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第千四百二十九話 正義についての話をしよう・破(一)

 大陸暦五百三年五月二日。

 ベノアガルド首都ベノア、ベノア城神卓の間にて、十三騎士全員出席の会議が行われるこの日、セツナはだれよりも早く目を覚ました。

 おそらくフィンライト邸に務める執事、使用人たちよりも早い目覚めだっただろう。

 窓の外は真っ暗で、遠くで星々が瞬いていた。空気はひんやりとしていて、肌寒く、夜風に震えなければならないほどだった。

 午前三時。

 早朝というよりは、深夜といったほうがいいかもしれない。

 なぜそんな時間帯に目覚めてしまったのか、自分でもよくわからなかった。

 夜は、眠れた。

 今日のことを考えると、寝付けないかもしれないと思ったものだが、わりとあっさりと眠りについてしまっていた。疲労のせいかもしれない。都合、三十三人の相手と戦ったのだ。疲労も蓄積するだろうし、体も眠りたくなるだろう。

 夢は、見なかった。

 気がつくと、目が覚めていた。心地よい眠りとはいえないものの、目覚めはすっきりとしたものだった。筋肉痛も残っていない。三十三連戦の後、ラグナにたっぷり指圧してもらったからというのもあるだろうが、普段の鍛錬が功を奏しているということもあるはずだ。

 そんなことをぼんやりと考えながら、ほかにだれもいない部屋の中で、ぼんやりとしていた。

(今日か)

 通称、神卓会議と呼ばれる会議が行われる。

 その場には、現在、ベノアに滞在中の十三騎士が勢揃いする決まりになっており、もちろん、騎士団長フェイルリング・ザン=クリュースも出席することが確定している。フェイルリングは、シドたちがセツナの手から奪い取った黒き矛を管理しており、黒き矛を取り戻すには、フェイルリングと直接話し合う以外に方法はなかった。交渉したところで、応じてくれるかどうかはわからない。しかし、ほかに方法がない以上、交渉の場に赴くしかないのだ。

 フェイルリング・ザン=クリュースの人物像については、ルヴェリスやシャノアからつぶさに聞いている。

『一言でいえば、厳格なひとよ。理想主義者で夢想家で、革命家。でも、現実を見据え、一歩ずつ、着実に前に進もうとしている辺り、ただの空想家なんかじゃないのよ』

『革命は性急過ぎたとは思うが……仕方がなかったのだろうな』

『そうよ。仕方がなかったの。当時、ベノアガルドは腐敗しきっていたもの。国民も困窮し、国に救いを求めたけれど、国は動かなかった。だから、閣下みずから立ち上がるしかなかった。結果、同胞同士剣を取り合い、血を流すことになったとしても、ほかに方法はなかったのよ』

『そして、閣下は革命を成し遂げられた』

『ベノアガルドは変わったわ。少なくとも、腐敗していた当時からは考えられないくらいに持ち直し、国民は困窮から救われたのよ』

『それもこれも、高邁な理想を掲げられる閣下がおられてこそなのだ』

 そういったルヴェリスとシャノアの説明からは、フェイルリングは高潔で公明正大な人物だということしかわからなかった。セツナがふたりの言葉を額面通りに受け取ったのは、ベノア滞在中、ルヴェリスとシャノアが信頼に値する人物だということを知ったからだ。ふたりは、セツナとラグナに親身になってくれていた。ルヴェリスは、ふたりに衣服を用意してくれた上、様々な便宜を図ってくれ、シャノアはラグナに女性らしい挙措動作、振る舞いを教えてくれたりしたのだ。捕虜という立場でありながら、ここまで厚遇されるなど、通常考えられることではない。

 セツナは、心からふたりに感謝していた。ルヴェリスとシャノアがなぜそこまで親身になって世話を焼いてくれるのかはわからなかったが、ふたりのおかげで、フィンライト邸でのこの十数日は忘れ得ぬものとなった。

 また、ベノアガルドに関する様々な情報を仕入れることができたのも、ルヴェリスたちのおかげだ。セツナが軽挙妄動を戒めることができたのも、ルヴェリスの忠告あったればこそだ。

 ルヴェリスだけではない。

(十三騎士……) 

 ベノアガルド騎士団の幹部たち。

 そのうち何名かは、暇を見つけてはこの屋敷を訪れ、セツナは彼らと様々な話をしている。シド・ザン=ルーファウス、ロウファ・ザン=セイヴァス、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート、テリウス・ザン=ケイルーン、シヴュラ・ザン=スオール、ハルベルト・ザン=ベノアガルド。

 中でもよく顔を見せたのは、ハルベルトだ。十三騎士最年少の彼は、セツナと年が近いこともあってなのか、それとも元々の性格がそうなのか、やたらと親しげに接してきたものであり、セツナは少しばかり困惑したものだった。サントレアの戦いで切断したはずの指が何事もなかったかのように再生していたことには驚いたが、十三騎士の特異な能力から考えればそのくらいできても不思議ではないのかもしれない。そして、そんなことが簡単にできてしまうものたちと戦い、生き残ることができたのは、幸運というほかないということも、わかる。

 いくら黒き矛の力が絶大であっても、複数名の十三騎士を相手にすれば、押し負けうるのだ。その上、セツナが戦った十三騎士のうち、本気を出したのはシドだけだった。そのシドひとりにしてやられている。黒き矛を奪還するためとはいえ、十三騎士全員を相手に戦うなど、土台無理な話だ。

 ルヴェリスの忠告に従い、交渉の機会を待ち続けたのは正解だったということだ。

 待ち続けている間、焦りや苛立ちを抑えるのが大変だったが、その分、セツナは、ハルベルトなどと触れ合う中で、騎士団がどういう組織なのかということを改めて知ることができ、そういう意味では有意義だった。騎士団が真に世界平和を求め、救いのために活動しているということも、知った。だからといって、騎士団の行動のすべてを肯定できるわけではないし、騎士団の正義がガンディアにとっての邪義となりうることもあるということは、承知している。

 それでも、セツナは十三騎士たちと知り合えたことは、悪いことではないと想った。

 視界が明るくなり、世界が広がった感覚がある。

 この世界には、様々な考え方を持ったひとびとがいる。正義はひとそれぞれだ。国を守ることを正義と考えるひともいれば、国を拡大することこそ正義と考えるひともいる。騎士団のように、だれかの救いの声に応じることこそ正義と判断するひとたちもいれば、他者を滅ぼすことに正義を見出すものもいるだろう。人間を滅ぼすことこそが正しい行いだと考える皇魔たちのように。

 思想は、多種多様にして千差万別。

(俺は……どうだ?)

 そんなことを考えている内に、朝が来た。朝になると部屋の外が騒がしくなる。いつものようにだ。どたどたと周囲の迷惑も顧みず走り抜ける足音が聞こえたかと思うと、セツナの部屋の扉が力強く開け放たれる。そして飛び込んでくるのは、明るく元気な第一声だ。

「おはようございます、御主人様……なのじゃ!」

 彼は、目覚めの挨拶とともに室内に飛び込んでくる翡翠色の髪の美女を認め、目を細めた。ラグナは、フィンライト邸での暮らしによって、従僕として自覚を持った生活習慣を身につけ始めていた。それもこれもシャノアの厳しい教育と執事や使用人たちの協力があったからであり、また、ラグナが人間態である以上、レムのような従者になりたいと言い出したからだった。その際、ラグナはこういったものだ。

『先輩の代わりを後輩が務めるのは道理と聞いたからのう』

 レムを先輩と慕うラグナらしい発言には、心が暖かくなったものだ。

「ああ、おはよう」

 セツナが挨拶を返すと、彼女は扉を開けっ放しにしたまま、がっくりと肩を落とした。もちろん、彼女は寝間着などではない。ルヴェリス特製の露出の多い衣服だ。

「なんじゃ……起きておったのか。つまらぬのう」

「なにがだよ」

「おぬしを布団の中から引きずり出すのが面白いのに」

 身振り手振りで落胆ぶりを示してくるドラゴンに、セツナはなんともいえない気分になった。

「それのどこが面白いんだよ」

「そうじゃな。寝ぼけ眼のおぬしは、なかなかに哀れでな」

「哀れってどういうことだよ」

「ふふふ……」

 なにやら含みのある笑いを浮かべながら迫ってくるラグナには、半眼を向けるしかない。

「笑ってないで教えろよ」

「いーやーじゃ、教えぬ!」

「なんだよ」

 従者という立場も忘れて飛びかかってきたラグナを寝台の上でかわしたものの、すぐさま長い腕に絡みつかれ、振りほどこうとしたときだった。

「あらあら、朝から仲睦まじいわね」

「まったく、騒がしいな」

 開けっ放しの扉の向こうから、ルヴェリスとシャノアがこちらを見ていた。シャノアの台詞から、ラグナの足音に引き寄せられてきたということがわかる。

「あ、ルヴェリスさんにシャノアさん。おはようございます」

 セツナは、すかさず朝の挨拶をした。時計の針はまだ六時を回ったところだ。六時に叩き起こしに来るラグナはまだしも、ルヴェリスとシャノアが起床するには早すぎる時間帯に思えた。

「おはようございます、セツナ伯」

「おはようございまず」

 ルヴェリスもシャノアも、セツナに対しては賓客を遇するような態度を取る。セツナがガンディアの領伯という立場にあり、騎士団としてもセツナを丁重に扱うことになっているから、らしい。また、たとえ捕虜であっても同じ人間として扱う、というのは騎士団の規則でもあるという。相手が罪人であっても慈悲の心を忘れてはならない、というのがフェイルリングの教えであり、それが騎士団の基本理念のひとつにもなっているのだ。

 もっとも、セツナたちが厚遇されているのは、騎士団の基本理念以上に、十三騎士の思惑が絡んでいるからにほかならない。

 シドはいまも、セツナを同志に引き入れようと考えており、そのために奔走しているらしい。セツナにとってはありがた迷惑というほかない。セツナがシドや騎士団の同志になることなど、万にひとつもない。セツナはガンディアの人間なのだ。ガンディアがベノアガルドと協力関係を結んだのであればまだしも、敵対している以上、力を貸すことなどありえないのだ。

「めずらしいとお思いでしょう?」

「え、ああ……まあ、そうですね」

 セツナは、ルヴェリスの微笑を見ながら、しどろもどろになった。ルヴェリスもシャノアも寝間着ではなく、きちんと着替えている。ルヴェリスは女性ものの衣服を、シャノアは男性ものの衣服をそれぞれ着込んでいる。そんなふたりが並んで立っているところを見ると、なんとも不思議な感覚に襲われる。ルヴェリスは男で、シャノアは女なのだ。まるで性別と格好が反転しているのだ。

 格好だけではない。言葉遣いや立ち居振る舞いも、逆転しているようだった。

「朝に弱いからな、ルヴェリスは」

 横目にルヴェリスを見るシャノアの容貌は、男前という言葉がよく似合った。女性なのだが、男装の麗人とでもいうべき要素が多分に含まれている。対するルヴェリスの表情には、妖艶ささえ漂っているのだから不思議だった。

「あなたもでしょ?」

「なにをいう。わたしはルヴェリスに合わせているだけだぞ」

「あらそうだったの? それは知らなかったわ」

 ルヴェリスが驚くと、シャノアが微笑む。

 そこへラグナがごそごそと動き、セツナの後ろから顔を出してくる。

「ふたりとも、本当に仲良しじゃの」

「な、仲良し?」

「寝るも起きるも同じ。屋敷にいるときはほとんどつきっきりではないか。それを仲良しと呼ばずして、なんと呼ぶのじゃ?」

「そ、それはそうかもしれんが……」

 シャノアが突如としてしどろもどろになるのが、セツナには不思議だった。シャノアは常に凛然としており、そういった隙を見せることはほとんどなかったからだ。少なくとも、初対面のとき以来、セツナの前で彼女が隙を見せたことはなく、そういうシャノアの反応は極めてめずらしい。

「そりゃあ仲良くもなるわよ。愛し合っているのだし」

「愛し――」

 ルヴェリスがさらっと言い放つと、シャノアが衝撃を受けたように硬直した。そして、そのまま床に崩れ落ちる。

「あら」

「シャノアさん!?」

「どうしたのじゃ?」

「……そういえば、シャノアったら、直接的な愛情表現、苦手だったわ」

 シャノアの長身を抱きかかえたまま、ルヴェリスは他人事のようにつぶやいた。

「はは……」

「笑うところなのか?」

 ラグナの疑問はセツナの頭上を通り抜けていった。

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