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第千四百九話 マルダールの戦い(五)

「何度も見た。目に焼き付いているほどに、見たさ」

 発散していく雷光の中で、オウラは、体に付着した土砂を払い落とした。さっきまで地中に潜っていたようなのだ。服も鎧も皮膚も、砂を被っていた。ファリアが極大の雷撃を放つ瞬間、地中に退避したのだろうが、それにしても早過ぎるというほかない。通常、間に合うような速度ではなかった。

 ファリアは、無言のまま、オーロラストームを連射した。蛇行する紫電が雨の如くオウラを襲いかかったが、それらはすべてなにかに弾かれたかのように、散り散りになっていった。ファリアは透かさず強力な雷撃を発射したが、大気を貫く雷光の奔流もオウラに直撃することなく四散し、四方八方に流れていった。

「オーロラストーム。雷撃を放つ召喚武装。対策をしていないとでも想ったか?」

 オウラが自分とともに隆起した岩石を押しのけるようにした。岩石が崩れ落ち、土砂が舞い上がる。雷撃を放つ。またしても、なにかに妨げられ、オウラには掠りもしない。オウラは、おもむろに拳を振り上げると、足元の地面を殴りつけた。

(対策……)

 ファリアは、牽制に小威力の雷撃を放ちながら、後ろに右に飛んだ。直後、さっきまでファリアが立っていた地面から岩石が隆起する。ゆっくりとではない、一瞬でだ。直撃を喰らえば足が骨折するどころでは済まないだろう。衝撃で死ぬのは間違いない。

 武装召喚師の戦いというのは、これだ。

 互いに一撃必殺の攻撃を繰り出す。直撃を受けたほうが死ぬ。敵の攻撃は避け続けなければならず、避けながらこちらの攻撃を当てなくてはならない。それも、精神的、肉体的に消耗し尽くす前にだ。

 オーロラストームから放たれた雷光は、虚空を鋭角的に蛇行しながらオウラに殺到したが、またしても彼の目前で爆ぜた。まるで雷光の結びつきそのものが解かれていくかのように散っていく。ここまで攻撃して掠りもしないということは、オーロラストームで雷撃を放つのは消耗の無駄だということだ。

 ファリアは、さらに後ろに飛んで地中からの岩石攻撃を回避すると、オウラの姿が掻き消えていることに気づいた。気配も感じられない。全神経を研ぎ澄ましているのにもかかわらずだ。まるで空間転移したかのように、忽然と消失してしまっていた。

(そんなこと、あるわけがない)

 オウラの召喚武装アースレイカーは、大地を司る召喚武装であり、空間転移能力など持ちあわせてはいない。ジゼルコートの下での修行の末、そのような能力を身につけた可能性も皆無ではないが、大地を操るアースレイカーに空間転移能力が発現するのは、考えにくい。

 召喚武装はそれぞれに様々な能力を持っている。オーロラストームならば電気を操り、雷光の束として射出する能力。シルフィードフェザーならば大気を操り、飛翔する能力。アースレイカーならば大地を操り、大地を隆起させたり、陥没させる能力といった具合にだ。そしてそういう能力には、ある種の傾向があるのだ。

 たとえば雷を司るオーロラストームが炎を発生させるようなことはできないし、シルフィードフェザーが大地を支配することなどできない。いわゆる属性という奴だ。雷に属した召喚武装が、他の属性の能力を用いることは、基本的にはできないと考えていい。

 そして、なんらかの属性を持つ召喚武装が空間転移能力を持つことは、非常に稀だ。

 そもそも、空間転移能力そのものが希少価値の高い能力なのだが。

 オウラのアースレイカーは地に属している。空間転移能力ではなく、大地に関連する能力を用いていると考えるべきだ。

(さっきのように……!)

 ファリアは咄嗟に跳躍すると、クリスタルビットを射出し、空中に固定、足場を組み上げるとそこに着地し、さらにもう一度後ろに飛んだ。空中で足場を組み直し、着地する。つぎの瞬間、ファリアが立っていた地面一帯が崩落を始めた。大地に亀裂が走り、連鎖的に崩れ落ちていく。

 マルダールの丘に大穴が開いたかのような崩落現象は、紛れもなくアースレイカーによる攻撃であり、空中に逃れていなければ巻き込まれていただろう。ファリアは、結晶体の足場を空中に固定したまま、大規模な崩落現象を見届けた。崩落は、ファリアの真下の地面のみならず、周囲の地盤を激しく揺るがしており、城壁さえも巻き込んでしまっていた。焼け焦げた地表や無数の亡骸が土砂に埋もれ、莫大な量の土煙が舞い上がり、視界を土色に染めていく。

 クリスタルビットの足場に立ったファリアは、オーロラストームを下方に翳した。オウラの姿は見えないが、地中のどこかにはいるはずだ。しかし。

(雷撃は無力化される)

 ファリアは、それでもオーロラストームを下方に構えたまま、崩落現象が収まるのを見届けた。後方に激しい物音がしたかと思うと、気配が出現する。振り向き様、雷撃を放つ。紫電の帯は、瞬時に地中から飛び出してきたオウラの元へと殺到し、四散した。

(やはり、無駄)

 再確認する。オーロラストームの雷撃は、どういう理屈なのか完全に無効化されているようだ。ここまで確認したのだ。これ以上の射撃は無意味どころか相手に隙を晒すだけになる。原因さえわかれば対処法も思いつくかもしれないが、理屈がわからない以上、射撃に拘るのは得策ではない。

 オウラは、口の中に入っていたらしい砂を吐き出すと、こちらを見上げてきた。眩しそうに目を細める彼の表情には、諦観が浮かんでいる。どういう心情なのか、ファリアには想像もつかない。想像する意味もない。いまは戦いのまっただ中だ。相手の気持ちを考えてあげる余裕などあろうはずもない。

「随分大規模な攻撃ね」

 濛々と立ち込める砂煙の中で、ファリアは口を開いた。オウラとの間に横たわるのは、数歩ほどの距離。オウラが一足飛びに攻撃をしかけてくるには遠すぎ、射撃戦で有利に立つには少々短すぎる間合い。もっとも、雷撃は効果がなく、射撃戦を仕掛けたところで精神力の無駄でしかないだ。

「君も似たようなものだろう。あれで、我が隊は全滅した。俺を除いてな」

「無効化できるのなら、部下も護ってあげればよかったのに」

「君があそこまで容赦ないとは想像していなかった」

「だから自分に落ち度はないって?」

「そうはいっていないさ。それくらい考えておくべきだったと反省している。君は一切の容赦も油断もなく、同郷人を殺せるらしいな」

「あなたは、敵でしょう」

 ファリアは、オウラを冷ややかに見やった。まさかオウラからそのような言葉が飛び出してくるとは想像もしていなかった。オウラも実戦経験の豊富な武装召喚師のはずだ。同じリョハンの人間、同じ教室で育ったもの、《協会》に所属する武装召喚師であったとしても、敵対すれば全力で殺し合わなければならない。それが法理だ。

「敵は、討つ。それだけのことよ」

 ファリアが告げると、オウラは、ただ静かにうなずいてきた。

「……いい目だ。さすがは次代の戦女神といったところか」

 今度は、ファリアが目を細める番だった。戦女神の継承。その話は、すでに終わったことだ。リョハンにて、戦女神本人と話し合い、終わったことなのだ。

「戦女神は、大ファリア様の代で終わりなのよ。これからは人間の時代」

 宣言には、多少、覚悟が必要だった。それを言葉にするということは、祖母の死を認めることに等しい。

 戦女神ファリア=バルディッシュは、昨年末の時点で年を越せるのかどうかすらわからないほどに弱っていた。祖母自身が死が迫っていることを知っていたからこそ、ファリアはリョハンに呼ばれたのだ。そして、話し合う機会が持たれた。

 祖母が年を越えることができたのかどうかさえ、ファリアにはわからない。リョハンは遠い。リョハンの情報がガンディアに伝達するには長大な時間がかかる。マリクがレイヴンズフェザーを用いて知らせてくれるということもなかった。だから、ファリアはまだ、祖母が存命中なのか、それとも死んでしまったのかわからなかった。

 ただひとつ、確かめる方法はある。

 あるが、それをする勇気がなかった。

 死が迫っていることは理解していたし、祖母の弱り切った様子も見ている。もう長くはないということも受け入れてはいた。だが、それはそれだ。現実に祖母の死を受け入れられるかどうかは別の話だ。

 だから、いまこうして戦女神の話をすることも、嫌だった。

「リョハンの人々がそんな話を受け入れられるとは思えないが」

 オウラのいうことももっともだ。戦女神という支柱に寄り添い、頼り続けてきたひとたちが、そんな簡単に振りきれるとは思えない。

「そうね。でも、変われるわよ。人間ですもの」

「ひとは、そう簡単には変われないさ」

「変われるわよ」

 ファリアは、断言とともにオーロラストームから結晶体を切り離した。結晶体は無数にある。それらすべてを同時に操ることこそ、クリスタルビットの真価であり、リョハンで体得した技術なのだ。

「少なくとも、わたしは変わったわ」

「そうかな。俺には、そうは見えない」

「あなたは部外者だもの。わたしのことなんて、わかるわけがないでしょう?」

「それはそうだ」

 オウラが苦笑を漏らす。その瞬間にもファリアはクリスタルビットを四方に展開し、陣形を構築していく。全周囲、あらゆる角度、方向に結晶体を配置し、隙を埋める。オウラは、そんな様子を眺めながら、拳を構えた。アースレイカーは両腕を覆う篭手型の召喚武装だ。能力は、見ての通り大地を操り、岩石を隆起させたり、大規模な崩落を起こすというもの。地上の敵に対しては強いものの、空中への攻撃は不得意だ。だからこそ、ファリアは空中に結晶体を固定し、足場としている。

「それに君が変わっていようと変わっていまいと、この戦いには関係がない」

「ええ。そうよ。わたしは容赦なくあなたを殺すだけ」

 倒すのではなく、殺す。

 敵なのだ。

 敵に回ってしまったのだ。情けをかけた結果、自分が負傷するような事態になってはならない。容赦した結果、味方に損害が発生するようなことがあってはならない。これは戦争なのだ。謀反を鎮圧するための戦争。謀反側に属し、敵対し続けるものに対し、甘さを見せてはならない。それでは、これまでの戦いさえも否定してしまう。これまで築き上げてきた全て。

 彼の決意や覚悟にまで泥を塗る行為だ。

 セツナ。

 彼のためにも、負けるわけにはいかないのだ。

「いい言葉だ。実現できるかどうかは別としてな」

 オウラが、不意に指を鳴らした。

 ファリアは即座に跳躍し、瞬時に構築した結晶体の足場に飛び移ると、さらに左後方に跳躍した。足元に結晶体の足場を組み上げ、地中から隆起した砂柱によって最初に立っていた足場が飲み込まれるのを見届ける。続けざまに隆起する砂柱が、足場とした結晶体を飲み込むのを見て、ファリアは再び跳躍した。跳躍と足場の構築をほぼ同時に行いながら、有り余る結晶体のいくつかをオウラに突撃させる。四方から殺到するいくつもの結晶体に対し、オウラは、表情ひとつ変えず、ただ指を鳴らした。彼の足元から土砂が舞い上がり、薄い壁となる。

(無駄よ)

 結晶体の硬度ならば、砂の壁くらい突き破れるという確信が、ファリアにはあった。そして、オウラの攻撃が止んだことで、彼が攻撃と防御を同時には行えないことを認識し、彼女は勝利を確信する。もっとも、結晶体が砂の壁を突き破り、彼の体を破壊すればそれで終わりなのだが。

(そう、これで……!)

 しかし、ファリアがつぎの瞬間目の当たりにしたのは、予期せぬ出来事だった。砂の壁に突貫した結晶体は、砂中に入った瞬間、突如として推進力を失い、砂に埋もれてしまった。オーロラストームによる操作も受け付けず、砂中から離脱することもかなわない。ひとつだけではない。オウラに殺到したすべての結晶体が砂壁に埋まり、そのまま動かなくなったのだ。

(どういうこと?)

 ファリアは、砂壁が崩れ落ち、オウラが悠然と姿を見せる様を見つめながら、視界の端で砂柱が崩落するのも認識した。そして、愕然とする。結晶体の足場が消え失せていたからだ。結晶体は、そう簡単に壊れるようなものではない。少なくとも、砂の塊を叩きつけられたところで破壊されるようなものではないのだ。つまり、砂柱に飲まれ、そのまま一緒に落下していったということなのだが、そもそも、砂に飲み込まれたからといってファリアの命令を効かなくなるわけがない。クリスタルビットを極めるため、その程度のことは試している。

 結晶体は、オーロラストームと電気の力で結ばれ、オーロラストームを握るファリアの命令を受け付けている。たとえ足場そのものが崩れるようなことがあったとしても、結晶体が本体と結びついている限り、彼女の命令に従わないわけがないのだ。だが、現実に砂に飲まれた結晶体は、ファリアの命令を受け付けず、砂に埋もれたままだった。

 ファリアは、自分が立っている結晶体の足場を一瞥し、無事であることを確認して安堵する。オウラの放った砂に触れた瞬間、クリスタルビットはその制御を失った。つまり、砂にさえ触れなければいいということだが、オウラの砂柱攻撃がどこからでもできる上、砂柱攻撃を避けるたびに結晶体を飲まれ続ければ、いずれ結晶体をすべて失うことになる。そうなれば、ファリアが彼を攻撃する手段は失われるということだ。

(雷撃は効かない。結晶体も意味がない)

 では、どうするのか。

「オーロラストームは強力な召喚武装だ。遠距離から高威力の雷撃を放つことができるだけではなく、様々な軌道、性能の雷撃を撃ち分けることができる。広範囲高威力の雷撃、超射程低威力の雷撃、至近距離超威力の雷撃――多彩な雷撃を操る君は、まさに雷神とでもいうべき存在だ」

 オウラが饒舌なのは、彼の思惑通りの展開になっているからなのかもしれない。

「そんな君に打ち勝つには、どうすればいいか。散々考えたよ。この半年、ずっと考えていた」

「半年?」

「ジゼルコート伯の元についたときから、予感はあった。君と敵対することになる確信めいた予感がね。予感が確信に変わったのが半年前。それから、君を倒す方法を考え続けた」

 オウラの表情は相変わらずどこかに諦観があるように見えた。彼がなにを諦めているのかなど想像する意味もないし、そんなことに時間を割く必要もない。が、気にはなった。気になりつつも、彼の言葉のほうが重要であり、その内容に想いを馳せた。

 半年。

 彼は、アスラリア教室出身の優秀な武装召喚師だ。半年も考え続ければ、対策のひとつやふたつ思いついて当然だろうし、その点では、彼のほうが遥かに有利だった。少なくともファリアは、彼を仮想敵に考えて訓練を積んでいたわけではない。彼が敵に回る可能性そのものは何度も考えている。彼はジゼルコートの配下であり、ジゼルコートには疑念があった。ジゼルコートがレオンガンドの敵に回れば、彼がファリアの敵になるのは当然のことだ。彼がジゼルコートの元を辞さない限りは、敵対することになる。

 だから、ファリアは、たとえジゼルコートがレオンガンドを裏切ったとしても、彼がジゼルコートの元を離れることを願ったものだ。ジゼルコート軍にさえ属していなければ、戦う理由はない。

 しかし、彼はジゼルコートの元を離れなかった。それどころか、率先して、ファリアを倒すための算段を立てていたというのだ。

「そして思い至ったのがこれなのね」

「そう……この絶縁領域こそが、君に対し優位に立ちうる数少ない方法だ」

(絶縁領域……)

 ファリアは、オウラが勝ち誇るでもなく告げてきた言葉によって、この惨状の意味を理解した。大規模な崩落現象こそ、オウラがその能力を行使するための条件だったのではないか。だから、避けられる可能性のある大規模破壊を仕掛けてきたのではないか。

「ここでは、君の雷撃も、クリスタルビットも意味を成さない。我がアースレイカーの力が、オーロラストームの力を霧散させるのだからな」

 オウラが、徐ろに拳を振り上げると、眼下の土中から岩石が噴き出してきて、ファリアに襲いかかってきた。すぐさま飛び退いて、落下中に足場を組み上げる。着地と同時にさらに飛ぶ。右へ。続け様に飛来した岩石を回避しながら、口を開く。

 雷撃も結晶体による攻撃も意味をなさないのであれば、ほかに方法はない。

 ファリアは、覚悟を決めた。


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