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第千四百五十八話 時の悪魔(二)

 その瞬間、なにが起こったのか、その場にいただれにもわからなかった。

 突如として発生した光がジゼルコート邸正門前に展開していた征討軍先鋒を飲み込んだかと思うと、音もなき衝撃波が周囲四方の将兵をことごとく吹き飛ばした。爆発が起きたのだということを理解したものは、その凄まじい威力に恐怖し、絶望するほかなかった。が、直後、目の当たりにした光景によって、絶望を感じられるだけましなのだということを思い知ることになる。

 光が消えた後、正門前の地面には半球型の大穴が穿たれていた。その場にいたはずの数百名の征討軍将兵は、跡形もなく消し飛ばされており、亡骸はおろか、血や肉片さえ残らず消滅していたのだ。

 その光景を目の当たりにしただれもが、マクスウェル=アルキエルの恐ろしさを知った。包囲していた兵士たちは、遠距離戦闘の間合いにさえ入っていなかったのだ。それなのにもかかわらず、マクスウェルによって有無を言わさず消滅させられてしまった。恐慌が起きる。戦線は崩壊し、ジゼルコート邸包囲網は脆くも崩れ去った。

 征討軍の指揮官自身、全軍に後退を命じた。

 マクスウェル=アルキエルの尋常ではない力を目の当たりにした以上、体裁に拘っている場合ではなかった。武装召喚師には武装召喚師をぶつけるという定石通り、通常兵は後方に下がらせ、マクスウェルと武装召喚師たちの戦闘に巻き込まれないようにするべきだった。どうせ通常兵器の攻撃が通用しないのであれば、巻き込まれないように離れたほうが味方武装召喚師の戦闘の邪魔にもならない。武装召喚師たちも、味方を巻き込む可能性を考慮すれば、本気を出せないかもしれないのだ。

 それらデイオン=ホークロウの判断は、正しいというほかない。

「マクスウェル=アルキエルか」

 レオンガンドは、うめくようにつぶやいた。グロリア=オウレリアとアスラ=ビューネルの師匠であり、ふたりから優秀な武装召喚師だという話は聞いていたが、まさかここまで凶悪な召喚武装を用いるとは想像もしていなかった。そもそも、ふたりから得た情報では、遠距離攻撃特化型の召喚武装を愛用しているという話であり、その威力、攻撃範囲はいまのそれとは大きく異なるものだった。つまり、愛用の召喚武装とは別のものを呼び出し、使用しているということなのだが、それは結局のところ、マクスウェル=アルキエルの武装召喚師としての実力が凄まじいということにほかならなかった。

 ジゼルコート邸前庭で繰り広げられる戦闘は、苛烈さを増すばかりであり、常人が立ち入る隙は見当たらない。少なくとも、レオンガンドのようなものが立ち入ろうとすれば、為す術もなく消し飛ばされるだけだろう。先程の攻撃で消滅した数百人と同じように。レオンガンドは、遠くからファリアたちの勝利を信じるしかないのだ。

 それがいかに困難な戦いであったとしても、倒さなければならない。

 マクスウェルを討たなければ、ジゼルコートを討つこともかなわない。

 そんなことを考えていると、一頭の軍馬がレオンガンドに近寄ってきた。

「わたくしがいって、支配して参りましょうか?」

 馬上からそんなことを提案してきたのは、ウルだ。馬に乗っているのは、彼女だけではない。彼女は、カイン=ヴィーヴルが操る馬に乗せてもらっているのだが、カインは、そんな彼女の提案に対して否定的なようだった。カインが、竜を模した仮面に覆われた頭を振る。

「やめておけ」

「あら、どうして?」

「殺されに行くだけだ」

 嘆息を浮かべるカインは、全身、人型の竜のような姿になっている。失われた腕を補完する篭手に尾の生えた軽装鎧、そして竜の翼。それらは召喚武装であり、つまるところ彼は三つの召喚武装を同時併用しているということだ。並の武装召喚師では真似のできないことであり、優れた武装召喚師でも負担や消耗の関係から真似しようとも思わないことだという。ファリアやルウファたちが驚き、呆れるのだから相当異様なことなのだろう。彼としては、黒き矛に追いつくにはこれくらいのことはできなくてはならない、ということだが。

 そんな彼に対し、ウルは目を細める。

「あなたが守ってくださるのではなくて?」

「無理だな」

「あら、あなたがそのような台詞を吐くとは、世も末ね」

 肩をすくめるウルに対し、カインはジゼルコート邸を見遣りながら告げた。

「これがガンディアの終焉にならんことを祈っておくのだな」

 天変地異の如き苛烈な戦いが続いている。敷地内に荒れ狂う力が蔵や母屋を破壊し、塀を吹き飛ばし、地面を掘削して土砂を舞い上げている。雷撃が嵐の如く吹き荒れ、光の竜巻が乱舞し、暴風が逆巻く。マクスウェル=アルキエルの鎧の力と思しき黒い奔流がそれらを飲み込みながら膨張し、爆発を起こした。轟音が響き渡り、レオンガンドの周辺の天地までもが震撼した。複数の軍馬が竿立ちになって嘶くほどの衝撃。戦場から遠く離れたレオンガンドの皮膚ですらびりびりとする。

「それほど危険か?」

「……陛下、恐れながら申し上げます」

 カインは、態度を改めていってきた。

「マクスウェル=アルキエルとの戦闘はいますぐ取りやめ、この場から撤退されるのがよろしいかと」

「君がそこまでいうとはめずらしいな」

「あれは……セツナ伯でも相手にできる代物かどうか」

 カインが遥か前方の戦場を見遣りながら、低い声でいった。

「……なんだと」

 カインの予期せぬ一言にレオンガンドは衝撃を受けざるを得なかった。セツナが相手にできるかどうかもわからないようなほど凶悪な敵だというのは、想定外どころの話ではない。想像しようもなかった。セツナが負ける可能性があるということは、カインはマクスウェル=アルキエルを十三騎士以上の強敵だと判断しているということだ。その判断の根拠がどこにあるのかはわからないが、カインほどの武装召喚師がいうのだ。その目に間違いはあるまい。少なくとも、カインがレオンガンドに虚言を用いることなどありえない。彼を“支配”するウルにいわせると、カインの“支配”はレオンガンドへの隷属であり、レオンガンドを裏切ることは絶対にありえないのだという。ウルがそういう嘘を言っている可能性は皆無ではないが、彼女については信用するほかない。たとえ彼女がレオンガンドを始めとするガンディア王家を恨み、ガンディアそのものを憎んでいたとしても、そのような方法でレオンガンドを滅ぼそうとはしないだろう。

 彼女が見たいのは、そういう破滅ではない。

「マクスウェルは、二十年に渡って呪文を継ぎ足し、術式の多重構築を行ってきた――といっておりました」

 三つの召喚武装を装備したカインには、マクスウェル=アルキエルとファリアたちの会話が聞こえていたのだろう。

「どういうこと?」

「普通、武装召喚術の術式というのは、ある程度形式に則った呪文を唱えるものです。それを長きに渡って継ぎ足すことなど、できることではない。そんなことをすれば術式は不安定になり、召喚は失敗に終わるでしょう。最悪、暴走し、自分の命を失うことだってありうる。だから、武装召喚師は基本に忠実な術式を用いる。どれだけ強力な召喚武装が呼べるのだとしても、安定性に増すものはありません」

「確かにそうね。あなたみたいな狂犬よりも、従順な子犬を支配するほうが安全で確実よね」

「しかし、彼はどういう方法でか、それを成し遂げた。それも二十年の長きに渡って積み重ねてきたといっており、その強力さたるや想像のしようもありません」

 マクスウェル=アルキエルの召喚武装の凶悪さは、いま目の前で繰り広げられている戦闘を見れば明らかだ。ただでさえ強力な召喚武装のさらに上を行く性能を発揮しており、彼ひとりで天変地異を起こしているのではないかと思えるほどだった。ジゼルコートの屋敷そのものが地上から消滅するのではないかと心配になる。ジゼルコートは屋敷にいるはずで、巻き込まれて消滅しては、彼を討つことができない。

 彼は、討たねばならない。

 なにもレオンガンドみずから討つ必要はないが、だれかが討ったという事実は必要だ。マクスウェル=アルキエルの攻撃に飲まれて消滅するようでは、意味が無いのだ。どこかに逃げ延びたという噂が立つ。それでは駄目なのだ。ガンディアから禍根を絶たねばならない。この一連の戦いは、そのためのものだった。

 ガンディアからレオンガンドの敵という敵を一掃し、国内を安定させることこそが、レオンガンドがジゼルコートに謀反を起こさせた理由だ。謀反の首謀者たるジゼルコートを討たずして、戦いに終わりはない。

 無論、マクスウェル=アルキエルが、間違ってジゼルコートを消滅させるようなことはないだろうが。

「たとえここでジゼルコートを討てずとも、陛下さえ生きておられれば、なんとでもなります。逆をいえば、陛下を失えば、ジゼルコートを討てたところでこの国に未来はない」

「故にここは退くべき……と?」

「……冷酷なことをいうようですが、彼らに勝ち目はないでしょう」

 彼らとはもちろん、《獅子の尾》の五名のことだ。五人のいずれも優秀な武装召喚師だ。とくにミリュウの召喚武装ラヴァーソウルに秘められた能力は、圧巻というほかないものだ。そのミリュウを含めた五人がかりで勝ち目がないと見ている。いかにマクスウェル=アルキエルの召喚武装が強力で凶悪なのかがわかる。

 レオンガンドは、ファリアたちが苦戦していることを想い、カインに問うた。本当に勝てないのか。

「君が参加してもか?」

「はい」

 カインは即答してきた。彼ほどの武装召喚師が参戦しても、結果は変わらないというのか。レオンガンドには、想像もつかない。それほどの武装召喚師がジゼルコートの元にいて、長きに渡って潜伏していたという事実に肝を冷やす。

「あなたって自分のこと過小評価しすぎじゃないかしら」

「妥当な評価だ」

「ふーん……」

 ウルは、カインの発言に納得できないというような表情をした。彼女はカインの実力を高く買っているのだろう。レオンガンドも同じだ。カインの実力は、いまや代替の効かないほどに素晴らしいものだ。故にウルに“支配”させ続けている。彼の実力が戦いの苛烈さに追いつかないようであれば、レオンガンドは、平然と彼を使い捨てただろう。彼は、ガンディア人にとって忌むべき存在なのだ。

 レオンガンドは、戦場に視線を戻した。《獅子の尾》の武装召喚師たちは、マクスウェル=アルキエルに対し、一進一退の攻防を繰り広げている。ファリアのオーロラストームが激しい雷光を放ち、ルウファのシルフィードフェザー、グロリアのメイルケルビムが嵐の二重奏を奏でるのだが、マクスウェル=アルキエルの様子に変化はない。攻撃を受け付けていないようなのだ。カインのいった通り、強すぎる。

 彼らだけでは勝てないというのも、正しい判断なのかもしれない。だが。

「“剣聖”と“剣鬼”、ウルクも投入する」

「陛下」

「……カイン。君の評価を疑っているわけではない。むしろ、だからこそ、ここで戦力を投入し、あれを討たねばならないと判断した」

 レオンガンドは、カインを一瞥し、それからマクスウェル=アルキエルに視線を戻した。黒き巨獣から禍々しい力の奔流が逆巻くように噴出し、ファリアたちの猛攻を跳ね返してみせる。破壊が起きている。圧倒的な力がなにもかもを粉砕していくのが見える。

 征討軍の将も兵も、そんな天変地異の戦いを固唾を呑んで見守るほかなかった。

「あれが我々を逃してくれると思うか?」

「それは……確かに」

 カインが静かに頷く。

 ここで戦いを止め、撤退しようとしたところで、マクスウェル=アルキエルがこちらに攻撃対象を移せばそれで終わりだ。彼の攻撃は、広範囲に破壊を撒き散らすものであり、そのような攻撃が連発でもされたらひとたまりもなかった。あっという間に征討軍は壊滅し、レオンガンドたちも消し滅ぼされるだろう。いまレオンガンドたちが無事でいられるのは、ファリアたちがマクスウェル=アルキエルの注意を引いてくれているおかげにほかならない。撤退行動を見せた途端、こちらに攻撃を繰り出してくる可能性は大いにあった。

「じゃあ、あなたも行きなさいよ」

 ウルがいうと、カインがこちらに顔を向けてきた。

「……陛下」

 レオンガンドは、頷き、命令した。

「征け、カイン」

「御意」

 カインは、首肯すると、ウルに馬を任せ、みずからは飛び降りた。そして、大きく跳躍すると、翼を広げて飛んでいった。まさに飛竜となった彼は、すぐさま戦闘に参加してくれることだろう。彼ひとりが参加したところで勝率は変わらないかもしれない。だが、負ける可能性は引き下げられるはずだ。そこへ“剣聖”トラン=カルギリウスと“剣鬼”ルクス=ヴェイン、ウルクが加われば、どうなるか。

「ウル。君はここに残れ」

「わかっておりますわ、陛下」

 ウルは、恭しくうなずくと、艶然たる笑みを浮かべてみせた。

「陛下のお側にいなければ、陛下の死に様を見届けることもかないませんもの」

 彼女の中に変わらぬ悪意があることを理解して、レオンガンドは、少しばかり安堵した。その悪意があるかぎり、彼女がレオンガンドを裏切ることはあるまい。ウルは、レオンガンドが滅びる様を見届けるためにこそ、力を貸してくれているのだ。

 レオンガンドはそのようなことを考えながら、各所に伝令を飛ばした。

 無論、ルクス=ヴェインとトラン=カルギリウス、ウルクを戦線に投入するためだ。

 ジゼルコート邸を中心とする戦場は、拡大しつつある。

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