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第千四百三十三話 正義についての話をしよう・破(五)

「どうです?」

 フェイルリングの右手が、黒き矛の柄を握り締める。当然、ただ触れただけ、ただ握っただけでは逆流現象など起きるわけもない。それは同時に召喚武装による身体機能の強化や五感の拡張現象も発生しないことを示している。召喚武装の補助を受けるには、召喚武装から力を引き出すという意志が必要だ。その意志に応じて召喚武装は持ち主に力を与える。その代価として、持ち主は召喚武装に精神力を差し出すことになる。差し出した精神力とともに召喚武装の力の波が戻ってくることを逆流現象というのだ。逆流現象は精神力とともに持ち主に入り込んでくるため、精神を汚染し、破壊してしまうといわれている。ミリュウのようにほぼ完治するのは奇跡に近いとされている。

 フェイルリングに逆流現象でも起きれば、状況は大きく変わったのだが、さすがにそんなに上手くいくわけもない。

「応じていただけるのであれば、矛をお返ししますが」

「断るといったら、どうされるのです?」

「もちろん、矛は封印し、だれの手にも触れられないよう処置します。矛は、どうやらあなた以外には扱えぬようだ。扱おうとすれば、力に飲まれ、我を失いかねない。そうだろう? ケイルーン卿」

「……はい」

 話を振られたテリウスは、十三騎士たちの注目の中でただ静かにうなずいた。

「ケイルーン卿?」

「彼は、伯を捕縛後、黒き矛を使ってみたそうなのです。しかし、カオスブリンガーは彼に従わなかった」

(逆流現象が起きた……ということか)

 セツナは、そこでいろいろなことに合点がいく思いがした。ここ十数日、テリウスがセツナに対し、どことなく親切になっている気がしたのだ。ルヴェリスから、テリウスがセツナに妙な敵愾心を抱いていると聞いて警戒していたのに、そんなことは一切なく、肩透かしを食らった気分だったものだ。さっきもテリウスが妙に友好的だったのは、昨日の試合結果が理由ではない、ということだ。

 逆流現象によって、黒き矛を通してセツナの記憶に触れでもしたのだろう。ミリュウやマリクのように。

 ただ、ミリュウほどの後遺症はないらしく、その点では安堵した。テリウスがミリュウのようになられても、困惑するしかない。

「黒き矛カオスブリンガーは、いまのところ、あなたにしか扱えぬ代物なのでしょう。あなたが我々と協調しないのであれば、封印するしかありません」

「どうします? セツナ伯。黒き矛を取り戻すには、我々の同志になるほかありませんが?」

「……応じるもなにも、あなたがたの目的がわからなければ、返答のしようがない。この世を訪れる破滅って、いったいなんなんです?」

 まずは、そこからだ。

 アズマリアのようにはぐらかされたままでは話が進まない。もちろん、黒き矛は奪還するつもりではいたし、その方法も頭の中にある。フェイルリングが黒き矛を見せつけてくれたおかげで、十中八九、上手くいくだろう。問題は精神力が持つかどうかだが、持たなければ、そのときはそのときだ。ラグナに頼るだけのことだ。

 黒き矛の奪還に関してはそれでいいとして、問題は、騎士団の目的のことだ。

 騎士団の目的は、領土拡大などではないことは明らかだ。他国の内紛に介入することに力を入れているようだが、それもすべてではない。シドの話や、フェイルリングの台詞から朧気ながらに輪郭が浮かび上がってきているものの、全貌はまだ明らかではなかった。

 ちょうどいい機会だった。

 ここで騎士団の真意を明らかにすることができれば、色々と都合が良かった。もしその真意の中にガンディアと敵対するようなことが含まれていれば、帰国後、ベノアガルド対策に動き回る必要が出てくる。敵対する可能性がないのであれば、放置すればいい。ベノアガルドの動向に注意を払う必要がなくなるだけで動きが軽くなること請け合いだ。

 そして、なにより、騎士団の目的がわかるということは、アズマリアの目的も判明するかもしれないということなのだ。

 フェイルリングは、アズマリアの目的が自分たちのそれと同じか、近いものと見ているようなのだ。フェイルリング率いる騎士団の最終目標がわかれば、真意がわかれば、アズマリアの目的も見えてくるかもしれない。

「それも、そうよねえ」

「同胞に引き入れるのであれば、知っておいていただくのもありか」

「とはいえ、神卓が伯を受け入れてくださるかは別問題だ」

「神卓の間に入ることができた時点で、受け入れているも同然だろう」

「そういうものかねえ」

 神卓を囲む十三騎士たちの会話が聞こえる。セツナの提案を認めるものもあれば、否定的な表情を浮かべるものもいる。

(神卓)

 セツナは、騎士たちの会話の論点が目の前に鎮座する奇妙な卓に注がれていることを知り、神卓を見つめた。神卓が受け入れるだの受け入れないだの、どういうことなのか。そう疑問に想ったとき、ある考えがセツナの頭の中を過ぎった。

 神卓は、召喚武装なのではないか。そして、召喚武装である神卓の力によって十三騎士は強化されているのではないのか。そう考えれば、色々なことに辻褄が合う気がする。たとえば、十三騎士の絶大な戦闘能力は、召喚武装による身体能力の強化の延長だと考えれば納得できるし、十三騎士がそれぞれになんらかの能力を持っているのも、理解できなくはない。そういう能力を持った召喚武装が存在してもなんら不思議ではないからだ。

 召喚武装に常識は通用しない。

 異世界の武器防具だ。いや、武器や防具だけではない。装身具、はたまた門ですら召喚武装として呼び出され、大きな力を発揮するのだ。卓が召喚武装であることに疑問を抱くことはないし、その能力がどのようなものであったとしても受け入れるしかない。異世界の在り様に疑問を差し挟むことなどできないのだ。

 もちろん、それは神卓が召喚武装だった場合の話だ。違う可能性も十分にある。セツナがまったく知らないものであったとしてもおかしくはない。

「閣下」

「うむ」

 副団長オズフェルトの一言に、フェイルリングが厳かにうなずいた。そして、こちらに視線を注いでくる。

「それでは、セツナ伯。神卓の前へ、ご足労願えますかな」

 セツナはうながされた通り、神卓に歩み寄った。ルヴェリスとシヴュラの席の間にあるなめらかな凹凸の中に足を踏み入れ、フェイルリングを見遣る。

「ここで、いいんですか?」

「ええ。そのまま、神卓に触れてください」

「触れる……」

 セツナはいわれるまま、神卓に手を伸ばした。召喚武装かもしれないが、触れることに躊躇している場合ではなかった。なんらかの罠が仕掛けられている可能性は、考えなかった。フェイルリングがそのような姑息な手段を取る人物ではないことは、これまでのことからも明らかだ。ここでそんなことをするのなら、セツナがベノアに移送された直後、なんらかの手を使っているはずだ。それもせず、直接話し合う機会を設けられるまで待ち続けたのが彼だ。誠実で高潔な考えの持ち主なのだろう。そしてそれは、十三騎士の多くにいえることかもしれない。

 神卓の表面は、磨き上げられた鏡のように美しい。その表面に右手を置く。指先が神卓に触れた瞬間、セツナは、電流に意識を貫かれるような感覚を抱いた。目の裏に光が爆ぜたかと思うと、極彩色の世界が広がった。

 茫洋たる青が視界を埋め尽くし、数多の白波が風を感じさせる。大地が見えた。大海に浮かぶ唯一の大地。広々とした大地に息づく生命の声が聴こえる。数え切れないほどの生物が生まれ、育ち、老い、死んでいく。生命の周期。大地は色を変え、わずかに形を変え、雨に濡れ、風に吹かれ、また繰り返す。生まれ、育ち、老い、死ぬ。そういった一連の流れが延々と繰り返されていく。生命の循環。それこそ、この世界の正しい姿であり、あるべき姿なのだとでもいうように。だが、その本来あるべき世界は唐突に終わりを迎える。どこからともなく降り立った光が大地を引き裂き、砕き、滅ぼしていったからだ。大地は消滅し、海も消え、生命という生命は死に絶えた。世界そのものが塵となって消えたのだ。なにもかも。なにもかもだ。

 すべては無に還り、循環は止まった。

 胸に残るのはなんともいえない喪失感と虚脱感であり、気が付くと、頬を涙が伝っていた。頬を伝う熱量によって意識が現実に引き戻されたことを知る。目の前に広がっていた世界は消えて失せ、目に飛び込んでくるのは淡く輝く神卓であり、十三騎士たちのぼやけた姿だ。

「いまのは……いったい……」

 セツナは、神卓から手を離すと、袖で涙を拭った。何故涙がこぼれていたのか、自分ではまったくわからなかった。涙がでるほど哀しい光景を視たのは確かだ。しかし、それは一瞬のことだったし、白昼夢を見たに等しい出来事だ。なにも泣くことはない、と思う一方で、あまりに現実味を帯びた世界の終わりは、泣かずにはいられないほどに物悲しかったのも事実だ。

「視られたようですね」

 フェイルリングの言葉にうなずくと、ルヴェリスが静かにいってきた。

「やはり、あなたも選ばれたのね、セツナ伯」

「さすがセツナ伯ですね」

 とは、ハルベルト。なにがさすがなのかわからない。終焉の光景を視ることができたことがそれほど喜ばしいことなのか。

「なるほど、神卓も黒き矛のセツナを必要としたか」

「これなら、文句はありませんね?」

「ないな」

 シドの言葉にフィエンネルは軽く手を振って応えるのを横目で見て、フェイルリングに視線を戻す。 

「いま、セツナ伯が視られた光景こそ、我々が立つに至った原因であり、騎士団が救いを掲げる理由なのです」

「あれが……この世の破滅……」

 つぶやきながら、そうとしか考えられないと思い至る。幻視。幻覚。幻影。実際に目の前で起こった出来事ではないのだから、そういうほかない。だとしても、とてつもなく現実感があり、だからこそ胸に迫り、喪失感や虚脱感に苛まれたのだろう。

「そう。あれは我々が住む世界の滅びを意味する光景なのですよ」

「イルス・ヴァレの滅び……」

「ほう。この世が滅びるか。面白いことをいうものじゃな」

「ラグナ」

 振り向くと、柱にもたれかかっていたらしいラグナがゆっくりとこちらに近づいてくるところだった。長い足が地を踏むたび、翡翠色の髪と豊かな胸が揺れる。

「なんじゃ? まさかおぬし、あやつらのいうことを真に受けているわけではあるまいな?」

「いや……そういうわけじゃない。そうじゃないんだ」

 セツナは、ラグナに詰られて、即座に否定した。確かに極めて現実感のある光景ではあったが、それがこの世界の未来に訪れる光景だといわれても、信じがたいものがある。

(神卓の能力による幻視……)

 そうとしか、考えられない。

「信じられませんか」

「あの映像だけでは、とても」

 セツナは、フェイルリングに向き直った。ラグナが真後ろで足を止めるのを音と気配で認める。彼女がなぜセツナに接近してきたのかは、なんとはなしにわかった。護衛のためだ。

「ふむ……自分の目で視たことも信じられぬようでは、この先、思いやられますが……まあいいでしょう」

 フェイルリングは、黒き矛を椅子の背凭れに立てかけると、腰を上げた。そしておもむろに両手で神卓に触れる。すると、彼の両手から光が生じたかと思うと、波紋のように神卓全体に広がっていった。光の波紋が辿ったあとには不可思議な紋様が浮かび上がっていき、波紋が神卓の端から端まで到達すると、神卓の上に魔方陣が構築されたかのようになった。すると、十三騎士たちがつぎつぎと席から立ち上がり、その場に跪き始める。 

(警戒せよ)

(わかってる)

 セツナはラグナの囁きにうなずきながら、神卓に起きている変化を見届けるべく目を凝らした。

 神卓に浮かび上がった魔方陣の中から光が噴き出し、柱の如く聳え立って天井に突き刺さる。神々しい輝きの奔流の中になにか異様な気配でも感じ取ったのか、セツナの全身が泡立ち、震えが来た。その感覚は、神卓の間に入った瞬間に抱いた違和感に似ている。より鮮明で、より強烈になった感じだった。

《我を呼ぶか。フェイルリング》

 聲が、聞こえた。

「呼ばねば、納得しないようだ」

 フェイルリングが光の柱を見上げて、告げた。双眸から金色の光が漏れ、髪が風もないのに靡いていた。

《我が名はミヴューラ。この世を救うために生まれしものなり》

 光の柱の中で、それは、いった。

 セツナはそれを視た瞬間、かつてクルセルクで対峙した神のことを思い出した。


 

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