第千四百九十一話 大刷新(二)
論功行賞においてセツナが第一位に選ばれたことは、その場にいるだれもが当然のように受け入れてくれてはいた。微妙に気まずい空気が漂ったように思えるのは、皆の反応が驚きもなにもないものだったためだったからだ。発表されるまでもないことだとでもいいたげな反応の数々を目の当たりにすれば、セツナでも気まずさを覚えるものだ。もっとも、だからといって一位を辞退するつもりも、必要もないと考えているが。
ゼフィル=マルディーンに名を読み上げられたあと、大広間の上座で待つレオンガンドの元へ進み出ると、隻眼の獅子王は、なんともいいようのない笑みを浮かべていた。
「皆、呆れているように思えるが、それはつまり、君の一位が揺るぎなきものだということでもある。胸を張り給え」
「……それは、わかっているつもりですが」
「皆もわかっているさ。君がいたからこそ、我々は勝利し、ガンディアを取り戻すことができたということくらいはな」
レオンガンドとのわずかばかりの会話の後、セツナが第一位に選定された理由がゼフィルによって述べられた。
ゼフィルが挙げた理由は、つまるところセツナの武功の数々だ。マルディア救援からガンディア奪還に至るまでの長い戦いの中、セツナが積み上げてきた戦功。マルディアにおいては、十三騎士二名を相手に立ち回り、レコンドールを奪還。サントレア奪還戦でも複数名の十三騎士を引きつけるという大役を果たし、サントレア奪還に大いに貢献することができた。
そして、サントレアでのたったひとりの殿軍だ。
ジゼルコートが謀反を起こし、王都を制圧したことが明らかになったことで、救援軍は、ガンディアに戻らなければならなくなった。だが、そのためには北から迫りくる騎士団をほうっておくことはできず、殿軍として戦力を割く必要があった。そのとき、セツナ自身が名乗りを上げたことが評価され、そのことについては会場から拍手が鳴り止まなかった。
もし、あのとき、セツナが殿軍を務めなければ、騎士団の追撃を食い止めるために数多くの将兵が投入されることになっただろう。その場合、ガンディア解放軍の勝敗に大きな違いこそないものの、損害には多大な差が生まれていたはずだ。騎士団を抑えるために投入された戦力は、十三騎士の圧倒的な力にねじ伏せられ、壊滅した可能性が極めて高い。
セツナでさえ、負けている。
セツナとラグナ、それに戦鬼グリフがいながらにして、敗北を喫している。
そのことも、触れられた。
セツナがしばらくの間、ベノアにて騎士団に捕らわれていたという事実が明らかになると、人々は口々に騒いだ。当然だろう。まさか、セツナが命の危機に曝されていたとは、だれも想像していなかったのだ。セツナはガンディアの英雄であり、不敗の象徴といってもよかった。ガンディア軍人の多くが、セツナを化け物か何かのように想っている節がある。そう想われても致し方のない戦歴なのだから文句もないし、むしろセツナ自身が化け物たらんとしていた。
その化け物が敗れた。
ガンディアの英雄が敗北を喫し、囚われの身になっていたのだ。大広間に生じた衝撃というのは、筆舌に尽くしがたいものがあった。
ゼフィルがなぜ、英雄の価値が落ちるかもしれないことを公表したかというと、ベノアに囚われたセツナが騎士団からの勧誘を拒絶し、ガンディアの人間として戦うことを表明し、奇跡の生還を遂げた、ということを伝えたかったからのようだった。絶体絶命の窮地に陥ってもガンディア人であることの誇りを失わず、ガンディア人であることにこだわるセツナこそ、ガンディアの英雄に相応しい、とゼフィルは暗にいう。
そして、ケルンノールの地にて猛威を振るい、全軍に絶望をもたらしたマクスウェル=アルキエルを一蹴したこともまた、高評価だったということが告げられた。
マクスウェル=アルキエルの圧倒的な強さについては、いまやだれもが知るところだった。十三騎士数名分の力を持っていたに違いない、という評価によって、ケルンノールの地に赴くことのなかったものたちまで、マクスウェル=アルキエルとの戦いがいかに苛烈なものであったかを理解した。マルディアの戦いを経験したものの多くは、十三騎士の実力をよく知っているからだ。ただでさえ凶悪な十三騎士の数倍の力を持っていたと思しきマクスウェル=アルキエル。その評価の高さに疑問を抱かないのは、複数名の武装召喚師に“剣鬼”、“剣聖”、魔晶人形さえ投入しても倒しきれなかったという事実があるからだ。
マクスウェル=アルキエルが二十年に渡って組み上げてきた術式によって呼び出された召喚武装《時の悪魔》は、ファリアたちの連携攻撃を持ってしても致命傷を与えることはできず、ある程度削ることはできても瞬く間に再生してしまうような怪物だった。そんなものが存在していいはずがない、と、あの戦いに参加しただれもがいうほどのものであり、その絶大な力の前では、ファリアたちでさえ絶望しかけていたほどだという。
天変地異が起こるほどの攻撃は、遠巻きにファリアたちの戦いを見守っていた兵士たちの目にも見えていたといい、ファリアたちが生還したことだけでも賞賛に値するというものもいた。
それほどの強敵だった。
それをセツナは事も無げに撃破してみせたのだ。
それこそ、あっさりと撃滅してしまった。
だれもが唖然とするほどのあっけない幕切れだった。
もちろん、あっさりとした勝利などではない。
真の力を得、覚醒した黒き矛による全力の攻撃だったからこそ、マクスウェル=アルキエルと《時の悪魔》を殲滅することができたのだ。グリフとの長時間に及ぶ戦いがセツナの力を引き出しきっていた、というのが極めて大きい。最初からマクスウェル=アルキエルと戦っていれば、多少なりとも苦戦したはずだ。そもそも、黒き矛が目覚めてくれたかどうかもわからない。グリフとの数日あまりに及ぶ死闘がなければ、黒き矛は目覚めなかったかもしれないのだ。
グリフの猛烈な攻撃が黒き矛を叩き起こしてくれたといっても過言ではなかった。
マクスウェル=アルキエルを撃破した後、さらに敵となって立ちはだかった戦鬼グリフをも撃退したこともまた、評価の対象となり、激賞された。
もっとも、グリフが敵に回ったのは、セツナに対してであり、セツナがいなければ彼がガンディアの敵として立ちはだかるようなことはなかっただろうが、そのことについてゼフィルは触れなかった。セツナを褒め称えるためのものだからだ。
功の第一位たるセツナには、銀獅勲章と新たな領地としてセイドロックが与えられることとなり、レオンガンドから勲章の授与が行われた。
セツナは、喝采の拍手の中でレオンガンドの前に跪き、勲章を受け取った。
「君はやはり、わたしの英雄だ。これからも、ガンディアの矛となってくれることを願う」
「……仰せのままに」
セツナは、レオンガンドの微笑に心を打たれた。レオンガンドの表情からは、セツナに全幅の信頼を寄せていることがわかるのだ。言葉に偽りはなく、態度にも慈しみが満ちている。レオンガンドこそ、セツナにとって唯一無二の主君なのだということが嫌というほど理解できる。彼しかいない。彼だけが自分の主であり、自分という矛の使い手なのだ。
自分はただの矛だ。
この圧倒的な力の正しい使い方もわからない、ただの武器、ただの得物なのだ。
使い手がいてくれなければならない。
それがレオンガンドだ。
だからこそ、セツナは、レオンガンドに再び忠誠を誓い、ガンディアのために戦い続けることを約束した。