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第千四百十二話 マルダールの戦い(八)

「シルフィードフェザー・オーバードライブ」

 グロリア=オウレリアが面白くもなさそうに告げてくる。

「六十秒の制限時間付きだったな」

 ルウファは、グロリアの神々しいまでの姿を遠く見遣りながら、六枚の翼を最大限に広げ、周囲の大気への干渉を強めていく。早く、深く、強く、支配していく。通常時のシルフィードフェザーでは不可能なほどの速度で、ありえないほどの深度で、考えられないほどの強度で、空を支配する。だがそれは、なにもルウファに限った話ではない。グロリアもまた、メイルケルビムの最大能力によって大気の支配力を高めていた。

 現状、シルフィードフェザーとメイルケルビムでは比較にならないほどの力の差がある。

 召喚武装の力というのは、一律ではない。同じ翼型の召喚武装でも、異なるのは能力だけではないのだ。秘められた力にも厳然たる差が存在する。弱いものもあれば、強いものもある。シルフィードフェザーは強い部類に入るのだが、その中でもメイルケルビムは圧倒的といってもよかった。制圧力、飛行速度、攻撃力――多くの面で、シルフィードフェザーはメイルケルビムに負けている。

 とはいえ、メイルケルビムも、飛行速度ではレイヴンズフェザーに遠く及ばなかったりするのが面白いところだ。レイヴンズフェザーの超加速は、おそらくどんな召喚武装よりも早いだろう。そして、速さは強さに繋がる。翼型の召喚武装の中では、最強に近いかもしれない。もっとも、レイヴンズフェザーの使い手がグロリアに勝利する図は、ルウファには想像もできないが。

「制限時間付きの強化能力になど頼るべきではない。たとえそれが圧倒的な力を持っていたとしても」

 グロリアが無数の翼を羽撃かせると、複数の竜巻が生じ、閃光を撒き散らしながらルウファへと殺到してきた。

「たとえそれがおまえの限界なのだとしても」

「限界は超えますってば」

 ルウファは、言い返しながら、六枚の翼を羽撃かせた。グロリアの真似だ。大気を操り、竜巻を発生させる。六つの竜巻は、相手の竜巻の数に合わせている。無色の竜巻と光輝く竜巻がルウファとグロリアの間で激突し、暴風の渦を形成する。その中でルウファは後方に大きく距離を取りつつ、前方広範囲に牽制の羽弾をばら撒いた。ほとんど意味は無いだろうが、必ずしも無駄ではない。少なくとも、グロリアは羽弾に意図を感じてくれるだろう。

(無駄な攻撃はしないもの)

 グロリアの教えが、グロリアの考えを縛ってくれるはずだ。

 そしてそれは、当たった。グロリアは、羽弾には光の羽をぶつけることで撃ち落とし、ルウファが距離を稼ぐ時間を与えてくれたのだ。もっとも、大した時間は稼げない。グロリアの飛行速度は、ルウファの上を行く。故にルウファはさらに時間を稼がなければならなかった。

(制限時間があるのに時間を稼ぐっていうのは、本末転倒だけど)

 ほかに方法がない。

 おそらく、ルウファの持ちうる攻撃では、メイルケルビルを突破することはできない。最大能力を発揮したメイルケルビムは圧倒的だ。現在のルウファでは勝ち目がない。さっきの竜巻も、ルウファの実力を図るための低威力のものに過ぎず、本気になれば、あんなのものではないのだ。

 それがわかっているからこそ、ルウファは距離を取るのも全力で行わなければならない。一瞬足りとも気を抜けないのだ。油断を見せればそのときには戦いは終わっていることだろう。

 全速力でマルダール上空を飛ぶ。眼下では、解放軍本隊とジゼルコート軍の戦闘が繰り広げられている最中であり、激戦の様相を呈していた。兵力も戦力も解放軍のほうが圧倒的に上回っているのだが、なにぶん、戦場が狭いのだ。まず、幾重にも張り巡らされた城壁と城門をひとつずつ突破していかなければならない。城門を破壊することそのものは大した問題ではないが、門を突破した先には敵戦力が待ち受けている。それらを撃破しながらマルダールに到達するのは、容易いことではなかった。戦場となる空間の狭さは、兵数の少ないジゼルコート軍にとって有利だ。

 だが、このまま戦闘が続けば、勝つのは解放軍だ。戦力差は、圧倒的なのだ。

 ジゼルコート軍の主力は、グロリアたち三人の武装召喚師と断定できる。ほかに武装召喚師がいる可能性もないではないが、いまのところそれらしい姿はない。たとえほかに武装召喚師がいたとしても、それらに対抗できる程度の武装召喚師は従軍している。

 その点では心配する必要はない。ただ、眼下の味方を援護したいという気持ちを抑えなければならないのは辛かった。自軍を援護するために攻撃を繰り出した瞬間、グロリアの攻撃がルウファを襲うだろう。

 後方、グロリアは猛追してきている。

 稼いだ距離は、あっという間になくなったのだ。

「どう、限界を超えるというのだ?」

「それをこれからお見せするといっているんです」

 振り向きざま、左右の翼を水平に薙ぎ払い、風圧を刃のようにして飛ばす。二枚の風刃は一直線にグロリアに向かっていったが、彼女を斬り裂くことはなかった。大気の防壁が風刃を吹き飛ばしたのだ。グロリアが光の翼を大きく広げる。光の羽が無数に射出されるのが見えた。誘導追尾弾。

「楽しみだが、期待を裏切ってくれるなよ」

「ええ、ご期待通り、撃ち落として差し上げますよ、師匠」

 一瞬にして光の羽の数を認識したルウファは、六枚の翼から同じ数だけの羽弾を射出するとともに前方に空気を凝縮させた。羽弾が迫り来る光の羽を迎撃する中、撃ち漏らした光の羽を空気の防壁で受け止めるものの、いくつかはその防壁をも貫き、ルウファの体に到達した。もっとも、防壁によって速度が減衰していたこともあり、体を貫くようなことはなかったが。左太腿と右脇腹、右肩に突き刺さっている。

(さすが)

 ルウファは、各所の痛みに歯噛みしながらも、貫通しなかったことには感謝した。そして、すぐさま目の前の大気の防壁を爆散させ、無数の空気弾として前方に拡散し、自身は後退する。シルフィードフェザーの力を最大限に引き出すには、まだ時間がかかる。

「いうようになった」

 グロリアは、空気の散弾の尽くを光の風で消し飛ばすと、悠然と追撃してきた。

「俺だって、成長してるんです」

「それは、理解しているよ」

 グロリアが肯定してくれるのが意外すぎて、ルウファは面食らった。グロリアから離れて数年。彼女はその間も、ルウファの活躍を耳に留めてくれていたのだろうか。そうなのだろう。師匠は、そういうひとだ。

「おまえは強く、雄々しくなった。見違えるほどにな。少なくとも、以前のひ弱なおまえはどこにもいない」

 グロリアは、予期せぬことを告げてきながら、それでも攻撃の手を緩めようとはしなかった。光の翼が乱舞し、輝く風の刃が無数に殺到する。ルウファは空中を飛び回ってそれらを回避しながら、背後を一瞥した。風刃の速度は凄まじく、完全に回避するのは困難だった。特にルウファはシルフィードフェザーの力を解放することに集中しなければならず、回避に専念している場合ではないのだ。

「お褒めの言葉、ありがたく受け取ります」

「皮肉でもなんでもないぞ」

「わかっていますよ」

「それなら、いい」

 振り向き、六枚の翼を前方に展開する。翼の先に大気を圧縮し、高密度の空気弾として撃ち出す。グロリアは、すでに目の前にいた。ぞくりとする。解き放った濃密な空気弾を軽々と霧散させると、ルウファの懐にまで飛び込んでくる。ごく至近距離。グロリアの鼻息が耳に触れた。

「だが、それだけでは、この国を守ることは愚か、わたしに打ち勝つことなどできんぞ」

「わかっていますよ」

(師匠は、強い)

 圧倒的だ。

 これまで様々な敵と戦ってきた。

 皇魔、武装召喚師、十三騎士。強敵も多かった。中でも記憶に残っているのは、クルセルク戦争で戦ったウィレドと、ヘイル砦で交戦した十三騎士のシヴュラ・ザン=スオールだ。いずれもルウファひとりでは手に負えないほどの強敵であり、ウィレドは戦女神ことファリア=バルディッシュがいなければ撃破できず、シヴュラに至っては撃破すら出来ていなかった。

 そんな強敵と比べても遜色ないのが、グロリアなのだ。

 ルウファは、いまのところ、グロリアに一撃足りともくれてやれていない。むしろ、こちらのほうが手傷を負わされている始末であり、現状、どちらが有利なのかは一目瞭然だった。押されている。それも、圧倒的といっていいほどの差で、負けている。

 だが、ルウファは勝つ気でいたし、このまま負けるつもりではなかった。

「では、どうする? この状況、どう覆す?」

 グロリアの何十枚もの翼がルウファの視界にあざやかに輝いていた。

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