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第百四十七話 熱狂的合流

 ナグラシア制圧後の推移は、比較的楽なものだったらしい。

 ガンディアの軍規がきわめて厳しく、混合軍の兵士が街の住民に対し乱暴を働いたり、略奪を行うことがほとんどなかったこともあり、市民からの反発も多くはなかったのだ。

 軍規を乱したものが厳正に処分されたことも、市民の感情を静める上で大いに効果を発揮したようだ。そして、それは同時に、混合軍の中に流れ始めていた弛い空気を一掃し、緊張感を高めていた。

 空気が弛んだのもわからなくはない。激戦が予想されたナグラシアでの戦いが圧勝に終わり、あっけに取られたものが多かったのだろう。特に温存された騎馬隊にしてみれば、活躍の場すら与えられなかったのだ。負傷するよりはましだが、手柄を挙げることすらできないのは、痛し痒しといったところか。

《獅子の尾》隊の大活躍は、やはりログナー人ばかりの混合軍ではあまり歓迎はされていなかった。特に黒き矛の戦いぶりには恐怖を呼び起こされるものもいたようなのだが、セツナにはどうしようもないことでもある。

 もっとも、グラードやドルカは、セツナたちの活躍を素直に賞賛してくれたが。

「起きてる?」

 ファリアが声をかけてきたのは、セツナがそんな考え事をしていたときだった。視線は天井をさ迷い、彼女がおそらくノックしてきたことにさえ気づかなかったようだ。

「いま起きた」

 セツナは伸びをしながらいった。嘘ではない。ついさっき目覚め、昨夜の報告を頭の中で思い出していただけだ。ルウファによる口頭の報告は実に明瞭で、セツナにもわかりやすいものだった。持つべきものは、優秀な副長だ。

「後詰の第三軍団が到着したわよ。グラード軍団長たちも出迎えに行っているそうよ」

 今日は九月十一日。つまり、ナグラシア制圧から三日目だ。カレンダーを見ずともわかるのは、作戦行動前に何度となく頭に叩きこまれているからだが、こういうときにはありがたいことではある。後続の部隊はすぐに来るという話だったわりにのんびりとした来着だと思わないではない。マイラムでの準備に手間取ったということだろうが、だとすれば、ナグラシアの攻略に時間がかかった場合はどうしたのだろうか。そんなことを考えても、セツナが風穴を開けると信じていたのだと思えば、納得できないではない。

 昨日セツナは、門の破壊跡を見に行ったが、かなり大きく分厚い鋼鉄の門に巨大な穴が開いていたのは、セツナが見ても唖然とするほどのものだった。南門はもはや機能しないため、敵からの攻撃に対しては無防備な面が出来てしまったのは、セツナ自身、自分の浅慮を考えなければならないところだ。とはいえ、犠牲を最小に、かつ迅速にナグラシアを制圧できたのだから、誰も文句をいってくるようなことはなかった。

 犠牲を最小限に、とはいえ、自軍の損害がゼロというわけにはいかなかった。死傷者百二十五名中、死者十二名、重傷者二十五名、軽傷八十八名。軽傷者はまだいいのだ。軽い怪我は、セツナだって負っている。だが、死者が十二名も出たのは残念といわざるをえない。

 それでも十分以上に少ない損害だった、とはドルカの言葉だ。実際、彼の言うとおりなのだろう。こちらの損害に比べれば、ザルワーン側の死傷者の数は膨大だった。多大な戦果、十分な活躍――黒き矛の面目は立っている。

「セツナも行ってみない?」

「うん」

 セツナは即答すると、多少筋肉痛のする体で跳ね起きた。第三軍団には興味が持てなかったが、ファリアの誘いなのだ。断る道理がない。

 ベッドから飛び降りると、セツナのはしゃぎようがおかしかったのか、ファリアが笑っていた。


《獅子の尾》の宿舎としてあてがわれたのは、ナグラシアの中心部に並び立つ塔のような建物のひとつだった。最初、立場を考慮してか最上階を勧められたのだが、セツナたちは利便性を考えて一階の部屋を利用させてもらっていた。

 元々、ザルワーン軍が足りなくなった兵舎の予備として接収していた建物ということもあり、ガンディア軍の利用にあたって住人に迷惑がかかるようなことはなかったようだ。戦闘中、敵軍の弓兵の狙撃地点として大いに活用されたのも道理だった。

 塔の出入口にはルウファが待っていて、セツナは少なからずがっくりしたが、それを顔に出しはしなかった。予想してしかるべきだったし、ファリアがふたりきりで誘うなんていうことがあるはずもなかったのだ。

 ルウファにはセツナの心境はバレバレだったらしく、彼はなぜか優越感に満ちた目で煽ってきたものだった。

「残念でしたね、隊長」

「なにが!」

 セツナは、口を尖らせた。


 ナグラシアの街は、ログナー人とザルワーン人でごった返している。敵国に制圧されたばかりだというのに、商魂たくましい商人たちは、軍人を相手に商売を始めており、喧騒があった。

 ガンディア軍の規律の厳しさが知れ渡ると、当初は家から出ることを恐れていた普通のひとたちも往来を歩くようになり、甲冑を着込んだ兵士の後を追いかける子供たちや、兵士と話し込む老人の姿なども見受けられるようになっていた。

 もっとも、だれもが皆、ガンディア軍に対して好意的というわけではない。罵詈雑言を浴びせるものもいれば、兵士に食いかかるものもいた。中には、軍規の厳しさを利用して嘘の罪で兵士を陥れようとするものまでいたらしい。

 ともかく、多少の混乱はあるものの、ナグラシアは表面上、平穏に見えた。

「拍子抜けするわね」

 ファリアは、街を埋め尽くす人並みにあきれているようだった。相変わらずの曇天だが、九日のうちに雨は止み、雷鳴もいまは遠ざかっている。そのうち晴れるだろうとのことだ。出歩くひとの多さは、雨が止んだことも関係があるのかもしれない。

 気温は高めだが、からりとしていて過ごしやすくはあった。これがセツナの故郷なら蒸し暑くてかなわなかっただろう。季節感は似ていても、差違があるのは間違いなかった。

「いいじゃないですか。無駄にいがみ合うよりは」

「無駄かしらね」

「敵わない相手には、しっぽを振ることをおすすめしますよ」

 ルウファの言葉にも一理あったが、セツナの脳裏にはしっぽを振るファリアの姿を幻視してしまい、小さく笑みを浮かべた。幸い、ふたりには気づかれなかったようだが。

 ファリアが、肩を竦めて笑った。

「確かに、セツナと敵対したらしっぽを振るしかないわね」

「本当?」

 セツナは口に出してから、自分の失態に気づいた。神速の反応だった。これが戦場なら絶賛されるだろうが、いまは日常である。戦時にあることに違いはないが、だからといって取り立てて褒めるような内容の反応ではない。

「その反応はなに?」

 ファリアの身も凍るような半眼に久々に居竦められて、セツナは、乾いた笑みを返すしかなかった。


 ナグラシア南門前広場には、ガンディア軍ログナー方面軍第三軍団らしき軍勢が屯していた。無数の馬車の荷台から物資を降ろしたり、ナグラシアの仮設本部に運び入れたりしている。ひとの行き来が激しく、セツナたちは兵士たちの邪魔にならないように広場の片隅に固まって、様子を眺めていた。

 三人は、同じように見学している人々の中に混じっており、王立親衛隊の制服を着ていなければだれにもわからないかもしれないくらいに、周囲はごった返していた。

「規模は変わらないんだな」

「ログナー方面軍は第一から第四軍団まで千人単位で、基本的にはガンディア方面軍も同じだったはずよ」

「へー」

「へーって、隊長の反応じゃないですな」

 ルウファのつっこみに、セツナはそっぽを向いた。

「だって知らなかったんだもん」

「もん、って子供ですか」

「子供ですよーだ」

 わざと声を上げると、ファリアに半眼で睨まれた。彼女としては、子供っぽく振る舞われるのが嫌なのだろう。確かに、部隊の長がそれでは示しがつかないのもわからなくはないが。

「隊長らしく、しゃんとなさい」

「わかってるけどさ、ルウファが」

「俺のせいですか」

「副長?」

 ファリアがルウファに冷ややかな視線を送ったのは、セツナの冗談に乗ってくれたのだろう。ファリアは基本的には真面目で厳しい人ではあるが、些細な冗談にも乗ってくれる軽さもあるのだ。というより、それが彼女の地ではないかと思うことも多々あるのだが、セツナはあえてそこを指摘するような真似はしなかった。それこそ死地に赴くようなものだ。

「いや、隊長補佐まで一緒になって副長イビリに精を出さなくても」

 ルウファがげっそりといってきたので、セツナは満足した。

「冗談はこれくらいにして、と」

 視線を広場に戻すと、広場の真ん中辺りにグラード=クライドとドルカ=フォームが談笑しているのが見えた。さっきまで見なかったことを考えると、場所を移動したのだろう。もちろん、ドルカの部下であるニナの姿もある。

 グラードは相変わらずの甲冑姿であり、遠目から見ても威圧感が凄まじかった。ドルカとニナは軍服姿で、ドルカの美丈夫っぷりも、ニナの肉感的な体つきも、なんとなく理解できる。記憶に新しいからだろう。昨夜も一緒に食事をした間柄ではあった。

 グラードたちの前に停車していた馬車から、少年が降りてくるのが見えた。軍服を着込んでいるのだが、着ているというよりも、着させられているといったほうが近いように思えるのだが、遠目からの印象ではなにもわからない。ただの少年兵ではないらしく、グラードとドルカに歩み寄り、親しげに言葉を交わしていた。

「あれ、だれだろ」

「ログナー方面軍第三軍団長エイン=ラジャール殿だと思うわよ。たしか、十六歳だったはず」

「随分若いんだな」

 セツナは素直な感想をいったつもりだったが、どうやら左右のふたりには癪に障ったらしい。

「十七歳の王宮召喚師様がなにをいっても説得力ないわ」

「その上《獅子の尾》隊長ですからね、このひと」

「ほんと、やんなっちゃうわよねえ」

「ねー」

「……俺が悪いのか?」

 セツナが問うと、ふたりはうんうんとうなずいてきたので、それ以上なにもいわなかった。いまいち納得はできないが、かといって余計なことをいって広げたくない話題かもしれない。

「カミヤ殿ー! こっちに来ませんかー?」

 不意に呼びかけてきたのは、ドルカだった。彼は目がいいのか、部下の報告なのかはわからないが、呼ばれて黙っているわけにもいかず、セツナは周囲の注目を浴びながらドルカたちに駆け寄った。無論、ファリアとルウファもついてきている。

 ニナの敬礼に敬礼で応え、グラードの会釈に会釈で応える。ドルカはというと、いつものように飄々としていたが、セツナになにやら熱い視線を送ってくる少年を紹介してはくれた。

「こちらはログナー方面軍第三軍団長のエイン=ラジャール殿。見ての通りぴっちぴちの十六歳!」

 セツナは、視線を少年に移した。歳はセツナと一歳しか違わない。しかし、容姿はもっと幼く見えた。いわゆる絵に描いたような美少年でセツナでさえはっとするほどの容姿だった。黄金色の髪と緑がかった大きな瞳が特徴だろう。その大きな目がセツナを見ている。

「はじめまして、ラジャール軍団長。自分は《獅子の尾》隊長セツナ・ゼノン=カミヤです」

 セツナが握手のために手を差し出すと。エインは一瞬たじろいだように目を瞬かせた。そして次の瞬間、彼の両目がきらめいたかと思うと、セツナは彼に抱きつかれていた。

「本物のセツナ様だああああああああああああ!」

「はい?」

 抱きついたままピョンピョン飛び跳ねる少年の様子に、セツナはどうしたらいいものかわからず、途方に暮れた。

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