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第千四百八十五話 夢の続き(一)

「セツナはどこを選ぶだろうか」

 レオンガンドは、ふと思いついたことを発した。

 王都ガンディオン王宮区画・獅子王宮、玉座の間に彼はいる。マルディア救援のために王都を離れて二ヶ月近く。彼がこうして玉座に腰を落ち着けるのも実に久しぶりのことであり、玉座から見下ろす光景は懐かしくもどこか新鮮なところがあった。

「セイドロックでしょう」

 とは、アレグリア=シーンだ。玉座の間には軍師候補以外に国王側近のひとり、ジルヴェール=ガンディアがいるのみだ。ほかの五人は出払っていて、あと玉座の間に居合わせているのは、《獅子の爪》隊長ラクサス・ザナフ=バルガザール、《獅子の牙》隊長ミシェル・ザナフ=クロウのふたりと彼らの部下、そして王宮警護の隊員たちくらいだ。

 玉座の間が静謐に包まれているのは、そのせいもあるだろう。親衛隊長ふたりは私語を発することはなく、そのあたりのことは部下にも徹底している。王宮警護はいわずもがなだ。ジルヴェールもアレグリアも、基本的には無口だ。

 レオンガンドがなにかをいわなければ、この穏やかで過ごしやすい沈黙はいつまでも続いたことだろう。

「……意を汲んでくれるか」

「エイン室長が助言しに行かれたようですので」

「……なるほど。君らの行動力には敬服するよ」

「お褒めに預かり光栄至極にございます」

 アレグリアがにこやかに頭を下げた。

「ジベルは、どう出るかな」

「ハーマイン=セクトル将軍次第でしょう。かの野心家が陛下に頭を下げるというのであれば、今後も、以前と変わらぬ付き合いをしていけばよいかと」

 彼女の意見はもっともだった。

 ジベルは、確かに許されないことをした。同盟国ガンディアの国王たるレオンガンドを裏切り、ジゼルコートに同調したのだ。マルディア救援軍に参加することでレオンガンドへの義理立てを行いつつ、一方ではジゼルコートの謀反に合わせ、ザルワーン方面へ侵攻する準備を整えていた。計画的な行動。それは紛れもない裏切り行為であり、糾弾するだけでは物足りない。世間への示しがつかない。王都のみならずガンディア全土を取り戻し、ジゼルコートら反逆者をほぼ全員処断できたからといって、それで許される問題ではないのだ。

 なにもかも取り戻せたからといって、ジベルやイシカといった同盟国の裏切りを許せば、ガンディアが弱腰だなどというあらぬ誹りを受け、予期せぬ評判を得、くだらぬ印象を世間に対して与えることになるだろう。ガンディアはもはやただの弱小国ではないのだ。少なくとも、小国家群においては比肩しうる国は少ない。にも関わらず、ジベルやイシカに弱気で当たるようなことがあっては、世間の評判も地に落ち、ガンディアに対する信頼も損なわれかねない。ただでさえ、内乱によって悪印象を与えているのだ。評判を取り戻し、良くするためには、ジベルやイシカといった国々に強気に出、屈服させる以外にはない。

 しかし、ただ屈服させるといっても、即座に戦の一字に訴えるというのはありえない話だった。戦力差を考えれば、ジベルもイシカも、アザーク、ラクシャですら相手にはならない。攻め滅ぼすことくらい、ガンディアの戦力を持ってすればたやすいことだ。苦もなく、勝利することができるだろう。ジゼルコートに賛同し、レオンガンドを裏切った国々だ。攻め滅ぼしたところで、世間は妥当と判断するはずだ。

 だが、戦争のための費用やその他もろもろのことを考えると、いま戦争を起こすなど論外というほかなかった。

 大きな戦争が終わったばかりなのだ。

 だれもかれも疲れ切っている。

 失った将兵の数も決して少なくはない。

 なにより、政治の中心人物だったジゼルコートや、多数の政治家たちを処断したことで、ガンディアの政治機能は半ば混乱していた。反レオンガンド派のみならず、レオンガンド派、セツナ派の中からもジゼルコートの賛同者が出たのだ。混乱が起きるのは当然の結果だったし、レオンガンドたちも予期していたことだった。ジゼルコートひとり討つだけだったとしても、多少の混乱は避けられなかっただろう。

 ゼフィル=マルディーンら側近たちは、ガンディアの政治機能を正常化させるべく走り回っており、故に玉座の間にはジルヴェールしかいないのだ。

 そういう状況下ですぐさま制裁のために戦争を引き起こすというのは、考えられなかった。

 そしてそういうガンディアの事情について、制裁該当国が想像しないわけもない。ジベルやイシカがガンディアの糾弾に対し、強気に出てくる可能性ももちろんあった。

「こちらの意見に従わない場合は?」

「セツナ様をセイドロックに配してなお従わぬというのであれば、制裁するよりほかありません。一国でも横暴を許せば、それに倣う国々が出て来る。そして、そういった国々に対し、なにもできないという前例を作ることになります」

「……そのとおりだが」

「すぐさま本格的な戦争となさらずとも、都市のひとつでも攻め取り、我が国の考え方を世間に明示すればよろしいかと」

「それもそうか」

 うなずき、アレグリアの意見を採用することを心に決める。なにも最初から決戦を行う覚悟で戦う必要はない、というのはまさにそのとおりで、制裁として領土の一部でも切り取れば、ジベルやイシカが態度を硬化させていたとしても、即座に軟化させることだろう。ガンディアを完全に敵に回せばどうなるか、知らない国々ではない。だからこそ同盟を結んだにも関わらず、下手に出続けていたのだ。

「……ルシオンは、どうだ」

「……といいますと?」

「ルシオンの王ハルベルクは、わたしを裏切った。無論、ジゼルコートの考えに賛同したわけでも、同調したわけでもない。ハルベルクにはハルベルクの考えがあり、みずからの意志でわたしの敵となった。わたしの敵となり、立ち向かわなければならなかったのだ」

 そうしなければ、レオンガンドと戦い、打ち勝たなければ、彼は己の夢を叶えることができなかった。できないと、想ったのだ。

 思い込みが、ひとを突き動かす。

 もちろん、ジゼルコートが彼の背中を押したのだろうことは、わかっている。でなければ、ジゼルコートの謀反に同調し、彼の味方として敵対することなどなかったはずだ。だが、ハルベルクの意志は、ジゼルコートの意志とは無関係のものだった。そしてそれをジゼルコートも理解していただろう。互いに互いを利用しあっていただけに過ぎない。

 ジゼルコートはハルベルクを戦力として利用した。ただの戦力ではない。レオンガンドの精神に揺さぶりをかけることもできる戦力だ。また、同盟国ルシオンを味方につけるということは、ジゼルコートの謀反に大義があると世間に印象づける効果もあったかもしれない。もっとも、その効果はジゼルコートが裏切ったという印象に比べてあまりに弱く、意味があったかどうかはわからない。そもそも、ジゼルコートが世間の評判を気にする男であれば、レオンガンドの印象が悪くなるような出来事でも起こしてから謀反に踏み切っただろうが。

「ハルベルクは……あいつは、わたしと肩を並べ、夢を追う夢を見ていた。だが、いまのままではそれが不可能だと判断したのだろう。だから、わたしに戦いを挑んだ。わたしに打ち勝つことで、彼はようやく、わたしと肩を並べることができるようになる」

「だからといって、謀反に同調するのはいかがなものかと」

「その通りだ」

 ジルヴェールの意見には、うなずくよりほかない。

 実際、そうなのだ。どんな理由があれ、ハルベルクがルシオン軍を率い、ジゼルコートの反乱に参加し、レオンガンドの敵に回った事実は消えない。レオンガンドと戦い、互いに大量の血を流し、バルサーの戦野を赤く染めたのだ。そのことはすでに世間一般に知れ渡っていたし、ルシオンを非難する声がレオンガンドの耳に届くことは少なくなかった。

 王都市民にとって、ジゼルコートの謀反についで衝撃的だったのは、同盟国ルシオンの裏切りに違いなかったのだ。

 レオンガンドとともに王都入りしたリノンクレアを表立って批判するものはひとりもいなかったものの、内心、どう想っているかはわからない。もちろん、ガンディアの王女であったリノンクレアが裏切りものだと想うものはひとりとしていまいが、それはそれとして、彼女が現在のルシオンの代表であることに違いはなく、ルシオンへの批判はすべて彼女に突き刺さった。

「だから、ルシオンの扱いに困っている」

「陛下のお考え通りでよろしいのでは?」

「世間への聞こえは、悪いぞ」

 レオンガンドは、アレグリアを一瞥して、いった。彼はルシオンを特別扱いしている。イシカ、ジベル同様、同盟国の裏切りであるにもかかわらず、だ。それは、ルシオンが他国に比べて長い間ガンディアを支えてくれた同盟国というのもあるが、いまルシオンを敵に回すと厄介なことになるだろうということもあった。それにハルベルクを討った時点で、ルシオンの頂点にはリノンクレアがついている。ルシオンを制裁するということは、実の妹であるリノンクレアを制裁するということでもあるのだ。

 レオンガンドには、それが耐えられない。

 リノンクレアは、最愛の夫に裏切られただけでなく、最愛の夫を実の兄に殺される瞬間を目の当たりにしている。それ以来、昨日に至るまで気丈に振る舞っていたものの、内心、どのような感情が渦巻いていたか。想像するだけで苦痛を感じる。

「ハルベルク陛下を始め、主だったものはバルサーの戦いに散り、生き残ったものは我が方に服し、のちの戦いにおいては我が方の尖兵として働いてくれております。イシカやジベルとはわけが違うのですから、なんの問題もないかと」

「……それならば、よい」

 レオンガンドは、ほっとした。

「安心したよ。これで、リノンクレアに余計な負担をかけさせずに済む」

「姫様……」

 アレグリアがリノンクレアのことを姫と呼んだのは、わざとなのかもしれない。自分の発言が回り回って外に聞こえたとき、なんらかの影響を与えることをさえ考慮しているのが、軍師候補のふたりなのだ。ガンディア最高の軍師ナーレス=ラグナホルンから受け継がれてきたやり方、なのかもしれない。

 リノンクレアをガンディアの王女として扱うことで、ガンディア人の同情を引き出そうとでもいうのだろう。実際、生粋のガンディア人で、リノンクレアの王女時代をよく知るひとびとは、リノンクレアに同情的だ。リノンクレアは、ハルベルクの裏切りに一切の関わりがなかった。彼女も騙され、裏切られた側の人間だった。彼女は最後までハルベルクの裏切りを信じなかったし、それが事実だとわかってからも、説得すればなんとなると想ってもいた。

 だが、そうはならなかった。

 ハルベルクは、リノンクレアを眠らせている間に出撃し、レオンガンドと交戦した。リノンクレアが目覚めたときには、なにもかもが遅すぎたのだ。

 彼女はシャルティア=フォウスを使い、戦場に転移したものの、ハルベルクを止めることはついぞできなかった。

 レオンガンドも、ハルベルクを殺さずにはいられなかった。殺さなければ、レオンガンドこそが殺されていたかもしれない。

 殺し、断ち切らなければならなかった。

 その結果、リノンクレアの心を壊すことになったとしても、だ。

 リノンクレアは、昨夜のうちに王都を離れ、ルシオンへの帰途についていた。レオンガンドは、彼女の王都への滞在を要求することはできなかった。リノンクレアは、ハルベルクらの亡骸を一刻も早くルシオンの地に移送し、葬儀を執り行いたいと考えていたのだ。国葬となるだろう。

 ハルベルクは、ガンディアの裏切り者ではない。

 ガンディアの要請に従い、ガンディアの敵と戦ったのだ。

(詭弁だな)

 しかし、そうでもしなければ、リノンクレアを護ることができないということを彼は知っている。

 レオンガンドは、苦い表情になるのを意識して、目を細めた。

「……ジルヴェール」

「なんでしょう、陛下」

「君は、聞いたかね?」

「はい?」

 怪訝な顔を浮かべると、彼の顔は若い頃のジゼルコートによく似ていた。

「ジゼルコートのことだ」

 レオンガンドは、努めて冷静な表情で告げた。

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