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第千四百三十六話 正義についての話をしよう・破(八)

 音が聞こえるようになるのと同時に視界が正常化した。意識を包み込んでいた安心感や違和感が弱くなり、自分というべきものを認識する。自分。神矢刹那。セツナ=カミヤ。セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド。手を開き、握り、開く。指先まで神経が通っていることを確認するとともに、目の前に美女の顔があることに気づく。翡翠色の髪に宝石のような目が美しい女性。ラグナの人間態。

「お、おおう」

 セツナがおもむろに仰け反ると、ラグナが怪訝な顔をした。

「なにを驚いておる」

「そりゃあ、驚くだろ。いきなり目の前に立たれたら、だれだってな」

「呼んでも返事をせぬから、気を失ったのではないかと心配したのではないか」

 ラグナは、呆れてものもいえないとでもいうような表情を浮かべた。セツナの反応が気に入らなかったのかもしれない。

「じゃが、意識を失ったわけではなさそうじゃの」

「ああ。そういうことじゃない」

 ラグナの発言から、ミヴューラの指が額に触れた瞬間から自分の身に起きていたことを理解する。ミヴューラと交信している間、現実世界ではセツナの肉体は呆然と突っ立っていたのだろう。

「セツナ、あやつになにかされたのではなかろうな?」

「あ? だいじょうぶだよ。俺は、正気だ」

 セツナが軽く言い切ると、ラグナが疑わしそうな顔になる。

「本当か? 本当に正気なのか?」

「疑り深いやつだな」

「おぬしを信じぬわけではないが……なにせ、相手が神ではな」

 ドラゴンのラグナからしても、神とはそれほど警戒しなければならない存在なのだろう。が、セツナは、彼女の不安や疑問に対して、自分が無事であることを主張しようとも思わなかった。確かに精神世界において、ミヴューラの説法に感動し、感銘さえ覚えたが、それだけのことだ。

 セツナにはセツナの目的があり、戦いがある。

 ミヴューラたちの利害が一致するのであれば協力してもいいと思えるが、そうではないのならば、同調する理由はない。

 そもそも、ミヴューラを信用する道理がない。

「その神様は消えたようだな」

 セツナの前方には、魔方陣めいた模様の消えた神卓があり、フェイルリングを始めとする十三騎士がこちらに注目していた。

「うむ。突然消えたから、おぬしに話しかけたのではないか」

「なるほどな」

 セツナが軽く相槌を打つと、フェイルリングが口を開いた。

「神々による封印は、極めて強力なのです。それに、あまり負担をかけさせたくはないのですよ」

「神も、万能ではない、ということか」

「じゃな」

 ラグナがセツナの背後に戻りながら、皮肉げに告げてくる。

「神が全知全能であらば、このイルス・ヴァレが滅び去ることなどありえぬ。ぬしら人の子が崇め称えるほどの力も持っておらぬのじゃ」

「聞き捨てならんな」

 ラグナを睨んだのは、ゼクシズだ。神を信仰するものには許しがたい一言だったのは、間違いない。

「待て」

「しかし、閣下。我らが神を愚弄するなど、許してよいことではありません」

「事実だ」

 フェイルリングの一瞥にゼクシズは黙り込んだ。

「ミヴューラの力が及ばぬのは、残念ながら事実なのだ。みずからの力では封印をどうにかすることもできず、この世を救うなど夢のまた夢といっても過言ではない。それがミヴューラの限界。だが、卿らも知っての通り、ミヴューラの力は偉大だ。封印を通してでも、我々に絶大な力を授けてくれている。確かにミヴューラは全知全能には程遠く、万能とはいえぬ。神というにはあまりにも矮小な存在やも知れぬ。しかし、ミヴューラは神と崇め奉るに相応しい存在であることに疑いを挟む余地はない。そうであろう」

 フェイルリングの魂の籠もった説教とでもいうべき言葉に、十三騎士たちが静かに同意を示す。セツナとしても、フェイルリングの言葉そのものには否定的な意見はない。ミヴューラが信頼にたる存在であるならば、セツナだって協力したくなるほどだった。

 そして、ミヴューラには疑わしいところはない。

 騎士団のこれまでの行動を見ても、私心や利己的な考えは見受けられなかった。騎士団の行動指針はミヴューラの理念に基づいていると考えるべきであり、であれば、ミヴューラを疑う必要はない。つまり、信じるに足る存在だということだ。

「セツナ伯。我々はあなたを同志に迎え入れたいと考えている。ミヴューラのいったとおり、この世界を破滅的な未来から救うための同志だ。応じるというのであれば、黒き矛はあなたにお返ししよう」

「あなたがたの考えは、わかりました」

「それでは……」

「この世を破滅から救おうという意志、行動、素晴らしいというほかないでしょう」

 尊敬に値するといってもいい。

 彼らは、この世界を救うために己の人生のすべてを擲たんとしているのだ。この世に生きとし生けるすべてのもののために、命を消耗し尽くしても構わないと想っている。ミヴューラの意図に賛同し、ミヴューラとともにこの世を救おうとするということは、そういうことだ。

 己の命を救いのために燃やし尽くす。

 並大抵の覚悟ではあるまい。

 フェイルリング自身、セツナに対していったことだ。

 なんの見返りもなく戦い続けるというのは、普通、できることではない。ましてや世界を破滅から救うという、途方もなく、理解しがたい戦いに身を置き続けるなど、正気の沙汰ではない。たとえそれが正しいことだとしても、続けられるものではないだろう。

 そもそも、ミヴューラによって示された破滅とやらは、いつこの世を訪れるのかは明示されていないのだ。

 もしかすると、フェイルリングたちの代には起きないかもしれない。それでも、彼らは構わないと考えているのだ。いつか起こるであろう破滅を食い止めるためには、行動し続けなければならない。立ち止まってはいられないのだ。

 救世神ミヴューラの影響力を高めるためには、騎士団の名を広め続けるしかない。

 彼らはそのためにならば命が燃え尽きたとしても構わないとさえ、想っている。

 でなければ、ミヴューラの使徒になどなれまい。

 その高潔な覚悟には、感銘さえ覚える。

「セツナ伯!」

「わかってくれたのね」

「心強い」

 十三騎士たちがそれぞれに反応する中、ラグナはなにもいわなかった。まるでセツナのことをこれっぽっちも心配していないように。セツナがこれから取る行動を理解しきっているように。なにもいわず、ただ待っていた。

 そんな下僕の視線を背に感じながら、セツナは、フェイルリングを見据えた。金色に輝く目が、神のまなざしの如く、こちらを見つめている。超然とした目。心の奥底まで見透かされている気がする、気に入らない。

「ですが、わたしには疑問が残るのです。そもそも、あのミヴューラという神は本当に信用できるのでしょうか?」

 信用できるかどうかでいえば、信用に足る存在なのは、間違いない。ミヴューラがこの世界のことを想う気持ちは本物だ。確信がある。信じてもいいとさえ思えるのだ。しかし、それだけではまだ足りないのだ。

 ガンディアと決別し、すべてを救世のために捧げるには、足りなすぎるのだ。

 だからセツナは、フェイルリングを睨み据え、問いかけた。

「救世神などと嘯いている偽りの神という可能性だってあるんじゃないんですか?」

「我らが神を侮辱するか!」

「セツナ伯!」

「セツナ君、駄目よ」

「侮辱? 違うな。ただの疑問だろう。そういきり立つなよ、あなたたちの正義を否定するつもりはないさ。それは正しいことだ。素晴らしいことだ。気高く、なにものにも代えがたい。ただ、あなたたちがなにひとつ疑問を感じないことに疑問を抱いた。ただそれだけのことだろう」

「疑問など、未来の光景を見れば、消し飛ぶものだ」

「未来か」

 脳裏に、世界が滅び去る光景が焼き付いている。世界が光に灼かれ、瞬く間に滅び去っていく情景。生きとし生けるものが死に飲まれ、消滅していく瞬間。現実に起きた出来事のように脳は認識している。ミヴューラの力が働いている。神の力だ。なにが起こったとしてもおかしくはなかった。全知全能に程遠く、万能とはいえなくとも、人間などとは比較しようもない高位の存在なのは間違いないのだ。

 クルセルクに降臨した神の御業を思い出せば、現実味を帯びた幻覚を見せることくらい、神には容易いことだと思えた。

「あれが本当にこの世界の未来なのかどうか、怪しいものだ」

「そうじゃな。未来とは形定まらぬもの。いかな神々とて、未来を見通すことなどできぬ。未来視ができるのであれば、神々にとって都合の良い世界を作ることなど容易なはずじゃからのう」

 ラグナがセツナの真横に並び立った。彼女のほうが上背がある。

「いや、そもそも、破滅など起こらぬのではないか?」

「ラグナはこういってるぜ」

「ドラゴン如きに愚弄されるいわれはない」

「早まりますな」

 いきり立つゼクシスを制したカーラインだ。ふたりとは別の方向から、鋭い声が飛んでくる。

「セツナ伯、あなたならば同調してくださるものと想っていたのですが」

「シドさん、あなたたちの考えを否定するつもりは毛頭ありませんよ。ただ、俺は、あなたたちほどお人好しではいられないんですよ」

 セツナは、シドを一瞥し、それから十三騎士を見回した。神卓を囲み、立ち尽くす十三人の騎士のうち、半数ほどがセツナに敵意を発していた。当然だろう。挑発的な台詞を発している。

「フェイルリング団長閣下。ひとつ、お伺いしたい」

「なんでしょう、セツナ伯」

「あなたはわたしを同志に迎えたいといいましたね?」

「ええ。あなたを同志に迎えることができれば、救世に一歩も二歩も前進するでしょう」

「同志となることを了承した暁には、わたしの立場はどうなります?」

「当然、我々と行動をともにしていただくことになります。もちろん、黒き矛はお返ししますが」

「ガンディアには戻れない、ということですね?」

「そうなります」

「……そうですか」

 わかっていたことでは、ある。

 騎士団の行動指針のひとつとして、救済がある。困窮しているひとびとを騎士団の力で救うことにより、騎士団の名声、影響力を高めることがミヴューラの力の増大に繋がるという。ミヴューラの見せた破滅を防ぐ手立てが神の力に頼るしかないというのであれば、なんとしてでもミヴューラの力を増大させなければならないということであり、それはつまるところ、セツナが賛同した場合、ガンディアを諦めなければならないということだ。

 騎士団の影響力、騎士団がまさに救済者の集団であるということを認知させるには、騎士団が活躍しなければならない。それに賛同するということは、騎士団の一員になるということなのだ。

 ガンディアの領伯(という立場や肩書はともかく)としてあり続けることはできないということ。

 そしてそれは、ガンディアへの、レオンガンドへの裏切り行為にほかならない。

「そこが、気に入らないと?」

「気に入らないとか、そういうことではないのです」

 セツナは、フェイルリングの目を見据えたまま、頭を振った。気に入らないのではない。もっと根本的なことだ。根源的なことだ。自分の存在意義に関係することでもある。

「わたし……いや、俺は、ガンディアの黒き矛だ。レオンガンド・レイ=ガンディアの矛なんだよ。だから、俺はあなたたちの同志にはなれない」

 セツナが断言すると、フェイルリングが無念そうに目を閉じた。

「それがあなたの決断か」

 再び開いたとき、その双眸がより強く輝いていた。


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