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第千四百七十六話 セツナ軍について

 マルディア・サントレアで殿を務めて以来、ガンディア解放軍がどのような戦いを経て、王都奪還へ至り、ケルンノール征討に進んだのかについては、ケルンノールから王都への道中、そして今朝からいまに至るまでの間に聞いていた。

 サラン=キルクレイドによるレオンガンド暗殺未遂には驚かされたし、暗殺を防いだエスクとドーリン、シーラの大手柄には手放しで喜んだ。もし、暗殺を止められなければ、ジゼルコートの謀反は成功し、ガンディアはジゼルコートの国となっていただろう。

『俺は、なにもしてねえっての』

 シーラが賞賛に浮かない顔をしたのは、サランを結局は止められなかったことがあるからだ。

『またまたぁ、シーラ殿が気を引いてくれたおかげで、矢の軌道が逸れたんですってば』

『そのおかげで射落とすことができたのは間違いありませんぜ』

『……そういうもんかねえ』

 シーラは、エスクとドーリンの発言にも納得行かない顔をしていたものの、エスクがシーラを気遣うわけもなく、それが事実なのだろうことはセツナにはわかった。エスクとシーラの関係は、決して良好といえるものではない。エスクがシーラを嫌う理由は十二分にあったし、シーラがエスクに好感を抱く理由もなかった。とはいえ、これでもアバード動乱以来の険悪な雰囲気からは、かなり改善したといえるほうだった。少なくとも互いに睨みつけるようなことはなく、必要とあれば言葉をかわすくらいにはなっている。

 シーラもエスクたちも、セツナにとっては大切なひとたちだ。エスクに関しては色々思うこともあったが、いまでは彼の忠誠心を疑うことはなくなっている。

 アバード動乱から長い間、配下の部隊長を務めてくれているのだ。命がけの戦いを何度となく経験している。彼に二心あればとっくに離反していてもおかしくはないように思える。それほどの戦いに幾度となく身を置きながら、彼は裏切りの片鱗さえ見せていない。むしろ、より一層の忠勤に励むとでもいいたげな感すらあった。

 そんなエスクを信頼しないわけにはいかず、信頼したとあれば、幸せになって欲しいと願うのがセツナだ。

 しかし、エスクの幸せは、平時にはなかった。

 彼は、いまも死に場所を求めている。

 心酔する男とともに死ぬべき戦場で死に損なって以来、彼の心を突き動かすのは死に場所への渇望なのだ。いかにして死ぬか。彼が考えているのはそれだけであり、日常など、そのための通過点に過ぎないのだ。彼を幸せにするには、最高の死に場所を用意してやるしかない、ということだ。

 死が幸福などとは想いたくもないが、そういう考え方を持つ人間がいるのもまた、事実と受け止めるしかなかったし、否定することもできない。

 そんなエスクたちにとって、ザルワーン方面スルーク奪還の戦いは、死線だったようだ。

 スルークは、ジベルの真死神部隊によって制圧されていたのだという。真死神部隊と名乗る軍勢の兵数は百名足らずであり、レムとエスクたちシドニア戦技隊のみで当たることになったらしい。

『まったく、ガンディア軍ってのは人使いが荒いっすな』

『わたくしたちだけでなんとかなると判断されたのでございましょう』

 レムが感情の昂ぶりを隠すように目を伏せたことが印象的だった。エスクたちが真死神部隊という言葉を発するたびに、彼女は微妙な反応を見せていた。セツナは、察した。彼女にとって死神部隊がいかに特別な存在であったのかを思い出したのだ。死神部隊は、不幸な環境で生まれ育った彼女にとって、家族のようなものだったのだ。二度目の生における家族。それがたとえ偽りだったとしても、彼女にとっては間違いなく大切な存在だった。

 死神部隊は、クレイグ・ゼム=ミドナスがセツナの殺害と黒き矛の破壊を目論んだことで、壊滅した。生き残ったといえるのはレムだけであり、ほかの死神は全滅している。レムは、死神部隊という名は、そのまま葬り、眠らせてやるべきだと考えていたのだろう。が、ジベルは、違った。死神部隊という名が持つ力を利用しない手はなかったのだ。事実、ジベルの将軍ハーマイン=セクトルは、クルセルク戦争後、レムを隊長とする死神部隊を発足している。レムの意向によってすぐさま解隊されたものの、ハーマイン=セクトルは諦めきれなかったのだろう。真死神部隊を秘密裏に結成していたらしい。

 そのお披露目の舞台として選んだのがガンディアの内乱への介入というのは、まず間違いなくハーマインの意図なのだろう。最後の死神レムが所属するガンディアを終わらせるべく、真なる死神部隊を用いる。死神部隊に拘る男の考えそうなことではあった。

 レムが怒り心頭になるのもわからないではないし、その結果、彼女が大暴れに暴れて真死神部隊を壊滅させたのも理解の及ぶ範疇だった。

『あのときのレム殿の活躍、大将にも見せたかったぜ』

 と、エスクがいうと、レムは赤面した。

『あのような無様な姿を見せるなど、恥ずかしい限りにございます』

 そんなレムの発言には、エスクたちが顔を見合わせたものだ。

 とても無様とは言い難い戦いぶりだったことは想像に難くない。

 また、真死神部隊との戦闘は、シドニア戦技隊――引いてはセツナ軍に戦力をもたらしている。戦利品としてふたつの召喚武装を手に入れたのだ。ホーリーシンボルという杖とエアトーカーという弓であり、それらがセツナ軍の預かりになることが決まっている。戦利品は多くの場合、軍の預かりとなるのだが、シドニア戦技隊はセツナ軍所属であり、ガンディア軍所属ではなく、ガンディア軍に差し出す必要はなかった。もちろん、ガンディア軍の一員として働いている以上、求められれば差し出さなければならないだろうが、いまのところその必要はなさそうだった。

 ホーリーシンボルはレミルが、エアトーカーはドーリンが扱うことになっている。

 弓の名手ドーリンは、エアトーカーの入手によって弓聖にも負けない力を手に入れたということだ。


 シーラたちも、戦利品として召喚武装を手に入れたという。

 ガンディアの属国アバードにて発生した内乱を鎮めるべく、アバードに残ったシーラたちは、タウラルに立て籠もった双牙将軍ザイード=ヘインの軍勢と戦ったらしい。双牙将軍が反乱を起こしたのも、ジゼルコートの策略の内だったようだが、シーラたちが当たることでガンディア解放軍の戦力を思い切り割く必要はなく、ジゼルコートたちの思惑通りとはいかなかっただろう。

 ジゼルコートとしては、マルディアからガンディオンに急行するレオンガンドの軍勢を少しでも多く各所に散らせたかったはずだ。そのためにザルワーンをジベル軍に攻撃させ、アバードで内乱を起こさせ、ルシオン軍にログナー方面を攻略させたのだ。どれもこれも決定的なものにはならなかったことが、ジゼルコートの敗因のひとつだという話だ。

 ザイード=ヘインは、アバードの猛将として知られた人物だ。シーラ派筆頭だった双角将軍ガラン=シドールとともにアバードの双璧と呼ばれたほどの猛将であり、シーラは、まさか彼がアバード王家に反旗を翻すとは想像もしていなかったという。ザイードは王家に忠誠を誓っていた人物だ。シーラ派の内乱の際には王家側についていた。動乱後も、王家のために忠を尽くしていたはずだった。しかし、ザイードの真実は違っていたのだという。

 エンドウィッジの戦いでセレネ=シドールが使用していた召喚武装ソウルオブバードを秘密裏に持ち出した彼は、その力に魅入られたというのだ。召喚武装の力は強大だ。召喚武装について知識もないものが手にすれば、召喚武装から流れ込んでくる力の膨大さに酔い、万能感に支配されるということは、ままある話らしい。

 そのまま流れ込んでくる力に押し負けることを、逆流現象、という。

 ミリュウが黒き矛の複製品を手にしたときに起きたのがそれだ。

 さすがにザイードには逆流現象は起きていなかったようだが、ソウルオブバードの力に魅了され、国を裏切ったのだから、逆流現象より質が悪いといえるかもしれない。逆流現象ならば、最悪、自我が壊れるくらいであり、害を被るのは自分ひとりで済む。内乱は、多くの他者を巻き込むものだ。

 シーラは、当然、激怒しただろう。彼女は言葉や態度にこそしなかったが、内心の怒りが伝わってくるようだった。彼女がアバード王家から離れることができたのは、ザイードら臣下を信頼したからこそだ。その信頼を踏み躙られ、裏切られたのだ。

 そしてザイードを打ち倒したシーラは、ソウルオブバードを手に入れた。

 さらにヴァルター防衛戦では、ふたつの召喚武装を入手しており、それぞれシーラ配下の黒獣隊幹部が扱うことになったという。

 つまり、セツナ軍の戦力が大幅に増強されたということだ。

『さすがにちょっとやりすぎかもしれませんね』

 ルウファが苦笑したのもわからなくはなかった。

 セツナ軍には、現状、合計の八つの召喚武装があるのだ。

 シーラのハートオブビースト、エスクのソードケイン、ストーンクイーン、それにソウルオブバード、ホーリーシンボル、エアトーカー、破山砕河拳、千光弓――。

 ハートオブビーストとソードケインだけでも十分過ぎるほど強力だというのに、これだけ多数の召喚武装が、セツナの私設軍隊に集中するというのは、様々な観点から考えてあまり好ましくないことかもしれない。

『ま、問題があればそのとき考えればいいさ』

 セツナはそういって、その話を打ち切った。


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