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第千四百七十七話 ウルクについて

 活躍といえば、ウルクの活躍にも触れなければならない。

 ウルクは、ルシオン軍によって制圧されていたログナー方面の都市マルスールをたったひとりで解放したも同然の活躍を見せたという。

 マルディアでの十三騎士との戦いにおける損傷をものともしない活躍ぶりを褒め称えたかったものの、ウルクは現在、《獅子の尾》隊舎にはいなかった。

 彼女はいま、王宮区画のミドガルド=ウェハラムの部屋にいるのだ。連戦に次ぐ連戦と、マクスウェル=アルキエル戦での躯体の酷使を知ったミドガルドは、念入りに躯体の調査と点検を行う必要があると判断し、昨夜、宴の最中からずっと部屋に閉じ籠もっていた。調査が終わるまでは、彼女を賞賛することもできないということだ。

 ウルクが活躍したのは、マルスールだけではなく、バルサー要塞でのルシオン軍との戦いでもドルカたちを援護し、マルダールでは、ラクシャ軍を撤退に追い込むほどの戦いぶりを記録している。

 やはり、魔晶人形の戦闘力は圧倒的というほかないのだ。

 常人と比べるまでもなければ、並の武装召喚師では手に負えないほどの戦力というべきだった。

 ミドガルドは、それでもまだ完成していないのだという。

 完成した暁には、どれほどの力を発揮するようになるのか、想像するだけで恐ろしい。そして、そんなものが完成し、量産化に成功したとすれば、神聖ディール王国一強の時代が訪れるのではないか。そうなったとき、大陸の均衡は維持できるのか。

『まあ、そのためにはセツナ伯サマの特定波光を人為的に発生させる方法を発見しなければなりませんからね、ますますの協力をお願い申し上げる次第でございますな』

 ミドガルドは、いつものような軽薄な調子でいってきたものだ。それによると、セツナが発するという特定波光の発生原因はまだわかっていないらしく、解明するまではまだまだ研究に付き合わなければいけないようだった。もちろん、研究に付き合っている間は、ウルクはガンディアの戦力として運用できるということだ。

『なに、聖王国が大陸に覇を唱えることなどありますまい』

 ミドガルドは、セツナの考えを察したように、いう。

『大陸の四分の一という勢力圏を維持するだけでも手一杯なのです。大陸を統一するなど、だれが喜んでおこないましょう。たとえ大陸の統一に成功したとして、いつまで維持できるものか。聖皇の二の舞いになるだけではないでしょうか』

 そして、彼は声を潜めた。

『無論、その程度の理も見抜けないような愚者が聖王国の指導者にならないとも限りませんのでね』

 なにか含むところのある言い方には、セツナはきょとんとした。

 彼がなにを企んでいるのか、想像もつかなかったからだ。

 ともかく、ウルクの活躍を知ったセツナが本人を賞賛すると、彼女は排熱を行うといういつも通りの反応を示した。それは、彼女なりの感情表現のひとつとして、セツナは認識している。ウルクに感情が存在することが確認されてはや数ヶ月。表情の変化などなければ、声に抑揚があるわけでもない彼女にとって、数少ない感情の確認方法がそれだった。

 排熱するということは躯体の温度が上昇しているということであり、それは彼女の感情の昂ぶりを示しているということだ。もっとも、その感情の昂ぶりがなにに起因しているのかまではわからない。喜んでいるのか、怒っているのか――そういったことは、言動から想像するしかない。そして、褒めたことによる排熱は、彼女が嬉しくて感情を高ぶらせているということは、なんとはなしに理解できた。

『わたしの野望としましては、魔晶人形の顔に表情を持たせることがひとつ、あります』

 とは、ミドガルド。

『ウルクに感情が存在することがわかった以上、表情をつけることのできる躯体を開発するのが急務と考えているのですよ。感情がわかるのとわからないのとでは、勝手が違いますからね』

『わたしに感情などありませんが』

 ウルクが話に割り込んできたことにミドガルドは面食らったような顔をした。数秒、間を置いてから、彼はうなすく。

『……そうだね。君には感情などないね』

『ミドガルド。あなたはいつも理解できないことばかりいいますね』

『ああ。気にしなくていいよ。こちらの話だからね』

『では、気にしません』

『いい子だ』

 ミドガルドは、いってから、しまった、という顔をした。そっぽを向いたばかりのウルクが予想通りの反応を示す。

『ですから、わたしはあなたの子供ではありません』

『そうだったね』

 ウルクの抑揚のない声で否定されると、言葉で殴られているような感覚さえ受けるのだが、ミドガルドにとっては慣れたことなのだろう。彼は、ウルクに対して微笑みを返すだけだった。そして、セツナに囁いてくるのだ。

『……新型の躯体に関する構想については、既に本国に送ってありますが、まだまだ構想段階。研究が進まないことには、開発もままならないでしょう。数年……いや、もっとさきのことになるかもしれません』

 ウルクの躯体は、精霊合金という特殊な合金でできている。骨格、内殻、外殻という三層構造になっているのだが、どれも精霊合金を使った特別製であり、ウルクが起動に成功したことから、研究と実験、今後の開発のためにと総力を上げて作り上げられたのだという。

 精霊合金は製造工程こそ複雑だが、ただでさえ強固であり、波光を浴びることでより一層の耐久性を発揮する代物だ。並大抵の召喚武装による攻撃さえも耐え抜くことができるのだ。実際、ウルクが損傷したのは、十三騎士の攻撃を受けた時と、マクスウェル=アルキエルの凶悪な召喚武装の攻撃を食らったときだけであり、それ以外の戦闘ではかすり傷一つ負っていない。それこそ精霊合金の装甲が優れものである証明だが、同時にミドガルドの頭痛の種となっている。

 躯体の外殻は、前述の通り、精霊合金なのだ。精霊合金製の顔面に表情をつけることなど不可能に近く、ミドガルドは、そこにどう折り合いを付けるのか、頭を悩ませているのだという。顔面だけ、精霊合金とは別のなにかを用いるという手もなくはないが、それをすると顔面の装甲が薄くなる。さらに、表情をつけるとなると、頭部に複雑な機構を組み込む必要があり、その点でも苦悩しているらしい。

 そこまでして表情をつけなければならないのか、というセツナの疑問に対し、彼はこういってのけた。

『ウルクに感情がないのであれば、わざわざ感情表現のための機能を搭載する必要はありませんがね。彼女に感情があると判明した以上、実現してやりたいじゃないですか。彼女は、わたくしたちの娘のようなもの。彼女のために完璧な躯体を作り上げ、彼女こそ最高の娘であるとこの世に知らしめたいのです』

 それが、ミドガルドの野望なのだ。

 そんな話を聞かされれば、セツナとしても応援しないわけにはいかなかった。魔晶人形が量産され、神聖ディール王国の軍事力が強化されることを望みはしないが、ミドガルドがウルクのために研究を進めることそのものには反対しようもない。ウルクは、魔晶人形という作られた存在だが、自我を持ち、たしかに感情を有する彼女は生き物に近い。

 そんな彼女のために相応しい体を用意したいと考えるミドガルドの親心は、ただただ美しい。


 青空の下、セツナは、ゆっくりと息を吐いた。

 五月七日。

 王都凱旋の翌日に変わりはない。気候は穏やかで、流れる風も心地よかった。

 群臣街にある《獅子の尾》隊舎の裏庭に、彼はいる。無論、ひとりではない。部下や配下の何名かが、彼を見守るようにして、遠巻きに立っている。

「それで、御主人様はなにをなさっているのでございます?」

 レムは相変わらず黒と白のメイド服を着込んでいて、不思議そうな表情でこちらを見ている。隣にはミリュウがいた。彼女は、裏庭に設置された長椅子に腰掛け、眠たそうな顔をしていた。薄手の衣服は、彼女の肢体を見せつけるかのようだ。

「そうよそうよ。せっかく戦いが終わって、しばらくはなにもなさそうなんだから、ゆっくりすればいいのに」

「そうだよ、隊長。疲れ果ててるんなら、じっくり休むべきさね」

 忠告してきたのは、もちろん、マリア=スコールだ。隊舎にありながら白衣を羽織った彼女は、《獅子の尾》専属軍医としての厳しい目でセツナを見てくれているのだ。

「マリア先生もああいってるけど?」

「ああ。わかってるよ」

 ファリアに相槌を打つ。ミリュウの右隣に座る彼女も隊服ではなく普段着だった。左腕の包帯が痛々しい。それでもかなり回復してきたという。それもこれもグロリアのエンジェルリングのおかげであり、それがなければ当分先まで回復しなかっただろうし、もしかするともとに戻らなかった可能性もあるというくらいの負傷だったそうだ。

 それだけ、オウラ=マグニスが強敵だったということだ。

「だったら休めばいいのにな」

 シーラが不満そうにつぶやいたのも聞き逃さない。彼女も当然、普段着であり、ミリュウと同じように寝ぼけ眼だった。女物の衣服ではなく、男物の衣服を着込んでいるのが彼女らしいといえば彼女らしいだろう。

 ルウファはエミルを連れて、実家に戻っている。グロリアもついていったようだが、そのことは少し心配だった。セツナが見た感じでも弟子に依存しすぎているところのある彼女が問題を起こさなければいいのだが。

 アスラは部屋で寝ているといい、エスクたちも隊舎内にいるようだった。休んでいるのだろう。

 皆、疲れている。疲れ切っている。当然だ。戦いに次ぐ戦いの連続だった。武装召喚師たちは精神的にも体力的にも消耗し尽くしていただろうし、疲労も蓄積していたに違いない。件のエンジェルリングは、肉体的損傷を急速に回復することはできても、消耗した精神力を回復させるような力はなく、むしろ、傷口を塞ぐためには相応の体力と精神力を消耗する必要がある。つまり、これまでの戦いで散々負傷したはずのファリアたちが見た目的に無事なのは、それだけエンジェルリングの力を借りたということの証明であり、その分、消耗しているということでもあった。

 消耗しているのは、セツナも同じだ。

 なにせ、ベノア脱出から数日あまり、グリフと戦い続けていたのだ。食事もできなければ、休むことも寝ることもできず、戦い続けなければならなかった。でなければグリフに殴り殺されていたからだ。一日を過ぎた辺りで、肉体的にも精神的にも限界を越えていた。疲労と消耗。体は鈍くなり、攻撃も緩くなる。それでも応戦しなければ殺される。戦うしかない。そのうち、なにもわからなくなる。無意識に戦い続け、気が付くと空間転移が起きていたりした。黒き矛の空間転移は消耗の激しい能力だ。つまり、空間転移が起こるたびにセツナの精神力は大量に消耗されていたということであり、ケルンノールに到着したときには枯渇していたとしてもおかしくはなかった。そこからさらにグリフを空間転移させたのだ。

 戦いが終わったときには、もはやなにも残っていないといっても過言ではない状態だった。

 しかしながら、ケルンノールから王都への道中、冴え渡る意識は眠ることを拒絶していた。ようやく寝ることができたのが昨夜のことだ。どれだけ眠ることが出来たのか。少なくとも、完全回復には程遠い。いまも疲れが残っているし、気だるさがある。暖かな日差しが眠気を誘う。このまま眠ってしまいたいという気分さえあった。

 しかし、セツナにはどうしても気になることがあったのだ。

「けど、試さないといけないことがあるんだよ」

「試さないといけないこと?」

「夢を見たんだ」

 ファリアを見つめ、手を見下ろす。夢の内容は朧気にしか覚えていない。いつものことだ。はっきりと思い出せたことなどあるものだろうか。

「ううん。あれは夢といっていいのか」

「なに?」

「なんの話だい?」

「……夢と現の狭間でさ、俺は、見たんだ」

 それは、黒き矛とその眷属たちの顕現。

 セツナは、右腕を掲げ、一言、呪文の結尾を唱えた。

「武装召喚」

 全身から光が生じたかと思うと、右手の内に収束し、ひと振りの矛を形成する。黒き矛。セツナがカオスブリンガーと命名した漆黒の矛は、いつもどおりの禍々しさを誇る姿を見せつけるようにして、彼の手の内で脈打った。


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