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第千四百六十一話 時の悪魔(五)

「嘘でしょ……まったく効いていないなんて」

 ファリアは、愕然とするしかなかった。最大出力の波光大砲と最大威力の雷撃を食らって、わずかばかりの損傷しかないというのはどういうことなのか。いや、違う。波光大砲も、最大の雷撃も必ずしも通用しなかったわけではない。ただ、マクスウェル=アルキエルの鎧の修復速度が早すぎるだけなのだ。いまも、見る見るうちに損傷箇所が塞がっていく。自己治癒力を保持した召喚武装など聞いたこともないし、あるとしても、簡単に召喚できるものではないだろう。強力な召喚武装というのは、代価も大きい。維持費だけであっという間に精神力を使い尽くしてしまうのではないか。

 しかし、マクスウェル=アルキエルが精神的に消耗している様子は見えなかった。そもそも、これだけの召喚武装だ。とっくに精神力を使い切っていたとしてもおかしくはない。というより、そうでなくては不自然だ。マクスウェルがいかに優れた武装召喚師であり、長年に渡って修練を積んできているとはいえ、人間なのだ。人間には限界がある。無制限に精神力を鍛えられるわけもない。

 召喚武装の能力、威力、維持――なにもかもが常識はずれだった。

「最大出力の波光大砲が通用しないとは想定外です」

 最大威力の攻撃が通用しなかったことに対し、ウルクも困惑しているようだった。彼女がそのような反応を見せるのは極めて稀であり、ファリアは、やはり異常事態なのだということを認識した。

 そのとき、無数の尾が、独立した意志を持った生き物のように襲い掛かってくる。ファリアは、飛び退こうとしたが、体が動かなかった。覚悟を決めたそのとき、ウルクがファリアの体を抱え上げ、素早く退避してくれたおかげで事なきを得る。

「あ、ありがとう」

「ファリアを護るのは当然のことです」

「当然?」

「セツナが大切にしているひとは、わたしにとっても大切なひとです」

 表情の変わらないウルクの一言にセツナのことを思い出すが、彼はいまは不在であり、彼の到来を期待していいはずもなかった。彼ならば、彼と黒き矛ならば、あの悪魔も打ち倒せるかもしれない。

(いえ……)

 ファリアは胸中、頭を振った。どうだろう。オーロラストームの最大威力の攻撃で受けた損傷さえ、あっという間に修復してしまう化け物を相手にしたとき、黒き矛のセツナは勝利をもぎ取ることができるのだろうか。いかに黒き矛が強力で凶悪であったとしても、相手が悪すぎるのではないか。黒き矛とて、十三騎士を圧倒することさえなかった。

 マクスウェルの悪魔は、ファリアが考えるに十三騎士以上の強さを誇っている。セツナと黒き矛でさえ、倒すことができるのかどうか。

「時の悪魔かなんだか知らないけれど、威勢がいいのもここまでよ!」

「ミリュウ!」

 ファリアは、歓喜とともに頭上を仰いだ。ミリュウは、ルウファに抱えられたまま、上空を飛び回っている。ラヴァーソウルの刃片が彼女の移動先へ追従する様が奇妙だった。

「またせたわね、ファリア。完成したわ」

 ミリュウがこちらを見て、微笑んだ。

 マクスウェルが透かさずミリュウとルウファを撃ち落とさんとするが、カインとグロリアがそれらの攻撃を妨げたうえ、ルウファが攻撃範囲から逃れたため、ミリュウは無事だった。

「これがあたしとセツナの愛の結晶よ!」

 ミリュウがラヴァーソウルの柄を掲げた瞬間、彼女の周囲に展開していた刃片の紋様が鋭い光を発した。すると、マクスウェル=アルキエルの遥か頭上、雲間に変化が生じる。巨大な魔方陣が浮かび上がったかと思うと、魔方陣の中から光の帯が放出され、それは雨の如く降り注いだのだ。

 豪雨となって降り注ぐ光の帯に対し、マクスウェルは即座に翼を展開し、防壁としたようだったが、疑似魔法の光は、彼の盾を容易く貫いた。

「やっ……」

 ファリアが歓喜の声を上げている間も、つぎつぎと降り注ぐ光の帯が、マクスウェルの翼の盾を貫く、撃ち抜き、打ち砕き、破壊し、粉々にしながら兜や肩当てに至り、さらにそれらも貫いていく。それはまさに光の滝だった。上天から流れ落ちる光の滝が、漆黒の悪魔の巨躯をずたずたに破壊していく。圧倒的な破壊の力。召喚武装の能力とはとても思えなかった。それもそうだろう。ミリュウが使ったのは、魔法なのだ。それはラヴァーソウルの能力などではなかった。ミリュウは、魔法を使うための儀式の道具としてラヴァーソウルを用いたに過ぎない。

 リヴァイアの“知”より引き出された知識を駆使して編み出された疑似魔法は、ラヴァーソウルの特性を利用して初めて発動することに成功したのだという。それまで彼女は呪文を唱えたり、魔方陣を描いたりと色々試行錯誤をしたというのだが、どれも上手くいかなかった。そこで考え出された方法がラヴァーソウルの刃片を利用して呪紋を構築するというものだ。ラヴァーソウルは、召喚武装だ。召喚武装は異世界の武器であり、強大な力を秘めている。その力を利用することで、小さな魔方陣とでもいうべき呪紋を安定させることに成功したらしい。そして、彼女が疑似魔法というものが完成した。

「おおおおおおおおおおおっ……!」

 光の瀑布に飲まれながら、黒い悪魔が咆哮する。

 光の帯の雨は、黒い悪魔の翼を粉々に破壊し、竜の首を粉砕し、尾をでたらめに破砕し、禍々しくも巨大な甲冑を貫いていっていた。加速度的な修復さえ間に合わないほどの破壊の連鎖。連続的な爆砕が粉塵を立ち上らせ、爆煙が視界を覆っていく。それでも止まない光の滝は、ミリュウが発動までに時間をかけただけのことはあった。呪紋の構築に時間をかけるということは、術式の構築に時間をかけるのと同じなのだろう。魔法の威力、精度、効果を高めているに違いなかった。

 そして、それだけの成果が出ている。

「凄まじいな……」

 ファリアの頭上近くに浮かんでいたグロリアが茫然と、いった。マルダールで敵対していたことを思い出したのかもしれない。

「さすがはお姉さま」

 声に振り向くと、アスラが立ち尽くしていた。体のあちこちを負傷しているものの、無事なようだ。

「アスラ、無事だったのね」

「俺も生きてるよ」

「不覚を取ったがな」

「まったく」

 ルクスとトランが母屋の瓦礫を押しのけながら姿を見せた。ふたりとも、全身に傷を負っている。吹き飛ばされ、叩きつけられたのだ。当然だろう。生きているだけで凄まじいというほかない。

「これで……終わりよね?」

「だといいが……」

 カインが声を低くしたのは、マクスウェルが生きている反応があったからだ。咆哮こそ止んだものの、光の雨の中で黒の悪魔が動いている節がある。鎧は徹底的に破壊され、その攻撃は本体にまで届いているはずなのだが、それでもなお動いているということは、マクスウェルを殺しきれていないということだ。

 そして、光の瀑布が、止んだ。

 爆煙と粉塵だけが視界を埋め尽くしている。

「どうよ……あたしとセツナの愛の力」

 ミリュウは、息も絶え絶えといった様子だった。疑似魔法は、強力であるがゆえに消耗もとんでもなく激しいのだ。それこそ、命に別状が出かねないほどの消耗であり、ルウファの腕の中の彼女は、いまにも死にそうな顔をしていた。

「――素晴らしい」

 マクスウェル=アルキエルのさっきまでとなにひとつ変わらない声に、ファリアは愕然とした。負傷している人間の反応ではなかった。

「素晴らしいというほかあるまい。これはなんだ? このような召喚武装が存在するのか? 違うな。召喚武装の能力ではあるまい。もっと別の……」

 立ち込めていた煙が流れ去ると、それの姿が明らかとなる。

 マクスウェルの悪魔は、全身を徹底的に破壊されていた。翼は跡形もなく消し飛び、竜の首も失われ、無数の尾も根こそぎ吹き飛んでいる。巨大な腕も半壊し、足も壊されたままだ。異形の獅子兜も損壊し、胴体にも亀裂が入っていた。その亀裂からマクスウェル=アルキエル本人と思しき老人の顔が覗いていた。頭を割られ、血を流す老人の表情は、鬼気迫る中に恍惚としたものがあった。


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