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第千三百九十三話 愛をこの手に(十三)

「だが、それがどうした」

 レオンガンドの声が聞こえた瞬間、雷光がハルベルクの視界を灼き、左腕を激痛が貫いた。瞬時に理解し、胸中でうめく。

(ファリアのオーロラストーム……!)

 しかし、激痛は腕であり、歯噛みして無視することで足を止めずに済んだ。ただ、前進する。一歩、また一歩と、レオンガンドに近づいていく。レオンガンドは、動かない。ただ冷ややかにこちらを見ている。雷光が瞬く。蛇行する雷光。避けようがない。

「おまえはわたしに勝てない」

 つぎは、右太ももに衝撃。電熱による激痛が足をふらつかせた。転倒する。前へ。体を庇おうにも左手は使えない。右手は剣を握っている。手放す訳にはいかない。そのまま倒れこむ。衝撃。一瞬、呼吸が止まる。土のにおいがした。湿っている。そういえば、最近、雨が降った記憶があった。雨を吸った土のにおいを嗅ぐなど、いつ以来だろう。すぐに思い出せるほど直近の出来事ではない。おそらく、子供のころの記憶だろう。

 なぜ、いまになってそんなことを考えてしまったのか、自分でもわからない。

(まだ……)

 負傷した左腕で強引に体を起こしたとき、眼前にレオンガンドの姿があった。息を呑んだのは、レオンガンドが無防備な姿を晒していたからではない。そこにハルベルクが理想として追い求めてきた人物の姿が在ったからだ。

「おまえの負けだよ、ハルベルク」

 銀獅子の甲冑を身に纏う隻眼の男は、まさに獅子王と呼ぶに相応しい威容と圧力、そして迫力を備えており、ハルベルクは、震えるような想いで、その姿を見ていた。

(なにを喜んでいる?)

 自問の中で、剣の柄を握る手に力を込める。体勢的には、レオンガンドに斬りかかるのは難しい。左腕がまともに動かず、右足も重傷だ。斬りかかることはおろか、ただ立ち上がり、対峙するだけでも困難を極めるかもしれない。さすがはファリアというべき精確かつ強烈な狙撃だった。ファリアがその気であれば、ハルベルクの命を奪うこともできたに違いない。

 ファリアは、レオンガンドの後方に隠れていたようだ。ハルベルクの位置からは見えない場所にいて、そこからハルベルクを狙撃してきたのだ。まさに精密射撃といっていいような射撃力は、彼女が優秀な武装召喚師であることを証明していた。そして、容赦のなさも素晴らしいというほかない。

 ファリアといえば、リノンクレアの友人だった。リノンクレアが数少ない気の置けない間柄だという人物のひとりであり、彼女がガンディアを訪れる目的のひとつがファリアに逢うことだった。ファリアもリノンクレアのことを大切に想ってくれていたようだったし、ハルベルクのことも、友人であるリノンクレアの夫として接してくれたものだった。それだけの関係がありながら、敵に回った以上は一切の躊躇いなく攻撃できる――それが戦士というものだろうし、そのことに関してハルベルクはむしろ感謝した。

 情けをかけられるなど、以ての外だ。

(なにを愉しんでいる?)

 自問とともに、ファリアがゆっくりとこちらに近づいてくるのを感じる。

 レオンガンドの護衛のためだろう。レオンガンドは無防備過ぎた。無防備にハルベルクに近づきすぎている。ハルベルクが召喚武装を持っている可能性は考慮するべきだったし、ハルベルクが死ぬまで、後方に下がっておくべきなのだ。たとえ召喚武装がなくとも、最後の力を振り絞って斬りかかることくらい、考えるべきだ。

(……そう、考えるべきだ)

 ハルベルクは、ファリアの足音のみならず、多数の気配が自分を包囲しつつあることに気づき、目を細めた。たとえここでレオンガンドを越えることができたとしても、生き延びれまい。押し包まれて殺されるだけだ。

(いや)

 方法はある。

 グローリーオブルシオンさえ使えれば、包囲網を突破することくらいはできるだろう。グローリーオブルシオンの閃光は、目眩ましにもなる。とはいえ、それで状況が好転するわけでもなければ、悪化する可能性も大いにあるのだが。

 剣を、地面に突き刺し、支えにして立ち上がる。

「ハルベルク」

 レオンガンドが、口を開く。彼は目の前に立っている。無防備に、平然と、突っ立っている。剣の間合い。地面から抜いて斬りつければそれで終わる。確信はあるが、動けない。動けば撃たれるということもわかっている。

「ひとつ、聞きたい」

「この期に及んで、なんです?」

 苦笑する。問う前に一言断りを入れる律儀なところがレオンガンドらしいと想ったのだ。レオンガンドは昔からそういうところがあった。最近は薄れていたが、やはり、根っこのところは変わっていないのだ。

 ハルベルクの目を見つめる。ひとつだけになった目は、いつにもまして鋭く、そして、ひどく、澄んでいる。

「なぜ、わたしの敵になった」

 心音が聞こえた気がした。

 自分の心音。心臓の音。鼓動。なぜなのかはわからない。レオンガンドの問いに対する答えならばあるのだ。明確な、譲れない答えが。それなのに、問われた瞬間、動揺が生じた。

「おまえは、わたしとともに歩むと契を交わしたはずだ。同じ夢を追うと。大陸小国家群の統一という大それた、それこそ誇大妄想としか言いようのない幻想を追うと、誓い合ったはずだ。たとえ道半ば、夢半ばで倒れようとも、手を取り合って前に進むと――」

 思い出されるのは、遠い日の記憶。

 何度となく繰り返し紡いだ言葉の数々。契、誓い、約束。ハルベルクの人生を決定づけ、運命を束ねることになった魔法の言葉。呪い。抗いようのない宿命となり、縛られた。それが悪いというわけではない。それでよかったのだ。少なくとも、それで彼女は幸せだったはずだ。少なくとも、その幸せを享受していれば、彼もまた、幸福な人生を送ることができたはずだ。

 少なくとも。

 少なくとも。

「そう約束したはずだ」

「ええ。覚えています」

 肯定する。

 忘れるはずがない。忘れられるわけがない。それがすべてだ。ハルベルク=ルシオンという人間の根幹をなすものなのだ。レオンガンドという光とともに夢を追うことこそが、彼のすべてだった。人生のすべて。

 すべてを賭してでも叶えようと想った。

「だから、あなたに打ち勝たなければならなかった」

「……どういうことだ」

「いまのままでは、あなたは眩しすぎる」

 目を細める。

 それは事実だ。事実なのだ。レオンガンドの存在は、ハルベルクの目には眩しいものとなった。眩しすぎて直視できなくなるくらいになっていた。

「あなたと肩を並べ、ともに夢を追うには、いまのままのわたしでは不十分だと考えたまでのこと」

「……なにを馬鹿な」

 レオンガンドが頭を振る。理解できないというような表情。言動。彼がそういう顔をするのは、当然だろう。ハルベルクの心情も行動原理も、正常なものではない。狂っているとさえいっていい。自分自身、そう思うのだ。そう認識するのだ。

「めちゃくちゃだ。でたらめにも程がある。わたしと肩を並べられるかどうかわからないから敵になる、だと?」

「あなたを越えたとき、わたしはようやく、胸を張って、あなたとともに歩むことができる」

 そう、信じた。

 それこそ、甘い幻想だ。

 わかっている。

「馬鹿げている」

「ええ」

「そんなことのためにガンディアを、わたしを裏切ったというのか? そんなことのために、国や民を巻き込んだというのか」

「……一応、ガンディアを裏切ったわけではありませんよ」

「ジゼルコートの要請に従っただけとでもいうのか」

「そういう言い訳もあるということです」

「そんな言い訳が通用するとでも想っているのか」

「通用しなくとも、利用はできるでしょう」

「……なるほど」

 レオンガンドが納得したような表情を見せた。ハルベルクは安堵を覚える。これでたとえハルベルクが敗れ去ったとしても、ルシオンの国民に害が及ぶことはないだろう。少なくとも、ガンディアとルシオンの間に戦火が横たわることはないはずだ。レオンガンドはルシオンの言い訳を上手く利用してくれるに違いなかった。

「だが……な」

 噛みしめる。

「それがおまえの本音だとして、わたしには到底理解できることではないよ。わたしと肩を並べるためにわたしに刃を向け、戦いを挑むだと。愚かにもほどがある。おまえがわたしに勝ったとして、それでどうなる? おまえはわたしに手を差し伸べたとでもいうのか? それでなにもかも上手くいくとでも想っていたのか。馬鹿馬鹿しい」

「ええ」

 少なくとも、彼の想いは叶えられる。

 少なくとも、胸を張って、彼の隣に立つことはできるようになる。

 少なくとも、彼女の愛をこの手に掴むことはできる。

「いくわけがないだろう」

 レオンガンドの言葉は、冷ややかだ。

「おまえはわたしの敵になったのだ。敵として立ちはだかり、刃を向けた。そうなった以上、勝敗が決したからといって、はいそうですかと元に戻れるわけもない。わたしがおまえを許すとでも想ったか。わたしが裏切り者を許すとでも想ったか。わたしが敵を許すとでも、想ったか」

「義兄上」

「許すものか」

 レオンガンドの隻眼に見据えられながら、ハルベルクは、畏怖を感じた。



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