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第千四百六十四話 英雄の帰還(二)

 とてつもない脅威となって立ちはだかったマクスウェル=アルキエルが、突如出現したセツナと巨人によってあっさりと撃破されたという報せには、レオンガンドも耳を疑うほかなかった。

「セツナが?」

 まず、そのことに驚きを隠せなかった。

「セツナが現れたというのか?」

 サントレアで騎士団を上手く捌けたとしても、マルディアからこちらに向かっている最中であるはずの彼がどうやってここに現れたというのか。黒き矛の能力が使用できないという話も聞いていたし、そう都合よく使えるようになるとは考えられなかった。

「あれは間違いなく、セツナ様ですよ」

 レオンガンドの元に報告に訪れたのは、喜色満面のエイン=ラジャールだ。彼がセツナと他人を見間違えるはずもない上、彼がわざわざ希望を持たせるために偽りの報告をするわけもない。彼は、マクスウェル=アルキエルとファリアたちの戦いが絶望的な状況にあるということを報せてくれてもいた。絶望的な状況であり、撤退を考慮するべきだという冷酷な報せこそ、彼がナーレスによって軍師候補に選定された理由でもあるのだろう。

 エインは楽観主義的でありながら、その実、冷静に状況を判断する能力を有している。アレグリア=シーンも同じだ。ふたりとも、軍師に必要な能力を必要なだけ保有しているのだ。だからこそ、頼りになったし、彼らの判断には従わざるを得ないと想ってもいた。

 カイン=ヴィーヴルの進言には難色を示したレオンガンドが撤退の準備を始めたのも、ふたりの軍師候補が異口同音に撤退を勧めてきたからだ。

 つまり、それだけ絶望的な状況にあるということだったのだ。

 そしてそれは、マクスウェル=アルキエルという老召喚師の召喚武装が想像を絶する力を持っていたということでもある。《獅子の尾》に“剣鬼”ルクス=ヴェイン、“剣聖”トラン=カルギリウス、魔晶人形ウルク、王宮特務カイン=ヴィーヴルを参戦させても、勝算が見えないほどの強敵。

 いや、強敵などという生易しい相手ではなかった。

 ファリアたちにとっては絶体絶命の窮地に違いなかった。

 撤退するということは、そんな彼女たちを見捨てるということでもある。ファリアたちに撤退を告げてからでは、マクスウェル=アルキエルの攻撃対象がこちらに移る可能性が高い。国王たるレオンガンドが生き延びるためには必要な犠牲だ。だとしてもあまりに大きすぎる犠牲といえるのだが、レオンガンドがここで死ぬよりは、ましというしかない。ファリアたちは戦力だ。戦力は、補充できる。しかし、国王の代わりはいない。王女はまだ生まれたばかりだ。レオナがある程度成長するまでは、レオンガンドはなんとしても生き延びねばならなかった。生き延びて、政権を盤石なものにしなければならない。でなければ、死んでも死にきれない。

 なればこそ、レオンガンドは、マクスウェル=アルキエルをファリアたちに任せ、自分は軍を率い、撤退しようと考えた。

『それが王たるものの判断です。ファリア様も、皆様も、陛下を恨みはしないでしょう』

 アレグリア=シーンの冷ややかな言葉がいまも脳裏に残っている。

 王たるものは、生き延びてこそなのだ。

 そう納得させていた矢先、ジゼルコート邸の戦場に異変が起きた。

 戦場から遠く離れていたレオンガンドにさえわかるような異変。黒い悪魔以外に、白い巨人が出現したことは、遠眼鏡を用いずともわかった。そして、その巨人が悪魔と対立していることは、遠眼鏡を通して判明する。

 そして、その巨人のほかにもうひとり、乱入者がいたことがわかったのは、エイン=ラジャールからの報告があってからのことだった。

「セツナが……」

 レオンガンドは、遠眼鏡を手にしたまま、呆然と、ジゼルコート邸を見遣った。

 あれだけ絶望を振りまいた脅威の存在が、セツナと巨人によって一蹴されるなど、だれが想像できよう。期待していたものはいるかもしれない。セツナならば、あのような化け物も撃破してくれるに違いないと、信じていたものもいるかもしれない。しかし、セツナがこの場に辿り着く可能性は極めて低く、現実的な考えではなかった。

「セツナはどうやって?」

「おそらくですが、黒き矛の転移能力でしょう」

「ほかに考えられんか……」

 レオンガンドが放心気味につぶやくと、エインとアレグリアが微笑みを浮かべながらうなずいた。ふたりとも、熱烈なセツナ信者だった。無論、レオンガンドも、だ。

「全軍、前進せよ」

 レオンガンドは声高に命じると、心を落ち着かせるようにゆっくりと空気を吸い込んだ。

「今度こそジゼルコートを討つのだ」

 ジゼルコートを討ち、この内乱を終わらせる。

 それでようやく、レオンガンドたちは落ち着くことができる。



 セツナとグリフの戦闘は、激しさを増す一方だった。

 白き外骨格に覆われたかのような巨人と、黒き矛を手にした血まみれの少年。どちらも人間離れした力を顕示するかの如く、猛威を振るった。振り下ろされる巨大な拳は、神の裁きのような凄まじさで、地面を大きく抉り、大地震を起こした。振り抜かれる漆黒の矛は、怒れる魔神の暴走を想わせる獰猛さで嵐を起こし、大気を震撼させた。そんな両者の攻撃がぶつかり合えば、反発する力が爆発し、からくも原型を保っていたジゼルコート邸を跡形もなく消し飛ばし、ファリアたちさえも巻き添えに吹き飛ばした。

 爆心地から遠く離れた場所に体を打ちつけたファリアだったが、打ちどころが良かったのか、意識を失わずに済んでいた。吹き飛ばされたのはミリュウやレムたちも同じだ。皆、無事ではいるようだが、負傷したものもいるかもしれない。それくらい見境がなかった。いや、ファリアたちなど目に入っていないのだから、考慮するわけもない。

 セツナは、巨人だけを見ていた。

 彼がマクスウェルを撃破したのは、グリフとの戦いに邪魔だったからにほかならない。

「セツナ……周りが目に入っていないみたい……」

 ファリアは、呆然と、つぶやいた。オーロラストームのおかげで、セツナとグリフの戦いはよく見えている。そして、その常軌を逸した凄まじさには意識がついていかないほどだった。マクスウェルの悪魔さえ児戯に思えるほどの力が、暴れ狂っている。恐怖を感じずに済んでいるのは、感覚が麻痺しているおかげかもしれない。

「そうなのでございます」

 声に振り向くと、砂埃を払う死神の姿があった。

「レム……」

「転移に巻き込まれて以来、ずっと呼びかけているのでございますが、御主人様も、グリフ様も、わたくしどもの声に耳を傾けてくれもしないのでございます。まったく、困った御主人様です」

 あきれながらも、どこか頼もしげな表情をしているのがいかにも彼女らしかった。

「やっぱりあれ、グリフなんだ」

 ミリュウが白い巨人を見遣りながら、つぶやく。シーラがうなずいた。

「ああ。セツナと戦いながらあんな姿になったんだよ」

「つまり、あれがグリフの本当の姿ってこと?」

「それはわかんねえけど、あの姿になってから、グリフの力は格段に上がってるみたいだ。なんせ、いまのセツナになんとか喰らいつけてるんだからな」

「喰らいつけてる……」

「どう見たってセツナのほうが有利だろ」

「そう……ね」

 シーラの当然のような言い方が気になったものの、彼女の言葉に間違いはなかった。セツナとグリフの戦闘は、終始、セツナが押しているように見えた。攻撃の威力も、速度も、正確さも、セツナのほうが上回っている。グリフが一段劣っている。それでも、セツナに食らいつけるだけ十二分に凄いと思えるのは、黒き矛を振り回すセツナがいままで見せたこともないような力を発揮しているからだ。斬撃のひとつひとつが凄まじいとしかいいようがなかった。鋭いだけでない。ただ矛を振り回しているだけなのに、地面に亀裂が走り、大気が激しく震えていた。ただの攻撃がまるで災害そのもののに思えるほどだった。そんなセツナに食らいつくグリフの凄まじさたるや、筆舌に尽くしがたい。

 両者の激突はまさに天変地異そのものといっても過言ではない。

 拳と矛の激突が生み出す力の余波が逆巻き、砂塵が舞い上がり、竜巻となって吹き荒れる。ただの力の衝突とは思えなかった。もっと圧倒的ななにかが、ファリアたちの眼前で激突している。

(セツナ……)

 漠然とした不安がファリアの胸を締め付ける。

 いつ以来だろう。このような不安を彼の力に抱いたのは。

 はじめて見たとき以来かもしれない。

 バルサー平原での戦いで、彼は黒き矛を用いて初めて殺戮を行った。当時、黒き矛は不完全極まりない代物だったが、それでも十二分に強かった。オーロラストームなどよりも遥かに強力な召喚武装は、ファリアをして畏怖を感じさせたものだ。そのとき、ファリアは確かにセツナに不安を抱いた。セツナと黒き矛の力があまりに凄まじく、凶悪だったからだ。

 とても彼のような少年に扱いきれるような代物には見えなかった。

 だが、ガンディアにとって黒き矛とセツナの力はあまりに魅力的であり、レオンガンドが彼の登用を試み、彼がそれを受け入れたことに対してなにもいえなかった。ファリアにはファリアの目的があった、ということもある。

 目的のために彼を利用することに後ろめたさを感じながらも、使命を果たすためならば仕方がないと割り切ったのだ。

 そうして、日々が流れた、

 いつしか不安は消えた。

 セツナは、黒き矛の使い手に相応しく成長していった。もはや黒き矛の力に振り回される少年はいない。そう想えた。

(そう想っていた……)

 しかし、いま、巨人を相手に暴威を振るう少年の姿には、かつてバルサー平原で鬼神の如く暴れ回った少年の面影があった。このままでは力に飲まれ、我を忘れてしまうのではないか。

「だいじょうぶです」

 と、ファリアの心の内を見透かすかのようにいってきたのは、だれあろう、ウルクだった。

「ウルク……?」

 魔晶人形は、いつもと変わらない無表情のまま、セツナを見つめている。

「セツナがファリアを忘れることなどありえません」

「え……?」

「だから、だいじょうぶです」

 こちらを一瞥した魔晶人形の横顔は、角度のせいなのか、微笑しているように見えた。無論、魔晶人形に表情などあろうはずもない。瞬きしたあとには、いつもの鉄面皮があるだけだった。魔晶人形には、感情はない。人間ではないからだ。ひとの手によって作り出された人形。それが彼女だ。しかし、それが彼女のすべてではないのもまた事実だ。彼女はひとの手によって作り出され、その上で起きた奇跡によって自我を獲得したのだ。そして、セツナと接触してからというもの、人間らしい感情を持っているかのような様子を見せている。

 ウルクには心があるのではないか。

 そして、その心がファリアの不安を感じ取り、励ましてくれたのではないか。

「ちょっとー、なんでファリアだけなのよー」

「もちろん、ミリュウも」

「あー、いま面倒くさそうに付け足したでしょ! 適当に!」

 ミリュウがウルクに食って掛かるが、まったく相手にされていないようだった。

(だいじょうぶ……よね)

 ファリアは、ウルクの気遣いに感謝しながら、セツナに視線を戻した。

 セツナとグリフの戦闘は、ファリアたちとマクスウェルの戦闘よりもさらに激しく、凄まじいとしかいいようのないものだ。たとえファリアに力が残っていたとしても援護することもできないだろう。セツナへの援護さえ彼の行動を阻害するだけにしかなりそうもなかった。

「おおおおおおおおっ!」

「おおおおおおおおっ!」

 巨人と少年の力の激突はさらに続いた。拳と矛がぶつかり合い、力が炸裂する。白き巨拳が砕けた。外骨格が砕け、皮膚が、骨が穿たれ、腕も粉砕される。血や体液が飛び散る中をセツナが舞う。巨人が獰猛な笑みを浮かべた。その目に浮かぶのは歓喜。不老不滅の存在が喜びを見せる瞬間とは、どのようなときなのか。漆黒の剣閃が幾重にも奔る。乱舞。巨人の巨体が千千に切り裂かれ、砕け、壊れ、血や体液、臓物をばら撒く。

「吹き飛べえええええ!」

 セツナが吼え、黒き矛が唸りを上げる。

 矛先から発せられた光が逆巻く竜巻の如く吹き荒び、周囲の空間もろとも白き巨人を消し飛ばす。光の渦は、地上から天空へと至り、分厚い雲を貫いて見せた。そして、雨雲までも吹き飛ばし、快晴の青空を描き出した。

 光が消えると同時に破壊の乱舞が終わり、静寂が訪れる。

 セツナは、黒き矛を振り上げた態勢のまま、立ち尽くしていた。

 戦いは終わった。

 少なくとも、脅威となるようなものはもういない。

 マクスウェル=アルキエルも、戦鬼グリフも消えてなくなったのだ。

 ファリアは、ほっと胸を撫で下ろした。

 立ち尽くす少年の横顔は、力に取り憑かれてなどいなかったからだ。



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