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第千四百八話 マルダールの戦い(四)

 閃光が城壁を破壊する寸前、彼女は確かに見た。

 戦場を悠然と離れる女の姿を目撃し、その瞬間には、彼女はみずからの体をラヴァーソウルの刃片で包み込んでいた。磁力による反発で、自分自身の体を弾き飛ばし、急加速させる。破壊された城壁を飛び越え、さらにもうひとつの城壁を飛び越える。丘そのものが要塞化したマルダールには、幾重の城壁が張り巡らされており、ひとつやふたつ突破したところで、マルダール市内に辿り着くことは不可能だった。

 ミリュウは城壁のふたつ目を飛び越えると、磁力刃を利用して着地した。城壁と城壁の間の狭い空間。そこには敵兵が潜んでおり、ミリュウが着地するなり、一斉に彼女を包囲するべく動いた。が、ミリュウは意にも介さぬまま、ラヴァーソウルを無造作に振り抜いた。磁力によって結びついた無数の刃片は、鞭のようにしなりながら前方広範囲の敵兵を横殴りに斬りつけていく。いや、斬るというよりは貫くといったほうが正しい。鋭利な破片が敵兵の真横から殴りつけ、そのまま鎧を突き破り、肉や骨、内臓を貫いてつぎの兵士を攻撃していた。胴体を真っ二つに断ち切られるよりも余程強烈な痛みが発生している。たったひと振りで十数人が死ぬか致命傷を負い、彼女の目の前で這いつくばった。飛来する矢の尽くも刃片の防壁で受け止める。ラヴァーソウルの強みは、攻防一体のところにある。無数の刃片となり意のままに操ることのできる磁力刃は、攻撃にも防御にも使えるのだ。

 ふらり、と視界が揺れる。左手で頭を押さえると、ラヴァーソウルを後方に振り回した。敵兵は、なにも前方のみにいたわけではない。後方の、本来ならば死角となる角度にもいて、突貫してきていた。無造作に振り回したラヴァーソウルの刃が敵兵の群れを一撃の元に葬り去るのを確認するまでもなく、彼女は歩き出した。

 消耗による疲労が残っている。

 つい今しがた、大技をぶちかましたのだ。

 ヘイル砦ほどのものではない。ひとつめの城門と城壁を破壊する程度のものだ。威力も範囲も調節している。が、それでも戦闘に支障が出そうなほどの反動があり、いかにこの能力の負担が大きいかということがよくわかった。

 わかりきっていたことだ。

 人間が使うべきものではないのだから、消耗は激しく、負担も反動も大きい。何度となく使う内に調節できるようになったものの、それでも、人間が使いこなすのは困難を極めた。

 魔龍だなんだといったところで、所詮人間は人間にすぎない。

 知識だけは人間以上だとしても、体は人間そのものだ。

(“血”も受け継いでいれば、違ったのかな)

 リヴァイアの“血”は、不老不滅を肉体に与える。しかし、精神はどうか。変わらないかもしれない。そこまで考えて、彼女は苦笑を漏らした。いまさらリヴァイアの“血”を欲したところで、どうなるものでもない。欲しくもない。“知”こそ活用できているからいいものの、“知”さえ、本当はいらなかった。

“知”は、いずれミリュウの意識を喰らい尽くし、化物へと変えてしまうから。

 それがわかっているから、“知”に頼りたくなどなかったのだが。

「随分、余裕そうですね、ミリュウお姉さま」

 声は、頭上から聞こえてきた。アスラ=ビューネルの声だった。見上げると、第三城壁の上に、彼女はいた。当然、召喚武装を身に着けている。白銀の軽装鎧を補強するような巨大な肩当てこそ、彼女の召喚武装だろう。やや細身のアスラが巨大化して見えるのは、そのせいだ。

「それにラヴァーソウル。お姉さまのように美しく、激しい。お似合いですわ」

「あなたのそれは、あまり似合っていないわね」

「それは残念です」

 アスラは、こちらを見下ろしながら、至極残念そうに微笑んできた。本心から、そう想っているのかもしれない。

「この空王は、ミリュウお姉さまとの再戦の日がくることを願って召喚したといいますのに」

(空王)

 それが召喚武装の名称なのだろう。超大型といってもいいような肩当ては、召喚武装の例に従うかのように異形だった。流線型で、ところどころに羽のような突起物がある。どのような能力かは想像もつかない。

(あたしとの再戦……)

 ミリュウは、ラヴァーソウルを構え直しながら、アスラを睨んだ。ミリュウの周囲にいた敵兵はすべて沈黙している。全員が全員死んだわけではないが、致命傷のものもこのまま放っておけば死ぬだろう。助ける理由もない。

「知っていたってわけ? ジゼルコートの謀反!」

「まさか。わたしは領伯様の配下に過ぎません。秘密主義者の領伯様が、外部と繋がりのあるかもしれないザルワーン人武装召喚師に機密事項を話すとでも想いますか?」

 彼女の言は、道理ではあった。確かに、今日に至るまで謀反を隠し通してきたほどの男が、彼女のような口の軽そうな人物に機密を明かすとは考えにくい。

「わたしはただ、もう一度、お姉さまと戦いたかっただけ」

「もう一度、あたしに殺されたいってわけね」

「それもありますが」

 アスラの体が突如として空に浮いた。肩当てからなにかが噴射されているらしく、それによって浮力を得ているらしい。

 空王。

 召喚武装の名は、召喚者がつけることが多い。召喚武装への命名は、召喚武装と召喚者の結びつきを強くするものであり、必要不可欠な儀式だった。多くの場合、召喚武装の能力と関連性のある名をつけるが、それもわかりやすさを優先してのことであり、わかりやすさこそが武装召喚師と召喚武装の絆を深める一助になるのだという。

 空王という名称も、わかりやすさを優先してのものだということは、よくわかった。

「成長したわたしを、お姉さまに見ていただきたかったのですわ」

 アスラは、空中で前傾姿勢になったかと思うと、凄まじい速度で滑空してきた。

 その突撃には、まぎれもない殺意があった。



「始まったな」

 カインは、戦場各所での激突を感覚だけで認識し、告げた。

 カインたち王宮特務は、レオンガンドを護衛するため、本体後方の本陣に配置されている。戦場の様子はよく見えないのだが、三つの召喚武装を身に着けている彼には、戦場の様子が手に取るようにわかっていた。召喚武装を手にすることで視覚、聴覚、触覚といったさまざまな感覚が研ぎ澄まされる上、身に付ける召喚武装の数が増えれば、それだけ増強されるのだ。つまり、三つの召喚武装を装備したカインの五感は、常人とは比較にならないほどのものになっているということだ。

 もちろん、利点ばかりではない。

 召喚武装を三つも呼び出すというだけでも手間であり、消耗も大きい。身に着けているだけで消費する維持費も莫大になるし、脳への負荷も大きい。だから多くの武装召喚師が召喚するのは主要な召喚武装ひとつに留めているのだ。ふたつまでならばともかく、三つも召喚する愚か者はいない。

 カインくらいのものだろう。

 カインが耐えられているのは、持ち前の生命力の高さ故であり、ほかのだれも真似できまい。その点だけ、彼は自負していた。

「なにが、始まった、なのかしら」

 ウルが、カインの口真似をしてみせてくる。

「見ればわかるわよ」

 彼女は、顎で前方を指し示し、カインの台詞を嘲笑った。

 前方、第一の城門は城壁ごと大破しており、解放軍本隊がマルダールへの突入を開始していた。現在は第二の城門を破壊しようとしているところであり、このまま順調に進めば、半日もすればマルダールに到達できるだろうといったところだった。

「俺がいったのはそういうことではない」

「じゃあ、なんなのよ」

「《獅子の尾》の戦いが始まったといったのだ」

「だったら最初からそういえばいいでしょ。格好つけて主語を抜くから、意味が通らないのよ」

「……独り言だ。君に向けていったわけではない」

 告げると、ウルが不満そうに眉根を寄せた。

「なにそれ。わたしのこと、無視するつもり? あ、わかった。わたしがガンディアの敵だということ、気に入らないんでしょう?」

「……そうかもな」

「うふふ……そうなのね。そっかあ、じゃあ、ガンディアの味方になってあげようかしら」

「そうしてくれるとありがたい」

「うふふ」

 なにが楽しいのか、愉快げに笑うウルを見つめながら、カインは戦場の風景に想いを馳せた。

 戦いは、刻々と激しさを増していく。

《獅子の尾》の武装召喚師たちと、ジゼルコート配下の武装召喚師たち。

 ルウファ・ゼノン=バルガザール、ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリア、ミリュウ・ゼノン=リヴァイア。オウラ=マグニス、グロリア=オウレリア、アスラ=ビューネル。

 敵武装召喚師のうち、アスラ=ビューネルだけは、よく知っている。カインがランカイン=ビューネルとしてザルワーンに在った頃、彼は彼女と同じ一族の人間だった。ビューネル家。ザルワーン五竜氏族の末席に名を連ねる一族は、五竜氏族の例に漏れず、支配階級、特権階級だった。末席とはいえ、一般国民とは一線を画す扱いを受けていたし、他国における王侯貴族そのものだったのは疑いようがない。そんなビューネル家に生まれ育ったランカインは、アスラが幼児の頃、お守りをした記憶がある。アスラとは兄妹というわけではないが、家が近く、家族間の仲が良かったこともあり、彼女が幼いころは遊び相手になったこともあった。そんな彼女がまさか魔龍窟に放り込まれてくるとは想像もしていなかったものだ。

 魔龍窟など、失敗作として放棄されるものだとばかり思っていたのだ。

 実際、失敗作だろう。

 人材育成のために殺し合わせるなど、愚の骨頂というほかない。たとえその結果、優秀な武装召喚師を育て上げることに成功したとしても、多くの人材を失ってまで作り上げる価値があるほどのものかといえば微妙なものだ。魔龍窟に投じられた五竜氏族の子女の中には、武装召喚師としての才能はなくとも、別の才能を持ったものも大勢いただろう。中には政治家として花開いたものもいるかもしれないし、上に立つものとしての能力を秘めたものもいたかもしれない。そういったものたちの未来を無意味に閉ざした結果、魔龍窟が作り上げることができた武装召喚師は、カインを含め、たった六人に過ぎない。しかもそのうち、四人が死亡している。

 大失敗というほかない。

(アスラか)

 風の噂では、彼女は死んだという話だった。

 魔龍窟の訓練に耐え切れず、死亡したのだと。

 そういうこともある――その噂を耳にしたとき、ランカインはそう想ったものだ。

 まさかその彼女が生きていて、ジゼルコートの配下になるとは、神ならぬ彼に想像できるわけもなかった。

 アスラはいま、ミリュウと戦っている。


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