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第千三百九十一話 愛をこの手に(十一)

(ハルベルク。おまえは凄いよ)

 レオンガンドは、心の底から、そう想っていた。

 脳裏に投影されてきた戦場の風景を思い出しながら、彼の戦いぶりに想いを馳せる。凄まじいとしか言いようのない戦いぶりだった。

(よくやった。よくぞ、ここまで……)

 惜しみない賞賛を、送る。

 義理の弟であり、幼い頃からともに夢を語り合い、語り明かした戦友とでもいうべき相手を、ただただ賞賛する。恨みはない。憎しみもない。ともに歩んできたのだ。道半ばで敵対することになったとはいえ、それまでは紛れもなく仲間だった。レオンガンドが友といえる数少ない人物のひとりだった。戦友だった。

 その戦友が、レオンガンドを倒すために戦術を練り上げ、ぶつけてきたのだ。

 そしてその戦術は、見事に解放軍の陣容を食い破り、ハルベルクを解放軍本陣最奥へと到達させた。幾重もの防壁を突破し、幾多のガンディア兵を撃破し、親衛隊、大将軍、王宮特務さえも出し抜き、レオンガンドの元へと至ったのだ。

 賞賛するほかなかった。

(だが)

 レオンガンドは、瞼を上げると、手にした水晶球に視線を落とした。一見するとただの水晶球に過ぎないそれは、わずかに光を発していた。召喚武装なのだ。

 昨年、ルシオンからの救援要請に応えるべく、セツナ軍がワラルの軍勢と戦った際、戦利品として手に入れた代物だ。その能力は、使用者の幻像を作り出すというものであり、その有用性は、術師局やファリアたちによって指摘され、エインらの発案によりレオンガンドが使うことになったのだ。マルディア・ヘイル砦において本陣にいたのも、レオンガンドの幻像であり、あのとき、もし十三騎士の攻撃がレオンガンドに届いたとしても、レオンガンドは死ななかったということだ。

 無論、召喚武装を素人が扱うのは困難を極める。

 ファリアら武装召喚師に師事し、扱い方を学んでようやく幻像を一体、作り出すことができるようになっていた。もっとも、レオンガンドの身の安全を護るためだけならば、幻像を一体でも作り出せることができれば十分だった。

 そしてレオンガンドは、そのたった一体の幻像の目を通して、ハルベルクの急接近を目の当たりにし、勇敢な戦士そのものたる彼の姿に感動すら覚えた。幾重もの防壁を打ち破り、アーリアさえも突破して、レオンガンドの幻像へと辿り着いたのだ。

 感動せざるを得ない。 

 だが。

(わたしの勝ちだ)

 ハルベルクが剣を幻像の肩に突き刺したとき、幻像は形を失った。レオンガンドの力不足が原因だろう。武装召喚師としての力量があれば、複数の幻像を作り出すことができるだけでなく、ある程度の攻撃にも耐えうる強度を持たせることや、幻像を自在に操ることもできるようになるという。つまり、優秀な武装召喚師に持たせれば、戦力になるということだが、戦力としては過剰気味だという判断から、レオンガンドが護身のために持つことになったのだ。

 そして、それは間違いではなかった。

 ハルベルクは、幻像が崩れ去るのを見て、すべてを理解したのだろう。

 レオンガンドさえも囮に利用する軍師候補たちの恐ろしさを身をもって実感したに違いない。

 ハルベルクの周囲をガンディア兵が取り囲み、彼は逃げ場さえ失ったのだ。

 


 ハルベルクは、レオンガンドの体が音もなく崩れ去り、跡形もなく消滅するのを見ていた。確かに手応えのあったはずの剣は空を切り、伸ばしきった腕にかかる重みに歯噛みする。踏ん張り、腕を戻す。そのときにはレオンガンドの姿は完全に消え去っていた。

「幻像か」

 召喚武装の能力なのだろう。

 周囲を取り囲む数多の気配に気づきながらも、自分の考えのなさを冷笑する。

 ハルベルク自身、召喚武装を用いているのだ。ルシオンに先駆けて武装召喚師を軍事利用していたガンディアの国王たるレオンガンドが召喚武装を用いないはずがなかった。むしろ、用いてしかるべきであり、当然というべきだった。レオンガンド自身、前線に立たなくなったものの、万が一ということもある。臣下の武装召喚師に専用の召喚武装を用意させるなりしていてもなんら不思議ではない。特に、レオンガンドの親衛隊には武装召喚師のみの部隊《獅子の尾》があるのだ。

(考慮して然るべきことだったな)

 グローリーオブルシオンを通して感じる数多の気配、数多の息吹きに、目を細める。ハルベルクを取り囲む敵の数は五百といったところか。召喚武装を手にしているとはいえ、切り抜けられる人数ではない。

 殺せて百人くらいか。

 そんなことを考えて、苦笑する。常軌を逸した数だ。常人では、百人も殺せまい。十人でも十分過ぎる戦果であり、敵をひとり殺すだけでも武功になるのが普通だ。百人など、ありえない。だが、しかし、ある英雄の功績を考えると、少なすぎるのだ。

 ガンディアの英雄。

 セツナ=カミヤ。

 彼の存在は、ハルベルクにも強い影響を与えていた。

 たったひとりで戦局を変えることのできる数少ない存在であり、だれもがなしえないほどの戦果を上げてきた規格外の人間。彼ならば、この程度の状況、難なく乗り越えてみせるだろう。五百人全員を殺し尽くし、その上で敵大将の首を取ってみせるに違いない。それくらいのことを平然とやってのけるから、彼はガンディアにおいて唯一無二の英雄であり、小国家群において雷名を轟かせているのだ。

(いや)

 胸中、頭を振る。

 セツナならば、そのような無駄はしないかもしれない。

 進路上の敵だけを倒し、標的の首を狙うのではないか。

(それならば)

 自分にもできるかもしれない。

 ただ、問題がひとつあった。

 標的――レオンガンドの居場所が、わからないのだ。

 いま考えてみれば、レオンガンドがわかりやすい位置にいたのは、襲いかかってきた敵を釣りだすための罠だったのだろう。本物は、簡単には見つからない場所に隠れていた。しかし、それだけではあまりにもわかりやすい罠であるため、幾重もの防壁を張り巡らせることで、本物に仕立てあげた。兵士、親衛隊、大将軍、王宮特務、そしてアーリアまでも幻像の守護につかせた。そこまで厳重に守られているものが罠であるとは思わない。いやたとえ罠であったとしても、飛び込むしかなかった。

 罠だったとしても、レオンガンドを倒すことさえできれば、ハルベルクの勝利なのだから。

 ハルベルクは周囲を索敵しながら剣を構えた。敵兵の包囲が狭まりつつある。このまま包囲を狭め、覆滅するつもりなのだろう。レオンガンドらしいといえば、らしい方法だ。自分の手ではなく、戦術でハルベルクを殺そうというのだ。

 そのとき、無数の弓が唸りを上げた。矢が大気を切り裂き、飛来する。全周囲。すべてに対応することはできない。ハルベルクは観念しつつも致命傷だけは避けようと動き、幾つかを避け、いくつかを浴びた。そして、大半が叩き落とされたのを認識した。

「遅く……なりました」

「……クロードか」

 ハルベルクは、彼の様子を見るなり、頭を振るしかなかった。クロードの左腕の肘から先が失われていたのだ。

「よく、ここまで来てくれた」

「ああ、これですか」

 クロードがこちらの視線に気づいたのだろう。左腕を見下ろしながら、いった。傷口からは血が流れ落ちている。出血量が多い。そう長くは持たない。

「くれてやりましたよ」

 彼は、朗らかに笑ったつもりだったのだろうが、顔は苦痛に歪んでいた。血の気が引き、青ざめた顔には死相が出ている。

「まあ、ミリュウ殿には不要でしょうが」

「だろうな」

 クロードはミリュウと戦っていたのだ。ミリュウは優れた武装召喚師だ。ミリュウを出し抜き、ハルベルクに加勢するためには、腕のひとつくらい犠牲にしなければならなかったのだろう。クロードの痛々しいまでの忠義に、ハルベルクはなんともいえない感情を抱いた。クロードはルシオン人ではない。《協会》所属の武装召喚師であり、ルシオンとは縁もゆかりもない存在だった。彼にここまでされるいわれはなく、道理もない。理屈に合わない。

「……クロード」

「なんでしょう、陛下」

「なぜ、そこまでして、わたしに従う」

 ハルベルクは、足元の血溜まりを見つめながら、問うた。

「おまえは《協会》の召喚師だ。たとえ戦いに敗れたとしても、契約に従っただけのおまえは、許されよう」

 わたしとは違って、と彼は付け足した。ハルベルクは許されないだろう。レオンガンドの期待を裏切り、約束を破り、敵対したのだ。敵対者は滅ぼすべきだ。禍根を残すわけにはいかない。

 飛来する数多の矢を無限に変化する刀身で打ち払うクロードは、こちらを見ようともしない。見ている場合ではないのだ。ふたりを包囲する敵の数は、増大する一方だった。これ以上、加勢は望めまい。ベレイン=ネインにせよ、レンウェ=ザーナーンにせよ、バルベリド=ウォースーンにせよ、相対する敵を倒し、ここまで辿り着けるとは考えられない。

 敵は、ひとりではない。

 クロードがここまで来られただけでも奇跡なのだ。

「そんなこと、決まっているじゃないですか」

 クロードが矢を叩き落としてから、こちらを一瞥した。蒼白の顔に笑みが浮かぶ。

「わたしは、陛下によって見出されたのです。そのときから、陛下が追い求める夢のために果てることこそ、わたしの夢になった」

「わたしの夢のために」

「わたしだけじゃない。ベレインも、レンウェも、皆、陛下が陛下だからこそ、ここまで付き従ったのです。陛下のためなれば、死ぬことも厭いませんよ」

 そういえば、と彼は思い出す。クロードをはじめ、ベレイン=ネイン、レンウェ=ザーナーンら武装召喚師たちは、ハルベルクのレオンガンドへの反逆を否定しなかった。驚きこそすれ、なんの文句もいってこなかった。バルベリドや弟たちは、国や民のことを考えれば、そのような暴挙は止めるべきだと何度となくいってきたものだが、武装召喚師たちは、唯々諾々と従った。《協会》の武装召喚師たち。責任を取る必要がないからこそ、どうでもいいと想っているのではないか――そんな風に考えてさえいた。しかし、実際のところはどうやら違うらしい。

 クロードの言葉を信じる限り。そして、彼の言葉を疑う理由はない。片腕を犠牲にしてまでハルベルクの盾とならんとした彼の言葉に嘘や偽りなど、あろうはずもない。

「それに、まだ破れたと決まったわけではありませんよ」

 クロードが、左前方に視線を向けた。視線の先には敵兵の群れがいるのだが、彼はその向こう側を見ていた。

「あの先に本物のレオンガンドがいるようです」

「なぜ、本物とわかる?」

「水晶体を持っています。おそらく召喚武装でしょう」

「なるほど」

「わたしが道を開きます」

 いうが早いか、クロードが地を蹴った。飛躍する彼に向かって無数の矢が浴びせられる。武装召喚師たる彼こそ真っ先に倒すべきだという判断だろう。正しいが、彼は矢が到達するよりも早く、剣を薙いでいた。水平に振り抜かれた刀身から無数の剣閃が奔り、彼の前方の空間をでたらめなまでに蹂躙していく。斬撃の奔流。何十人ものガンディア兵が鎧ごと切り刻まれ、瞬く間に無数の肉塊へと変わり果てる。木々も草花も大地までもが切り刻まれ、円環状の破壊跡がクロードの前方に生まれる。視界が開けた。レオンガンドの姿が、ハルベルクにも捉えることができた。レオンガンドは、こちらに近づきつつあったのだ。

「御武運を」

 声が聞こえた時には、ハルベルクは破壊跡の中を疾駆していた。クロードの咆哮が聞こえる。断末魔の叫びなどではない。まだ、死んでなどいない。だが、長く持たないことはわかりきっている。彼は死ぬだろう。ハルベルクの勝敗に関わらず、死ぬのだ。血を流しすぎている。もはや、手の施しようがなかった。

(クロード……!)

 胸中で、彼の名を叫ぶ。

 それだけしか、いまのハルベルクには彼に報いる方法などはなかった。

(いや……)

 ただひとつだけ、ある。

 前方。

 クロードの斬撃が切り開いた血路の先、森林地帯の真っ只中にそれはいた。

「レオンガンド!」

 レオンガンド・レイ=ガンディア。

「あの状況を脱したか、ハルベルク」

 隻眼の獅子王は、こちらを見て、悠然と佇んでいた。



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