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第千四百八十一話 黒き眷属(四)

「セツナと繋がってるー」

 黒い手でミリュウを掴み上げ、緩く振り回しながら、セツナは、なにか見覚えがあることに気がついた。

 無数の闇の手が襲い掛かってきた記憶。

 それは、ニーウェとの戦いの記憶だ。

 エッジオブサーストの能力によって異形化したニーウェが駆使してきた能力のひとつにあったのだ。無数の闇の手によって拘束され、身動きひとつ取れなくなったことを思い出す。あのときはエッジオブサーストの能力だとばかり想っていたのだが、どうやら違うらしい。エッジオブサーストが取り込んだロッドオブエンヴィーの能力だった、ということだろう。

 つまり、黒き矛も眷属の能力を使うことができるかもしれない――という可能性に思い至り、セツナは、より一層、眷属の能力を把握しなければならないと思うようになった。把握し、使いこなせるようにならなければ、能力を使い分けることができたとしてもなんの意味もない。六体の眷属の全能力を使いこなせるようになれば、黒き矛のセツナは、さらに強くなれるだろう。

 黒い腕を地上に下ろし、ミリュウを解放する。彼女はふらふらとその場にへたり込むも、どこか物足りないといった表情でこちらを見てきた。

「あれ、もう終わり?」

「十分楽しんだろ?」

「ええー! もっとセツナとつながっていたかったなー……」

 などと甘えた声で訴えてくるミリュウには呆れるほかなかった。

 黒い腕を消散させ、ロッドオブエンヴィーを送還する。黒い腕は、拘束能力こそ高いものの、破壊力、攻撃力はまったくないといってよく、使い所の限られた能力だった。消耗が少なめという点では使い勝手がいいといえるのだが。

「つぎはなにかしら」

「あとふたつだろ? 剣とか?」

「弓でしょうか?」

「なんだっていいよ、旦那が無事ならね」

 外野の意見を聞きながら、何度目かの召喚を行う。呪文とともに全身から光が発生するのはもはや見慣れすぎた光景であり、光が収斂し、武器が出現するのもまた、見慣れた瞬間だった。右手の内に出現したのは長い柄だ。それは黒く、柄の先に巨大な斧刃がついていた。歪な斧刃は、怪物の頭部のように見えなくもない。

「斧かあ」

「大きいわね」

「名は、アックスオブアンビションっていうらしい」

 セツナは、大斧の柄に左手を添えながら説明した。大斧は重く、片手で扱うのは現状のセツナでは困難だった。筋肉をつけまくれば不可能ではないかもしれないが、斧刃だけでもセツナの体よりも大きいかもしれないそれを片手で振り回せるだけの筋肉など、手に入れられるのかどうかはわからない。

 召喚武装を手にしていることによる五感や身体能力の変化に関しては、これまでのどの眷属も同じだった。同じように感覚が増大し、同じように身体能力が高まっているのがわかる。黒き矛そのものよりは多少落ちるものの、ほかの召喚武装以上の強化作用はあるようだった。十分過ぎる、ということだ。

「それにしてもでっけえなあ」

「乱戦では使えなさそう」

「そうだな」

 ミリュウの意見に同意しながら、両手で握りしめ、軽く振り回す。重量はあるが、両手で持ってさえいれば、自由自在に、それなりの速度で振り回すことができた。虚空を薙ぎ払うことも、振りかぶり、地面に叩きつけることもできる。そういう意味では問題はない。

 しかし、ただでさえ巨大な斧だ。いくら感覚が強化され、敵味方の判別がつくようになっているとはいえ、乱戦で振り回せば味方を巻き込みかねない。それはほかの眷属でもいえることだし、広範囲を攻撃することのできる召喚武装にはつきものの悩みといえる。オーロラストームやシルフィードフェザーの強力な攻撃が乱戦では使えないのと同じだ。ただ、それらほどの広範囲を巻き込むことはないだろうから、普通に使う分には、特に問題はあるまい。

(普通に使う分にはな)

 セツナは、自分の考えが間違っていないことを確認するべく、柄を握る手に力を込め、念じた。

 ただ念じるだけでは、なにも起こらない。条件があるのだ。裏庭の奥へ移動し、ファリアたち見物客に背を向ける。そして思い切り振りかぶり、地面に叩きつける。その瞬間、激しい衝撃がセツナの足から全身を貫き、斧刃が激突した地面が大きく抉れていた。それもかなりの広範囲の地面を吹き飛ばしており、前方の塀までもが倒壊し、道路に瓦礫を散乱させている。道路から裏庭が丸見えになったのだが、幸いにも裏庭の向こう側の道路は、裏道であり、人通りは多くないため、覗き込んでくるようなひともいなければ、通行人を巻き込むようなこともなかった。無論、だれもいないことを把握してから能力発動を試しているのだが、万が一のこともある。

「凄い破壊力だな」

「いまので本気?」

「まさか」

 セツナは、地面に刺さったままの黒き両手斧を見つめながら、いった。

「軽く力を込めただけだよ」

 内心ひやりとしたのは、多少の力を込めただけでこの破壊力というのが驚きだったからだ。範囲、威力ともに黒き矛の全力攻撃に大きく劣るものの、精神力の消耗の差を考えれば、むしろアックスオブアンビションの能力のほうが使い勝手がよいとさえいえた。しかも、力の込め方次第では、さらに広範囲を攻撃できそうであり、黒き矛と同程度の攻撃が行える可能性もないではない。もちろん、こんな場所で試せることではないため、別の機会を待つしかない。

 アックスオブアンビションは、やや紫がかった黒だ。紫黒の大斧、とでも呼ぶべきか。

 そんなことを考えながら、斧を地面から引き抜き、そのまま送還する。能力がひとつとは限らないものの、ひとつでも把握できたのであれば、それでいいと考えた。なにより、このことで時間を取りたくはないのだ。

 皆、ゆっくり休みたいと想っているはずだった。

 セツナも同じ想いだ。それでも黒き矛の眷属を夢に見た以上、その能力を少しでも把握しておきたかった。それだけのことでこのような場を設けたのだ。ひとつでもわかれば十分だろう。

「矛、槍、仮面、双刀、杖、斧ときて、おつぎはなんだ?」

「武器とは限らないわよね」

「なんなのかしらねえ」

 七度目の召喚は、全身から発生した光がそのまま体に纏い付くかのようだった。そして、光が消失すると、黒塗りの鎧が姿を表した。禍々しいだけでなく毒々しいとさえいえる形状の鎧。胸甲、肩当て、篭手、脚具に至るまでの一式。純粋な黒さは、光を反射して輝くようなことさえない。重量はそこそこ。禍々しい形状だが、体を動かす際、その各部位の形状が干渉しあうといったことはなかった。むしろ、体が軽くなったような気さえする。

 気のせいでは、あるまい。

 鎧の能力か作用に違いなかった。

「鎧?」

「みたいね」

「鎧まであるのか。いたれりつくせりだな」

「メイルオブドーターっていうそうだ」

 鎧の各所に手で触れたり、見回したりしながら、説明する。メイルオブドーターの化身が美女だということはいわなかった。いう必要がないし、いえばミリュウ辺りが激怒しそうなのもあった。

 純黒の鎧を纏ったまま、歩き、走り、跳んでみる。体が軽いという感覚そのままにいつもよりも速く走れた上、高く跳躍できているようだった。召喚武装の補助によりただでさえ身体能力が強化されているのだが、メイルオブドーターはさらに高めてくれるらしい。

「身体能力の強化が基本的な能力ってところか」

「それだけで十分って感じよね?」

「ああ」

 無論、十分な防御力があるだろうことが前提だが。

 これで紙切れのように切り裂かれる程度の防御力なら、召喚しないほうがましといえるだろう。

 ほかになんらかの能力を持っているとしても、だ。防御力のない防具など、必要ではない。そういう意味では、武装召喚師同士の戦いにおける防具は、無意味に近い場合が多い。召喚武装の攻撃は、多くの場合、人間が鍛え上げた防具など簡単に破壊してしまうか、防具など関係なしに相手を攻撃することができるからだ。この場合、人間の鍛冶師の腕を嘆くのではなく、さすがは異世界の武器というべきだろう。

 異世界の武器だからこそ、この世界の常識が通用しないのだ。

 そう考えていると、何名かの人間が隊舎の裏庭に近づいてくるのが感覚としてわかった。強化された聴覚が靴音を捉えている。

 セツナは、純黒の鎧を纏ったまま、靴音のする方向に顔を向けた。

「どったの?」

「いや、だれかが来たようだ」

「だれかってだれ?」

「さあな」

 セツナが適当に相槌を打っていると、その人物が裏庭に姿を表した。

「ここにセツナ伯がおられると聞いたのですが……って、おられましたね」

 そういって裏庭を覗くような仕草をしたのは、国王側近のひとり、スレイン=ストールだった。



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