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第千四百六十話 時の悪魔(四)

「マクスウェル=アルキエル……よくやるものだ」

 ジゼルコートは、半ば呆れる想いで嘆息を浮かべた。

 半壊した母屋二階の奥の部屋に、彼はソニア=レンダールとともにいる。本来、彼の部屋からは前庭で繰り広げられている戦闘の様子など見えるはずもないのだが、おそらくマクスウェル=アルキエルの召喚武装の攻撃が母屋を破壊し、彼の部屋の壁や扉が吹き飛ばされ、戦場まで筒抜けになってしまっているのだ。元々、木造の屋敷では召喚武装による攻撃に対して無防備にもほどがあるとはいえ、壁がぶち抜かれているというだけで不安定さは増大した。

 苛烈な戦いが繰り広げられている。それこそ、天変地異と呼ぶに相応しいような戦い。それが武装召喚師の戦いというものであり、現代戦争の実態というべきものだ。もちろん、ここまで激烈な戦闘はそうあるものではないらしい。マクスウェル=アルキエルと、ガンディア最高峰の武装召喚師たちが互いに全力を出し合っているからこその激しさであり、どこの戦場でも見られるようなものではない。

 それは、いい。

 覚悟していたことではある。

 武装召喚師の戦いともなれば、ジゼルコートの屋敷が巻き込まれ、破壊されることくらい想像がつく。

 しかし、これでは静かに最期のときを待っていることもできなかった。

「もしかすると、本当に倒されてしまうのではありませんか?」

「それでは困るのだがな」

 ジゼルコートが苦笑を漏らすと、ソニアも静かにうなずいてみせた。彼女は、マクスウェルとは違い、ジゼルコートの真意を理解しているらしい。彼は、喜びを覚える自分の心に苦い顔をした。理解者がいるということを喜ぶなど、まるで子供のようだと彼は思ったのだ。

「ここでレオンガンドらを討ち果たせば、それこそこの国の終わりだ」

 マクスウェルは、容赦などしないだろう。征討軍を殲滅するつもりで戦っているはずだ。

 彼がなぜそこまでしてくれるのかはわからない。彼は老齢とはいえ、直接ジゼルコートの謀反に加わっていたわけではないのだ。征討軍に投降すれば悪いようには扱われなかっただろう。しかし、彼はそうはしなかった。ジゼルコートへの恩を返すといって、征討軍の迎撃に赴いたのだ。

 彼は、どうやらとてつもなく強いらしい。ガンディアが誇る《獅子の尾》の精鋭たちに敗北を喫するとジゼルコートは予想していたのだが、戦闘が始まってからいまのいままで、マクスウェルが苦戦している様子はなかった。むしろ、《獅子の尾》のほうが苦戦している始末。しかも、《獅子の尾》にはアスラ=ビューネルとグロリア=オウレリアが参加しているにも関わらずだ。

 このままマクスウェルが《獅子の尾》を圧倒し、撃破すれば、彼は征討軍を殲滅してしまうだろう。そうなれば、レオンガンドが征討軍に組み込んだであろう国の重要人物たちも失われることになる。

「いくらわたしでも、ひとりでは国を運営することなどできんよ」

 ジゼルコートの影響下にあった政治家たちは、王都を奪還したレオンガンドたちによって断罪されているに違いなかった。謀反に同調した反逆者を生かしておく道理はない。上の命令に従うしかない立場にある人間ならばまだしも、みずからの意志で行動を決めることのできる政治家たちは、処断せざるを得ない。たとえどれだけ有能であったとしても、生かしておけば、示しがつかないだろうし、禍根となるだろう。

 災いの根は絶やさなければならない。

 でなければ、この国が前に進むこともできなくなるだろう。

 ジゼルコートの同調者を断罪するというのは、レオンガンドが治める国としては、この上なく正しい判断なのだ。

 そして、ならばこそ、マクスウェルがこのまま勝利を収めるというのは、ジゼルコートとしては喜びようのない事態だった。

 ジゼルコートは、負けたのだ。

 レオンガンドとの戦いに敗れたのだ。

 これ以上の醜態を晒す必要がどこにあるというのか。

(こういうときこそ貴方の出番ではないのか?)

 ジゼルコートの脳裏には、ひとりの少年の顔が浮かんだ。

(黒き矛の英雄よ)

 彼ならば、黒い化け物と成り果てたマクスウェル=アルキエルを打ち倒し、ガンディアに勝利をもたらしてくれるのではないか。

 彼をベノアガルドに隔絶した張本人が考えることではないかもしれないが、ほかにこの状況を打開する方法は思い浮かばなかった。

「まったく……馬鹿げたことだがな」

 ジゼルコートは、皮肉な運命に自嘲的な笑みを浮かべる他なかった。

 もっとも危険視した存在の到来をもっとも期待しなければならないというのは、皮肉としか言いようがない。

 だが、マクスウェルの暴走を止めなければ、ジゼルコートの勝利もまた消滅するというのも事実なのだ。

 


 二階建ての屋敷の屋根に届くほどに巨大化した怪物は、両肩から伸びた竜の首を旋回させ、竜の顎から火の玉と氷の塊を乱射した。火球が前庭の東半分を火の海に変え、氷塊が前庭の西半分を氷漬けにしていく。その攻撃を回避するために跳躍したところを長大な尾を叩きつけられ、吹き飛ばされ、衝撃波の追撃を受けそうになるが、グロリアが上空へと掻っ攫ってくれたおかげで事なきを得る。

 マクスウェルの攻撃は、カインが参加したときから苛烈さが増していた。主にミリュウを狙っているのだが、ミリュウに対してはルウファが援護に動き、彼女を戦場から遠ざけることに成功している。そして、戦場は戦場で、安全圏があり、そこに退避することでマクスウェルの攻撃を一時的に凌ぐことができた。

 それは、マクスウェルと屋敷の間の空間だ。半壊した屋敷の中には、ジゼルコートがいることはファリアたちには確認できている。さすがのマクスウェルもジゼルコートを巻き込むような攻撃はできず、屋敷を背に立つと、彼も攻撃の手を緩めざるを得なくなるのだ。かといって、屋敷の前に立ったままではこちらも思うように攻撃できないのが実情だった。攻撃が一方から集中することになれば、防御も一方に集中すればいいということだ。怪物の防御力は高い。六対に増大した翼は、それぞれが分厚い防壁として機能する。一方からの攻撃のみとなれば、その防壁を幾重にも展開することで耐え抜くことも容易なのだ。

 事実、オーロラストームの最大威力の雷撃も、ルウファやグロリア、アスラの攻撃、カインの攻撃さえ、マクスウェル=アルキエルはものともしなかった。効いている様子もない。多少なりとも装甲を損傷させることはできているのかもしれないが、怪物は、損傷部位を瞬く間に再生してしまうのだ。

「師がこれほどまでの召喚武装を隠し持っていたとはな」

「知らなかったんですね?」

「知る由もないさ。マクスウェル師は、武装召喚術の教師としては凡庸だった。少なくとも、リョハンで受け入れられなかった研究成果を弟子に伝えるような愚はしなかった。わたしもアスラも武装召喚術を基本通りに学び、基本通りに修練を終えた。術式の多重構築など、聞いたこともない」

 二十年に及ぶ呪文の継ぎ足しと術式の多重構築。ファリアにとっても未知の技術であり、そのようなものが存在することさえ知らなかったし、想像のしようもなかった。それが実際に存在し、目の前で猛威を奮っている。そして、それをなんとかしない限り、ファリアたちに未来はない。

 そのためにもミリュウの疑似魔法を発動させなければならず、ファリアたちは時間稼ぎに専念するのだ。

 グロリアの腕の中から地上に降り立ったファリアは、グロリアが光の翼を無数に展開し、暴風を巻き起こすのを見て、同時に雷撃を放った。頭上から襲いかかる竜巻と、地面すれすれのところを蛇行し、殺到する紫電に対し、黒い怪物は、翼で全身を護ることで対応した。十二枚の翼が巨躯を覆い隠し、光の竜巻と紫電の帯を受け止める。電熱が翼の表面を焼き、暴風が蹂躙するが、それだけだ。鎧の奥底にいる本人には届いてさえいない。そして、その程度の損傷など、あっという間に復元してしまう。

「復元能力を持った召喚武装なんて卑怯にも程がございますわ、お師匠様」

 アスラが宝珠を操りながら、マクスウェルを詰るようにいった。

「わたしひとりですべてを滅ぼさなければならないのだ。これくらいは許せ」

「許せるものですか。せっかくお姉さまと幸せな日々が過ごせると想いましたのに」

「そうか……それは悪いことをした」

「そう思うのであれば、止めてください」

「無理だな。もはや、止められん」

 アスラが掲げた腕の前で三つの宝珠が旋回を始め、その中心の虚空に熱気が集中する。火球が生じ、膨張したかと想った瞬間、黒い怪物の尾が彼女に襲いかかった。凄まじい速度。アスラにも避けきれない――刹那、一陣の風が吹き、激突音が響き渡った。

「俺も混ざるぜ!」

「中々面白そうではあるな」

 ルクス=ヴェインとトラン=カルギリウスの剣が尾を受け止め、アスラを庇ったのだ。

「まあ、助かりましたわ」

 アスラが喜びながら、宝珠の中心に発生した火球を解き放つ。炎の塊は、剣を掲げるルクスとトランの間を抜け、一直線にマクスウェルの鎧へと向かっていく。マクスウェルは、さらに無数の尾でもってルクスとトランを攻撃し、後退を余儀なくさせると、翼の盾でアスラの火球を受け止めた。が、それだけでは炎は消えず、翼の表面を燃やしながら炎上範囲を広げていく。

陽巫女ひのみこの呪火、あまく見てもらっては困りますわ」

 アスラはさらに宝珠を回転させ、火球の生成に入る。マクスウェルの翼を包み込んだ炎は、翼から鎧へと伝わり、兜や竜の首へと至る。やがて全身が炎に包まれたところで、竜の首から吐き出された冷気がマクスウェルの全身を凍てつかせた。炎が消え去ったはいいものの、黒い怪物は氷像の如く凍りついている。

 そこへルクスがグレイブストーンを振り翳して切りかかり、トランが大刀を掲げて飛びかかった。ふたりとも、尋常ではない速度だった。召喚武装を手にしたルクスはともかく、トランのそれは、決して常人の身体能力ではない。彼は召喚武装を手にしていないはずなのだが。

 ふたりが肉薄したのとほぼ同時にマクスウェルの氷結が溶け、黒い化け物が迎撃に出る。巨大な腕が、飛びかかったトランを横殴りに吹き飛ばし、地上から斬りかからんとしたルクスを分厚い足が蹴り飛ばす。トランは母屋の瓦礫の中に突っ込み、ルクスはアスラの頭上を越えていった。重い一撃。致命傷になりかねない。アスラが透かさず火球を放つが、今度は冷気弾を直接ぶつけられ、虚空で爆散した。さらに火球がアスラに襲いかかり、飛び退いたところを背後から迫っていた尾に叩き落され、彼女は地に伏した。

“剣鬼”も“剣聖”も為す術もなく撃退され、アスラまでもが沈黙した。

 グロリアにルウファ、カインが攻撃を畳み掛けるが、同じように防がれ、弾き飛ばされるだけだ。ファリアは焦りを覚えた、ルウファを見やる。彼に抱えられたミリュウは、ラヴァーソウルの柄を握りしめ、目を閉じ、意識を研ぎ澄ませるかのようにしている。そして、彼女の周囲に浮かぶラヴァーソウルの刃片が複雑な紋様を描き始めていることに気づく。ミリュウが呪紋と呼んでいたものだ。疑似魔法を発動させるための儀式。

 マクスウェルもその危険性に気づいたのだろう。ミリュウを抱えて飛翔するルウファに攻撃を集中させている。竜の頭から吐き出される火球と氷塊や手から放たれる衝撃波がつぎつぎとルウファに襲いかかるのだが、ルウファは辛くも避け続けることに成功している。しかし、怪物の手数は圧倒的であり、このままでは撃ち落とされるかもしれなかった。

 なんとしても、こちらに注意を向けなくてはならないのだが、ファリアたちの攻撃力ではいかんともしがたかった。

(なんとかしなければ……)

 ファリアが口惜しさに歯噛みしたときだった。

「ファリア、命令してください」

 背後を振り向くと、いつも通り無表情の魔晶人形が立っていた。

「ウルク、来てくれたのね」

 ファリアは、ウルクの参戦を素直に喜んだ。ウルクならばマクスウェルの猛攻に耐えることも、マクスウェルの装甲をぶち破ることも可能かもしれない。もちろんそれで決着がつくとは考えにくい。マクスウェル=アルキエルの召喚武装の質量は膨大だ。復元能力も有している。装甲を破壊し、その上でマクスウェル本人を殺せなければ意味がない。

「でもなんでまたわたしに?」

「セツナが不在のいま、あなたに指示を仰ぐのが適切だと判断しました」

「説明になってないんだけど……まあいいわ。マクスウェルの召喚武装は、攻防一体のもの。わたしたちの攻撃力じゃあ突破できそうもないのよ。ミリュウにかけるしかないわ」

「では、どうすればよろしいのですか?」

「攻撃を畳み掛けて、時間を稼ぐのよ」

「了解しました」

「頼んだわよ」

 ファリアはウルクが左腕を掲げるのを横目に見て、オーロラストームを構え直した。ウルクの左手の先に魔晶の光が集まっていく。波光大砲。レコンドールの城壁に大穴を開けた砲撃の威力は凄まじいものがあるはずであり、マクスウェルにも効果がないはずがなかった。それに合わせ、ファリアも最大出力の雷撃を放つべく、クリスタルビットを展開し、オーロラストームの大弓形態を構築した。

 斜線上に味方はいない。ジゼルコート邸を包囲する征討軍は、マクスウェルの攻撃に巻き込まれないように遠く離れている。なんの問題もなかった。

 マクスウェル=アルキエルは、グロリアとカインの攻撃を捌きながら、ルウファを撃ち落とさんとしており、攻撃態勢に入ったこちらには目もくれなかった。ファリアの雷撃を防ぎきった事実があることがマクスウェルの判断を鈍らせているのかもしれない。防御に自信もあるのだろうが。

「出力最大、波光大砲、発射」

 ウルクの左手のひらから膨大な光の奔流が解放される。爆発的な光が視界を塗り潰し、ファリアをも圧倒する。莫大な熱量がウルクの前方扇状を完膚なきまでに破壊し、母屋の西半分ほどを消し飛ばした。光が消え、熱量が低下した瞬間、ファリアはオーロラストームの最大出力の雷撃を発射した。こちらはこちらで膨大な量の雷光が迸り、視界をでたらめに破壊しながらマクスウェルの居場所へと殺到し、大爆砕を引き起こした。幾重にも響き渡る破壊の音が、ウルクとファリアの連続砲撃の凄まじさを伝えてくる。反動がファリアの体を吹き飛ばしそうになったほどだった。

 吹き飛びこそしなかったものの、消耗による疲労がファリアに立っていることを諦めさせた。二度に及ぶ最大威力の雷撃には、さすがのファリアの精神力も底が尽きかけたのだ。

(どう……?)

 立ち込める爆煙と粉塵のせいでよく見えない。気配はある。マクスウェル=アルキエルは間違いなく生存している。それはわかっているのだ。ファリアとウルクの連続砲撃でも致命傷を与えられないことくらい、予想済みだ。生存そのものに衝撃を覚えることもない。問題は、マクスウェルの状態なのだ。

「素晴らしい破壊力だ。通常、これだけの攻撃に耐えられるものなどいまい」

 立ち込める煙が逆巻く風に吹き飛ばされ、それの姿が明らかになる。

「だが、わたしを滅ぼすこともまた、不可能なのだと思い知れ」

 マクスウェル=アルキエルは、ほとんど無傷のまま、そこにあった。

「我は悪魔。時の悪魔なり」

 黒い悪魔は、冷ややかに告げてきた。


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