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第千三百八十九話 愛をこの手に(九)

 戦況が一変したのは、ルシオン軍を包囲しようとしている最中のことだった。

 突如として自軍後方に出現した敵部隊は、猛然と突っ込んでくるなり、ログナー方面軍の陣形をあっさりと破壊してみせた。ログナー方面軍の大半はログナー人によって構成されている。ガンディア、ログナー、ザルワーンの三国の兵の評価では、もっとも強いとされるログナー兵がほとんど占めているのだ。

 力のログナー、数のザルワーン、姿のガンディア――かつての三国の評価は、方面軍に置き換えることでいまも通用するだろう。ガンディア軍の中でもっとも強力なのがログナー方面軍だった。ガンディア方面軍は以前に比べれば格段に強くなっているとはいえ、ログナー方面軍には到底追いつけるようなものではなかった。ザルワーン方面軍も数だけが取り柄なのは変わらなかった。つまり、ガンディア軍最強の軍勢がログナー方面軍なのであり、そのログナー方面軍を一蹴する実力を持っているのが、ルシオン軍なのだ。

 三国の評価では最強のログナーも、ルシオンを加えれば二番手にならざるを得ず、その場合、一位と二位の差は絶望的といってもよかった。それほどまでにルシオンは強く、圧倒的なのだ。

「態勢を整え、陣形を再構築せよ!」

 アスタル=ラナディースの怒号が飛ぶ。

「敵はルシオン軍なれど、恐れることはない!」

 飛翔将軍の叱咤激励ほど、ログナー方面軍に効果的なものはなかった。崩壊寸前の陣形が立ち所に回復していく。陣形が崩れたのは、ルシオン軍による奇襲が功を奏したからに他ならず、奇襲が奇襲として認識されれば、状況は変わるものだ。少なくとも、ログナー方面軍は気を取り直した。ログナー軍人が尊敬して止まない飛翔将軍が陣頭に立っているということが大きいのだろう。彼女の名を汚してはならないというログナー人の熱い想いが、戦意を高揚させ、全軍の士気をひたすらに高めるのだ。

「数の上では我らのほうが上だ! 負ける要素はなにもない!」

 アスタルの叫びに、ログナー方面軍将兵の雄叫びが続く。ログナー方面南部の森林地帯そのものが震撼するかのような咆哮。大地が揺れ、木々が激しく震える。

「まあ確かに数の上では有利だな」

 ドルカ=フォームは、相対したルシオン軍の兵数を把握して、つぶやいた。千人程度。ログナー方面軍の四分の一ほどでしかない。しかし、その数も力でどうにかできそうな数に思えてならなかった。多勢に無勢を容易く覆す存在を身近に知っているから、感覚が麻痺しているのか、あるいはルシオン軍の実力を知っているからこその正当な評価なのか、彼は自分でもわからなかった。

「軍団長、気合を入れてください」

 ニナ=セントールが睨んでくるが、ドルカは手をひらひらさせて応えるほかなかった。

「入れてるよ、ニナちゃん。俺はいつだって気合十分さ」

「それはわかっていますが」

「ほかと気合の入れ方が違うから仕方がない」

 ドルカは、ログナー人将兵特有の気質に辟易しながら、彼らが崩壊した陣形を飛翔将軍の一声で再生した事実には震えるほどの感動を覚えていた。それこそ、ログナー人なればこそできたことだろう。だれもが飛翔将軍アスタル=ラナディースを尊敬し、信頼している。アスタルほどログナー軍人の魂を揺さぶる存在はいない。エリウス=ログナーでは、こうはいくまい。エリウスはログナー最後の王であり、キリル=ログナーよりは信望もあったものの、結局は、アスタルのお飾りに過ぎなかった。その事実はエリウス本人が一番知っているだろう。

 だから、謀反に同調したのか。

 そればかりは、エリウスならざるドルカにはわからない。

 しかし、エリウスを許せないという気持ちは、あった。エリウスが謀反に同調してくれたおかげで、ログナー人に対する風当たりが強くなったのは間違いないのだ。もちろん、表向きにはだれもなにもいわない。しかし、ログナー人に向けられる視線には、エリウスが裏切ったことへの怒りや恨みが込められているのは疑いようがなかった。しかたのないことではあるが、憤りも覚える。

 そもそも、ガンディア人同士の争いだ。

 内部抗争といってもいい。

 ジゼルコート・ラーズ=ケルンノール・クレヴールの謀反。それもレオンガンドらが内部の敵を炙りだすための策だといい、ジゼルコートはまんまとその策にはまったのだが、その結果、多くの敵が明らかになった。それがエリウスであり、デイオン=ホークロウであり、ハルベルク・レイ=ルシオンだった。

 ログナー人ばかり白い目で見られるのは、おかしな話だ。

 レオンガンドを裏切ったものの割合で言えば、ガンディア人のほうが圧倒的に多いのではないか。

 もちろん、そんなことを口にできるはずもなく、ドルカたちログナー出身者は、謀反以来、日々不満を募らせながら従軍してきた。中にはエリウスに同調したほうがいいのではないか、という兵もいたが、レオンガンドに付き従っておくのが一番賢いという結論になり、大事には至らなかった。もし、ログナー方面軍の中に造反者が出ていれば、ドルカたちの立場は余計悪くなっていただろうことは疑いようがない。

「ま、不満のはけ口にはもってこいってこった」

「なにが不満なんです?」

「いや、こっちの話」

 ドルカは、慌てていって、ニナの視線から目を逸らした。ニナには自分の心情を包み隠さず伝えているものの、戦場では隠すべきものは隠すべきだろう。どこにひとの耳があるのかわかったものではない。断片的な発言から勘違いされ、評価が悪くなってはたまったものではなかった。戦場では、戦いに集中するべきだろう。

 ドルカは意識を切り替えると、自軍部隊の指揮を行った。

 ログナー方面軍は、解放軍左翼を担っていた。左翼から包囲陣に参加し、ルシオン軍を覆滅する予定だったのだが、突如として後方に出現したルシオン軍の奇襲を受け、陣形は半壊、さらにルシオン軍に蹂躙されるという始末。戦線を立て直すのは不可能に近いかと思われたものの、飛翔将軍の咆哮がログナー人将兵の魂に火をつけたことで状況は一変、陣形は立ち所に再構築され、ルシオン軍による蹂躙は止まった。ログナー方面軍がルシオン軍を包囲し、そのまま拮抗状態に入ったのだ。

 ドルカは、ログナー方面軍第四軍団――通称ドルカ軍を指揮し、ルシオン軍の精兵をどう対処するべきか考えていた。ルシオン兵は、強い。ログナー兵と比べ物にならないほどに強く、破壊的だ。

「しっかし、強いねえ」

「さすがは尚武の国ルシオンといったところでしょうか」

「ログナーも強いはずなんだけどねえ」

 やはり、近隣諸国ではルシオン兵が最強という話は、本当だったのだろう。たった千人足らずの兵数にも関わらず、四千以上のログナー方面軍が押されているのだ。最初の奇襲で相当数の兵が負傷したとはいえ、それでも数の上では圧倒的にこちらが有利だった。数は力だ。例外を除いて、数的不利を覆すのは困難であり、数の上で有利である以上、勝利は確定しているはずなのだ。

(これが例外なのかもね)

 ドルカは、自軍部隊を動かしながら、ルシオン軍攻略の隙が見つからないものかと視線を巡らせた。敵陣に隙は一切見えない。それどころか、敵陣に武装召喚師の姿を発見して、軽く絶望さえ覚える。

 敵武装召喚師は、敵陣中央にいた。なぜそれが武装召喚師だと判明したかといえば、その人物が灰色の翼を広げ、敵陣上空に浮かんでいたからだ。ログナー方面軍の弓兵が武装召喚師を狙い、無数の矢を浴びせるのだが、それら矢の尽くは、武装召喚師に届く前に空中で静止すると、反転、矢を放った兵士に向かって発射された。召喚武装の能力のひとつだろう。矢の多くは弓兵に直撃し、死傷者が続出した。

「武装召喚師には武装召喚師を……ってもな」

「大軍団長におまかせになられますか?」

「……いや」

 武装召喚師の翼が見る見る間に巨大化していくのを認識しながら、頭を振る。ログナー方面軍大軍団長グラード=クライドは確かに召喚武装の使い手ではあるが、彼を当てるには、敵武装召喚師の位置が悪すぎた。前線に出てきているのならばまだしも、後方に陣取られては、さすがのグラードも手の出しようがない。グラードの召喚武装は近接戦闘専用であり、遠距離攻撃はできないのだ。ただし、近接戦闘においては無類の強さを誇る。つまり、グラードが敵武装召喚師に接近できるのであれば、彼に任せるのもやぶさかではないということだ。

 現状、数多のルシオン兵を撃破しなければ、敵武装召喚師に辿り着くことは不可能であり、また、近づけたとしても、グラードの攻撃が相手に届く保証はなかった。敵は翼型の召喚武装を用いている。翼型の召喚武装は大抵飛行能力を有しており、実際、ルシオン軍の武装召喚師も空に浮かんでいた。滞空し、翼を巨大化させ続けている。自陣上空を覆うほどに巨大化してもなおその膨張は止まらない。灰色の翼。木々を粉砕しながら、ログナー軍の頭上をも侵食していく。

 危険を察知し、武装召喚師を弓で攻撃するも、矢は武装召喚師に届かず、返されるのだ。これでは攻撃することもできず、敵の攻撃が完成するのを待つしかない。なんとも歯がゆい気持ちになったそのとき、灰色の天蓋に穴が空いた。なにが起こったのか考えるだけの時間もなかった。上天から陽光が入ってきたと認識した瞬間には、武装召喚師の体が吹き飛んでいた。凄まじい力の激突によって胴体が真っ二つに割かれ、血液や内臓をばら撒きながら地上に落下する。空を覆っていた翼はあっという間に消滅し、武装召喚師が絶命したことを明らかにする。一瞬の出来事。断末魔の悲鳴さえ聞こえなかった。

「はあ……!?」

 ドルカは我ながら素っ頓狂な声を上げていることに気づきながら、唖然とするほかないということにも気がついていた。窮地に陥ったと思った瞬間、脱出していたのだ。ドルカでなくとも、唖然とするだろう。

 武装召喚師の上半身と下半身が地上に落下すると、ルシオン軍が騒然と反応した。勝利の確信が失われたのだ。余裕もなにもあったものではなくなる。さらに、ルシオンの精兵たちの悲鳴が聞こえたかと思うと、つぎつぎと吹き飛ばされる兵士の姿が見えた。包囲陣の中心の敵陣内でなにが起きているのか、ドルカには皆目検討もつかない。いや、想像はつく。おそらく、ついいましがた、敵武装召喚師を貫いたなにかが敵陣のまっただ中で暴れまわっているのだろう。つぎつぎと打ち上げられるルシオン兵の姿を目撃するのだが、ドルカを始め、ログナー方面軍の軍団長以下だれもが茫然とするほかなかった。

「なんだってんだ?」

「さあ……?」

 ニナもわけがわからないといった表情をしていた。ニナだけではない。ドルカ軍の兵士たちも皆、なにが起こっているのかさっぱりわからず、包囲陣を維持するので精一杯といったところだった。そうもなるだろう。武装召喚師の攻撃により窮地に立たされたかと思いきや、一転、敵軍が窮地に陥ったのだ。攻撃に参加していいものかどうかさえ、判然としない。なにが起こったのかわからない以上、迂闊に手が出せないのだ。

「ウルク殿のようだ」

 声に目を向けると、深紅の鎧が目についた。ログナー方面軍の中で燃えるような赤の鎧を身に纏う人物といえば、グラ―ド=クライド以外にはいない。ログナー方面軍大軍団長は、供回りを引き連れて、ドルカの部所にまでやってきている。

「その話、本当ですか?」

「わたしの目で見たのだ。間違いない」

「そうですか……ウルク殿。ウルク殿……ねえ」

 敵陣の外へと吹き飛ばされてくる敵兵は、多くの場合、絶命しているらしかった。致命的な一撃を喰らい、鎧ごと肉体を破壊され、即死したらしい。

 ウルク。

 一部のものしか知らないことだが、神聖ディール王国からの来訪者は、人間ではない。魔晶人形と命名された戦闘兵器であり、その実力は、たったひとりでマルスールのルシオン軍に壊滅的損害を与えることができるほどのものだ。人間とは比べ物にならないほどの戦闘力は、武装召喚師にも遅れを取らない上、並の武装召喚師では到底持ち得ない破壊力を誇っていた。

 ディールの最新技術が創りだしたという戦闘兵器がなぜガンディアに属しているのかというと、セツナが原因らしい。詳細については知らないのだが。

「なにもかもセツナ様、さまさまって感じだねえ」

 ドルカは、ウルクの苛烈極まりない戦いぶりを眺めながら、そんな感想を漏らした。

 直後、敵陣中央で光が巻き起こった。爆発光。轟音が鳴り響き、天地が揺るがされる。美しくも破壊的な緑の光が、ドルカの視界を埋め尽くすほどの勢いで天へと昇る。なにが起きたのか、まったく理解できない。敵にもうひとり武装召喚師がいたのか、それとも、ウルクの攻撃なのか。

 前者は、ありえないように思えた。

 緑の光は、ルシオン軍を飲み込み、攻撃したかのように見えたからだ。つまり、後者だ。ウルクによる攻撃。ウルクは、武装召喚師に匹敵する攻撃能力を有しているという。

 そして、光が消失し、視界が正常化したあと、ドルカは自分の考えが正しかったことを確認した。

「は……はは」

「なんという威力だ……」

「すごい……」

 ドルカのみならず、グラードもニナも、呆気に取られるよりほかなかった。

 ドルカたちの前方、ルシオン軍が陣形を構築していた地点一帯の地面が大きく抉られていた。半球形の大穴は、草花や木々を根こそぎ消し飛ばしたことを証明している。でなければ、どこかに存在していなければならない。草木だけではない。ルシオンの将兵も武装召喚師も、跡形もなく消滅していた。全員ではない。爆発範囲内にいた数百人だけが消滅の憂き目に遭い、敵陣外周部にいたルシオン兵たちは、消滅せず、生き延びていた。だが、爆発に飲まれ、味方が消滅した事実を認識すれば、戦意を喪失したとしても不思議ではなかった。

 それほどの破壊。

 それほどの惨状。

 圧倒的といわざるを得ない。

 爆心地には、美女が立ち尽くしている。傷ひとつ負っていない彼女こそ、魔晶人形ウルクであり、いまの破壊の光は、彼女による攻撃以外のなにものでもなかったのだ。

 沈黙が横たわった。

 絶大な破壊の後、だれもが言葉を失っていた。敵も味方も、唖然とするほかなかったのだ。そうもなるだろう。ルシオン軍にとっては数多くの味方を一瞬にして失い、ログナー方面軍にとっては、窮地を脱したはいいものの、その圧倒的な味方の攻撃を目の当たりにしたのだ。その凄まじさたるや、歴戦の勇士の度肝を抜くほどだった。

「全軍突撃! ルシオン軍を一網打尽にせよ!」

「突撃! 突撃ぃっ!」

 アスタル将軍の号令を慌てて唱和したものの、もはや攻撃する必要もないのではないかと思うドルカだった。

 もっとも、戦闘は続いた。味方の大半を失い、圧倒的不利になったルシオン軍ではあったが、こちらに投降しようとはしなかったからだ。最後の一兵になるまで戦い続けるつもりらしく、喪失しかけた戦意を鼓舞しながら、ログナー方面軍の猛攻に応じた。

 だが、苛烈な戦いにはならなかった。

 ログナー方面軍の圧倒的な勝利で終わった。

 それもこれもウルクのおかげであり、ウルクの凄まじい戦いぶりにより、ログナー方面軍の損害は最小限で済んだ。

 しかし、それですべての戦いが終わったわけではない。当初、包囲予定だったルシオン軍の先遣隊との戦闘が待っており、ウルクは、ドルカたちと会話することもなく、中央の戦場へと飛んでいった。

 彼女がいる限り、解放軍が負けることなどありえないのではないか。

 ドルカは、部隊を纏めながら、確信に近いものを感じた。



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