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第千四百三十一話 正義についての話をしよう・破(三)

「諸君、会議への参加、感謝する」

 フェイルリング・ザン=クリュースと思しき人物は、神卓の席につくと、十三騎士を見回していった。

 一言でいえば、大男だった。さすがにベインやドレイク・ザン=エーテリアには負けるものの、十三騎士の中でも長身に分類されるであろう高身長の持ち主であり、その身の丈に相応しい筋肉を持っていることは、制服の上からでもわかった。鍛え上げられた肉体は、彼自身が現役の騎士であり、前線にでてもほかの十三騎士と遜色なく戦えるということを示しているようだ。

 偉丈夫という言葉がこれほど似合う男もいまい。

 セツナは、彼をひと目見た瞬間から、ほかの十三騎士とは違うものを感じていた。圧がある。無論、相手がセツナに圧力をかけているわけではあるまい。フェイルリングの立ち居振る舞いには、そういったところは見られなかった。フェイルリング自身に備わった威厳がそう感じさせるのか。それとも、彼の眼力のせいかもしれない。

 超然としたまなざしは、超常的な力を備えた十三騎士の長に相応しいといっていいのかもしれない。眼の虹彩は金色で、それだけでも常人とは異なるように想える。北方人特有の雪のように白い肌には深い皺が刻まれており、長い金髪を後ろに垂らしている。表情、挙措動作、声音――どれをとっても、長者の風があり、セツナも緊張を覚えずにはいられない。

「此度、会議を開くこととした理由については知っての通りだ」

 そういって神卓に座した十三騎士を見回していく。

 神卓の席は、すべて、埋まっていた。

 つまり、十三騎士全員が今回の会議に参加しているということだ。ルヴェリス、ハルベルト、シヴュラ、シド、ベイン、ロウファは無論のこと、テリウス・ザン=ケイルーンの姿もあったし、ドレイク・ザン=エーテリア、カーライン・ザン=ローディス、ゼクシズ・ザン=アームフォート、フィエンネル・ザン=クローナらも着席している。

 副団長オズフェルト・ザン=ウォードは、おそらくフェイルリングとともに奥から入ってきた騎士のことだろう。灰色の髪と緋色の眼が特徴的な人物だ。

「セツナ伯の処遇について、ですね?」

「うむ」

 ルヴェリスの質問に、フェイルリングが厳かに頷く。すると、十三騎士の視線がセツナに集中した。懐疑的な視線を投げつけてくるもの、友好的なまなざしを向けてくるもの、面白がっているもの、十三騎士の立場によってその視線に込められる感情は様々だ。友好的な視線を向けてきたのは、シド、ルヴェリス、ハルベルト、それにテリウスくらいのものだ。テリウスがそのような反応を示すのは意外だったが、昨日の三十二連勝を認めてくれたということかもしれない。

 フェイルリングの目線がセツナのところで止まった。目と目が合う。黄金色の目。そのような目をした人物をひとり、知っている。アズマリア=アルテマックス。紅き魔人も、どこか超然としたところのある人物だった。

「わたしがベノアガルド騎士団長フェイルリング・ザン=クリュースです。セツナ・ゼノン・ラーズ=ケルンノール・ディヴガルド殿、以後、お見知りおきを」

「ど、どうも、こちらこそ」

 セツナがしどろもどろになったのは、こちらに向けられるフェイルリングの声音が想像以上に優しかったというのがある。すると、

「わしはラグナシア=エルム・ドラースじゃ。ラグナでよいぞ、フェイルリングとやら」

「お、おい、ラグナ……」

「なんじゃ?」

 セツナは、冷や汗を垂らしながらラグナの手を引っ張ったが、彼女はセツナがなぜそのような反応をしたのか、まったく理解できないという表情だった。セツナは、十三騎士の反応が怖くなったが、ラグナの言動を咎めたのは、ひとりだけだった。

「貴様、団長閣下に対してその無礼な態度はなんだ」

 ラグナの態度を怒ったのは、肌の浅黒さが特徴的な男だった。おそらくベノアガルド出身の北方人だけで結成されているはずの騎士団において、北方人特有の白い肌を持たない騎士というのは、めずらしかった。その身体的特徴と、制服に飾られた紋章から、彼がフィエンネル・ザン=クローナだということがわかる。

“双戟”のフィエンネルの紋章は、交差した一対の戟だ。

「む?」

「ほら……いわんこっちゃねえ」

 セツナは、十三騎士の剣呑な表情とラグナの憮然とした様子を交互に見て、頭を抱えたくなった。ラグナに礼節を教えていないわけではない。しかし、ドラゴンである彼女にしてみれば、嘘でも人間を敬うなどできることではないらしく、礼節を弁えるということがまったくできていなかった。セツナの主君たるレオンガンドに対しても鷹揚な態度であり、セツナがそのたびに注意しても、聞き入れてはくれなかった。たとえ主命であっても、生命の根源を揺るがすような真似だけはできない、らしい。

「礼がなっちゃいねえのは、間違いないな」

 面白そうに笑ったのは、ベインだ。その隣でシドが苦笑する。

「貴公がいえたことか」

「ルーファウス卿のおっしゃるとおりだな」

「てめえ」

 ベインは、神卓の上に身を乗り出して、シドを挟んだ反対側にいるロウファに拳を伸ばそうとした。ベインとロウファは、シドの席を挟むような位置にいる。ルヴェリスいわく、いつものことらしい。

「そういうところがだ」

「卿らは場をわきまえるという言葉を知らないらしいな」

 フィエンネルの怒りの対象がラグナからベインへと移った。ベインが助け舟を出してくれたわけではないだろうが、セツナは心の中で彼に感謝した。

「まあ、そういいなさんな。騎士団の人間でも、ベノアガルドの国民でもないものに、団長閣下への礼節を求めるのは、お門違いも甚だしいんじゃないか?ってことさ」

「お門違いだと?」

 フィエンネルが神卓に身を乗り出すと、フェイルリングが手で彼を制した。

「ラナコートの言は正しい。セツナ伯も、セツナ伯の従僕も、騎士団員ではないのだ。わたしは騎士団の長に過ぎぬ。騎士王などというのは、ただの言葉だ。騎士団は騎士団。それ以上でもそれ以下でもないのだ。ベノアガルドのひとびとに政治や国家運営を任されたから行っている。勘違いしてはならん」

 フェイルリングの穏やかでありながら威厳に満ちた声音は、ただ聞いているだけで胸を打ち、心に響くものがあった。打ち震えるほどではないが、感動しているのを実感する。

「我々は、騎士という肩書を持ったただの人間だ。この場合、ガンディアの領伯様のほうが目上の立場といってもいい。そうは思いませんか? セツナ伯」

「え、えーと……」

 セツナは返答に窮してルヴェリスを一瞥した。彼は、どこか面白そうな表情で成り行きを見守っているという様子であり、手助けしてくれる気配はなかった。確かに、肩書、位の上ではセツナのほうが目上なのかもしれないが、捕虜という立場のことを考えると、そういうわけにもいかないのではないか、と思うのだ。

「そうじゃろうそうじゃろう。わしのセツナはおぬしらなどより何倍も偉いのじゃ。ひれ伏すがよいぞ」

「いいから黙ってろよ」

「なぜじゃ――」

 セツナは、まだなにか言い放とうとするラグナの口を手で塞ぐと、もう片方の腕で彼女の体を抑えこんだ。それから、呆気にとられている騎士たちに向かって謝罪する。

「……わたしの従者が無礼を働いたこと、平にご容赦を」

「いや、先もいったように、気にしてはおりませんよ。我々は位や肩書のために革命を起こしたわけではない。ただ、国のため、国を成す民のために行動を起こしただけに過ぎない。敬われ、尊ばれることに喜びを見出すほど、愚かではありません」

 フェイルリングの言葉は、これまで散々聞いた騎士団の理念に合致するものだ。騎士団は、救いのために行動する組織であり、利益を得るために活動することなどありえないという。それこそ、綺麗事と斬って捨てられるようなことばかりが、騎士団の理念となっており、行動指針となっているというのだ。そしてそれらは、これまでの彼の行動によって裏打ちされている。

 少なくとも、アバードの動乱における騎士団の介入は、騎士団にとってなんの利益もないものだった。戦後、アバード政府と騎士団の契約内容が明らかになったが、その契約書においても、報酬などはなく、遠征費用さえ騎士団の自費ということだった。もっとも、アバード政府もさすがにそこまで騎士団に頼ってはいられないということで、遠征費くらいは肩代わりしたようだが。

 ともかく、騎士団は、ベノアガルドの利益のために戦っているわけではない、というのは嘘ではなかった。もちろん、セツナの知っている範囲では、だ。知らないところで利益を得ている可能性もある。しかし、シドやルヴェリスといった十三騎士との触れ合いを通して、騎士団が理念とはかけ離れた行動を取っているとは思えなかった。

「セツナ伯、あなたは、どうです?」

「俺……わたしは……」

 セツナは、考え込みながらラグナを解放し、後ろに下がらせた。なにもいわなかったが、ラグナが距離を取ってくれたことで、伝わったことがわかる。彼女は、以前から空気を読む能力に長けている。最初から空気を読んでいてほしかったとは、いうまい。

 考える。

 フェイルリングの話したことは、セツナの考えに近い。

「同じ……いや、少し違いますけど、似たようなものですよ」

「ふむ」

「わたしも、名誉や報酬のために戦っているわけではありません」

 領伯や王宮召喚師という称号や位が欲しくて戦ったことなど、一度だってなかった。

 最初からだ。

 最初から、そういうものが欲しくて戦ったわけではない。

 金も、名誉も、栄光も、地位も――なにもかもあとからついてきたものにすぎない。そういうものが欲したとすれば、セツナはもっと多くのものを得られたかもしれないのだ。

「では、なんのために戦ってこられた。調べたところ、あなたの戦歴は凄まじいものがある。およそ、常人にはなし得ない戦果を積み重ねられてこられた。想像を絶する死線の数々。見返りも求めず、続けられるものでもありますまい」

 フェイルリングの言葉は、正論だろう。この戦国乱世、いやたとえこの世が乱れていなくとも、なんの見返りも求めず、戦い続けるものなど、そういるものではない。実際、セツナもなにも必要としなかったかといえば、そうではなかった。

「……居場所」

「居場所?」

「わたしが欲したのは、居場所なんですよ」

 セツナが告げると、フェイルリングは、なるほどとうなずいた。

「寄る辺なき異世界に居場所を求めた結果、ガンディアの英雄となった、ということですか」

 フェイルリングが発した言葉を理解したとき、セツナの中に警戒が生じた。

「……なぜ、それを?」

 セツナが異世界の存在であるということを知っているのは、ガンディアでもごく一部の人間だけだ。


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