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第千三百八十五話 愛をこの手に(五)

 前進していると、左右からルシオン軍兵士たちが現れ、ハルベルクを護衛した。百名にも満たないが心強くはあった。それで十分だ。十分、レオンガンドに届き得る。ハルベルクは既に本陣の半ばまで至っている。レオンガンドまであと少しといったところだった。

 そんなとき、強烈な威圧感を覚えた。

「ハルベルク陛下!」

 前方、白髪の巨人が聳え立つ。

「アルガザードか!」

 アルガザード・バロル=バルガザール。大刀を手にしたガンディアの大将軍が、供回りとともにハルベルクの進路を塞いだのだ。その鬼気迫るまなざし、威圧感たるや、さすがは歴戦の猛将というべきなのだろう。

「なぜこのようなことをなされるのです!」

「いまさら――」

 ハルベルクは、アルガザードの巨躯に圧力を感じながらも、笑わざるをえなかった。この期に及んで理由を聞いてくるなど、昔からハルベルクのことをよく知るアルガザードらしいといえばらしいのだが、一国の軍の頂点に立つ人物にあるまじきことのように思えた。軍人であれば、敵対者など、問答無用で切り捨ててしかるべきだ。本陣の奥深くまで入り込まれているのならば、なおさらだ。そこへ、ルシオン軍一の巨漢が突っ込んでいく。

「邪魔立て無用!」

 供回りを切り捨てながらアルガザードに応戦させたのは、バルベリド=ウォースーン。ルシオン軍白天戦団長たる彼の巨躯が唸りを上げて斧槍を旋回させ、アルガザードに大刀を振らせた。斧槍の刃と大刀が激突し、火花が散った。バルベリドの大きな背中がハルベルクの視界を覆う。無意識のうちに叫んでいた。

「バルベリド!」

「お先へ!」

「任せたぞ!」

 ハルベルクは、それだけをいった。今生の別れとなる可能性は高い。だが、それ以上の言葉は不要だった。言葉を交わしている余裕などはない。進まなければならない。一瞬でも早く、一歩でも遠く。ここは敵本陣まっただ中。時間が経てば経つほどハルベルクたちを包囲する敵戦力は増大し、進むべき道は愚か、逃げ道さえも閉ざされる。

 そも、逃げることなど考えてはいないのだが。

 前進する。ただひたすらに、前へ進む。迫り来る雑兵の首を刎ね、胴を薙ぎ、胸を穿ち、腕を切り落とし、侵攻する。敵本陣の奥へ、奥へ。

「行かせん!」

「我ら王の剣と盾なれば!」

 立ち塞がったのは、絢爛たる鎧兜に身を包んだガンディアの騎士たちだった。《獅子の牙》と《獅子の爪》だろう。数えきれない数の騎士がずらりと並ぶ様は壮観という他ない。が。

「征くのだ! 征かねばならん!」

「陛下、ここはお任せを!」

 告げるなり騎士たちを吹き飛ばし、ハルベルクの進路を開いたのはベレイン=ネインだ。伝播する衝撃波が多数の騎士を巻き込みながら拡散していく中、ハルベルクは脇目もふらず突っ切った。背後で衝撃波が吹き荒れ、騎士たちが悲鳴を上げる。

 前方、またしても敵が現れる。仮面の男。

「裏切り者には死を」

 竜を模した仮面に竜を模したような召喚武装を全身に纏った武装召喚師。名はカイン=ヴィーヴル。レオンガンドがある時期から重用している武装召喚師であり、現在、王宮特務と呼ばれる組織の一員として活躍している。地を蹴り、飛びかかってくる。神速といっていいほどの速度。なんとか対応し、鉤爪の一撃を受け止める。

「それは正しい。が、死ねんよ」

 カインの攻撃から強引に切り抜けたとき、数多の矢がカインに襲いかかった。カインはそれらの矢を無造作に振り払い、叩き落としたものの、その隙にハルベルクと彼の間に何十人もの兵士が入り込んだ。

「陛下! ここは我らにお任せを」

「頼む」

「雑魚に用はない!」

 カインの咆哮が轟く。

「ルシオンが武の真髄、見るがよい!」

 仮面の武装召喚師に殺到したのは、ルシオンの精兵五十人。カイン=ヴィーヴルの実力は理解している。ルシオンの強兵をいくら注ぎ込んだところでそう簡単に落とせる相手ではない。しかし、五十人を瞬殺できるとも思えない。時間稼ぎにはなる。少なくとも、ハルベルクが目的地に到達するくらいの時間は稼げるだろう。彼らはそのためだけに戦い、そのためだけに死ぬ。

 だからこそ、ハルベルクは足を止めるわけにはいかないのだ。

 カインの一撃に何人もの兵が倒れるのを認識するが、一瞥もくれてやれない。走り続けなければならない。たとえどれほどの兵が犠牲になろうとも、行かなけれならないのだ。行って、決着をつけなければならない。

 どちらが彼女に相応しいのか、純然たる決着をつけなくては。

 不意に前方を走っていた兵士がこちらに向き直り、切りつけてきた。ハルベルクは瞬時に剣で受け止め、傷こそ負わなかったものの、兵士の急変に驚かざるを得なかった。切りつけてきたのは、もちろんルシオン兵であり、ハルベルクの近衛兵のひとりだった。

「どういうつもりだ?」

 この土壇場で裏切ったのかと思う一方、そんなことはありえないと考えなおす。裏切る機会ならばいくらでもあったはずだし、こんな状況で裏切るとは考え難かった。ここに至るまでの犠牲の多さに嫌気が差したという可能性もなくはなかったものの、表情を見る限り、それもありえない。切りつけてきた兵士は、無表情だった。

「あなたに覚悟があって?」

 声は左前方から聞こえた。見やると、喪服の黒衣を着込んだ女がいた。魔女めいた女は、王宮特務のひとり、ウルだろう。彼女は異能を使うという。

「噂の異能か」

 外法によって備わったという異能がどれほどのものなのか、ハルベルクにはわからないものの、彼女がなにをいっているのかは理解できた。ウルは、ハルベルクを試しているのだろう。

「覚悟なら、あるさ」

 ハルベルクは、切りかかってきた兵の剣を払うと、袈裟懸けに斬りつけた。兵士の無表情が変化し、苦悶の顔になる。おそらく、ウルの異能によって錯乱していたのだろうが、ハルベルクが斬りつけた瞬間に解除されたのだろう。兵士は、苦痛に満ちた表情を浮かべたまま、崩れ落ちながら、囁くようにいってきた。

「陛下……夢を――」

「ああ」

 彼は静かに告げ、ウルを見遣った。ウルは、ただ、微笑を浮かべていた。

「あなたなら、陛下に届くかしら」

「届くとも」

 告げ、進む。ウルは、もはや邪魔をしなかった。彼女のことを思い出す。ウルは、王宮特務のもうひとりアーリアと、《白き盾》に所属するイリスの三人姉妹であり、かつてガンディアに巣食っていた外法機関の被験者だった。人間扱いされず、人体実験の限りを尽くされた彼女たちは、ガンディアを恨み、イリスなどはレオンガンドを殺害しようとしたこともあったという。アーリアとウルは、イリスとは異なり、レオンガンドに協力的なのだが、ガンディアへの憎悪は消え去っていないのかもしれない。

 だから、ハルベルクの侵攻を食い止めようともしなかったのか。

 ハルベルクは、ただひとり、突き進む。

 もはやひとりだ。

 供回りも、配下もいない。

 たったひとりとなって、敵本陣を突き進む。兵を切り捨て、矢を切り落とし、電光石火の如く疾駆する。前方、レオンガンドが見えている。たったひとりで、立ち尽くしている。あからさまな罠。張り巡らされた策謀。ハルベルクは、左手を掲げた。中指の指輪に嵌められた石が光を発した瞬間、ハルベルクの視界に変化が起きた。木々の間に張り巡らされた無数の鋼線が明らかになり、さらにレオンガンドの前方に立ち尽くす女の姿が浮き彫りになる。妖艶な黒髪の女の名は、アーリア。だれにも認識することのできないという異能を持つ、ガンディア王宮特務のひとり。

「見えているぞ、アーリア!」

 ハルベルクは、告げ、鋼線の結界の中と突き進んだ。進路上の鋼線を切り裂きながら前に進む。アーリアが冷笑を浮かべてきた。

「見えているから、どうだというのでしょう」

 細くしなやかな腕が踊り、周辺に張り巡らされた鋼線が一斉に動き出す。まるでそれ自体が意思を持つかのような鋼線の動きは、アーリアが操っているのだろうが、とても人間技とは思えなかった。しかし。

「見えていれば、対処も容易い」

 殺到する鋼線の数々を尽く切り裂き、斬りつけ、叩き落とし、ハルベルクはアーリアに肉薄した。アーリアは、鋼線を自身の前方に収束させ、盾を形成する。ハルベルクは鋼線の盾に左手で触れ、全霊を込めた。

 グローリーオブルシオン。

 彼のためにクロードが召喚した指輪は、意思の力をこの世に干渉させる。力が鋼線の盾を貫き、アーリアの腹をも貫通する。魔女の体が吹き飛び、地面に激突して大きく跳ねた。そしてそのまま動かなくなる。即死したかはわからないが、しばらくは動けないだろう。そして、それだけで十分だった。

「貴様を越えれば、あとは――」

 眼前、ハルベルクはひとりの男を捉えていた。

「あなただけだ、レオンガンド・レイ=ガンディア!」

 隻眼の獅子王は、剣を携え、涼しい表情でこちらを見ていた。

 それでこそ、ハルベルクが夢に見た男だと、彼は想った。



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