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第千四百五十五話 地獄への道行きを

 レオンガンド・レイ=ガンディアが逆賊ジゼルコートを征討すると号令し、急遽編成された征討軍が王都を発したという報せが届いたのは、昨夜のことだった。

 ガンディオンとケルンノールはそれほど離れてはいない。

 明日にも征討軍がケルンノールの彼の屋敷を包囲するだろう。時間の問題だ。

 そして、レオンガンドは一万を越える大軍勢でもって征討軍と呼称している。対してケルンノールに残された戦力はわずかばかりだ。数えられるほどの兵力しか残っておらず、これでは迎え撃つこともできないだろう。

 唯一、マクスウェル=アルキエルがなにやら勝算があるような口ぶりだが、ジゼルコートには、その自信に満ちた言動が理解できなかった。マクスウェルが優れた武装召喚師なのは疑うまでもない事実だが、彼ひとりでどうにかできるほど、征討軍も脆くはないだろう。たとえジゼルコートに戦力が残されていないとわかっていたとしても、最悪の事態に備え、過剰なまでの戦力を投入してくるはずだ。レオンガンド――いや、ナーレス=ラグナホルンの薫陶を受けた二名、エイン=ラジャール、アレグリア=シーンならばそうするだろう。

 ナーレス=ラグナホルンひとりに敗れたというのは言い過ぎにしても、ジゼルコートがナーレスの亡霊とも執念ともいうべきものに出し抜かれたのは間違いなかった。

「逃げられますか?」

 不意にシャルティア=フォウスが出してきた提案に、ジゼルコートは、少しばかり驚いた。まさか彼がそのようなことを言い出してくるとは思わなかったのだ。

「どこに逃げるというのかね」

「さて。どこへでも。領伯様のお望み通り」

「わたしはもはや領伯でもなんでもない」

 レオンガンドのことだ。王都を奪還したその日の内にジゼルコートを領伯から解任していることだろう。つまり、ここにとどまっていることも間違いなのだ。

「ならば、ジゼルコート様の思うままに」

 恭しく頭を下げるシャルティアの過剰な演技に、彼は目を細めた。

「わたしはガンディア人だぞ」

「知っておりますが、それが何か問題でも?」

「ガンディア人ならば、ガンディア本土で死にたいものだろう」

 それは、ガンディア人以外にもいえることだ。ログナー人ならばログナーで、ザルワーン人ならばザルワーンで――だれもが生まれ育った大地に骨を埋めたいものではないのか。

「年も年だ。どこへ行こうとも、長くは生きられまい」

 そして一度ガンディアを離れれば、二度と戻ってくることはできないだろう。祖国に骨を埋めるという誰もが持つ願いは叶わなくなる。

 いやそもそも、逃げるつもりなどあろうはずもない。

 逃げるのであれば、王宮から離脱するときにそう命じただろう。ジゼルコートがケルンノールにある屋敷への転送を命じたのは、レオンガンドが編成するであろう討伐軍の到来を待ち受けるためだ。

 無論、決戦を行うためでも、命乞いをするためでもない。

 すべてに決着を付けるために、ここにいる。

「それは……そうかもしれませんね」

「わたしはここに残る。マクスウェルの最期を見届ける必要もある」

「最期ですか」

「そうだろう。君は、彼が征討軍に勝てると思うかね?」

「思っていれば、逃亡を提案したりはしませんよ」

「だろうな」

 シャルティアが肩をすくめるのを見て、うなずく。武装召喚師の目から見ても、勝てる道理はないのだ。

「彼は勝てまい。だが、彼が恩を返してくれるというのだ。せめて、その戦いを見届けるのがわたしに残された役割だろう」

 もちろん、彼が敗れたからといってそのことを責めるつもりもない。すでにジゼルコート自身が敗れ去っている。その上で巻き返しを図ろうとしてくれるものを責め立てるなど、ありえないことだ。

 それから、シャルティアを一瞥する。

「君は、どこへとなりとも行くがいい。今日まで酷使してきた分の金額はそこに用意している」

「……もちろん、そうさせてもらいますよ。わたしはまだまだ生きていきたいものですからね」

 ソニア=レンダールから大金の入った鞄を受け取ったシャルティアは、一瞬、喜びの顔を見せたが、すぐさま元の表情に戻した。室内の空気を読んでのことだろう。

「……それでよい」

 ジゼルコートは、シャルティアから窓に視線を戻した。屋敷の二階にある彼の執務室からは、屋敷の前庭を見渡すことができた。前庭にはジゼルコート配下の兵士たちが征討軍の到着を待ち受けている。十数人足らず。その人数で、勝てるわけもない戦いに挑もうとしている。ジゼルコートの命令ではなく、彼ら個人の意志だった。マクスウェルと同じだ。ジゼルコートへの恩義に報いるために征討軍に戦いを挑むのだ、と。

 ジゼルコートには、彼らの決意を無碍にはできなかった。思う存分戦わせることしかできなかったのだ。

 彼らの死は、紛れもなく無駄死にとなるだろう。それがわかっていても、止められなかった。

 どうせなら、彼らもシャルティアのように割り切ってくれたほうがジゼルコートとしては嬉しかったのだが、そうはならなかった。

「ジゼルコート様」

「なんだ?」

「あなたとともにガンディアという大国に挑んだ日々、中々に楽しめましたよ」

「そうかね」

 振り向くと、シャルティアは、少しばかり照れくさそうに笑っていた。彼を雇い、ソニアを通じてルシオンに出向させたのは、一年ほど前のことだ。彼は当然、最初から謀反のことを知っていたわけではない。ジゼルコートは秘密主義者だ。信頼のおけるものにしか話してはいなかった。だが、それでも一連の戦いを彼は楽しめた、という。ジゼルコートは、未知の生物と接触したような想いがした。

「しかし、レオンガンド陛下は強すぎましたな」

「ああ……」

 否定する道理はない。

 レオンガンドは強かった。

 ジゼルコートが敗れた理由を端的に表すと、そうなる。レオンガンドが強すぎたのだ。もちろん、個人の力がどうという話ではない。レオンガンド個人の実力などたかが知れている。国王としてもまだまだ未熟なところがあり、政治力はいうにおよばず、様々な面でジゼルコートのほうが上回っている。ただ一点を除いて。

 その一点こそ、彼が勝者たる存在に相応しい要素なのだろう。

 彼は、人材に恵まれていた。

 軍師ナーレス=ラグナホルン、英雄セツナ=カミヤを始めとする数多の人材こそ、レオンガンドの強さの秘密だった。レオンガンド自身にどれだけ才能がなく、どれだけ実力が不足していても、それら数え切れないほどの才能が補って余りある結果を出している。レオンガンドが戦術を練れなくとも、軍師や参謀局がその代わりを為し、レオンガンドの振るう剣が惰弱であっても、英雄や数多の将兵が敵を打ちのめす。

 王に相応しい器とは、まさにそういった人材を収攬するもののことをいうのかもしれない。

 ジゼルコートは、まさにレオンガンドの器に敗れたのだ。

 認めがたいことだが、認めるほかあるまい。

 レオンガンドは、まぎれもなくこの国の王であり、獅子王の名に相応しい人物なのだ。

「それでは、いずれ、地獄にて」

 シャルティアがそういってきたのは、

「君も地獄に落ちるか」

「金の亡者は地獄に落ちましょう。そういうものですから」

「……そうか。ならば、先に落ちて、待っていよう」

 ジゼルコートが笑うと、彼は杖を掲げた。オープンワールドの水晶球が輝き、シャルティアの全身が光に包まれ、つぎの瞬間、存在そのものが消失する。

「ソニア。君も、去るならばいまのうちだぞ」

「ジゼルコート様。ご冗談を」

 ソニアは、ただ穏やかに笑みを浮かべてきただけだった。


 ジゼルコートの屋敷が征討軍に包囲されたのは翌日、昼過ぎのことだった。

 曇天の下、生暖かい風が窓から入り込み、二階執務室から前庭の様子を見遣る彼の頬を撫でた。窓から見渡すと、屋敷前面を完璧なまでに包囲する征討軍の大軍勢に呆れるほかなかった。鼠どころか蟻一匹抜け出す隙間が見当たらないくらいの厳重さで包囲されていたのだ。

 ジゼルコートを逃すまいという決意の現れであり、表明でもあるのだろう。

「今日は五月五日だったな」

「はい」

 ソニアの返事に、ジゼルコートは瞼を下ろした。瞼の裏に浮かび上がるのはひとりの男の顔だ。セツナ=カミヤ。ガンディアの英雄と呼ばれる少年は、五月五日生まれであり、今年、十九歳になるはずだ。昨年の彼の誕生日には、馬を贈っている。ウルクと名付けられた黒馬は、不幸にも戦いの中で死んでしまったということだが、セツナは気に入ってくれていたようだった。そのお返しとして、彼からさまざまな贈り物が届けられていた。それらはいまも大事にこの屋敷に飾ってある。

 ジゼルコートにとって、セツナは、打倒レオンガンド最大の障害というべき存在だったが、だからといって彼を憎んだりはしていなかった。セツナは、理想的な兵士といっていい。上からの命令にはなんの文句もいわず従い、想定以上の戦果を上げ、国に利益をもたらす。しかもその英雄的な戦いぶりは、戦意を高揚させ、国民の士気をも高めるほどのものだった。彼ほど献身的にガンディアに尽くしてくれるものは、数えるほどしかいまい。ジゼルコートにとってガンディアほど大切なものはなく、故にこの国のために血を流し、魂を燃やす彼のようなものを憎めるはずもなかった。

 その上で、彼をどうにかしなければレオンガンドに勝てないと考えに考えたのだ。黒き矛のセツナを封じる手段を講じなければ、勝つどころか、正面切って戦うことすらできないのではないか。

 様々な考えを巡らせた末、ジゼルコートはベノアガルドを利用した。ベノアガルドはセツナに興味を持っており、ジゼルコートはセツナをこの戦いから遠ざける必要があった。利害は一致し、マルディアの内乱から始まる一連の戦いの計画が練られた。

 ジゼルコートと騎士団の企みは、上手くいっていただろう。

 少なくともレオンガンド軍は、騎士団の追撃から逃れるため、セツナという最大最強の戦力を手放さなければならくなったのだ。レオンガンド軍の戦力は半減した。あとは、ジゼルコートの持ちうる戦力でどうにかなる――そう考えていた。

 だが、結局のところ、セツナひとりを失ったところで、レオンガンド軍の戦力は絶大であり、レオンガンドを窮地に陥らせることすら、ジゼルコートはできなかった。

 セツナという大きすぎる光に目がくらみ、レオンガンド配下の戦力を完全に把握できていなかったということだ。もちろん、レオンガンド軍がマルディアを脱出するのが想定よりもずっと早かったというのもあるが。

「セツナ伯はついぞ、戻ってこられなかったか」

 十三騎士に捕まり、ベノアガルド首都ベノアに移送されたという報せは、彼の元にも届いていた。騎士団は、セツナを説得し、騎士団の同志に迎え入れたいというのだが、どうなることか。セツナほどの男が、ガンディアを離れ、騎士団につくとは考えにくい。


 中庭に待機していた兵士たちが、正面の征討軍に攻撃を仕掛けた。が、あっさりと返り討ちに遭い、全滅すると、《獅子の尾》の武装召喚師たちが屋敷の敷地内に乗り込んでくるのが見えた。

 ジゼルコートは、窓際から離れると、ソニアとともに奥の広間へと向かった。この部屋では外から攻撃される可能性が高いからだ。

 彼は、レオンガンドに会わなければならなかった。

 レオンガンドに会って、話さなければならないことがあった。

 伝えなければならない言葉。

(ひとはそれを負け惜しみと言うだろうがな)

 ジゼルコートが自嘲気味に笑った瞬間、爆音が轟き、建物を激しく揺るがした。

 戦闘が始まったのだ。

 マクスウェウ=アルキエル、最期の戦いが。


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