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第千四百十五話 覚悟の先へ(前)

 オウラ=マグニスのアースレイカーは、大地を司る召喚武装だ。

 地面を殴りつけることで大地にその力を流し込み、地中から岩石を隆起させて攻撃したり、小規模な地震を起こしたり、地割れや崩落現象を発生させるといったことまでできる。強力な召喚武装だが、射程範囲そのものは決して長いわけではなく、それだけならばオーロラストームの使い手たるファリアの敵ではなかった。

 オーロラストームは、遠距離射撃を主体としている。オウラの攻撃範囲外から撃ち続ければ、難なく勝てるだろう――と、想っていた。戦いは一方的なものになる。だからこそ、ファリアはオウラが別の召喚武装を用意しているものだとばかり想っていた。ファリアと激突した場合、あるいは遠距離攻撃が得意な武装召喚師と交戦した場合のことを考えれば、遠距離攻撃を得意とする召喚武装の術式を編み出したとしても不思議ではない。

 アースレイカーの能力は、クルセルク戦争時に知れ渡っている。

 別の攻撃手段を用意するのは普通のことだ。

 だが、彼がファリアと対峙したときに装備していたのは、アースレイカーだった。アースレイカーに拘っているのか、あるいはファリアと戦うことを想定していなかったか。それとも、アースレイカーの能力でファリアと戦えると踏んでいたのか。

 答えは、三番目。

 アースレイカーの新たな能力によって、オーロラストームは完封されていた。 

 オウラがアースレイカーによって引き起こした大規模な崩落現象は、オーロラストームの雷撃のみならずクリスタルビットの連繋さえも阻害し、ファリアは空中の足場すら奪われ、地に落ちた。そこへオウラが繰り出してきたのが、砂の巨拳による攻撃だった。地割れによって舞い上がった砂を操っているのだ。それこそアースレイカーの最大能力だと、彼はいった。

(最大能力)

 ルウファのシルフィードフェザー・オーバードライブのようなものだ。召喚武装に秘められた力の全開放。それによってオウラは影響下にある砂をある程度自由自在に操れるようになったというわけだ。集めた砂で巨人が如き拳を作ったのは彼の趣味だろう。篭手の召喚武装の延長のような形状だった。そして、そのまま殴りつけてくるのだから、たまらない。巨大な質量。直撃を喰らえば、ひとたまりもない。

 戦場に満ちた砂塵の中、ファリアは一切攻撃行動に移らなかった。移れないといったほうがいいだろう。オウラの連続攻撃を辛くも回避しながら、砂塵の中を駆け抜ける。オウラから注意を逸らすことはできないし、砂の拳も警戒しなければならない。砂の拳はふたつ。それが間断なく襲い掛かってくるのだが、速度、威力ともに凄まじいというほかなく、ファリアは何度か直撃を食らいそうになっている。

 直撃こそ逃れたものの、かわしそこねて掠ったことはあった。右肩に激痛が疼いている。掠っただけでそれなのだ。直撃を喰らえばどうなるものか、想像するまでもない。鎧など虚しく砕け散るだけだろう。

 砂の塊だが、岩よりも硬く凝縮されているようだった。

(この領域を抜け出すことはできない)

 ファリアは、戦場の外周を一瞥した。オウラが崩落現象によって作り上げた彼の戦場は、吹き荒れる砂嵐によって包みこまれていた。暴風のような砂塵の渦。無理に突破すれば人体など千々に引き裂かれるだろう。いつの間にそんなことになっていたのかわからないが、どうやら、それも彼がファリアを倒すために編み出した能力らしかった。オーロラストームを封じるだけでなく、領域外への離脱すら禁じている。

(本当、凄いわね)

 ファリアとオーロラストームの能力がわかりきっていたとはいえ、ここまで完璧に近く攻撃手段を封じられるとは、想いも寄らなかった。想像以上だ。雷撃は霧散し、クリタルビットも使えない。かといって、オーロラストームで殴り掛かるわけにもいかない。愛用の召喚武装が封殺されることほど衝撃的なことはなく、場合によっては、それだけで武装召喚師は敗北を感じるものだ。

 武装召喚師は、基本的にひとつの召喚武装を愛用する。命名し、年月をかけてその能力に慣れ親しみ、力を開放していくものだ。複数の召喚武装を同時に召喚し、扱うことは困難を極める。召喚武装の維持費だけで消耗し尽くすことだってありうるからだ。だからこそ、ひとつの召喚武装を極め、あらゆる状況に対応できるようにするのだ。しかし、それでも対応できない場合は、予備の召喚武装の術式を用意しておくことが多い。

 遠距離主体の召喚武装を愛用しているのであれば、近距離用の召喚武装の術式を用意し、近距離専用の召喚武装を主要に使っているのであれば、遠距離攻撃が可能な召喚武装を副武器として用意するものだ。しかしながら、そうした場合でも、主武器のほうが練度が高いのが普通であり、主武器を破壊されたり使えなくなったことで心が折れることは、武装召喚師にはよくあることだ。

 主武器とする召喚武装は、武装召喚師にとって、半身に近い。

 半身を失えば、心を折られるのは当然かもしれない。

 ファリアは、無論、心など折れてはいない。ただ、オウラの自分対策の素晴らしさと力量に驚くばかりだ。

 まだ、負けてはいない。

 不意に、オウラが砂の拳で地面を殴りつけた。だれもいない場所だ。ファリアは咄嗟に右に飛んだ。地中から岩石が隆起してくる。それは、回避した。しかし、つぎの瞬間、岩の柱から飛び出してきた砂の拳が飛んでいるファリアの眼前で手のひらを開いた。ファリアは咄嗟にオーロラストームで殴りつけたが、砂の手のひらがわずかに削げただけで、すぐに再生した。そして、殴りつける際に伸ばした左腕が砂の手に掴まれた。抜け出そうとする猶予もなかった。凄まじい激痛が走り、血の気が引いた。全身から大量の汗が出るほどの衝撃と痛み。ファリアは、悲鳴を上げそうになったが、堪えた。ここで声を上げれば、ここで泣き叫べば、すべてが台無しになる。

 せっかく稼いだ時間も、紡いだ術式も、すべて無為に消える。

(まだ……)

 砂の手がファリアの左腕を解放したのは、左腕を完膚なきまでに破壊することに成功したからだろう。容赦なく破壊された腕は、ファリアの意志とは無関係に重力に従った。手からオーロラストームが離れ、地面に落ちる。骨が折れている。篭手も手甲も粉々に破壊され、噴き出した血液や付着した砂とともに流れ落ちた。露出した肌には無数の傷が刻まれ、腫れ、血が噴き出していた。しかも、ありえない形状に折れ曲がっている。

「上手く避けたな」

(致命傷は……ね)

 神経を苛むほどの痛みの中で、オウラの嫌味のような一言にファリアは彼を一瞥した。巨大な拳が彼の背後に出現している。それだけの余裕が彼にはあるのだ。

 一方、ファリアに余裕などはなかった。砂の手に握り潰された左腕は、使い物にはならない。戦後、治療してもらえたとしても、元通りに治るかどうかもわからないほどの負傷。もしかすると、このまま一生ものの傷として残るかもしれない。当然だろう。オウラは、ファリアを殺すつもりで攻撃を繰り出してきたのだ。あのまま、砂の手に追いつかれていれば、全身包み込まれ、圧殺されていたに違いなかった。左腕が犠牲になっただけで済んで良かったと思うべきなのだ。たとえこのまま左腕がもとに戻らなかったとしても、ここで命を落とすよりはずっとましだ。

「つぎは、右腕を差し出すか?」

(冗談)

 ファリアは胸中で叫び返しながら、その場を飛び離れた。オウラが砂の拳を動かす。両方の拳が地面を殴りつけ、そのまま地面に浸透する。つぎの瞬間、ファリアの眼前の地面が隆起した。左へ、転がる。岩石から伸びてきた腕をかわし、さらに足元から吹き上がってきた砂の腕を前に転がり込むことで回避する。左腕からの激痛を歯噛みして堪えながら、さらなる追撃を辛くも避け続けながら、呪文の詠唱を続ける。

「なるほど、オーロラストームは諦めたか。だが、もう遅い」

(どうかしら)

 術式の完成には、長たらしい呪文の詠唱が必要だ。呪文が術の式を構築し、人体に秘められた生命力、精神力を解き放つ。精神力は魔力や霊力と呼ばれるものとなり、この世界と異世界を隔絶する境界に干渉する。そして、呪文に適合した武器をこの世界に呼び寄せるのだ。それが武装召喚術。そして武装召喚術は、術式さえ、呪文さえ記憶し、一言一句間違えることなく唱えることができるのであれば、だれでも同じ召喚武装を呼び出すことができる。

 それには、幾つかの条件を満たす必要がある。

 そのひとつは、対象の召喚武装が別人によって召喚されていないこと。

 これは当然だ。同じ召喚武装が複数存在するわけもない。召喚武装は、異世界の武器ではあるが、その異世界にもひとつしかないのだ。そして、その場合、別の召喚武装が召喚されるということはなく、ただ、失敗に終わる。

(もうひとつは……)

 砂の巨拳による連続攻撃をぎりぎりのところで回避しながら、オウラとの距離を詰める。大崩落によって破壊された大地の上、ただ走るだけでも困難だった。地に足が取られ、こけそうになる。そこへ砂の拳が迫ってくるのだから、一瞬たりとも気が抜けなかったし、気を抜いた瞬間、砂の手に握り潰される未来が見えた。オウラは、余裕を見せているものの、容赦してくれそうにもなかった。

 だからこそ、ファリアは進む。

 前方、オウラが拳を構えた。砂の拳が彼の背後に出現する。転移したわけではない。領域に吹き荒れる砂が新たに拳を作り上げたのだ。その分、ファリアを追っていた拳は消えて失せたようだ。やはり、砂の拳はふたつまでしか作れないようだった。それでも十分すぎるくらいの性能だ。

「なにを召喚したところで、どうにもならんさ」

 オウラは勝利を確信している。当然だろう。ファリアは左腕を負傷し、走り回って体力も消耗している。精神力もだ。

(それは向こうも同じ)

 オウラの表情には疲労が現れていた。それもまた、道理だ。大規模な破壊と、戦闘領域の構築。維持。大量の精神力を消耗して、ようやくできるようなことだ。いつまでも維持していられるようなものではない。故に彼は最後の攻勢に出ようというのだろう。わざわざファリアから接近してくれたのだ。この好機を見逃さないわけにはいくまい。彼の背後に具現した砂の手は、みるみるうちに巨大化していく。ただでさえ巨人の腕よりも巨大だったものが、さらに質量を増大していくのだ。

(決着をつけるつもりね)

 人体など一瞬で叩き潰せるほどに巨大化した砂の両手を睨み据えながら、ファリアは、地を蹴った。前方から砂の巨拳が迫ってくる。

(それは、わたしも同じよ。オウラ)

 告げる。

「武装召喚」

 術式が完成し、ファリアの視界を爆発的な光が埋め尽くした。


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