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第千四百二十二話 マルダールの戦い(九)

 拠点の門が開く。

 ゼルバードとともに出撃した将兵は、わずか百名。だが、ジゼルコート軍の中でも指折りの精鋭ばかりであり、百名でも千人に当たれるだけの実力はあるはずだった。ジゼルコートの私兵は、ガンディアの弱兵ではないのだ。ジゼルコートが手塩にかけて育て上げた精兵集団こそ、ジゼルコートの私設軍隊だった。

 もっとも。

 ガンディア兵だけが相手ならば、兵力差が十倍でも十二分に勝負になる――ジゼルコート軍の自信は、しかし、この度の戦いで見事なまでに打ち砕かれてしまった。

 マルダールに押し寄せたレオンガンド軍の戦力は、ガンディア方面軍を主力としていた。総数は一万も行かないだろう。対して、マルダールの防衛に当たったジゼルコート軍は、二千あまり。十倍の兵力差で勝負になるというのならば、一万に満たないガンディア方面軍など、蹴散らせて当たり前なのだが、そうはならなかった。幾重にも張り巡らせた城壁、城門がつぎつぎと突破される中で、ジゼルコート軍の戦力も徐々に打ち破られていったのだ。

(所詮、その程度の器だったというだけのことさ)

 だれとはなしに苦笑して、ゼルバードは、マルダール市内の様子を見ていた。

 マルダール市内は現在、戦場になっている。ジゼルコート軍の残り僅かな戦力とレオンガンド軍の戦力がぶつかりあい、激しい戦闘を繰り広げているのだが、見るからにジゼルコート軍のほうが劣勢であり、レオンガンド軍の勝利は約束されているといってもよかった。

 圧倒的な兵力差が戦力差に繋がっている。

 覆しようがない。

 どうすることもできない。

「ゼルバード様、お下知を」

「……ああ」

 ゼルバードは、いわれるまでもない、と想った。そして、同時に、命令するまでもない、と思わざるを得なかった。

 マルダール市内は、レオンガンド軍一色に染まりつつある。ガンディア方面軍の赤と血の赤が混ざり合っていく。ジゼルコート軍の将兵はつぎつぎと敗走しており、多くは、戦死した。ジゼルコート軍の将兵は、投降などしないからだ。たとえ敗色濃厚だったとしても、命尽きるまで、ジゼルコートのために戦う。それがジゼルコート軍将兵の心意気であり、なればこそ、ゼルバードもともに征くのだ。

「全軍、突撃!」

 ゼルバードは、剣を振りかざすとともに声を張り上げ、みずから駆け出した。

『おおーっ!』

 約百名がゼルバードに続いた。だれひとりとして、ゼルバードから離れるものはいなかったし、裏切るものもいなかった。だれひとりとして、だ。だれもが敗北を知っている。だれもが、このままレオンガンド軍に敗れ、死ぬことを理解している。にも関わらず、だれひとりとして離反しなかった。

 その事実がゼルバードを奮起させた。

 手慰みに覚えた武装召喚術を駆使したゼルバードは、手に馴染む魔法の剣を振り回しながら敵陣に突撃し、我を忘れるほどに戦い抜いた。盾兵を大盾ごと両断し、飛来した矢を左手で掴み、投げ返して弓兵を射殺、周囲の槍兵を一刀の元に皆殺しにしてみせると、咆哮し、ゼルバード=ケルンノールの存在を主張した。

「我が名はゼルバード=ケルンノール! ジゼルコートが二男なり!」

 彼の名乗りを契機に、ゼルバード周辺の戦いは激化の一途を辿る。

 レオンガンド軍は、ゼルバードひとりを撃破するために戦力の投入を決意したようであり、ゼルバードはそれら戦力の尽くを撃退するべく勇奮した。

 何人、何十人斬り殺しただろう。

 飽きるほどに血を浴び、疲れるほどに敵を殺した。殺し尽くした。百人は、殺しただろうか。全身が思うように動かなくなるころには、周囲には死体の山が出来上がっていた。全部が全部、敵の死体ではない。味方の、配下の将兵の死体も地面を埋め尽くすほどにあった。噎せ返るような死のにおいの中で、彼は、剣を手に立ち尽くし、包囲するレオンガンド軍兵士たちを見回した。

 もはや、戦う力は残されていなかった。

(十分……戦った、よな?)

 満身創痍。

 敵を殺すたびに、傷が増えた。

 召喚武装によって強化された身体能力を持ってしても、雨のように降り注ぐ矢をかわしきることは難しく、数多の敵のすべての攻撃を捌き切るのは不可能だった。体が思うように動かないのは、全身、傷だらけなのもある。矢も数え切れないほど刺さっている。

 乾いた血が、体を重くしていた。

 視界が暗く、狭い。意識も朦朧としていた。敵が近づいてこようともしない。まるで、ゼルバードが倒れるのを待っているかのようだった。自滅するのを待ちわびているようだった。

 それが彼には許せない。

(来いよ)

 ゼルバードは、叫んだ。

(どうした、かかってこいよ。俺はここにいるぞ。俺の首を取りたくはないのか? 武功を稼ぎたくはないのか? 俺を殺せば、それで……)

 自分の声が聞こえない。

 だが、風の音は聞こえていた。

 吹き抜ける風の音は、妙に優しい。

「ゼルバード」

 聞き知った声に、顔を上げる。いつの間にか、自分の足元を見ていた。無意識に体を支えることさえできなくなってしまっている。力の喪失。血の流出。命の消失。死を実感する。

 視線の先には、見知った人物が立っていた。

 隻眼の獅子王。

「見事」

 ゼルバードは、目を見開くとともに、彼がいった言葉こそ聞きたかったものなのだということを知って、自嘲すように笑った。

(はっ……)

 笑いながら、倒れていった。

 視界が、沈んでいく。

 なんのために戦い、なんのために死のうとしたのか。

 なんのために、死ぬためだけの戦いに興じたのか。

 だれかに褒められたかったからだ。

 だれかに認められたかったからだ。

 だれかに、知ってほしかったからだ。

 ゼルバード=ケルンノールという人間がここにいるということを、伝えたかったからだ。




 マルダールを巡る戦いは、終わった。

 ガンディア解放軍の圧倒的勝利によって幕を閉じたのだ。

 無論、相応な犠牲を払ったものの、解放軍の損害は想定していたよりもずっと少なかった。マルダール攻略を担当した本隊はいわずもがな、アザーク軍と交戦したログナー方面軍・傭兵局混成部隊、ラクシャ軍に当たったザルワーン方面軍・ルシオン軍混成部隊の損害も軽微だった。

 本隊の損害の少なさは、ジゼルコート軍との兵力差もさることながら、ジゼルコート軍の主力である三人の武装召喚師を抑えることができたからだ。グロリア=オウレリア、オウラ=マグニス、アスラ=ビューネル。それぞれ、ルウファ、ファリア、ミリュウが当たり、主戦場から離れた場所で戦ってくれたことが大きい。優れた武装召喚師同士の戦闘は、往々にして大きな破壊を伴うものだ。天変地異の如き戦いが主戦場で行われていれば、敵軍のみならず、自軍も大いに巻き込まれ、多大な被害が出ていたことだろう。

 ファリアたちにしても、味方のことを考慮して全力で戦えなければ押し負けていた可能性もある。敵は、解放軍の損害など気にせず攻撃することができるのだから。

 ともかく、ファリアたち三人は、それぞれに担当した武装召喚師の撃破に成功している。

 ファリアたちの無事をレオンガンドがその目で確認できたのは、戦後のことだった。それまで、本陣に届く情報でしかわからず、彼女たちの保護を急がせたものだ。報告によれば、ファリアたち三人はだれもが重傷を負っていたということだったからだ。

 また、オウラ=マグニスを除くふたり、グロリア=オウレリアとアスラ=ビューネルが解放軍に投降したということもレオンガンドの耳に入っている。ファリアは、オウラに投降するよう提案したが、彼は最後まで抵抗したという。オウラほどの武装召喚師を失うのは非常に残念だが、ファリアや数多くの自軍将兵の命と引き換えにしてまで欲するものでもない。ファリアが生き残ってくれたことのほうが、余程嬉しかった。

 グロリアとアスラの処遇については、ルウファとミリュウの望み通りにするつもりだった。

 ふたりはジゼルコート配下の武装召喚師だ。ジゼルコートとともにレオンガンドに反旗を翻した存在ではあるが、彼女たちに罪を問うのは馬鹿げたことだ。ジゼルコートの配下に、謀反を止めることなどできるわけもない。たとえ側近であったとしても、ジゼルコートに意見できるとは考えられなかった。ジゼルコートは自分の意志を最優先にするだろう。そういう男だ。

 グロリアとアスラは、主君の命令に従っただけのことだ。その結果、レオンガンドと敵対することになった。そして敗れ、レオンガンドに服従するといっている。それならば、それでいい。わざわざ彼女たちの罪を問い、贖わせることに意味は感じられない。むしろ、グロリア=オウレリアとアスラ=ビューネルという優秀な武装召喚師がレオンガンドの支配下に組み込まれることを喜ぶべきだった。

 グロリアの実力はルウファのお墨付きだったし、ミリュウはアスラの実力を評価している。ふたりを疑う必要もない。

 即戦力としてガンディア解放軍の戦力を増大させるだろう。

 とはいえ、グロリアもアスラも、ファリアたち三人同様、重傷を負っているのだが。

 重傷といえば、アザーク軍を担当したログナー方面軍・傭兵局混成部隊からも多数の死傷者が出ている。激しい戦いだったといい、中でも“剣鬼”ルクス=ヴェインと“剣聖”トラン=カルギリウスの戦いぶりは凄まじいものがあったということだった。ログナー方面軍の中では大軍団長グラード=クライドが特に活躍しており、ドルカ=フォームなどは召喚武装の使い手たちを羨んでいたらしい。死傷者こそでたものの、想定したよりもずっと少ない被害で抑えることができたのは、“剣鬼”と“剣聖”の活躍によるところが大きく、ふたりがいなければもっと多くの損害が出ていただろう。

 ラクシャ軍を担当したザルワーン方面軍・ルシオン軍混成部隊も、同じように死傷者を出しているものの、死傷者のでない戦いなどありえないことを考えれば、最低限の損害で済んだともいえる。ラクシャ軍撃退に猛威を振るったのは、ルシオン軍でもザルワーン方面軍でもなく、ウルクらしい。マルスールの奪還にも活躍した魔晶人形は、内蔵兵器によってラクシャ軍に痛撃を叩き込み、そこへ白聖騎士隊をはじめとするルシオン軍が畳み掛けるように突撃したため、ラクシャ軍の前線は崩壊、泡を食って逃げ出したという。そこからは追撃戦であり、ラクシャ軍をマルダールの戦域から追い散らすまで戦いは続いたということだった。

 アザーク軍もラクシャ軍も壊滅したわけではないが、態勢を整え、マルダールに攻め寄せてくるにせよ、しばらくは時間が必要だろう。それまでには、解放軍の準備も万端に整うだろうし、両軍との再戦よりもガンディオンを奪還するほうが早いかもしれない。あるいは、両軍との再戦こそ、ガンディオンの奪還戦となるか。

 その可能性は決して低くはなかった。

 マルダールを取り戻すことに成功した解放軍の陣中は、勝利に浮かれるよりも、つぎの戦いを前に気を引き締めるもののほうが多かった。つぎの戦いこそ、解放軍の目的なのだ。

 王都ガンディオンの奪還。

 そして、逆賊ジゼルコートの討伐。

 ここで気を抜けば、すべてが台無しになりかねない。

 解放軍首脳陣を始め、多くの将兵が気を引き締め直すのは当然といってもよかった。


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