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第千四百八十三話 領地の話(二)

 候補地は、バッハリア、ナグラシア、マルウェール、セイドロックの四都市だ。このうち、ログナー方面の都市バッハリアは、エンジュールに極めて近い都市であり、温泉郷でもあるため、バッハリアを領地とすれば、ガンディアの二大温泉地を手に入れることができるということになる。

「ナグラシアとマルウェールは、知っての通りザルワーン方面で、セイドロックはクルセルク方面の都市よ」

 ファリアが卓の上に広げた地図を示しながら、教えてくれた。スレイン=ストールが一方的に言い渡して帰ったあと、セツナはすぐさま隊舎にいて、起きている皆に話したのだ。エスクたちは出かけていていなかったものの、ファリア、ミリュウ、シーラは起きて待っていて、アスラが部屋から出てきていた。ミリュウのことを姉と慕う彼女は、ミリュウにべったりとくっつき、彼女を困らせていた。まるで一時期のセツナに対するミリュウ自身のようだった。ミリュウには自覚のないことかもしれないが、傍目には同じようなものだ。

 ちなみに、マリアはスレインに呼ばれ、一緒に王宮に向かったということだった。軍医としての意見を求めるなにかがあるらしい。

 セツナたちがいるのは隊舎の広間で、皆、机の上に広げられた地図を囲むようにして椅子に座っている。地図は、三枚、用意されている。ひとつは、ガンディア本土を中心とする周辺地域の地図で、もうひとつはザルワーン方面、そしてクルセルク方面の地図だ。なぜ一枚の地図を用意していないかというと、現在《獅子の尾》隊舎内に存在しないからだ。そもそも、小国家群全体を事細かに記された地図など存在しないらしい。

 セツナの生まれ育った世界では、世界地図など当たり前のように存在するが、馬での移動が最速の移動方法であるこの世界では、世界規模の地図の作成するのは困難なことなのかもしれない。技術的な面でも、大変だろう。ガンディア王家が所持している大陸図も、きわめて大雑把なものであり、三大勢力の勢力圏や小国家群の国境なども間違っている可能性があるのだとか。

 ともかく、そのようなことから、セツナたちは三枚の地図を見つめながら、スレインの話を考えていた。

「これでセツナ様は三つの領地を持つ、名実ともにガンディア最大の領伯になられるわけですね?」

 アスラが、ミリュウの手を握ったまま、笑顔を浮かべていた。有り体に言えば美人というほかない。元々ザルワーンの五竜氏族ビューネル家出身で、ミリュウ同様魔龍窟で武装召喚術を学び、ミリュウに殺されながらも生き延びた彼女は、ジゼルコートに仕えていたマクスウェル=アルキエルと知り合い、彼の弟子となることで生きながらえてきたのだという。その恩返しの意味も込めて先の反乱ではジゼルコート軍についたのだが、ミリュウに敗れたことで投降、レオンガンドに服した。以来、《獅子の尾》の一員のように振る舞っていて、だから王都帰還後も隊舎に入り、自分の部屋を確保したのだ。

 正式には、《獅子の尾》の隊士ではないものの、レオンガンドの考えでは、アスラとグロリアはこのまま《獅子の尾》に入隊させるつもりであるようだ。《獅子の尾》の戦闘力を高めることは、ガンディアにとっても得策だと考えているのだろう。セツナとしても部下が増えることに異存はない。《獅子の尾》が強くなりすぎるのはどうかと思うものの、必ずしも《獅子の尾》に拘って運用されるわけではないのだ。セツナが単独で殿を努めたこともあったように、ファリアたちがそれぞれに運用されたように、戦いの相手に応じて適切に運用されるだろう。軍師候補のふたりならば、間違った運用方法など取らないはずだ。

「そうよ、あたしのセツナがガンディア一の権力者になるのよ」

 ミリュウが椅子の上でふんぞり返ると、シーラがにやりとした。

「ガンディア一の権力者様第一の部下はこの俺だけどな」

「あらあら、ガンディア一の権力者様第一の従僕であるわたくしを置いて、そのようなことを」

「従僕と部下は違うだろうが」

「それもそうでございますが」

「うう……あたしもセツナの部下になりたい」

「お姉さまが行かれるところには、わたくしもついてまいりますわ」

「来なくていいわよ!」

「酷い言い方……でも、愛を感じます」

 アスラは、なぜかうっとりした様子で、ミリュウの右手に頬ずりした。ミリュウはそんなアスラの反応がまったく理解できないようだった。

「なんなのよ……もう」

「なんだか押され気味のミリュウを見るのは新鮮ね」

「ああ……」

 まるで以前の自分を見ているような気がして、なんともいえなくなる。

「で、決まった?」

「決まるもなにも、さ」

 無論、スレインから提供された資料には目を通している。資料には、候補地である四都市の特徴が記されており、バッハリアはセツナの領地エンジュールから程近いことと温泉地であることが取り上げられていた。ナグラシアは、セツナが破壊した門が観光名所となっているということが大々的に取り上げられているほか、ジベル軍の侵攻によって人心が多少乱れているだろうと書かれていた。ナグラシアは、レムらの活躍によって奪還された、とのことだ。

 マルウェールは、ザルワーン戦争時、カインらが戦い、制した地だ。特筆すべき点はあまりなく、マルウェール近くの湖が都市名の由来になったほど美しいというくらいだった。

「俺は別に領地なんてほしくないからな」

「なんでよー。もらえるものはもらっておきなさいよ」

「そうでございます。せっかく陛下が御主人様の武功を称えてくださっておりますのに、断るのはありえないことだと想いますよ?」

「断りはしないよ。ただ、俺ばっかり領地を貰っていいのかな……ってな」

 ガンディアは国土のほとんどすべてが王家の所有物であり、領地を与えられるのは限られた一部の人間だけだった。以前は、セツナとジゼルコートが二大領伯として知られていたが、ジゼルコート亡き今、セツナだけがガンディアの領伯として君臨している。

「いいに決まっているじゃない。君はそれだけのことをしたわ」

「そうですね。セツナ様が間に合ってくださらなければ、わたくしもお姉さまとともに死んでいたでしょうし」

「わたしたちが敗れれば、当然、マクスウェル=アルキエルの攻撃は征討軍に向いたでしょうね。そうなればどれほどの被害が出ていたか。陛下も無事で済んだかどうか」

 マクスウェル=アルキエルとその召喚武装がいかに凶悪だったのかは、話として散々聞いてはいるものの、セツナの実感としては薄かった。セツナは、グリフとの戦闘のついでにマクスウェルを撃破している。黒き矛が真価を発揮し、セツナ自身、グリフの横暴に怒り狂っていたというのもあるのだろう。溢れる力が悪魔の如き召喚武装を粉砕し、マクスウェル本人も消滅させた。その呆気ない幕切れには、ファリアたちからも非難の声が上がるほどだった。それだけファリアたちが苦戦を強いられたということであり、その戦いで負った傷は、いまも生々しく残っている。ファリアなどは、左腕に当て木をしなければならないほどの状態だということだったし、アスラに至ってはまともに戦闘などできないというような状況でマクスウェルと戦っている。その上で負傷したのだ。しばらくはじっくりと療養するべきというマリアの言いつけは、当然の結論だろう。だれもそのことに異論はなかった。

 グロリアの召喚武装エンジェルリングの力で回復を促進させることはできるというが、消耗し尽くした精神状態ではあまり効果がないかもしれないということもでもあった。

「それだけじゃないけどね、セツナの活躍」

「そうだな。サントレアの殿の件もあるし、だれも文句なんていわねえよ」

「……そうか」

「でもでも、セツナばっかり褒められるのはなんかなあ。あー……あたしもだれかに褒めて貰いたいなあ」

 突如としてそんなことを言い出したミリュウに、セツナは疑問を抱いた。ミリュウらしくない発言に思えたからだ。

「ん?」

「あたしだって頑張ったんだけどなー」

 こちらをちらちらと見て、なにかを主張する彼女の様子から心情を察する。ミリュウの働きぶりに関しては、しっかりと聞いている。マルディア以来、疲れ果てるような戦いをしてきたということも知っている。彼女の疑似魔法は、精も根も尽き果てるようなものであるらしい。砦をひとつ根こそぎ吹き飛ばすほどの威力と範囲を誇る攻撃手段なのだ。精神的な消耗の凄まじさは、簡単に想像できる。そんな攻撃をマルダールとマクスウェルで立て続けに使い、彼女の精神はぼろぼろといってもいい状態なのかもしれなかった。

「ほら」

 セツナは右手側に座る彼女に向き直り、腕を広げてみせた。周囲に疑問符が浮かぶのを感じるが、気にしない。自分でも、なぜそんなことをしているのか、よくわからない。

「ん……なに?」

「おいで」

「へ……」

 ミリュウは、一瞬惚けたような顔をしたのち、椅子から腰を浮かせると、重力に任せるようにしてセツナの腕の中に飛び込んできた。危うく椅子から転げ落ちそうになったが、なんとか耐え抜くことに成功する。

「よく、頑張ったな」

 ミリュウを抱きしめ、優しく頭を撫でる。ただそれだけのことだ。ただそれだけのことだが、彼女には効果覿面だったらしく、ミリュウはセツナの腕の中で脱力していった。

「はふ……」

「あ、落ちた」

 シーラが指摘したとおり、ミリュウはセツナの腕の中からずるずると滑り落ち、床に座り込んでしまった。しかし、顔は幸せそうに蕩けている。

「御主人様……」

「セツナ……君、なにか変わった? 以前の君ならそんなことしなかったわよね?」

「……まあ、色々あったからさ」

 サントレアの殿軍が、響いている。

 ラグナがいてくれたおかげで孤独感は薄かったものの、辛く厳しい戦いだったのはいうまでもない。十三騎士との激しい戦闘の連続。そんなとき、頼れる仲間がラグナしかいないというのは、精神的にも辛いものがあった。それでも戦い続けなければならないと思えたのは、そこで折れれば、仲間の身に危険が及ぶ可能性があったからだ。

 仲間のために。

 自分以外のだれかのために。

 なにより一番大きいのは、ラグナを失ったことだろう。

 あのとき、あの場から抜け出すにはほかに方法がなかったとはいえ、セツナに一切の責任がないかといえば、違うはずだ。真躯化したシドとの戦闘に応じなければ、騎士団の捕虜となることも、黒き矛を奪い取られることもなかったのだ。といって、シドから逃れられたかといえば、半信半疑なところもある。

 雷神の如く変容したシドは、人間の手に負えるような存在ではなかった。黒き矛の力でもってしても太刀打ちできなかったのだ。

 救世神ミヴューラの力を借りているのだから、当然といえば当然なのかもしれない。

 結局、ラグナを失う以外の道はなかったというのだろうか。そんな結論、信じたくはない。自分以外のなにかに責任を押し付けたくはなかった。

 ラグナを失ったことをほかのなにかのせいにするなど、逃避以外のなにものでもないのだ。

 正面から向き合わなければならないことに目を背けたくはなかった。そして、正面から向き合って思うのは、ラグナだけではなく、大切なひとたちのことだ。ファリア、ルウファ、ミリュウ、レム、シーラ――セツナの周囲には、彼を支えてくれるたくさんのひとたちがいて、そのひとたちの多くは、セツナに並々ならぬ好意を寄せてくれている。そんなひとたちの好意に出来る限り応えたいという想いが、ラグナの死によって、応えるべきだという考え方に変わった。

 大切なひとを思い切り大切にしよう。

 時間には限りがある。

 命の時間にも、ひとと逢い、自由に話し合える時間にも。

 だからこそ、一瞬一瞬を大切にしなければならない。

 この刹那を大事にしていくこと。

 自分の名前に込められた想いがそこにあるのではないかと想ったとき、セツナは、ふと目頭が熱くなるのを感じた。

「セツナ……?」

「御主人様……なにかあったのでございますか?」

「いや……」

 セツナは、頭を振ろうとして、やめた。せっかくレムが涙を拭ってくれているというのに、邪険にしたくはなかった。想いに応えるとは、そういうことだ。あとでそのことを感謝すればいい。

「ただ俺は幸せものだと想ったんだ」

 幸せを感じるということは、良いことだ。

 ここは異世界。

 彼が生まれ育った場所とはなにもかもが異なる場所。

 寄る辺なき時空。

「皆がいてくれる。ただそれだけで、俺は幸せなんだよ」

 だからこそ、ほかにはなにもいらないと思えるのだ。

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