第千四百二十八話 セツナとラグナ
頭痛がする。
脳天を撃ち抜かれたような痛みが、ゆっくりと寄せては返す波のように襲ってきて、セツナは瞼を開けた。ぼんやりとした視界に飛び込んでくるのは翡翠色の髪であり、宝石のような綺麗な瞳だった。不安そうな表情が一瞬にして変化するのを見逃さない。意識も定かではないのに、それだけはわかる。彼女を不安にさせてしまったことが、なぜか罪悪感として胸を締め付けた。
「やっと起きたか」
「ラグナ……」
名を呼ぶと、彼女は突然むすっとして、軽く額を叩いてきた。
「いくらなんでも寝すぎじゃ」
「痛い」
などと痛がると、ラグナは慌てて顔を近づけてきた。
「す、すまぬ……まだ、痛いかの?」
「ああ……」
冗談だといえないくらいのラグナの調子に、セツナは、視線を逸らした。そこではたと気づく。寝台の上に寝かされているらしい。
「ここは……?」
「おぬしの部屋じゃ」
「あれ……ってことは、俺、どうなったんだ?」
ついさっきまでフィンライト邸の訓練場で試合をしていたはずだ。戦っていた相手はベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート。一対一の状況。防具の上から木剣を叩きつけられたはずなのに、鉄の棒で殴りつけられたような衝撃を受けた記憶がある。ただ、それ以降の記憶は曖昧で、なぜ自分が寝台の上にいるのか、そしてなぜ人間態のラグナが枕の横にちょこんと座っているのか、まったくわからなかった。
ラグナが近づけていた顔を離すと、口を開いた。
「負けたのじゃ。あやつにの。ベインといったか……ひとの子の名前は覚えにくくてかなわんな」
「……負けたのか」
納得はする。脳天に一撃をもらってからの記憶がないのだ。その一撃がベインの勝利に繋がったのだ。気を失い、転倒したのであれば、ベインに勝利点が加算されるのは当然の話だ。競技試合の規定通りの結果だ。反論の余地もない。
ベインの高速の斬撃に反応さえできなかった以上、なにをいっても負け惜しみにしかならない。
未だ疼き、痛みを訴える頭頂部に手で触れる。瘤はできていないし、傷もなかった。
「じゃが、案ずることはないぞ。おぬしが強いことは、わしが一番知っておる」
「慰めてくれるのか」
「だ、だれが慰めておるものか。ただ事実をいっておるだけじゃ」
「でも、負けたんだろ。それも事実だ」
「じゃ、じゃがのう……」
「俺は、自分を弱いだなんて想っちゃいねえよ」
セツナは、上体を起こすと、己の両手を見下ろした。木槍を握り、数十人の騎士と戦った記憶が手に残っている。
「少なくともそこらの騎士には、黒き矛なしでも勝てるってのがわかったんだ」
自信がついたのは、間違いなかった。
昨年の御前試合は、様々な思惑が絡んでいたこともあって、優勝したのが自分の実力かどうか疑わしいところも大いにあったが、先程の試合は、違う。ベノアガルドの騎士団騎士たちは、皆、本気でセツナを倒すつもりだった。それもそのはず。セツナを打ち負かしたものには、テリウス直々に賞金が与えられるということであり、騎士たちは賞金目当てに躍起になっていた。テリウスとしては、騎士たちに本気を出させることでセツナの実力を測りたいという思惑があったのだろうが、そのおかげでセツナは自信を持つことができたのだ。
テリウスには、むしろ感謝しているくらいだった。
「それだけでも良かった」
「そういうものかのう」
「そういうもんだ」
無論、百人抜きができず、騎士団長との会見が先送りになってしまったことは残念と思うほかないし、一刻も早く黒き矛を取り戻し、ガンディアに帰りたいという気持ちに変わりはない。しかし、結論を急いでも仕方がないということもわかりきっている。フェイルリング・ザン=クリュースが黒き矛を管理しているというのだ。フェイルリングと直接交渉し、取り戻す以外に道はなく、そのために無茶をしたところでどうなるものでもない。
十三騎士とベノアガルドの騎士団全員を相手にする覚悟がいる。いや。
(覚悟だけじゃあどうしようもねえってことだ)
ベノアガルドそのものを敵に回すことくらい、どうということはない。元々、ベノアガルドはガンディアにとっても敵のようなものだ。たとえ無事に黒き矛を取り戻すことができて、セツナがガンディアに帰国を果たせたとしても、ガンディアとベノアガルドの関係が良化するわけでもない。敵対関係が変わらない可能性も大いにある。
そのことそのものは問題ではないのだ。
問題は、ベノアガルド全軍を相手に戦ったところで、万にひとつの勝ち目も見えないことだ。
サントレアでの戦いを振り返ればわかるというものだ。黒き矛の力を最大限引き出しても、シドひとりにさえ勝てなかった。ましてや黒き矛を奪われているいま、十三騎士全員を相手にするなど不可能なのだ。
ここはおとなしく、奪還の機会を待つしかない。
「……なんにせよ、無理はせぬことじゃ」
「ん?」
ラグナが突如としていってきたことに、セツナは違和感を覚えた。さっきもそうだが、彼女がセツナのことを気遣ってくれること自体、めずらしいことだ。いつだって偉そうにふんぞり返り、上から目線で忠告してくることはあっても、心配気味にいってくれるようなことは、あまりなかった。
「おぬしは、己の力量を知っておりながら、無茶ばかりをするからのう。先輩も心配しておったし、そんなおぬしじゃから、わしがお目付け役に選ばれたのじゃ」
「レムが心配? お目付け役?」
セツナは、きょとんとした。ラグナがそういったことをぶつけてくること自体、らしくなかった。
「先輩だけではないぞ。ファリアもミリュウも、シーラやセンセーだって、心配しておる。大きな戦いを終えるたび、おぬしは傷だらけじゃ。おぬしはひとの子。わしとは違うのじゃ。そんな戦い方ばかりしていれば、いずれ――そう遠くない将来、命を落とすことになりかねんぞ」
「……わかってるよ」
「わかっておらんから、いうておるのじゃ」
「わかってるって」
「むう……全然、わかっておらんな」
ラグナが胸の前で腕を組み、難しい顔をした。そんな彼女のふくれっ面を見つめながら、胸中でつぶやく。
(わかってるさ。それくらい)
肉体に負担を強い、精神を浪費し、命を削るような戦いを続けてきたのだ。戦後、その反動が疲労となって現れ、しばらく眠り続けることが多々あった。そのたびにファリアやミリュウたちに心配をかけ、不安を抱かせていたことも知っている。無理はしないで、と、ミリュウやファリアに何度いわれたことか。そのたびにわかっているといい、それでも、無理をしなければならない場面がくればそうせざるをえないといったものだ。
(でもさ、けどよ、無理をしなきゃ、無茶をしなきゃ、どうにもならないときだって、あるんだぜ?)
セツナの代わりは、いない。
黒き矛は一振りしかなく、使い手もひとりしかいないのだ。ほかに使いこなせるものがいるのであればまだしも、現状、セツナ以外のだれにも使いこなせはしない。セツナですら、すべての力を引き出せているわけではなかった。それほどに強力な召喚武装。使わず、秘匿している場合などではない。
「もう、よい」
ラグナが、鼻息も荒く、組んでいた腕を解いた。そして、予想だにしないことをいってきた。
「こうなったら、わしが徹底的におぬしを護ってみせる」
「お、おお?」
セツナが呆気にとられていると、ラグナは、勝ち誇ったような顔で続けてきた。
「ふふん。後悔しても遅いぞ。これから先は、セツナがなんといおうと、わしがおぬしの命を護りぬくからのう。覚悟しておくのじゃ」
ラグナはそういうと、人差し指を突きつけてきた。細く長い指は、人間の指を完全に再現している。セツナはそんなラグナの右手に左手を重ねた。ラグナの手がわずかに震える。
「……ラグナ」
「な、なんじゃ? い、いうておくが、おぬしがどのような命令を下したところで、わしの決意は覆らんぞ。たとえそれが御主人様の命令であってもじゃ」
「いや、そうじゃない。そういうことがいいたいんじゃない」
もっと、大切なことだ。
「ただ、ありがとう」
それは、本当の気持ちだ。彼女の気遣いや忠告には、感謝するしかなかった。彼女だけではない。皆に、同じ想いを抱いている。周りにいるだれもが自分のことを本当に心配し、身を案じてくれているのだ。そのことを感謝しない日はなかったし、だからこそ、戦えるともいえる。だからこそ、自分の居場所を守ろうと想える。
自分を認め、必要としてくれるひとがいるからこそ、セツナは今日を生きていられるのだ。
ラグナは、セツナの反応に驚いたらしい。目をぱちくりさせると、視線を彷徨わせた。
「……な、なんじゃ、感謝されるようなことではないぞ。わしはただ、従僕としてじゃな」
「従僕だからといって、感謝しないわけにはいかないんだよ」
「じゃ、じゃったら、先輩にも感謝するんじゃぞ? わしを護衛につけたのは、先輩の独断なのじゃからな」
「ああ、わかっている。戻ったら、感謝の言葉を伝えるよ」
「そ、それならば、良いのじゃ」
ラグナははにかむと、無造作にセツナの懐に飛び込んできた。勢いよく寝台の上に押し倒される形になる。彼女はセツナの上になると、しばらくきょとんとしていた。
「どうしたんだ?」
「そうじゃった。人間の姿になっておったのじゃったな」
「忘れてたのかよ」
おそらく、ラグナは小飛竜のころの感覚で、セツナの頭の上にでも飛び乗るつもりだったのだろう。
ラグナは、セツナの上に伸し掛かってくると、胸の上に頭を乗せてきた。ミリュウがセツナの寝室に忍び込んできたときなど、よくやっていた寝方を真似ている、らしい。ミリュウは、セツナの心臓の音を聞くために胸に耳を当てているというのだが、ラグナはただ真似ているだけで、理由はあるまい。
「……のう、セツナよ」
「ん?」
「しばらく、このままでいいかのう?」
「ああ」
ラグナに心配をかけた手前もある。
セツナが彼女を邪険にできるわけもなかった。
彼女から、石鹸のにおいがする。ラグナは、人間態を維持するようになってからというもの、風呂浴びが好きになったらしい。小飛竜のころは、そうでもなかったというところを考えると、浴室では裸でいられるからなのかもしれない。服を着ることに慣れたとはいえ、ドラゴンとしての本能が全裸でいたいといっているのだろう。
そして、風呂に入れば、石鹸を使って体を洗うことを忘れないのが彼女だった。浴室の使い方に関しては、ルヴェリスの婚約者であるシャノアに教わっており、そのとき、体を洗うことも学んだという。なんでも、セツナに嫌われたくなければ、丹念に体を洗うことだ、といわれたらしく、ラグナはシャノアの言いつけを堅く守っているようだ。
ラグナのそういうところは健気で、可憐だとさえ想える。
「撫でてはくれぬのか?」
不意に尋ねられて、セツナは彼女を見下ろし、どきりとした。ラグナの上目遣いが妙に色っぽかったからだ。宝石のように美しい目が、濡れたように輝いていた。
「あ、ああ……そうだな」
セツナは、ラグナの後頭部に手を乗せ、優しく撫でた。それだけで彼女は嬉しそうにはにかみ、再び彼の胸に顔を埋めるようにするのだ。ラグナは、小飛竜のころから、セツナに撫でられるのが好きだった。人間態になっても、変わらないらしい。セツナとしては、美女の体を撫でるというのは、いくら本質的にはドラゴンなのだということがわかっていても、御免被りたかったが、ラグナへの感謝を態度で表すには、こうするよりほかなかった。
髪を撫でつけるように後頭部から項へ至り、首筋から背中を撫でる。しとやかな肌は、どこか冷たい。人間態であっても、体温は上がらないらしい。
そんなときだった。
突如として部屋の扉が開き、セツナはぎょっと起き上がった。すると、半開きになった扉から白髪の男が顔を覗かせ、こちらを一瞥して扉を閉めようとした。
「失礼……ああ、取り込み中でしたか。本当に失礼を――」
「いやいやいやいや、なにを勘違いしているんですか!」
「勘違い? なんじゃ?」
ラグナのきょとんとした一言を背中で聞きながら、彼女を押しのけて立ち上がり、寝台から飛び降りる。ラグナが不服そうな声を漏らしたが、聞き流す。
「そうは思えませんでしたがね」
「ルーファウス卿って、冗談もいえるんですね」
セツナが半眼になると、さすがのシドも苦笑を浮かべてきたのだった。
「しかし、返事も待たず扉を開けるのはどうかと想いますよ」
セツナがシドに対してそんな風に文句をいったのは、彼を室内に迎え入れ、椅子に座ってからのことだった。
シド・ザン=ルーファウスは、訓練場で目撃したときと変わらない格好だ。青と白を基調とした騎士団の制服は、目にも鮮やかで、清々しささえ感じさせた。
セツナはというと、ルヴェリスから貸し与えられていた衣服を着込んでいる。ルヴェリスがセツナの体型に合わせて縫製した一品物であり、セツナの象徴色である黒を基調に赤や白といった色彩が織り込まれている。
「失礼しました。フィンライト卿に了解を取ったのですよ。連絡がいっているものだと想っていたので、つい……」
「フィンライト卿から?」
セツナは、ふと気になって、目でラグナを探した。ラグナは、部屋の奥でお茶の準備をしているはずだった。彼女も、ルヴェリス製の衣服を身につけているのだが、ルヴェリスがラグナの注文を聞き入れたため、肌が露出している面積が多く、目のやりどころに困ること請け合いという格好になっていた。胸元や腰回り、背中などが大きく開けられているのだ。それでもまだまだ物足りないというラグナだったが、ルヴェリスいわく、これ以上布の面積を減らすのは様々な意味で危険すぎるということで、彼女も渋々着ているという有様だった。
ラグナは、衣服をすべて脱ぎ捨てて、裸のままでいるほうが楽なのだ。人間態に変身しているとはいえ、本質的にはドラゴンなのだから当然といえば当然だろう。ドラゴンは衣服も防具も必要なければ、羞恥心も存在しない。裸でいることで彼女が損をすることはない。しかし、彼女に害はなくとも、セツナや周囲の人間にはある意味で有害であり、そういう観点から、セツナはラグナに服を着ることを命じていた。そういうとき、彼女が下僕で良かったと心から思うのだ。
主命には、基本的に逆らおうとはしないからだ。
ちなみに、ではあるが、ラグナはこの十数日に及ぶフィンライト邸での日々で、服を着ていることにも、人間らしく生活することに慣れており、いつもセツナに対しレムが行っているようなことはできるようになっていた。着替えの手伝いや、お茶を淹れたり、寝所を整えたりすることも、フィンライト家の執事や使用人たちから色々聞いて、学んでいた。
『従僕なれば当然のことじゃろう?』
セツナの質問に対し、彼女は勝ち誇るように胸を反らしたものだった。
「連絡なんて、なかったよな?」
「連絡?」
ラグナが、お茶の容器を手にしたまま、こちらを振り向く。翡翠色の髪が揺れる様は、綺麗というほかない。彼女は視線を彷徨わせながら考え込むと、思い出したように口を開いた。
「あー……そういえば、ルーファウスとかなんとかいうのが来るといっておったな」
「あったのかよ!」
「む?……なんじゃ、わしが悪いのか?」
「どう考えてもおまえが悪いに決まってんだろ」
「むむ? よくわからんのじゃ」
茶盆を手にし、こちらに向かってくるラグナに対し、セツナは頭を掻きながら口先を尖らせた。
「ルヴェリスさんからの連絡なら、俺に伝えろってことだよ」
「伝えるもなにも、おぬしはついさっき起きたばかりではないか」
「それもそうだけど、さあ」
そういわれれば、返す言葉もない。
ついさっきまで意識を失って眠っていたのだ。そして、目が覚めれば、彼女がそのことを伝える暇もないまま、時間が過ぎ、シドがやってきた。
「まあ、よろしいではないですか。実害はなかったのです」
「そりゃあ、そうですけど……」
「まあ、時と場所をわきまえるべきだとは、想いましたがね」
「ですから!」
セツナは、シドの誤解を解こうと必死になった。ならなければならなかった。シドは、明らかに勘違いをしている。セツナがベノアガルドに囚われている間、ラグナといちゃついていた、などという話が風聞となってガンディアに届けばどうなるか。それこそ、血を見るようなことになりかねない。ファリアはともかく、ミリュウは怒りを爆発させてくるだろう。
すると、ラグナが茶盆を置き、茶器をふたりの前に並べながら顔をしかめるのだ。
「まったく、今日の御主人様は、騒がしゅうてかなわんのう」
「だれのせいだよ!」
「わしのせいか?」
「そうだよ!」
セツナは叫んだが、ラグナには伝わらないままだった。
「それで、用件は?」
セツナは、お茶で喉を潤し、心に落ち着きを取り戻してから、シドに尋ねた。北方産の茶は、南方産の茶よりも薄い上、甘みが強く、砂糖でも入っているのではないかと思うほどだった。心を落ち着かせるには、ちょうどいいかもしれない。
「ラナコート卿の非礼を、彼に代わってをお詫びしたいと想いましてね」
「非礼? そんなこと、ありましたっけ?」
「ケイルーン卿の提案を台無しにしてしまいましたから」
「ああ……そのことですか。気にしていませんよ」
セツナがいうと、シドが少しばかり驚いた風な顔をした。本心だ。
「百人抜きなんて、土台無理な話でしたからね。俺も馬鹿じゃない。自分の力量くらい、弁えていますからね」
たとえば、騎士団騎士が弱兵として知られるガンディアの軍人程度の腕前だったとしても、百人抜きができるとは到底、考えられるものではない。黒き矛の、召喚武装の補助がなければ、セツナはただの人間だ。ただの人間が競技試合とはいえ、百戦も勝ち続けられるとは思い難い。
「それなのに、応じられた、と?」
「ええ。自分の実際の力がどれほどあるのか、確かめるにはちょうどいい機会だと捉えたんです。騎士団騎士おひとりおひとりの実力は折り紙つき。実力を測るには打ってつけでしょう」
「なるほど。しかし、だとすれば、ラナコート卿の振る舞いは、なおさら、非礼となりましょう」
「いやいや、むしろ、ラナコート卿と打ち合ってみて、自分の非力さがよくわかったので、立ち合えて良かったですよ」
「そう……ですか」
シドは、セツナの回答に納得したのか、微笑を浮かべてきた。
よくわかったのは、自分の非力さだけではない。十三騎士の実力が身に沁みて理解できた。ベインは、その鍛え上げられた肉体からもわかるとおりの怪力の持ち主だったが、膂力以外にも、速度も尋常ではなかった。技量も半端ではない。力、技、速さ、すべてにおいてセツナを上回っていたのだ。
そんな相手とも、黒き矛さえあれば対等以上に戦えるのだ。黒き矛奪還の重要性がいやましたのは事実であり、所詮、自分など借り物の力に頼っているだけではないのか、と思わざるを得なかった。だからといって、黒き矛を手放す道理はない。
これまで通り、黒き矛とともに戦い続けるだけのことだ。
たとえそれが借り物の、他者の力であったとしても、卑下する必要はない。
「それだけ、ですか?」
「いえ、用件はもうひとつ。いや、こちらが本題なのですが」
「本題?」
「単刀直入にいいましょう」
温和だったシドの表情が真剣そのものになった。
「明日、騎士団本部神卓の間において、会議が行われることになりました」
(神卓の間……)
話には、聞いている。
騎士団本部――つまり、ベノア城のどこかにあるという会議室のことだ。神卓と呼ばれる卓があり、十三騎士はそれを囲んで会議を行い、騎士団やベノアの運営方針を決めるのだという。十三騎士が神卓騎士と呼ばれ、騎士団が神卓騎士団とも呼ばれることになった所以でもある。
「……それが、俺となにか関係があるんですか?」
「セツナ伯を召喚することが決まったのですよ」
「俺を召喚?」
セツナが反芻すると、右肩の上から翡翠色の髪が垂れてきた。従者として背後に控えていたラグナが顔を寄せてきたのだ。
「なんじゃセツナを召喚? 召喚魔法の使い手でもおるのか?」
「そういうことじゃねえよ。話の腰を折るな」
「むう……」
悲しそうな顔をしたラグナが少しばかり可哀想になったが、大事な話の最中だ。構っている場合ではなかった。
「神卓の間での会議には、ベノア滞在中の十三騎士は全員出席する決まりになっています」
「ってことは……」
セツナがつぶやくと、シドが静かにうなずいた。
「セツナ伯の想像通り、団長閣下も参加されます」
交渉のときが来たということだ。