機密事項なのだ。神聖ディール王国とガンディアがなんらかの関係を結び、なにかしら企んでいるという噂がヴァシュタリア共同体やザイオン帝国の耳に入ったりでもすれば、どうなるか。ディールの噂次第では、二大勢力が動き出すことになりかねない。そうなれば、ディールも動き出さざるを得ず、小国家群は望まざる破滅を迎える可能性もある。

 故に、ウルクの正体は隠さなければならず、ミドガルドがなにものなのかさえ知らないものは多かった。当然、疑問を抱くものもいて、正体を探ろうとするものもいたようだ。ウルクがセツナ軍預かりとなったのも、そういった連中への牽制でもあったのだ。セツナは、ガンディアの英雄として賞賛される一方、もっとも恐ろしい存在として認知されてもいる。

 黒き矛は、勝利の象徴であり、死の象徴でもあるのだ。

 そのウルクだが、この会場には来ていなかった。ミドガルドいわく、躯体の損耗が激しく、手持ちの機材では完璧に修理することは不可能な状態なのだという。十三騎士やマクスウェル=アルキエルとの戦闘がそれほどまでに凄まじいものだったということだ。

 本来、鉄壁の防御力を誇る魔晶人形の躯体は、ただの召喚武装程度では傷一つつけられないほどのものだ。つまり、十三騎士の“幻装”も、マクスウェル=アルキエルの《時の悪魔》も、ミドガルドの想定を遥かに上回る破壊力を持っていたということなのだ。

 全身、様々な箇所を損傷したウルクは、しかし、セツナの前では至っていつもどおりの様子だったことを彼は覚えている。


 数日前のことだ。王宮区画にあるミドガルドの仮設研究室に足を運ぶと、調整器の周りに見たこともない機械がいくつも並べられていた。それらの機材は、ミドガルドがウルクの躯体にもしものことがあったときのために運び込んできていたものであり、躯体を修理するために必要な機材のうちの代表的なものだということだった。

 ミドガルドは、それら機材のひとつを手に調整器の中を覗き込んでいて、その棺のような物体の中にウルクが横たわっていた。マルディアで片腕を損傷したこともミドガルドにとっては想定外のことだったが、マクスウェルの悪魔は、それ以上の傷を彼女に残している。全身、様々な箇所に深い傷、浅い傷が無数に刻みつけられ、内殻と呼ばれる部分が見えていた。

 彼女は人形だ。人間の手によって作り出された人型の戦闘兵器。その見た目は絶世の美女というに相応しいほどのものであるとともに、どこか無機的でもあった。生物ではないのだから当然かもしれないが、見慣れぬ者にとっては不気味とさえ思えるかもしれない。そんな彼女の姿を痛々しく思うのは、セツナにとってウルクが感情を持つ生き物だからだろう。実際、ウルクには感情らしきものが見え隠れしていて、ミドガルドもそれを認めている。セツナと直接対面するまではそういったものを見せたことはなかったというのだが。

 セツナが発するという特定波光が彼女の起動に関係しているのだから、セツナとの接触が彼女の感情の発現になんらかの関わりを持っていたとしても不思議ではない――とは、ミドガルドの言葉だ。

『セツナ、あなたからもミドガルドにいってください。早く修復作業を完了させてくれなければ、セツナの護衛につくことができないのです』

 ウルクの声には抑揚がなく、感情の片鱗さえ見えない。また、顔面そのものも金属でできているということもあり、表情の変化もない。しかし、たしかに彼女の言動には微妙な感情の変化を感じ取れるのだ。

『まったく、困った子だ。持ってきた機材では完璧な修理は不可能だといっただろうに』

『完璧でなくとも構いません。任務に支障さえなければ』

『傷一つない綺麗な躯体に治せといったのはどこのだれだろうね』

 ミドガルドが苦笑交じりにいうと、ウルクがいきなり上体を起こし、彼を睨むようにした。淡く発光する魔晶石の目がいつになく冷ややかに輝いているように見えたのは、気のせいではあるまい。

『わたしがいつそのようなことをいいましたか?』

『おやおや、愛しのセツナ伯サマの前ではいい子ぶるのかね。まったく、お父さんは悲しいよ』

『ミドガルド。あなたがなにをいっているのか、まったく理解できません。一度、ゆっくりと頭を休めることを提案します』

 ウルクは、ミドガルドを見据えながら、無機的な声で告げるのだ。

『無論、わたしの躯体を修復してからのことですが』

 ミドガルドは、セツナと顔を見合わせて、肩を竦めてみせたものだった。

 

 セツナは、そんなことを思い出しながら、彼女が評価された理由を聞いていた。

 ウルクは、レコンドール奪還戦、サントレア奪還戦においての活躍だけではなく、ほぼ単独でログナー方面の都市マルスールをルシオン軍から取り戻したことが高評価されたという話だった。その後のバルサー要塞を巡る戦いにおいてはドルカたちログナー方面軍の窮地を救い、マルダールの戦いにおいてはルシオン軍とともにラクシャを撃退せしめたという。

 単独でのマルスール奪還がもっとも高く評価されているのだが、それはマルスール奪還に際し、解放軍が損害を出さずに済み、以降の戦いに有利に働いたからだ。もしマルスール奪還のために戦力を割くことになれば、多少なりとも犠牲を覚悟しなければならず、バルサー要塞、マルダールの戦いにおいてさらなる損害が出た可能性も低くはなかった。

 そういったことから第六位となったウルクには、相応の褒賞が贈られることになっている。もっとも、人間ならざる彼女には、褒賞金の使い道などはないかもしれないが。

 第七位にルウファ、第八位にファリアが選ばれている。

 両者とも、マルディア救援での活躍のほか、マルダールでの武装召喚師単独撃破が特に評価されている。ルウファのほうが上位なのは、オウラ=マグニスよりもグロリア=オウレリアのほうが強敵だと判断された上、戦いの後、グロリア=オウレリアを味方に引き入れることができたからだ。グロリアは限りなく強力な武装召喚師だ。敵としては戦いたくないくらいに凶悪であれば、味方となればこれほど頼もしい存在はない。事実、グロリアの戦闘力は、マクスウェル=アルキエルとの戦いで存分に発揮されており、彼女がいなければもっと苦戦していただろうとファリアたちもいっている。

『まさか別の意味で苦労することになるとは想いませんでしたけど』

 ルウファの途方に暮れたような一言がセツナの耳に残っている。グロリアは、年の離れた弟子であるルウファに執心なのだ。

 ファリアもオウラ=マグニスに投降を願ったらしいのだが、オウラが聞き入れなかったため、倒さざるを得なかったのだという。戦場だったのだ。生かして捕らえ、説得を続けるという考えには至れなかった。ファリアをして手を抜けるような相手ではなかったということであり、ファリア自身、彼を殺さざるを得なかったことを惜しんでいた。

『もしオウラが味方になってくれていたら、って思うわよ』

 オウラは、ファリアにとっては同郷であり、同じ教室で武装召喚術を学んだ間柄だ。彼女はオウラの実力をよく知っていただろうし、人となりもわかっていたのだろう。味方に引き入れることができれば、どれほど活躍してくれたのか。

「七位と八位のお二方は、第三位のミリュウ様に跪くことを許して差し上げますわよ」

 ルウファとファリアの順位が発表されたあと、ミリュウが勝ち誇ったように胸を反らして告げた。すると、ファリアもルウファも、互いに顔を見合わせた後、ミリュウに向かって半眼を注いだ。

「なんなのよ」

「なんなんですか」

「なによう、ただの冗談じゃないい」

 ミリュウは、ふたりが乗ってくれなかったことが不満だったのか、子供のようにうなった。

「……ったく、なに馬鹿いってんだか」

「あー十位以内にも入れなかった獣女がなにかいってるー」

「てめえ!」

「はあ……」

 セツナは、いつものごとく口論を始めたふたりに頭を抱えたくなった。

 第九位に選ばれたのは、エスク=ソーマだった。エスクは、マルディアにおいてはシールウェール奪還戦に投入され、“剣聖”トラン=カルギリウスと交戦している。また、レコンドールの戦いにも参加し、セツナを援護してくれていた。サントレアの戦いにも、当然、参戦し、激戦を繰り広げた。そんな彼がもっとも評価されているのは、マルディアからの脱出中、部下のドーリン=ノーグとともに、レオンガンド暗殺を阻止したからだ。

 故に同じような戦績を持つルクス以上に評価されたということだった。

 エスクは、まさか自分が論功行賞の場で名を挙げられるとは想ってもいなかったらしく、しばし茫然としていた。しかし、状況を理解すると、シーラやルクスに対し、自分のほうが評価されていることを自慢しに回ったりして、レミルとドーリンから冷たい視線を送られたりしていた。ドーリンはともかく、レミルまでもがそのような態度を見せるのは意外だった。

 第十位は、アルガザード・バロル=バルガザール大将軍の名が挙げられた。

 いつもならば大将軍が論功行賞において名を挙げられることはなく、めずらしいこともあるものだと思ったものだが、よくよく考えれば、さもありなんと思えた。

 アルガザードは、マルディア救援を大将軍としての最後の戦いに定めていたのだ。

 マルディア救援中、ジゼルコートの謀反が遭ったがために、ガンディアを奪還するまでは大将軍位返上はお預けとなり、ガンディア奪還の戦いにも参加せざるを得なかったが。

 アルガザードの大将軍としての最後の仕事を評価したいというレオンガンドたちの想いが、この順位に現れているといっていいのだろう。

 もっとも、アルガザードが活躍していないかといえば、まったくそういうことはない。

 救援軍、解放軍本隊の総指揮官として采配を振るったのみならず、ヘイル砦では反乱軍幹部を討ち、バルサー要塞の戦いではルシオン軍白天戦団長バルベリド=ウォースーンを討ち果たしている。指揮官たるもの後方から指示を出すのが本来の役割だが、アルガザードには、大将軍最後の戦いを華々しい戦果で飾りたいという想いがあったのは間違いなく、その想いから来る行動が結果に結びついていた。

 アルガザードの活躍については、レオンガンドらガンディア上層部が大いに喜んだほか、ガンディア軍人も心の底から賞賛していた。そこにはガンディア人、ログナー人といった人種の垣根はなく、アルガザードがいかに将兵に慕われていたのかがわかるというものだった。

 アルガザードは人徳のひとなのだ。

 そんなアルガザードが大将軍を辞めるということが軍全体に与える影響がどれほどのものなのか。

 セツナには、計り知れなかった。

 大広間で行われた論功行賞の発表会では、第十位までが読み上げられ、第三位までがレオンガンドから直々に声をかけられている。

 第十一位以下は、追って通達されるとのことであり、発表会は第十位以上の上位者を賞賛する声で幕を閉じた。

 論功行賞そのものは、そのようにしてなんの問題もなく終わった。

 しかし、本題は、ここからだった。

 ガンディア政府によって、人事の大刷新が発表されたのだ。

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