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第千四百四十一話 転生竜


「さあ、セツナ伯。決断されよ」

 フェイルリングの真躯が身振り手振りで選択を迫ってきていた。

「我々とともに、この世を破滅から救うために戦うか」

 城塞のような真躯が指し示すのは、十三騎士の真躯たち。

 それらはまるで荒ぶる神々の如くであり、飛竜たちを相手にほぼ一方的な戦いを未だに続けていた。いまだに、というのも、飛竜たちの生命力もまた、尋常ではないからに他ならない。ある程度の傷ならば瞬く間に回復してみせる化け物を相手にここまで一方的に戦えるのなら、十分すぎるといってもいいくらいには、十三騎士は強力だった。

 サントレアにて、ひとりで殿を買って出たのは、あまりに無謀な試みだったといえるだろう。無論、あのときは真躯という切り札の存在を知らなかったからこそ言い出せたのだ。いや、知っていたとしても、《獅子の尾》全員で当たることになっていただけかもしれない。

 通常戦力では蹂躙されるだけだという結論には、変化はない。

 飛竜ですら蹂躙されかけている。ドラゴンたちが圧倒的な回復力を持ってしても、十三騎士の真躯に決定的な攻撃を叩き込むことができなければ、徐々に押されていくだけのことなのだ。

「それとも、我々に仇なし、この場で塵と消えるか」

 フェイルリングが足元に突き刺していた大剣を両手で握り、引き抜いた。刀身だけで十メートルはありそうな特大の剣は、ただそれだけの動作で大地を揺らし、大気を震撼させる。質量以上の力があるのだ。

 神の化身。

 ラグナは、フェイルリングの真躯を指して、そういった。いまのフェイルリングは、神に近い力を持っているということだ。身動ぎするだけで世界に干渉したとしても、なんら不思議ではなかった。

「道はふたつにひとつ」

 フェイルリングが極大剣の切っ先をこちらに向けてきた。飛竜がわずかに身じろぎして、セツナはあやうく飛竜の背から滑り落ちそうになった。ラグナが腕を掴んでくれたおかげで、助かっている。そのままラグナの体にしがみつかざるをえないのが、なんとも格好悪かった。仕方がないのだ。飛竜の背は、足場として不安定すぎる。ラグナのように平然と仁王立ちできる方がおかしい。

「いーや」

 ラグナが不敵に笑いながら、頭を振った。

「三つ、あるぞ。あとひとつなあ」

「なに?」

「この場から逃げおおせるという道があるわい」

 ラグナの宣言とともに飛竜が旋回し、ベノアを覆う結界の内周ぎりぎりのところを飛行し始めた。フェイルリングの極大剣の間合いの外を大きく迂回するように、飛んでいく。セツナは飛竜から振り落とされないよう、ラグナの足にしがみつくほかなく、その見た目の悪さを自覚して情けない顔になった。

「戯言を。この結界を破るなど不可能。少なくとも、いまのあなたがたの力ではな」

「……そうじゃな。結界を破るのは無理じゃ」

「おい、ラグナ……なにいってんだよ」

「結界を破るのは、な」

 ラグナは、まるでなにか考えがあるような口ぶりで、いった。彼女は、飛竜の背に仁王立ちしたまま、微動だにしない。どれだけ飛竜が飛行速度をあげようと、体を傾斜させようとだ。セツナは、飛竜の速度や体勢にいちいち慌てふためいたが、ラグナのおかげで落下することはなかった。

「どこへ行こうとも同じことだ。結界はこのベノア全域を包み込んでいる。地上も、空も、地の下も、完全無欠に覆い尽くしているのだぞ」

 フェイルリングは、声だけを響かせてくる。追いかけてはこなかった。巨躯故の弊害、というべきだろう。数十メートルもある巨躯は、一歩歩くだけで周囲に被害を及ぼしかねない。飛竜と十三騎士の戦いによって半壊しているとはいえ、みずからの手でベノアを破壊することなどあってはならない。それでは、騎士団への信頼を裏切ることになる。

 そこが、付け入る隙かもしれない。

 騎士団の目的は、世界を救うことだ。そのためには、名声を獲得しなければならない。信頼を勝ち取らなければならないのだ。結界でベノア市民を守っているのも、それだろう。

「じゃから諦めよ、とでもいうのじゃろうが……諦めて、あやつの元に降るか? 主よ」

「馬鹿いえ。そんなことするくらいなら、戦って死んだほうがましだ」

「じゃろうな。おぬしならば、そういうと想っておったわ」

 ラグナが妙に愉快げに笑った。同じことを考えているのが、心底嬉しいのかもしれない。一応、注意する。勘違いされては敵わない。

「いっとくけど、死にたくはないし、死ぬつもりはないぞ」

「当たり前じゃ、いうたじゃろう。わしがおぬしを死なせはせぬ」

「先輩命令か」

 セツナの脳裏に、ラグナに命令するレムの姿が浮かんだ。ラグナが、レムのことを尊敬するべき先輩として見ていたのは、間違いない。波長が合うのだろう。

「それもあるが」

「ん?」

「わしはのう、セツナ。おぬしに出逢えたこと、ほんに嬉しゅう想うておる」

「なんだよ、急に……」

 ラグナがどこか気恥ずかしそうにいってきたこともあって、セツナは、妙に照れくさくなった。ラグナの足にしがみついたまま、飛竜の背に座り込む。飛竜の飛行速度や体勢は安定してきてはいるものの、まだ彼女の足を手放すことは難しかった。手放せば落下すること請け合いだ。

 ラグナの顔を仰ぎ見る。ラグナは、進路を見ていた。翡翠色の長い髪が靡く様は、なんとも美しい。緑衣の女皇という名前は、彼女に相応しいものとしか思えない。そんなことを考えていると、ラグナは、思わぬことをいってきた。

「おぬしを初めて見たのは、そう、おぬしがザルワーンで異界の龍と戦っておったときのことじゃ。おぬしは気づいておらんかったようじゃがな」

「へ……?」

「やはりか」

 ラグナがこちらを一瞥して、にやりとした。

「どういうことだよ。ザルワーン戦争にいたってのか?」

「わしの前の主がだれか思い出せ」

「アズマリアだろ? それがなにか関係してるのかよ」

「あやつは、おぬしを見守っておったのじゃ。ザルワーンに出現した竜は、いかなおぬしでも太刀打ちできぬ可能性があった。最悪の場合、おぬしとクオンだけでも助けるつもりだったというぞ」

「そう……だったのか」

 つまり、アズマリアとともにあの戦いを見ていた、ということだ。セツナとクオンが力を合わせ、ザルワーンの守護龍との死闘に打ち勝った戦いの一部始終。

 しかし、ラグナはそんな素振りは一切見せなかったし、ザルワーン戦争についての話のときも、初めて聞くような態度を取っていた。ザルワーン戦争の詳細を知らなかったからこそそのような態度を取ったのか、あるいは、知っていて素知らぬ振りをしていたのか。後者ならば、ラグナほどの演技力を持ったものはいないといえるだろう。

「クルセルクでも、おぬしを見た」

「……あのときか」

 神との対峙のあと、アズマリアがあまりに都合よく現れたことを思い出した。ゲートオブヴァーミリオンを使ったのかと思っていたのだが、ラグナの話から、飛竜形態の彼女を駆使して移動していたというのが真相のようだ。ゲートオブヴァーミリオンを使うよりも、飛竜にまたがるほうが消耗が少ないのは間違いない。

 ということは、ラグナは、セツナと戦う前からセツナのことを見ていたということだ。なぜそのことをいまのいままで隠していたのか、また、いまさらになって告白するのかは、わからない。妙な胸騒ぎがした。

「そして、龍府で呼び出されたわしがおぬしにけしかけられたこと、覚えていよう」

「忘れられるかよ」

「じゃろうな」

「嬉しそうにいうなっての。こっちは必死だったんだからな」

 ラグナが満面の笑みを浮かべてきたので、セツナは苦い顔になった。本気のラグナとの戦いは、凄まじいものだったことを思い出したからだ。ルウファ、ファリア、レム、シーラが連携攻撃を叩き込んでも瞬く間に再生したのだ。セツナが黒き矛ですべてを消し飛ばさなければ決着がつかなかったのは想像に難くない。いまでこそ小飛竜の可愛らしい姿や、美女としてのラグナのほうが見慣れているが、本来は凶暴なワイバーンなのだ。

「わしだって、必死だったぞ。おぬしを倒せば、自由になれるという約束だったからのう」

「つまり、本気だったってわけだ」

「そうじゃ。本気で挑み、本気で敗れた」

 ラグナは、笑顔をゆっくりと消していった。真面目な顔になる。

「あそこまでの大敗、はじめてのこととはいわぬ。何度となくあった。わしは転生竜。無限に生と死を繰り返すもの」

「でも、ラムレスは長生きなんだろう?」

 ラムレス=サイファ・ドラースは、ラグナよりも何倍もの巨体を誇った。それこそ、フェイルリングの真躯に並ぶほどの巨躯は、万物の霊長と呼ぶに相応しかった。

「わしは、あやつやラングウィンのような生き方を好まなかった。生きたいように生き、死にたいように死んだ。故にあやつらよりも短い生を繰り返した。じゃが、悪いことばかりではないぞ。わしは死ぬたびに強くなった」

「死ぬたびに、強く……ねえ」

「信じておらぬな?」

「信じるよ。おまえのいうことだ」

「そうか。ならばよい」

 鼻歌交じりにいうと、また、真面目な顔になる。

「死は、恐ろしいものではない。死してもまた、朝は来る。目覚めのとき、記憶もまた蘇るのじゃ。なにを恐れることがあろう」

 何度となく生と死を繰り返す転生竜にしてみれば、そうなのだろう。死んでも再び生を得られるということがわかっていれば、死を恐ろしく感じることはなくなる。人間が死を恐れるのは、死ねば終わりだということを本能的に理解しているからだ。なにもかも終わる。無に帰る。そこから先はない。だから、恐ろしい。戦慄し、身が竦む想いがする。

 転生竜には、それがないのだ。

 しかし、ラグナは以外なことをいった。

「そう、想っておった。いままではな」

「ラグナ……?」

 遠く前方を見遣るラグナの様子が気がかりだった。


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