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第千四百四十話 騎神

 フェイルリングの巨躯は、ほかの十三騎士と一線を画す巨大さだった。

 シドの雷神やほかの騎士たちが精々四メートルから五メートルほどの大きさなのに比べ、フェイルリングは十メートルを遥かに凌駕する巨大さを誇り、ベノアに存在するあらゆる建造物を見下ろすような巨躯であった。

 神々しい輝きを発する巨躯は、さながら城塞のようだった。神秘的な装飾が施された白金の甲冑そのものが、城塞を想起させる。巨大な光背を背負うのはほかの騎士たちと同じだが、雷神とは形状が大きく異る幾何学模様だった。神卓の魔方陣に似ているかもしれない。分厚い装甲は並大抵の攻撃では傷ひとつつけることも難しそうであり、印象通り堅牢な要塞そのものかもしれない。肩当て、胸当て、篭手、脚具に至るまで巨大で、なおかつ繊細な装飾が施されている。

 武器は、切っ先を地面に突き刺した巨大な剣だ。両刃の大剣。美しい装飾は儀礼的であり、儀式かなにかに用いるような剣に見えた。刀身に刻まれた文字も、その印象に拍車をかけている。磨き抜かれた刀身には周囲の風景が反射していた。刀身だけで高層建築物に並ぶほどの巨大さがあることを知れば、巨体の全高がどれほどのものか想像できるだろう。

「我らが真躯による結界、そう安々と破れるものではない。たとえ三界の竜王といえどな」

「ふん。いいおるわ。ミヴューラなる神の力を借りただけのくせにのう」

(真躯……か)

 ラグナが憤然と嫌味をいう間、セツナは、フェイルリングが発した単語を記憶した。真躯。おそらく、フェイルリングのいまの状態を示す言葉だろう。

「否定はしない。この真躯も、幻装も、ミヴューラから与えられし救力くりきの顕現に過ぎぬ。我々は、借り物の力で戦っている。だが、それがどうした。借り物の力と卑下する必要はあるまい。ミヴューラの力は偉大だ。その偉大な力を用い、この世を救うことになんの問題がある。胸を張り、堂々と力を借りよう。それがこの世を救う唯一の方法なれば」

「あなたのいうことは、正しい」

「セツナ?」

「俺も同じだ。俺も、借り物の力で戦っている。黒き矛の力は、俺の力なんかじゃない」

 セツナは、黒き矛を胸の前に掲げた。自分にしか制御できないことが免罪符にはならない。借り物の力であるという事実を否定することなどできないのだ。

「でも、それを卑下したりはしない。借り物の力でも、使うのは自分の意志だからな」

 黒き矛の力を借りることを躊躇することもない。もはや自分の手足と同じような気軽さで使えるようになっている。だからといって、それを自分の力だとは言い張りはしない。黒き矛の力は黒き矛の力でしかないのだ。その境界を見誤ると大変なことになる。黒き矛の力に飲まれ、自分を見失うことになりかねない。

 逆流現象とは、きっとその先にあるのだ。

「さすがはセツナ伯。よくわかっておられる。しかし、なればこそ、惜しい」

「惜しい?」

「そうです。あなたほど聡明であれば、わかるはずだ。力あるものにはそれだけの責任が伴うということくらい、理解できるはずだ」

 大剣の柄に置いていた両手のうち、右手を離し、掲げる。

「この世には、数多の生命が息づいている。人間はもとより、虫、獣、鳥、魚、植物、皇魔に至るまで、多種多様の生物が共存共栄している。皇魔の多くは人類に敵対的だが、彼らの由来を思えば、仕方のないことだ。彼らは、望んでこの世界に現れたわけではない。元の世界に戻る手段もなく放り出されれば、荒みもしよう。しかも、ひとは彼らを受け入れなかった。わかり合おうともしないまま何百年もの間、闘争の歴史を積み重ねてきた。もはや、皇魔と人間がわかり合うのは至難の業でしょう」

 フェイルリングの話の中でセツナの脳裏をよぎったのは、魔王ユベルだ。しかし、魔王ユベルの異能は、わかり合うためのものではなかった。皇魔を支配し、使役するための異能に過ぎず、魔王を仲介として皇魔と人間が対話する機会を設ける、といったことはできそうにはなかった。できるかもしれないが、魔王がそれをしてくれるものかどうかわからない。そもそも、この広大な大陸に膨大な数の皇魔が生息するという話であり、それらすべてと人類全体が和解することなど可能なのかといえば、疑わしいといわざるをえない。

「ともかく、この世界には様々な生き物がいて、中には皇魔のように凶悪なまでの生命力を持つものもいる。その中で、人間は決して強い部類の生き物ではない。皇魔に蹂躙され、滅亡した都市や国は数え切れず、今日まで歴史を紡いでこられたのが不思議なほどだ。しかし、それは決して奇跡でもなんでもなく、必然でした。なぜか、わかりますか?」

 フェイルリングが話す間も、飛竜たちと十三騎士の戦いは続いている。雷神と化したシドが大空を駆け抜け、天空からは光の柱が降り注いで飛竜を撃ち抜く。巨大な両腕が唸りを上げ、極大の剣が飛竜を断ち切る。暴風が逆巻けば、光の剣が天を貫く。もちろん、飛竜たちもただやられているわけではない。怒涛のような攻勢で十三騎士に畳み掛け、

「力ある強者が力なき弱者を守ってきたからです」

 フェイルリング後方の建物に落下してきた飛竜が激突し、崩落を始める。

「ヴァシュタリア共同体、ザイオン帝国、神聖ディール王国――三大勢力と呼ばれる勢力は、大いなる力をもってひとびとを護り、国を、勢力を作ったといいます。それがどのような力なのか、いまのあなたならば想像もできましょう」

「……まさか」

「三大勢力それぞれの始祖は、大分断後の混乱期において、幸運にも手に入れた力を自分のためではなく、多くの弱者を救うために使った。その高潔で尊貴な考えこそ、三大勢力の礎を築き上げる原動力となったのは疑う余地もない」

「だから、俺の力も世界のために使え、って?」

「この世は破滅に瀕している。世界が滅びれば、小国家群統一の夢も露と消えるだけだ」

「いつくるかもわからない破滅のために、あのひとを裏切ることなんてできるわけがない」

「いつくるかわからないからこそ、いまから備えておくべきなのだ。いまこそミヴューラへの救いの声を集め、力を束ねておくべきなのだ」

 フェイルリングは、続ける。

「セツナ伯。黒き矛の主よ。あなたはその偉大なる力を世界のために使うべきだ。世界を救うために。力なきものを護るために。生きとし生けるもののために」

「俺は……」

「セツナよ。あやつらのいうことなど、真に受ける必要はないぞ。力あるものの義務など、ありはせぬ。おぬしはおぬしじゃ。その力をどのように使おうと構わぬではないか。だれがなんといおうと、気にする必要もない。たとえその結果世界が滅びたとしても、滅びるべくして滅びただけのことじゃ」

「ラグナ……」

「そもそも、おぬしと黒き矛があやつらに協力したからといって捻じ曲げられるような未来ならば、あやつらの力だけでもなんとかなるじゃろう」

 ラグナの言いたいこともわからないではなかった。確かにその通りかもしれない。セツナと黒き矛が協力するまでもなく、ミヴューラとその使徒とでもいうべき十三騎士の力は圧倒的だ。飛竜たちとの戦いぶりを見せつけられれば、そう思わざるをえない。十三騎士は、飛竜に対しほぼ一方的な戦いを繰り広げているのだ。

 飛竜たちは、ラグナほどではないとはいえ、その巨躯に相応しいだけの力を持ち、魔法を行使することができる。その力は強大であり、普通、太刀打ちできるものではない。少なくとも、ただの武装召喚師では何十人いても打ち払えないだろう。

「あやつの力は、いまのおぬしを遥かに凌駕しておる。それはわかるな?」

「ああ」

 認めざるをえない。

 フェイルリングは、ほかの十三騎士よりも巨大だ。それはすなわち、フェイルリングの力が十三騎士の中で最大のものといっていいということだ。巨大なだけで力はほかより劣るとは考えにくい。質量とは力そのものといっていい。数十メートルの巨躯を誇るフェイルリングの真躯は、他の十三騎士の真躯よりも何倍も巨大であり、その巨大剣だけで圧倒した。対峙しているだけで、凄まじい圧力を感じるのだ。

 飛竜たちの苛烈な魔法攻撃でさえ、フェイルリングの巨躯は傷ひとつつかなかった。恐ろしいまでの熱量を発する火球も、渦巻く雷撃も、収束する衝撃波も、ありとあらゆる攻撃がフェイルリングには届かなかった。

 全力を込めた黒き矛の攻撃ですら、届かないかもしれない。

「いまのおぬしと黒き矛では、あやつを傷つけることさえできまい。あやつはいま、神の化身じゃ。ミヴューラのな」

「神の化身……」

「そしてミヴューラは、救いを求める心を力に変えることができるようじゃ」

「そんなことをいっていたな」

 救いを求める声が、ミヴューラの力となる、という。だからこそ、騎士団の影響力を高めるべく行動しているのであり、騎士団の名声が高まり、騎士団に救いを求める声が多くなればなるほど、ミヴューラは強大化するということだ。そして、それこそがこの世を破滅から救う数少ない方法なのだとミヴューラは信じているし、使徒たる十三騎士たちも信じている。

「飛竜らにベノアを襲撃させたのが裏目に出たようじゃの。ベノアに住むものどもの声があやつの力になっておる。わしとおぬしが力を合わせても、勝ち目はあるまい」

 飛竜たちの攻撃がベノアを破壊したことで、ベノア市民が騎士団に救いを求める声が飛躍的に増大し、その声こそがフェイルリングの力を高めているというのだろう。ラグナの目には、救いを求める想いがフェイルリングや十三騎士に集まっている様が視覚化して見えているのかもしれない。それくらいはっきりとした物言いだった。

「そうだ。ラグナシア=エルム・ドラース。緑衣の女皇よ。我らはいま、このベノアにおいては絶対無敵の存在となった。たとえ貴方が何百何千の眷属を招来しようとも、我々から勝機を見出すことなどできはしない」

「勝てない……のか」

「逃げ場もないしのう」

 ラグナが平然と言い放ってくる。

 後ろを見ると、飛竜の鼻先に見えない壁があることがなんとはなしにわかる。分厚い障壁。黒き矛の力をもってしても破れはしないだろう。試さずともわかる。セツナの力で破壊できるのであれば、ラグナがそう教えてくれるだろう。

「セツナ伯よ。我々の同志となり、ともに世界を救おうではないか。そうすれば、あなたも、ラグナシアも傷つけはせぬ」

 セツナは、フェイルリングに向き直って、憮然とした。この期に及んで、彼はまだ、セツナと黒き矛を味方に引き入れたがっている。そのことが不思議でならなかった。ラグナのいったように、黒き矛など必要ではないはずだ。

 それとも、黒き矛の力をもっと引き出せるようになれば、真躯に対抗できるというのだろうか。

「……あなたは、本当にこの世を救うことしか考えていないんだな」

「その通りだ。それがどうかしたのか?」

「俺のせいでベノアがこれだけの惨状になっても、同志に加われば許すというのか?」

 セツナは、半壊状態の都市を見渡しながら、いった。破壊したのは飛竜だが、その原因となったのはセツナだ。飛竜たちは、セツナがこの都市から脱出するための時間稼ぎとして攻撃したに過ぎない。飛竜たちが悪いわけではない。

 震えが来る。

 かつてアバードの王都バンドールで見た光景に近い惨状が眼前に広がっていて、それはいまも進行中だった。飛竜と十三騎士の苛烈な戦いは、さながら世界の終わりのようであり、飛竜たちの咆哮と騎士たちの雄叫びは、終末の風景を演出するかのようだった。

「そのようなことか。当たり前だ。建物が壊された程度、どうということはない。建物は立て直せばいい。都市は、作り直せばいい。だが、世界の破滅だけは、起きてからではどうしようもないのだ。救世の同志が増えるのならば、ベノアが破壊されたことくらい多めにも見よう」

「死者は、どうなる」

「死者……死者か。死者、負傷者が出たのならば、多少、考慮もするかもしれんがな。いまのところ、ひとりとして死者は出ていない」

「……嘘だろ」

「悪い冗談じゃな。この状況でだれも死んでおらんというのか?」

 セツナとラグナの反応を、フェイルリングの真躯は、微動だにせず見ていた。真躯は、甲冑そのものが巨大化したような姿であり、人間の肉体は見えない。兜の隙間から覗くのは眼光だけであり、目や顔は見えなかった。金色の眼光が、フェイルリングの超然とした目を想起させる。

「結界を張った」

「……そういうことか」

 ラグナは、フェイルリングの一言にすぐさま納得したようだったが、セツナには理解できなかった。

「どういうことだよ」

「この結界のことじゃ。わしらの脱出を封じるためだけでなく、飛竜らの攻撃による被害を抑える役目も果たしておったのじゃ」

「そんな……」

 セツナは、ラグナの説明に愕然とした。あまりにも規模が違いすぎるのだ。ベノアは広大な都市だ。それこそ、ガンディオンに並ぶほどといっていい。それだけの敷地面積を覆うほどの結界を構築し、なおかつ全住人を守護することなどできるものなのか、どうか。

(いや、ありうるのか……?)

 セツナの脳裏をよぎったのは、クオンのシールドオブメサイアだ。シールドオブメサイアは、かつて、広大な範囲に守護領域を構築し、ザルワーンの守護龍の攻撃からガンディア軍を護りきったことがある。さすがにこのベノア全体を覆うほどの守護領域を構築することは難しいだろうが、ミヴューラならば、神の力をもってすれば、それくらいのこと容易くできてしまうものなのかもしれない。

「まったく、途方もない力じゃのう」

 ラグナは呆れ果てたように、いった。飛竜の背中で仁王立ちし、腕を組むその姿は、さすがは竜王というべき風格があった。

「じゃが、案ずるな、我が主よ」

 彼女は、こちらを見て、不敵な笑みを浮かべた。

 ラグナにはなにか考えがあるらしい。


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