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第千四百二十四話 決戦を前に

 その夜、レオンガンドは白の塔の屋上で、風を浴びていた。

(ゼルバードか)

 レオンガンドが思い返すのは、ゼルバード=ケルンノールの亡骸はどこか満足そうな表情を浮かべていたことだ。

 ゼルバードは、ジゼルコートの二男だ。レオンガンドが側近として重用するジルヴェールの実の弟であり、幼いころは、ジルヴェールとともにレオンガンドの遊び相手のひとりだった。ジルヴェール、ゼルバード、リノンクレアの四人でよく遊び回ったものだ。彼は四人の中ではもっとも奔放で、よくリノンクレアに窘められていたことを思い出す。

 奔放かつ快活。それがゼルバードの少年時代であり、思慮深く大人しいジルヴェールとは対象的な人物だったのを覚えている。

 それは、終生、変わり得ない性質だったのかもしれない。

 ジルヴェールはいまも思慮深く、冷静な人物だった。一方、再会したゼルバードは、ひとが変わったかのように大人しく、ともすれば理知的にさえ見えた。だが、本質が変わったわけではなかったのだろう。

 百余名の兵を殺したという彼の戦いぶりは、奔放な少年時代を想起させるというには物騒すぎるきらいがあったが、ゼルバードの本質が変わっていないことを知るには十分だった。彼が理性的な人格者に変わっていたならば、降伏していたはずだ。ゼルバードが打って出てきたときには、マルダールはほぼ解放軍のものになりつつあったからだ。逆転勝利の可能性は極めて低く、敗北の可能性しかみえないような状況。そんな状況下で降伏することもなく戦場に飛び出してきたのは、彼がゼルバード=ケルンノールという人物だからであり、暴走気味な奔放さの表れのように思えたのだ。

 そして彼は、その手で百人以上の兵を殺した。

 返り血と自分の血で全身を真紅に染めた彼の姿は、まさに戦鬼そのものであり、殺すべき相手を探し求め、双眸を爛々と輝かせる様子には、レオンガンドさえ震えた。

 常人の戦いではなかった。まず間違いなく召喚武装を手にしていた。でなければ、百人もの兵を殺すことなどできまい。それまでに精も根も尽き果て、死んでいなければならない。普通、敵兵をひとりふたり殺すだけでも十分過ぎる戦功といっていい。十人殺せば殊勲者になれるといってもいいくらいの働きだ。百人斬りなど、常人ができる所業ではないのだ。

 それを満身創痍ながらも成し遂げることができたのは、彼が召喚武装を手にしていたからだということは、戦後の検証で明らかになっている。そしてゼルバードの召喚武装は、ガンディア軍術師局によって管理されることになっていた。

 ゼルバード=ケルンノール。

 彼が死の寸前に見せた笑みがレオンガンドには忘れられなかった。

(満足か? ゼルバード)

 笑いながら死ぬ。

 それはつまり、満ち足りたということだ。

(死ぬことが、満足だったか?)

 レオンガンドには、わからぬ境地だ。

 まだ、死ねない。

 死ぬわけにはいかない。

 こんなところでは終われないのだ。

 だから、いま死ぬとすれば、そのとき自分は笑ってなどいられないだろう。慟哭し、絶叫し、怨嗟の声を上げるかもしれない。たとえ醜くとも、それがレオンガンドの本心なのだから、そうならざるを得まい。

(ジゼルコート)

 レオンガンドは、南東の空を見遣った。

 マルダールの南東には、王都ガンディオンがある。

 王都には、ジゼルコートが待ち受けているだろう。ジゼルコートだけではない。エリウス=ログナー、デイオン=ホークロウを始めとする反逆者たちが待っているのだ。

 打ち払わなければならない。

 そしてガンディアから敵を一掃するのだ。

 レオンガンドは、夜空に掲げた手を握りしめて、それを決意とした。



 月が浮かんでいる。

 星々がたゆたう闇色の海の中、淡く膨大な光を発しながら、そこにある。

 その姿は、おそらく何百年と変わっていないのだろう。

 少なくとも、彼の子供のころから、王宮から見上げる夜空に大きな変化はなかった。季節による星の位置や天候による変化こそあれど、本質的にはなにひとつ変わっていないだろう。

 見遣るのは、北西の空だ。

 王都ガンディオンの北西には、ガンディア本土における大都市のひとつマルダールが存在する。

 マルダールは、その名の通り丘の上の都市であり、地形を利用した構造は、バルサー要塞とともに北からの侵攻より王都ガンディオンを護る要だった。バルサー要塞を抜かれても、マルダールがある――それだけでガンディア軍は心強く思えたものだ。実際、ログナー軍によってバルサー要塞が制圧された後の国内の論調は、マルダールがあるから大丈夫だというものであり、マルダールの防備を固めればログナー軍の侵攻からも耐え凌ぐことができるという主張がガンディア人の心の支えとなっていた。

 それもいまや昔――。

 バルサー要塞がレオンガンド軍の手によって奪還されると、ジゼルコートに反発する多くの国民がレオンガンド軍の勝利を疑わなくなった。レオンガンド軍がバルサー要塞奪還の勢いに乗ってマルダールを取り戻し、反逆者ジゼルコートとその軍勢を打ち払ってくれると声高にいっているのだ。

 無論、情報統制はしている。強く、厳しく、情報を制御し、レオンガンド軍がバルサー要塞を奪還したことさえ、王都市民に知らせてなどいなかった。自軍にとって不利な情報を市民に知らせることほど愚かなことはない。ただでさえ支持を得られていないのが現状だ。謀反を成功させるには、市民、国民に有無をいわせぬ勝利を突きつける以外にはなく、そのためにも、ジゼルコート軍とレオンガンド軍の現状は隠蔽しておくべきだった。

 だが、王都市民の間には、レオンガンド軍がバルサー要塞を取り戻し、マルダール攻略の準備を進めているという情報が大きく伝わっていた。一度拡散した情報を食い止めることはできない。また、情報の発信源を突き止めることも、もはや不可能になっていた。

 だれもが、その話をしているからだ。

 機密情報を知るものの中に、外部への情報提供者がいると考えるのが打倒だろう。

 レオンガンド軍の優勢を知り、ジゼルコート軍の将来に危うさを感じたなにものかが裏切ったと考えるのが妥当な線だ。

(あるいは)

 ジゼルコートは、頭を振り、背後を振り返った。気配がしたからだ。王宮二階の屋根上に、彼はいる。護衛としてソニア=レンダールが控えているだけで、ほかにだれもいなかった。ソニア=レンダールは、ルシオンの白聖騎士隊第三部隊長を務めていた女騎士だ。長らく、ルシオンとジゼルコートを結びつけていた。ハルベルクがジゼルコートと繋がりを持ってからは、彼女が連絡役となった。バルサー要塞陥落後、シャルティア=フォウスとともにジゼルコートの元に戻ってきたのだ。そして、それからというもの、ジゼルコートの護衛をみずから任じた。

 足音が聞こえ、シャルティア=フォウスが現れた。召喚武装の杖を手にした男は、ジゼルコートに敬礼すると、単刀直入に告げてきた。

「マルダールは、レオンガンド軍の手に落ちました」

「そうか」

 驚くべきことではない。

 レオンガンド軍の戦力を持ってすれば、考えられることだった。無論、マルダールのジゼルコート軍にも勝つ算段はあったし、そのための準備もしていた。レオンガンド軍を打ち倒すための戦力はあったはずだ。グロリア=オウレリアを始めとする武装召喚師たちは、ガンディア最強の戦闘部隊《獅子の尾》の武装召喚師よりも優れている――とは、マクスウェル=アルキエルの評価であり、ジゼルコートはその評価を疑いもしなかった。皮肉屋のマクスウェルの評価ほど正当なものはない。

 だが、それでも、勝てるかどうかといえば、微妙なところだった。負ける可能性も大いにあった。兵力的には相手の方が上で、さらに相手は勢いに乗っている。大義がある。逆賊を討ち果たし、ガンディアに平穏を取り戻すという正義の意志ほど、兵士を高揚させるものはあるまい。取り戻さなければ、自分たちの将来さえ危うい。なんとしてでも勝たなければならないのだ。

 一方、ジゼルコート軍は、どうか。

 大義は、ある。

 ガンディアをよりよくするための正義。主張。意志。だがそれは、レオンガンドの小国家群統一という野心に比べれば、どこか矮小で、窮屈なものを感じずにはいられないものだ。国土拡大という言葉は、どこか威勢がよく、明るく、弾みがつく。一方、国土拡大を一時停止し、国内をもう一度整理し直すべきだという主張は、理にかなったものではあったとしても、どこか暗い。勢いがなく、支持しにくいものがある。

 そして、ジゼルコートが戦力として利用しているアザークやラクシャにしてみれば、ガンディアの事情など知ったことではないというのもあるだろう。もちろん、レオンガンド政権が続けば、自分たちの国の主権が危うくなる可能性を理解しているからこそ、ジゼルコートに協力し、ジゼルコートに勝利してほしいと願っているのだが、だからといって死にものぐるいで戦うかというと、別の話だろう。

 無論、ジゼルコート軍が勝たなければ、より悲惨な未来が待ち受けていることくらいは理解しているだろうし、そのためにもレオンガンド軍を打倒するべく戦闘に参加してくれたのは疑いようもないのだが。

 負けたのだ。

「マルダールで入手した情報によれば、ゼルバード様は、最後まで諦めずに戦い抜かれたらしく、百余名の将兵を討ち、戦死なされたということです」

「そうか」

 ジゼルコートは、それ以上のことはいわなかった。ただうなずき、うながす。

「下がってよい」

「はっ」

 シャルティアが下がるのを待ってから、彼は北西に視線を戻した。北西にこそ、マルダールはある。マルダールはいまごろ、レオンガンド軍の勝利に沸いていることだろう。ジゼルコートは、謀反から今日に至るまで、人心を収攬することができなかった。ジゼルコートが掲げる大義に、ガンディアのひとびとは関心を持ちこそすれ、共感してはくれなかった。

 いや、というより、レオンガンドという光があまりにも強すぎるのだ。

 レオンガンドの掲げる夢が持つ力に、国民の多くが魅了されている。小国家群統一が多少なりとも現実味を帯びていることが、彼の夢を妄言にしなかった。

 ジゼルコート自身、レオンガンドの夢を否定しているわけではない。

 ただ、急ぎすぎた結果、国を滅ぼすことになっては本末転倒だといっているにすぎない。

「ゼルバードが……な」

「ゼルバード様は、戦闘者としては優れたお方でした」

「……知っている」

 ジゼルコートは、ソニアの気遣いに感謝した。

「あれはな、根っからの戦闘者ゆえ、政治家にも、王者にも不向きだったのだ。わたしの後継者にも、ガンディアの国王にもなれない。だからこそ、あれは戦士にならんとし、武装召喚術を学んだ」

 ジゼルコートが、マクスウェル=アルキエルという稀代の武装召喚師を抱えていたことが、彼に大きな影響を与えた。ゼルバードはマクスウェルに弟子入りし、武装召喚術を学んだ。マクスウェルは、ゼルバードがジゼルコートの子であっても、容赦しなかった。ゼルバードは何度も死にそうな目に遭ったというが、泣き言ひとつ漏らさなかった。それがガンディア王家に連なるものの在り方だと信じていたからだ。

 彼は、最期まで泣かなかっただろう。

 最期まで、ガンディア王家の一員として、誇り高くあらんとしただろう。

 ジゼルコートは、自分もそうあるべきだと想い、我が子の魂が安らかに眠れることを祈った。


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