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第千四百十一話 マルダールの戦い(七)

 突風の如く突貫してきたアスラに対し、ミリュウは、ラヴァーソウルを振り翳して応戦した。もはや刀身の形を成していない無数の刃片は、磁力によって結びつけられており、鞭のようにしなりながら迫り来る敵に殺到する。アスラの目が笑う。彼女の体が急激に後退し、刃の鞭が空を切る。直後、アスラが再び接近してきたかと思うと、ミリュウの真横を掠めていった。左肩に衝撃が走る。猛烈な痛みに血の気が引き、体が揺れた。掠めただけとは思えないほどの衝撃は、アスラの突進速度の凄まじさを意味している。

 振り向きざま、右腕だけでラヴァーソウルを振り抜く。無数の刃片が虚空に剣閃を描くが、すでに間合いを離れたアスラを捉えることはできなかった。空を切り、そのまま刀身の形状へと収束する。アスラは、遠く離れている。そして、嘲笑うようにこちらを見下ろしていた。上空。斬撃の間合いの外。もっとも、ラヴァーソウルは斬撃だけが攻撃手段ではないし、この程度の距離ならばなんの問題もない。

 それよりも気になるのは、左腕のことだ。アスラの体当たりが掠めたのは左肩であり、その際の痛みはいまも鈍くうめくように残っている。さらにいうと、肩から下、つまり左腕がいうことを聞かなくなっていたのだ。ぶらりと垂れ下がったまま、動いてもくれない。

「さすがはミリュウお姉さま。素晴らしい反応ですわ」

 ミリュウは、上空のアスラを睨み据えながら、無反応なままの左腕を捨て置いた。肩の骨が折れたのか、あるいは脱臼したのか、いずれにせよ、左腕が使い物にならなくなった以上、そのことにこだわっている場合ではない。戦力低下も著しいが、拘っている間に敵に隙を見せてはそれこそ本末転倒だ。

「あのとき、わたしを殺そうとした瞬間よりも、ずっと鋭く、恐ろしい目。ぞくぞくしますわ」

 大げさに身震いするような仕草をして見せてくるアスラの姿に、ミリュウは、冷ややかなまなざしを向けるほかなかった。

 アスラは、変わった。

 少なくとも、ミリュウの知っているアスラではなくなってしまったらしい。

 そのことが少し残念なような、安堵したような、微妙な感覚がミリュウの中にあった。別人に変わってしまったというのなら、彼女を再び殺すことに思い悩む必要はない。

 別人なのだ。

 そう言い聞かせることができる。

「さあ、お姉さま。もっとわたしを楽しませてください。あのときよりももっと長く、深く、熱く――殺しあいましょう!」

「嫌よ」

 ミリュウが一蹴すると、アスラは一瞬、気色ばんだ。

「なっ」

「あたし、暑苦しいのは嫌いなの」

 ミリュウは、瞬時に後ろに向かって飛んだ。そして、跳躍と同時にラヴァーソウルを背後にかざす。刃片を環状に配置し、その中を踏み抜くように足を落とす。反動。磁力同士の反発がミリュウの体を前方へと弾き飛ばす。前方上方への超加速。アスラとの距離が一瞬にして縮まる。アスラの怒りに燃えた表情が、笑顔へと変わる。寒気がした。ミリュウがラヴァーソウルを振り上げたときには、アスラの姿は視界から消えていた。殺気は頭上から――。

 剣を振り上げると同時に衝撃が走り、激突音が響いた。火花が散る。ラヴァーソウルが受け止めたのは、アスラがいつの間にか抜いていた直剣。飾りも簡素な剣は、通常武器に違いない。ラヴァーソウルの刃片で絡め取り、圧力をかけて破壊する。アスラが笑い、距離を取る。ミリュウは相手を視界に収めたまま着地すると、ラヴァーソウルを展開してアスラの出方を窺った。

「いけずですこと」

「あんたなんてさっさと倒してしまわないといけないのよ」

「でも、そういうところが素敵なんですけれど」

「なんなのよ、いったい!」

 ミリュウが憤りを覚えたのは、アスラがこちらの話をまったく聞いていない上、攻撃が効いてもいないからだ。ただの剣を破壊したところで、なんの意味もない。

「なんなのと、申されましても」

 アスラが口に手を当てて、微笑んでくる。艶然たる笑み。媚態といっていい。その表情がミリュウの中の嫌悪感を増大させるのだが、当然、相手には届いてはいまい。

「わたしはただ、ミリュウお姉さまのことをお慕い申し上げているだけですわ」

「残念ね」

 地を蹴って、後退する。近接武器を用いながら距離を取るのは悪手というほかない。だが、アスラとは接近戦をしたくはなかった。それが相手の思うつぼなのだとしても、構わない。飛び退きながらラヴァーソウルを振り回し、刃片を飛ばす。磁力の反発によって生み出された斥力を利用して射出された刃片は、まるで矢のようにアスラへと飛んで行く。

「あたしが愛しているのはセツナだけよ」

「では、やはり、セツナ伯を殺さなければなりませんね」

「はん」

 刃片を容易く回避するアスラを認め、刃片による遠距離攻撃では彼女を仕留めることは難しいことを悟る。空王は、空中を高速で移動することを可能とする能力を持っている上、空中での姿勢制御もお手のものらしい。

「セツナが、あんたなんかに殺されるわけないでしょ」

「どうでしょう?」

 彼女は艶やかに笑うと、刀身の半ばで折れた剣を投げつけてきた。ミリュウは、刃片を発射して、剣を視界から吹き飛ばすと、アスラがさらに短剣を投げつけてくるのを見て取った。またしても刃片で対応する。立て続けに投射された数本の短剣は、ラヴァーソウルから発射された刃片によって撃ち落とされ、地面に落ちた。アスラは、さらに数本の短剣を手にしながら、告げてくる。

「エレニア=ディフォンなどというただの騎士に殺されかけたそうじゃないですか。わたしがセツナ様を誘惑すれば、簡単に殺せてしまいそうですわ」

「誘惑?」

 ミリュウは、アスラを睨んだ。ラヴァーソウルを振り上げ、刃片の鞭でアスラを殴りつけんとする。

「そんなこと、させないわよ」

「あら、そっちですか?」

 アスラは平然と右に流れて刃を回避するが、ミリュウは透かさずラヴァーソウルを真横に振り抜き、アスラの胴体を薙ぎ払おうとした。刃片の群れがアスラに襲いかかるも、アスラは瞬時に上空に移動して、かわしてみせる。空を切った刃のうちの幾つかが地面に落ちた。勢いをつけすぎたとでもいわんばかりに。

「なにが!」

「殺すことより、誘惑することのほうが許せないんですね」

「どっちもよ!」

 ミリュウは諦めず、ラヴァーソウルで斬りつけようとするが、アスラはラヴァーソウルの届く範囲の外にまで逃れていた。上空。ラヴァーソウルを届かせるには、刃片が足りない。ラヴァーソウルは、無数の刃片を磁力によって結んでいる。刃片の数が多ければ多いほど射程を伸ばすことができるし、様々な攻撃方法を取ることができる。逆をいえば、刃片の数が少なければ少ないほど攻撃範囲は狭くなり、攻撃手段も減るのだ。しかし、ミリュウは、構わずラヴァーソウルを振り回した。アスラはその様子を見てだろう、面白おかしく微笑んでくる。

「うふふ、可愛らしい」

「アスラ!」

「でも、駄目です」

 アスラが告げてきた瞬間、彼女の両方の肩当てが変形した。正面の装甲が上下に開くと、中から宝玉のような結晶体が姿を見せる。ミリュウは、空王の変形を目の当りにするとともに後ろに飛び退いていた。嫌な予感がした。

「勝ちは譲れません」

 空王の両方の宝玉が同時に発光したかと思うと、直後、爆音が轟き、衝撃波がミリュウの体をなぶった。大地が破壊され、土砂が舞い上がり、刃片も踊る。そんな中を大きく吹き飛ばされる。なにが起こったのか、瞬時にはわからない。ただ、空転する視界の中で、ミリュウは体を貫く激痛を感じていた。

「一度は死んだ身。死体の海で再び産声を上げて、ようやくここまで来られたんです。勝つのはわたしですよ、お姉さま。あなたを倒し、殺し、滅ぼして、その血も肉も、すべてわたしのものにしてしまいます」

 地面に背中から叩きつけられ、一瞬、呼吸が止まった。ほんの一瞬だけだ。いまは呼吸も回復しているが、全身が痛みを訴えてきている。全身。左肩だけではなく、全身が酷い激痛に苛まれていた。空王の広範囲攻撃。口の中に砂が入り、気持ち悪い。唾と一緒に吐き出し、右手だけで上体を起こす。痛みが激しいものの、体を動かすことそのものに問題はなかった。動かないのは左腕だけだ。それだけでも十分に不利なのだが、そんなことをいっても始まらない。

「……冗談」

 立ち上がり、相手を睨みつける。

 アスラは、地上に舞い降りていた。空王の宝玉は装甲の下に隠されている。おそらく、先の広範囲攻撃は、空王の攻撃方法の中でも特に破壊力が高く、同時に消耗の激しいものなのだろう。最初から使ってこなかったり、連発できないということは、そういうことだ。

 周囲。なにもかも破壊されている。丘の斜面が大きく抉れ、水平になってさえいた。とんでもない破壊力。ミリュウが一瞬でも避けるのが遅れていれば、まず間違いなく巻き込まれ、即死していたかもしれない。アスラは、ミリュウを本気で殺そうとしているのだ。容赦など、一切する気もない。

 手が震えている。体が熱い。どこかの皮膚が破れ、血が流れているようだ。だが、幸いにも意識を失うほどの重傷でもなければ、右腕は動いた。

「あたしのこの体に流れる血も、この体も、魂さえも、ひとつ残らずあのひとのものよ。あんたなんかにくれてやるものですか」

 ミリュウの脳裏には、彼の姿が浮かんでいた。彼女がすべてを捧げるべきただひとりの人物。セツナ。彼のためにも、負けられないし、死ぬわけにはいかない。

「この期に及んで、強気な姿勢を崩さないところ、好きですよ」

「この期もなにも、まだ負けてもいないわよ」

「いいえ、お姉様」

 アスラが聞き分けのない子供を諭すような口ぶりで告げてくる。

「あなたの負けです」

「……あたしの負け?」

「空王は、お姉さまに勝つために呼び出した召喚武装。お姉さまのラヴァーソウルを完封する手段くらい、考えておりましてよ」

 アスラはそういうと、両腕を広げてみせた。まるで周囲をよく見ろとでもいわんばかりの仕草に、ミリュウは、怪訝な顔になりながら周囲を見た。そして、気づく。分厚い空気の層のようなものがミリュウとアスラを包み込んでいた。半球形の空間が作り上げられている。

(ラヴァーソウルを完封?)

 ミリュウは、右手を見下ろした。手にはラヴァーソウルの柄がある。深紅の太刀の真紅の柄。鍔から先は、ない。刀身はすべて、刃片に変えている。刃片化した刀身は磁力によって結ばれ、鞭のようにしなったり、射出して飛び道具となったりするのだが、その刃片が見当たらなかった。少なくとも、ラヴァーソウルと結び付けられてはいない。

「ガンディアは、所属する武装召喚師の運用法を完全に把握するために、召喚武装の資料を作っていますね。それは軍としては正しいことかもしれませんが、こういう場合、裏目に出ますよね。ミリュウお姉さまのラヴァーソウルの能力、資料がなければわかりませんものね」

「そういうこと」

 ミリュウは、勝ち誇るでもなく微笑みを浮かべるアスラの顔を見据えたまま、ラヴァーソウルの柄を握り締めた。通常、柄から発せられる磁力が刃片を引き寄せるのだが、現状、刃片を引き寄せることなどできそうにはなかった。空王が生み出した空間の中にいる限り、ラヴァーソウルは無力化されるということだ。

「それではお姉さま、お覚悟を」

「覚悟なんて、とっくにしてるわよ」

 アスラが空王の砲口を開放するのを見つめながら、ミリュウは、冷ややかな表情を浮かべた。


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