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第千四百三十五話 正義についての話をしよう・破(七)

《フェイルリングは、我が聲に気づき、我が想いを知り、我が望みを認めた。そのときより、彼は我が半身となり、我は彼の半身となった。我は彼であり、彼は我なのだ。我と彼は、力を合わせ、この世を救おうとしている》

 ミヴューラの聲が、神卓の間に響いているような錯覚を抱く。実際は、違う。ミヴューラの聲は、セツナの脳内に反響しているだけなのだ。神の声は、音ではない。音の波ではないのだ。ではなんなのか。それがよくわからない。音ではないのに、音として認識しうるなにか。

 それこそ神の力そのものなのだろう。

「……そのために出来上がったのが十三騎士か」

 セツナの言葉に、ミヴューラはうなずいてみせる。人間的な挙措動作。姿は人間を模してはいるが、人間とはまったく異なる生物のように想える。生物という括りにいれていいのかさえ疑問が残った。

《この世を破滅的な未来から救うには、力が必要だ。我の力だけでは、破滅を免れることはできぬ。故に我は彼に呼びかけ、救世の徒に相応しき魂の持ち主を集めた。それが彼ら十三騎士だ。我は彼らに力を与えた。この世を救うためには、我々の存在を周知させる必要がある》

「周知……?」

 それがなにを意味するのか、疑問が生じる。

《救いを求める声が大きければ大きいほど、我の力はいや増す。この世を破局から救うには、もっと大きな力が必要だ。この程度では、足りぬ》

「神様の力でも食い止められないってんなら、俺の力なんていらないんじゃないのか?」

《違う》

 ミヴューラが頭を振る。

《いったはずだ。救いを求める声が大きければ大きいほど、我が力は増大すると》

「考えても見なさい。騎士団がなぜ、なんの見返りも求めず、救いの声に応じるか」

 そういってきたのは、ルヴェリスだ。シヴュラが続く。

「我々は、見返りではなく、評判を求めている」

「ベノアガルドの騎士団ならば救いの声に応じてくれる。騎士団ならば、どんな苦境からも救ってくれる。騎士団こそ救済者だ――というようにですね」

 シヴュラに続いたハルベルトの説明によって、セツナは、ミヴューラのいわんとしていることを理解した。

「つまり、騎士団の評判が高まれば高まるほど、神様の力も増大するということか」

《そういうことだ。そして、この世を救うためには、ほかに方法がない》

「ほかに方法がない? どうして?」

 セツナの脳裏には、疑問しかなかった。この世に神が実在するのであれば、神々の力を結集することも不可能ではないだろうし、そのほうが騎士団の名声や求心力を高めることによる力の増大よりも余程簡単なのではないか。

《汝はいま、こう考えている。聖皇に召喚された神は、我以外にも数多にいるはずだ、と》

「あ、ああ。その通りだ。あなた以外の皇神の力を借りれば、なんとかなるんじゃないのか?」

《残念だが、そう上手くはいかないのだ。我と皇神では、立ち位置が違う》

「立ち位置……? あなたも、皇神なんじゃないのか?」

 ミヴューラは、聖皇に召喚された神だったはずだ。皇神とは聖皇に召喚された神のことであり、ミヴューラは例外だとでもいうのだろうか。セツナの疑問に対し、ミヴューラは目を細めるようにした。瞼から漏れる光は、眩いばかりだ。

《そうだが、正確には違う。聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンは、神々を召喚したが、召喚された神々の中には、聖皇に反発したものもいる。そういった神々は、皇神との戦いに敗れ、封印された。我のように》

 つまりミヴューラは神卓に封印されていた、ということだろう。何百年もの間、神卓から呼びかけ続けていたのだ。それに応えたのがフェイルリングであり、フェイルリングを通して十三騎士を結成した、ということに違いない。フェイルリングがどうやって封印を解いたのかはわからないが。

《ほかにどれだけの神々が封印されたのかはわからぬ。だが、封印された神々が我に力を貸してくれるとは限らない。神々の多くは、本来在るべき世界に還りたがっている。ここは寄る辺なき異世界。本来の世界に土着していた神々にとって決して住みよい世界ではないのだ。そんな世界のために力を使おうなど、考えるものは少ない》

「では、あなたはなぜ、この世界を救おうと考えるんだ? どうして、聖皇の意に従わず、封印されたりしたんだ?」

 神は、本来あるべき世界に還りたがる。そう、ミヴューラはいっている。ならばなぜ、ミヴューラは還りたがらないのか。封印されていた間はともかく、フェイルリングによって解放されたいま、在るべき世界に還ろうとしないのはなぜなのか。

 ミヴューラは、厳かに告げてくる。

《我は救世神。ひとの願いによって産み落とされた救い神。ゆえに我はひとの世を救うのだ。我の存在意義とはそれであり、それ以外にはない。聖皇に従うは、その意に反する事なり》

「つまり聖皇はこの世界に害をなす存在だったってことか」

《歴史を見よ。聖皇に従いし六将がなぜ、聖皇を滅ぼしたのか。大陸の統一を否定し、己等の戦いさえも否定するような結末をなぜよしとしたのか》

「……なるほど」

 ラグナを一瞥するが、彼女は首を横に振るだけだった。やはり聖皇周辺の記憶ははっきりとは思い出せないようだ。しかし、これまでセツナが聞いてきた話では、聖皇六将が聖皇を裏切り、滅ぼしたということがあったのは確かだ。六将がなぜ聖皇を裏切ったのかまでは定かではなかったが、ミヴューラの話が事実ならば、聖皇がこの世界にとって害をなす存在だったからだという結論になるだろう。

《セツナよ。汝は、我らとともにこの世を救うべきだ。汝にはそれだけの力がある。黒き矛。魔王の杖。それさえあれば、我らの影響力はこの世界全域へと至るだろう。さすれば、この世を救うことも決して難しくはない》

 ミヴューラの長い腕が伸びてきたかと思うと、細い指がセツナの額に触れた。ラグナがなにかをいった気がする。聞こえなかったのは、神の指が額に触れた瞬間、音が聞こえなくなったからだ。声、息遣い、衣服が立てる音といった外の音も、血が流れる音や鼓動といった内の音も、一切、聞こえなくなってしまっていた。それだけではない。なにも見えなくなってもいた。目の前にあるべき神の姿も、神卓も、神卓を囲う騎士たちも、見えない。

 だが、不安も驚きも恐れも生じなかった。

 ただ、安心感に包まれている。

《世を救うのだ。セツナ》

 聞こえるのは、ミヴューラの聲だけだ。神の聲、脳裏に直接響き、心の底まで染み渡る。尊厳に満ち、気高く、清廉極まりない輝きを帯びた音。聞いているだけで心が安らぎを覚え、ある種の確信を抱きかねない。この聲に従っていれば、一切の不安を感じることなく生きていけるのではないか。

《この世には数多の命が息づいている。竜、巨人、魔、人間、獣、鳥、虫、魚、草木、大地――それら多様な生命を理由なく滅ぼしていいはずがない。生と死の循環を止めるべきではない。それがたとえただ無為に繰り返されるものだとしても、そこに意味はあるのだ》

 ミヴューラの聲は、ひどく、優しい。

 まるで大いなる母のようであり、女神の腕に抱かれているような安らぎがある。涙が出そうになる。いや、すでに流れていたとしても不思議ではない。それくらい、ミヴューラの影響というのは、大きい。

《生きているのだから》

 生きていることにこそ、意味がある。

 ミヴューラは、そういっている。

 だから、死ぬべきではない。

 滅ぼすべきではない。

 救うべきなのだ、と。

 またしても、世界が見えた。イルス・ヴァレと呼ばれる天地。茫洋たる青の中に浮かぶ数多の大地。そこに息づく多様な生命。鳥が空を舞い、獣が野を駆け、虫が地を這い、魚が水を泳ぐ。木々がざわめき、草花が踊る。濡れたような青空に白雲が流れ、降り注ぐ陽光が生命を賛美する。人間は城壁に囲われた街で肩を寄せ合い、皇魔の群れが大地を闊歩する。そんな世界。

 イルス・ヴァレ。

《我は救おう。ひとも魔も、分け隔てなく》

 ミヴューラの言葉には、疑念など生まれ得なかった。神の言葉は真実そのものであり、そこに疑いを持つことなど許されない説得力があった。本当にそう思っているからこその宣言なのだ。感動に打ち震えている自分に気づく。

 神様に直接声をかけられているのだ。

《そのために力を貸して欲しい》

 神様に求められたのだ。

 感動しないわけがなかった。

 感動のあまり即座に返答できなかったほどだった。


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