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第千四百九十二話 大刷新(三)


「結局、セイドロックになったのね」

 表彰から戻ってきたセツナを出迎えたミリュウの最初の一言が、それだ。正装の彼女は、いつもよりずっと大人びて見える。年齢的には十二分に大人の女性なのだが、普段の言動がそう感じさせないところがあるのが、ミリュウという人物だった。

「文句はないだろ?」

「あるわけないじゃない。未来の領伯夫人だもの」

 ミリュウがうっとりというと、ファリアがすかさず半眼を投げた。

「だれがよ」

 ファリアも当然、正装している。黒を基調とする《獅子の尾》の隊服は、彼女にもよく似合っている。いつにもまして美人度が上がっているように思えるのは、贔屓目だろうか。

「ファリア」

「はあ!?」

 間髪入れぬミリュウの反撃にファリアは周囲の目線も気にせず、素っ頓狂な声を上げた。

「うふふ……で、第二夫人があたし」

「なるほど。確かに領伯夫人ともなれば、ひとりにこだわる必要はねえのか」

「では、シーラ様は第三夫人にでも立候補なされますか?」

 シーラとレムの会話に目を向ける。シーラは黒獣隊の隊服に身を包み、レムはいつものメイド服だ。レムだけが場違い感が凄まじかったが、彼女はまったく気にしていない。気にするわけがない。戦場でさえその格好なのだ。たとえ正装が必要な場であってもその服装を変えるつもりはないらしい。

「なんでだよ!?」

「えっ」

「なんでそんな反応になるんだよ!」

「……本当だよ」

 シーラが顔を真赤にして声を荒げる傍らで、セツナは、居心地の悪さを感じずにはいられなかった。周囲の視線が突き刺さるように痛かった。第一位に選ばれていい気になっている、などと思われているのではないか。だとすれば心外も甚だしいのだが、そう思われたとしても仕方のない状況だということは理解している。自分が部外者ならば、そのように想ったに違いないのだ。それくらい、会場の空気とは違う空気感がセツナの周囲に漂っている。

 仕方のないことではあるのだ。

「隊長も大変だ」

 ルウファが気遣ってくれるのはありがたかったが、彼の隣に立つ女武装召喚師は、感心したようにつぶやくのだ。

「そうか……第二夫人という手もあったな」

「師匠……?」

「おまえもな」

 セツナは、グロリアを横目に見やり、憮然とするルウファに同情を寄せた。エミルがこの場にいないことが功を奏したというほかない。もし婚約者たる彼女がこの場にいれば、彼女とグロリアの間で口論になっていたかもしれない。

 そんな中は発表された第二位は、予想外の人物だった。いや、人物と呼べるのかどうか。

「第二位は、ラグナシア=エルム・ドラース殿」

 ゼフィルが発表した瞬間、会場は静まり返った。そして、どよめきが巻き起こる。だれもがラグナの名が上がるとは想ってもいなかっただろうし、中にはラグナの名を知らないものもいただろう。

「ラグナが二位!? 嘘でしょ!?」

「選ばれた理由については、察しはつくけれどね」

「そうでございますね」

「ラグナが二位……か」

 セツナは、深い感慨の中で、レオンガンドやゼフィルが彼女を二位に選んでくれたことに心から感謝した。

 評価理由の発表の前に、ラグナシア=エルム・ドラースがなにものなのかについて、ゼフィルから説明があった。

 もっとも、ラグナシア=エルム・ドラースがセツナが常に引き連れていたドラゴンのことだと判明すると、だれもが即座に理解したようであり、説明するまでもないようだったが。ラグナの名は知らずとも、セツナのことを知らないガンディア軍人がいないはずもない。そのセツナが一年前にドラゴンを退治し、そのドラゴンがセツナの従者になったという話は、有名にもほどがあった。それ以来、セツナが小さなドラゴンを連れ歩いていたという話もよく知られているはずだ。名前が浸透していないのは、ラグナを長たらしい名で呼ぶことが少ないからに違いなかった。

 ラグナがなぜ第二位なのか、というと、第一位のセツナに直接の関係があった。

 ラグナがいなければ、セツナは生還し得なかった可能性が極めて高いからだ。

 そして、セツナが生還しなければ、ガンディア軍はマクスウェル=アルキエルによって壊滅していた公算が高い。

 それらの事実を踏まえると、ラグナの成し遂げたことがいかに意義のあることかがわかるだろう。

 ラグナは、みずからの命を犠牲にして、セツナをベノアから脱出させたことで間接的にではあるが、レオンガンドたちのガンディア奪還に多大な貢献を果たしている。そのことが評価され、第二位に選ばれたのだ。

 戦って敵を倒すことだけが評価に繋がるわけではない。

「ラグナシア=エルム・ドラース殿はただいま不在ですが、戻ってこられたおりには此度の褒賞を受け取っていただきましょう」

 とゼフィルはいった。

「不在だって」

「そのとおりだろ」

「うん。そうだね」

「必ず帰ってくるさ」

 セツナは、ミリュウのどこか嬉しそうな表情を見つめながら、告げた。

「帰ってこないなら迎えに行くだけのことよね」

「ああ」

 ファリアの言葉にうなずき、第三位の発表を待った。

 

 第三位には、ミリュウの名が挙げられた。

「嘘!?」

 ミリュウ自身、まったく想定していなかったらしく、彼女はめずらしく素直に驚いていた。

 ミリュウ・ゼノン=リヴァイアが第三位に選ばれた主な理由は、ヘイル砦の戦いにおいてほかのだれも真似のできない武功を立てたことだ。ヘイル砦に壊滅的損害をもたらし、救援軍本隊の勝利を呼び込むと、本陣のレオンガンドに肉薄した十三騎士を撃退するという活躍まで見せている。ほぼひとりでヘイル砦の戦いを勝利に導いたといっても過言ではない、という評価にも、ミリュウは、レオンガンドの前で硬直したままだった。

 ミリュウの活躍はそれだけではない。マルダールの戦いにおいて城門を破壊し、さらにアスラ=ビューネルを降している。アスラはミリュウに降り、以来ガンディア軍の戦力として期待されることとなった。優秀な武装召喚師を味方に加えたことも、評価の一部になっているのだろう。

 第三位のミリュウには、多額の報奨金と勲章が授与された。また、レオンガンドからほかに望むものはあるか? との問いに対して彼女は、セツナとの幸せな家庭を築くことと答えている。レオンガンドは、それは当人たちで解決する問題だといい、深くは追求しなかった。ミリュウはそのことに不満を漏らしていたものの、セツナは安堵した。

 第四位には、エイン=ラジャールとアレグリア=シーンが選出された。軍師候補二名が同率で第四位というのは、政治的配慮を感じずにはいられないことではあったが、だとしても相応しい順位ではあるだろう。ふたりは、マルディア救援の戦いからガンディア解放の戦いに至るまでの戦略を立案し、それぞれの戦いにおける戦術も練っている。また、補給線の確保や兵站の維持に至るまで、戦争に関する大半のことをふたりが中心となってやり遂げられており、ふたりはガンディア軍の要といっても過言ではなかった。

 第五位には、ナーレス=ラグナホルン、エリウス=ログナー、デイオン=ホークロウの三名が同列として発表された。この三名のうち二名、エリウス=ログナーとデイオン=ホークロウは、ジゼルコートの謀反に同調したことで、一時期、ガンディア解放軍の中でも非難されることの多かった人物だ。しかし、ふたりがジゼルコートに付き従ったことがナーレスの策だったということが明らかになると、非難の声は消えてなくなり、むしろ賞賛する声が激増した。当然だろう。ふたりは、我が身の危険も顧みず、ジゼルコートに近づき、信頼を勝ち取ったのだ。ジゼルコートは並大抵の人物ではない。政治という虚々実々の世界に長らく君臨してきた実力者だ。付け焼き刃の嘘など容易く見抜かれ、策もまた、見破られただろう。エリウスとデイオンのふたりがジゼルコートの信任を得ることができたのは、ふたりがそれだけ全力でもって事に当たったからだ。真実が露呈すれば、当然、命を失うことだってありうる。ジゼルコートが敵に容赦するはずもない。

 もし、ジゼルコートがデイオンとエリウスの嘘を見破り、策を見抜いていれば、ふたりはいまごろこの世にはいなかっただろう。

 だれもがそのことを理解しているから、ふたりがナーレスとともに第五位に選ばれたことに対し、惜しみない賞賛の拍手が送られた。

 しかし、エリウスとデイオンは、第五位に値するのは自分たちではなく、ナーレスひとりだといって聞かなかった。ふたりは、ガンディアの軍神ナーレスが策を授けてくれたからこそ、自分たちは生き抜くことができたのだ、といった。そんなふたりの意見に対し、レオンガンドは微笑を浮かべて聞きながらも、辞退は認めないと告げた。

「ここでそなたらを表彰しないわけにはいかないのだ。それでは、ナーレスに合わせる顔がない」

 レオンガンドがナーレスの名を出すと、デイオンとエリウスは目線を交わし、第五位という評価を受け入れることとした。

 ふたりとナーレスの間にどれほどの絆があるのか、セツナにはわからない。

 セツナにとっては、ナーレス=ラグナホルンとはよくわからないひとだった。その印象は、初めて逢ったときから、最後に言葉を交わしたときまで、変わっていない。もちろん、ナーレスがよくわからない人物だからといって、彼のガンディアへの熱い想いや志は伝わってきていたし、レオンガンドが全幅の信頼を寄せるだけの人物だということは重々理解している。

 尊敬してもいる。

 そんなナーレスに頼られたふたりが少しばかり羨ましく感じたのは、セツナの中にそういう想いがあるからだ。

 また、ナーレスの戦術にしたがって戦うことができればいいのだが。

 彼は、エンジュールに籠もって以来、一度たりとも顔を見せていない。



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