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第千三百九十二話 愛をこの手に(十二)

「バルベリド殿!」

 隆々たる巨躯から繰り出される大刀の一撃を斧槍の切っ先で受け止め、流す。猛烈な斬撃は、斧槍の刃を傷つけるほどであり、幾度とない衝突によって、斧槍の切れ味は落ちに落ちていた。もっとも、バルベリド=ウォースーンの斧槍は対象を斬り裂くものではなく、断ち切るものであるため、切れ味が落ちても問題はなかった。問題があるとすれば、アルガザード・バロル=バルガザールに全霊を込めた一撃を叩き込むだけの隙が見いだせないことのほうだ。そしてそれは致命的な問題ともいえる。数の上では、敵の方が圧倒的に多い。

「貴殿ともあろう方が、なにゆえ、ハルベルク陛下をお諌めにならなかった!」

 流れた大刀をすぐさま返し、叩きつけるようにしてくるのを後ろに下がって、かわす。アルガザードの一太刀一太刀は強力無比であり、彼が老齢かつ引退間近だとはとても思えなかった。まだまだ現役で戦っていられるのではないかと思わせる。実際、アルガザードは供回りの兵のだれよりも鍛え上げられた肉体を持っている。

 ガンディアは弱兵で知られる。ルシオンの兵とは比べ物にならないほど弱く、なにかと比較されることの多いガンディア、ログナー、ザルワーンの三国の中でも最弱の謗りを受けるほどだった。だが、それは兵の話であり、将となるど話は別だった。どういうわけか、ガンディアの将軍らは、ログナー、ザルワーンに比べても引けを取らない人物が多く、最盛期は、近隣諸国が羨むほどの顔ぶれだった。アルガザードは、そのころからの将のひとりであり、彼が近隣国の中でも優秀な将であるということはだれもが認めるところだった。

「王命に従うことこそ臣下のあるべき姿。異を唱えるなど、愚」

 バルベリドは、斧槍を旋回させ、右後方から迫ってきた兵の胴を薙いだ。悲鳴を上げる兵には目もくれず、アルガザードとの間合いを図る。アルガザードとの一騎打ち中であれば、アルガザードへの誤射を恐れて攻撃してくる兵もいなくなるのだが、わずかでも間隔が開くと、いまのようにアルガザードの供回りの兵が攻撃してくるのだから、困ったものだった。もっとも、それはこちらも同じことで、バルベリドの部下たちは、アルガザードの供回りと戦いながら、機を見てはアルガザードに攻撃を試み、副将らに防がれたりしていた。大将軍にはふたりの副将が付き従っている。彼らも、厄介な存在だ。

「王命といえど、そこに非があれば問い、正すべきを正すことこそ、忠臣のあるべき姿ではないのか!」

 アルガザードが踏み込むと同時に大刀を振り下ろす。猛烈な一撃。だが、避けるのは難しくもない。左へ逃れ、斧槍を突き出す。振り下ろされたはずの大刀の軌道が瞬時に変化し、斧槍の切っ先を弾いた。そこから数度、大刀を斧槍をぶつけ合った。

「忠義の有り様は無数にある。従うも忠、正すも忠、違いますか?」

「違うな。忠義とは、唯々諾々に従うことではない」

「それはあなたの考え方であって、わたしとは違う」

「平行線よな」

「主が違うのです。当然のことでしょう」

 斬撃が交錯し、激突するたびに激しい金属音が鳴り響き、火花が散った。斧槍の刃毀れは激しく、もはや使い物にならないくらいになっていた。切れ味は皆無といっていい。あとは打撃武器として使うしかないが、特に問題はなかった。敵を倒すのに、斬るも断つも潰すも同じことだ。

 一方、アルガザードの大刀は刃毀れひとつ見えない。あれだけバルベリドの斧槍と激突しているにも関わらずだ。武器の質が違うということなのだろうが、それにしても違い過ぎだった。ガンディアが武器や防具の開発に熱心なのは知っていたが、まさかここまで差が出るとは想像もしていなかった。無論、ルシオンとて新たな武器の開発や研究を行っているし、周辺諸国から情報を収集も怠っていない。ガンディアの新式装備についても調べられるだけ調べていた。同盟国ということもあって、ガンディアの情報を仕入れるのは難しくなかった。それら情報を駆使し、ルシオンの開発力は飛躍的に向上したはずだった。

 それなのに、バルベリドの斧槍は、アルガザードの大刀を傷つけることさえできていない。

(それでも)

 バルベリドは、距離を取ると、斧槍を頭上で旋回させ、構え直した。意味は無い。全神経を集中させる際の癖のようなものだ。全神経を集中させ、意識を研ぎ澄ます。敵の動き、周囲の変化にさえ感覚を働かせる。難しいことではない。少なくとも、ルシオンではこれができなくては、生き残れない。白天戦団長になどなれるわけもない。

「わたしはわたしの主がため、あなたを倒し、ルシオンこそが最強であると証明しましょう」

「ルシオンは強い。確かに強い。圧倒的だ」

 アルガザードが腰を落とし、大刀を下段に構えた。気配が変わる。アルガザードもまた、つぎの一撃に全力を込めるつもりだ。つまり、互いにつぎが勝負を決する行動となる。

 漂う緊張感が周囲の兵士たちの動きさえ鈍らせるかのようだった。味方も敵も迂闊に動けない、そんな緊迫感が場を包み込んでいた。戦闘音は、そこかしこから聞こえてくる。獰猛な獣の咆哮の如き喚声、断末魔の悲鳴、破壊音、爆発音、怒声、絶叫――それらの物音が遠ざかっていくような、そんな緊張感の中で、バルベリドは、アルガザードだけを見ていた。

 ガンディアの大将軍の鬼気迫る目は、彼がガンディア軍を背負って立つ存在であることを思い起こさせ、同時にバルベリドが越えるべき壁であると認識させた。彼を越えなければ、バルベリドは、ルシオンの将として胸を張ることもできない。

「だがな、ガンディアもいつまでも弱いままではないのだ」

 最初に、アルガザードが動いた。地を蹴るようにして踏み込んでくるなり、裂帛の気合とともに突きを繰り出してきたのだ。間合いは遠い。バルベリドの斧槍さえ届かない距離。大刀が空を切った――瞬間、バルベリドは右脇腹に衝撃と激痛を覚えた。

「くっ……これは……!」

 右に移動しながら激痛の正体を知る。穴が開いている。右脇腹を覆う装甲と、脇腹そのものに大きな穴が開き、そこから血が溢れだしていた。そしてその穴が背を貫通していることも悟る。痛みは収まらない。収まるわけがない。致命傷。死の足音が聞こえる。顔を上げ、アルガザードを見やる。ガンディアの大将軍は、大刀をじっと見ていた。大刀。よく見ると刀身に奇妙な紋様が浮かび上がっているのがわかる。刀身にそのような紋様を浮かばせる製法など、あろうはずもない。この世のものではない。少なくとも、バルベリドの知識の中には存在し得ないものだ。つまり。

(召喚武装……か)

 合点がいく。

 道理で、バルベリドの斧槍ばかり刃毀れするわけだ。異世界の武器たる召喚武装は、簡単には傷つかない。この世界の、人間の手で作り出された武器では傷一つつけるのは困難であり、召喚武装を用いなければ破壊することなど不可能だという。アルガザードの大刀が刃毀れひとつしない理由は、それだろう。

 納得行かないことがあるとすれば、彼が最初から召喚武装の能力を駆使していれば、バルベリドがとっくに破れていたはずだということだが、それも、アルガザードの発言によって理解できた。

「わたしも、父親想いのいい息子を持ったものだ」

 アルガザードが大刀の切っ先をこちらに向けてくる。

「もっとも、わたしのような素人には使いこなせるわけもないのだがな」

 アルガザードは、召喚武装に不慣れだったのだ。


 炎が森を焼いている。

 渦巻く熱気が空気を奪い、呼吸を困難なものにする。炎を帯びた大気は熱風となって渦を巻き、汗ばんだ素肌に焼き付くかのようだ。喉が熱い。熱気を吸い過ぎている。

 ルシオンの武装召喚師レンウェ=ザーナーンは、炎を操る召喚武装の使い手だった。仕官先が見つかるだけあって優秀な武装召喚師であり、その召喚武装の破壊力は凄まじいといってよかった。戦場が彼にとって好都合だったのもあるだろう。生木さえも燃料にして炎を巻き上げる能力は凶悪というほかなかった。

(とはいえ……)

 ルウファは、焼き尽くされた戦場を見回しながら、シルフィードフェザーの翼を再構築した。戦闘のために失った翼を元通りに復元し、大気を制御する。風を起こし、熱気を空へと舞い上げ、地上に涼風を吹かせる。上昇した体温をできるだけ冷やしつつ、炎そのものを地上から消し去っていく。

(なんとか終わって良かったか)

 疲労が僅かに残っている。

 レンウェは強敵ではあったものの、マルディアの戦場で対峙した十三騎士を比較対象とすると、か弱いとさえいってよかった。十三騎士がそれほどまでに圧倒的でだということであり、レンウェが弱いわけではない。比較対象が悪すぎるだけのことだ。

 しかし、十三騎士が今度敵対する可能性がある以上、ルウファが目標とするべきはレンウェのような武装召喚師ではなく、十三騎士なのだ。十三騎士を越える力を身に付けるのは容易いことではないにしても、目標として見定めておくことは重要だろう。目標を低く見積もれば、越えるのは簡単だが、それでは意味がない。

 レンウェ=ザーナーンは死んだ。

 ルウファとミリュウが敵となったからだ。

 ミリュウが相手をしていたクロード・ゼノン=マイスが片腕を犠牲に戦場を離脱したため、ミリュウの矛先がレンウェに向いた。レンウェは、二対一の状況に追い込まれたのだ。その上でミリュウとルウファを釘付けにするほど粘ったのだから、健闘したといえるだろう。だが、健闘も虚しく、ルウファとミリュウの連携の前に敗れ去った。ルウファは《協会》所属のよしみで投降を勧めたが、彼は受け入れなかった。そして、ミリュウの刃に貫かれて絶命した。投降するのならばまだしも、抵抗するというのならば容赦するわけにはいかないのだ。残念ながら、彼の召喚武装を戦利品として手に入れることはできなかったが、敵の手に渡らなかっただけましといえるだろう。

「やっぱり、《協会》所属の召喚師を殺すのは抵抗ある?」

「そりゃあね。できれば殺し合いたくなんてないさ」

「ふうん」

 ミリュウは、ルウファが巻き起こす風の中で涼んでいるようだった。レンウェとの戦いは、炎と熱との戦いだったのだ。直撃こそ受けなかったものの、熱風を全身に浴び、体中汗ばんでいたし、彼女の顔には髪の毛が張り付いていた。

「あたしには、わかんない感情ね」

 彼女は、別段興味もなさ気にいった。実際、興味などないのだろう。他人の命、他人の人生など、どうでもいいとさえ想っているのかもしれない。ミリュウのそういう酷薄な部分は、彼女が魔龍窟という地獄のような世界を生き抜いてきたことに起因するに違いなかったし、ルウファこそ、彼女のそういう考え方はわからなかった。

 もっとも、たとえ《協会》の人間といえど、敵対するのであれば、ガンディアの敵となるのであれば、対峙し、戦い、倒すという覚悟はあったし、事実、ルウファはミリュウと力を合わせてレンウェを倒した。殺したのはミリュウだが、ミリュウがやらなければルウファがやっただけのことだ。

 ゆっくりと息を吐く。レンウェが撒き散らした炎は消え去り、地上を席巻した熱気も失せた。ルウファが巻き起こした風によって、森林地帯に生まれた焦土は涼やかな空気に包まれている。ガンディア兵、ルシオン兵の多数の亡骸が周囲に散乱している。レンウェの炎に飲まれて、焼かれた兵士たちもいれば、兵士同士の激突の末命を落としたものもいる。

 数多の命が失われたのだ。

 ルシオン軍との戦いによって。

 ルウファは、いつの間にか握っていた拳を開くと、ミリュウがいなくなっていたことに気づいて、少しばかり慌てた。激戦を終えたばかりだというのに、彼女は休憩もそこそこに戦場に舞い戻っていったのだ。

 戦いはまだ、終わってはいない。

 むしろ、激化の一途を辿っている。

 戦いを手早く終わらせるには、ルシオン軍の総大将を叩くしかないだろう。そしてその総大将はおそらくレオンガンドの元へと向かっている。

 レオンガンドの元にはファリアがいる。

 たとえハルベルクがレオンガンドの元に辿り着いたとしても、どうにもならないのだ。


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